ブライトそっくりの女は、本番前の練習(敗退した選手がまだ挑戦できるので悔しい向きに好評)で圧倒的な強さを見せていた。
「この、すばしっこいわね!」
「あら、そう? あなたは……」
 相手の若い女に捕まらないようにストン、ストンとステップするダークエルフ。
 動きそのものはそれほど爆発的ではないが、相手の動き出しを見抜く眼力と、腕のリーチをギリギリ見切ってかわす空間認識力には目を見張るものがある……と、客席で見ていたガッシュは感心する。
「動きに無駄が多いわよっ♪」
「きゃっ!?」
 ギリギリ届かない空振りに業を煮やし、突っ込んできた相手をダークエルフはクルッとスピンして体ごといなし、場外に押し出す。
 まさに踊りのような動きの華麗さだった。
「お、おいおい……見てたか今の」
「すげえな……今回の飛び入り枠は」
 ギャラリーのざわめきに、得意そうに胸を張るダークエルフ。
「ふっふーん。どう、ホセ?」
「お嬢も正直あんまり褒められた動きじゃないですぜ」
「み、魅せるのも私の仕事だもん」
「ケケケ。ま、目立つために出てんですからそれでいいんですがね」
 ブライトそっくりの女についていたのは不似合いなまでに柄の悪いダークエルフの男。
 一見して、どこの街にもいる裏道の住人といった風情だ。
 が、どうも相方に対する言葉遣いといい、あの華麗な戦いに対する妙に手厳しい物言いといい、どこか只者ではない感じはしている。
「よう、アンタ」
「うん?」
「もしかしてアンタ、赤砂がどうとかって渾名ついてないか?」
「へえ? 若ぇくせにソレ知ってるたあ見所があるな」
「いや、知ってるってほどじゃないんだが……っていうかリザードマンのトシがわかるのかよ」
「伊達にこっちもトシ食ってなくてね」
 やはり只者ではないらしい。
 赤砂というのは例の翼刃槍の男に聞いた名だ。
 軍にいたとはいえ、ガッシュ自身がその勇名を耳にするにはいくらか時代が違いすぎた。
「それにしても……なんだ、随分似た女ってのがいたもんだな。もうお嬢についてくようになって長いが、俺でも黙ってりゃ見分けがつかないかも知れねえ」
「はは、だよな。不思議なモンだぜ」
 ガッシュは横にいるブライトをチラッと見る。

「彼女は私のオリジナルだ」
「……お、オリジナル? つまりあいつも光の精霊……」
「違う、そうではなくて姿形のオリジナルだよ」
「ああ」
 早とちりしてしまったことを恥じてチロチロ舌を出すガッシュ。
「彼女に化けて『キー・マテリアル』を盗み出したんだ。彼女の実家から」
「……もうちょっと地味な奴に化けて盗めばよかったのに。前に聞いた噂と総合すれば……あれ、オアシスのアイドルじゃねーか」
「当時の私はそこまで気が回らなかったんだよ。ヒーリィと同じく、記憶を蓄積できない状態だったんだ。感情と直感だけで考えるしかなかった」
「いや、いいんだけどよ」
 買い物に迷うフリをしながら、競技場の反対側にいるダークエルフ二人をチラ見する。
 驚いたことにその視線に気づいたらしく、ノールの方がひらひらと手を振ってきた。
「……あれはあれで精霊って言われても驚かないけどな。なんだよあの感覚力」
「あれも天才の領域のものなんだろうね。エースナイトやマスターナイトのような」
「戦い慣れしてはいないみたいだけどな。……しかし、どうするよブライト」
「どうする、とは?」
「明らかに怪しまれてるぞ。突っ込んで聞かれたら、下手したら大ごとに……」
「んー、だがねガッシュ。本当のことを言っても信用されるものではないし、信用されたとしてもそれはそれで面倒だろう。特に君たちの旅路はしがらみなどあるべきでないと思うがね」
「信用させるだけなら例の光線とかいろいろあるだろ」
「君とヒーリィは身に覚えもあるだろうからあっさり信用したがね。本当なら高度な幻影を疑うところだよ」
「む……」
「特に魔法に長けたエルフ族は幻影にできないことはないというのをよく知っているからね。突拍子もないものを見せるとかえって信用しないものだ」
「……そんなに幻影って便利なのか」
「高度な幻影には目も耳も指も、無機物でさえ騙される。食べることができる幻だってありえなくはない。幻だけで殺される場合もあるんだ」
「……そんな世界もあるのか」
 ガッシュは直接殴って切って叩き潰す以外の戦いを理解できない。せいぜい戦場で見られる魔法なんてものは、多少の目くらましに近いものでしかない。
 そこまでの高度な幻影を編めるもの同士の認識は、想像を絶している。
「もしも真っ正直に精霊だと信じさせようとすれば、おそらく何かを企んでいると思われるだろう。特にあのホセという御仁、あれで隙が全くない。相当警戒しているね。もしもあのノールという女性に何かする気だと思われたら……私は不滅だからともかく、君の安全は保証しがたいね」
「うへ……」
 ガッシュはホセとやりあうのを想像する。……頭の中で相対しても全く勝てそうな気がしない。
 その実力を分析できたとかそういうことではなく、ほぼ本能でホセが相当なものだと感じ取っていた。
「じゃあどうするんだ。誤魔化すのか」
「そうだね。おそらくそれしかない」
「……お、俺に振られても困るぞ。自分で何とか説明しろよ?」
「まあ、任せておけ。……それよりヒーリィの次の出番だ」
「おっ」
 ガッシュはステージを見る。
 そこでは腕組みをして不機嫌そうにガッシュたちを見返るヒーリィと、いつの間にか舞台に上がったノールの姿がある。
「勝てそうにないな……」
「ああ、さすがにね……」
 半ば諦めの顔でその取り組みを見るガッシュとブライト。
 そして。

 試合開始と同時にヒーリィはノールに踏み込む。
 ガッシュが教えた例の「消えるステップ」だ。
 が、ノールとはそもそも動きの次元が違い、相手の盲点を突くために至近距離に身を沈めるヒーリィから即座に二歩距離を取る。
 離れられてしまえばただのジグザグステップでしかない。
「ヒーリィ! 駄目だ、それじゃ勝てないぞ!」
 ガッシュが叫ぶ。だったらどうやって勝つのかと言われても答えられないが、見切られているフェイントを懸命に続けても仕方がない。
「っ……!」
 言われるまでもなく、ヒーリィはそれを理解していた。
 ノールの勘は鋭敏だ。とにかく相手の動きに対して反応が早い。
 となれば。
「……ふぅ……はぁ」
 ヒーリィも一歩下がる。そして、ゆっくりと呼吸をしつつ構えを変える。
 つかみ掛かることを重視した構えから、防御を重視した狭い構えへ。
「……なるほど。ヒーリィ、考えやがった」
「どういうことだい」
「あの女、確かにスペックは高ぇが……おそらく相撲自体にはそれほど慣れてない。さっきの練習でやたらとイカス動きをしてたしな」
「いい動きをしていたのなら強いという事ではないのか」
「他人にない動きをするっていうのはつまるところ、一番有効な一手を知らないからだ。選択肢から無駄を省いていけば自然とそれっぽい動きになっちまうのが武術だ。……慣れてない同士なら、待ちってのもひとつの手だろ。特にあっちは後の先が得意と来れば」
「ほう。ヒーリィも結構、そういった戦術的思考ができるというわけか」
「……この試合で思いついたって線もあるけどな」
「?」
「……やっぱりあいつ、精霊だけあって何でも才能あるんだよな……」
 ガッシュは「肉弾戦でもヒーリィに追い越される」という想像をして微妙な顔になる。
 そしてステージ上では待ちのヒーリィに対してジリジリとノールが迫っている。
 思った通り、表情から余裕が消えている。自分から飛び込むのは不得意なのだ。
 急な襲撃に備え、バランスを崩さないようにすり足でゆっくりと近づくヒーリィ。
 逃げるように距離を取るものの、ヒーリィに攻撃の意志がないのを悟り、自分から踏み出すか迷うような素振りを見せるノール。
 ヒーリィはニヤリと笑い、一瞬肩だけを急に動かしてみせる。
「!!」
 ノールは過剰に反応して、身を浮かせた。
 浮かせてしまった。
「っ……えーい!!」
「き、きゃあっ!?」
 フェイントから一瞬遅れの踏み込み、そして突き倒し。
「勝者! ヒーリィ・ウォーター!」
 会場が沸く。特に玄人気取りの地元のオッサンたちの盛り上がりがすごい。
「やりやがった……!」
「すごいねヒーリィは」
 パン、と片手同士でハイタッチをするガッシュとブライト。


 その後、ヒーリィの快進撃は続かなかった。
「さすがにオーガの人相手には小細工通用しなかったよ……すごいリーチ」
「っていうかあのオバサン、割とありえない技とか使ってたな」
「うん……」
 ドロシー・アイザック。またの名を「竜巻ドロシー」。
 既にバリバリの女王である彼女は、ヒーリィが踏み込んだところで片手で投げ飛ばしてしまった。
 空中で二回転して地面に尻餅をついて終わりである。
「アレに勝てるわけないよ……」
「いやいや、地元のオバサンたちは勝つ気でいるみたいだぞ」
「ウソ……」
 玄人気取りのオッサンたちの情報であった。練習試合でならドロシーにはあの一回戦のエステル・マクレインが数度土をつけているらしい。
「深いなぁ……でもこういうのを何度もやってるなら、町にすごく活気があるのも納得かも」
「ははは。ま、そうだな」
 ヒーリィは敢闘賞としてドロシーとエステルに推薦され、急遽いろいろと賞品を貰ってしまった。エステルの娘の着古した衣服やら、旅に便利な小道具(ドロシーが越してきた時の旅路で使ったらしい)やら。
 どこかアットホームで楽しい大会だった。
「あーあ。まさかあんなフェイントにやられちゃうなんてね」
「だから言ったんですよ。大体お嬢は何やるにも感覚でやっちまうんだから」
 そして、和やかに笑っているガッシュたちに近づいてきたのはノールとホセ。
「やられたわ。小さいのになかなかやるじゃない」
 ノールはヒーリィに握手を求める。
 ヒーリィが小さいと言ってもそれほど極端に背が低いわけではなく、ノールが高いだけだが、確かに握手するとその身長差が妙に大きく見える。
 ヒーリィは笑ってその手を握る。
 爽やかなスポーツ大会の幕切れ。
 ……で、終わってしまおうとガッシュはそそくさと荷物をまとめる。
 追及されないならされないに越したことはない。まさかトロットまで彼女達も追っては来ないだろう。ゆっくりするならトロットのどこか田舎町あたりでいい、などと考えていたが、やはり逃がしてはもらえない。
「それでアンタ、ブライトさんだっけ? お嬢と俺をチラチラ見ながら話してたが……なんか、心当たりがありそうな顔だな」
 ホセがニヤニヤしながらも油断なくブライトに詰め寄る。
 そしてブライトは、堂々と。
「ふ。……世の中には三人同じ顔の者がいるという話をしていたんだよ」
「……は?」
「私も、ここまでそっくりな相手がいるとは思わなかった。やけに旅先で宝石蝶の名で間違われると思っていたのだけどね」
「は、はぁ……っていうか、ダークエルフでその歳まで私やオニキスのこと知らないなんて、どこの……」
「実は最近まで東方山地にいてね。母親と二人で暮らしていたのでセレスタのことには詳しくないんだ」
 スラスラとデタラメが口を突いて出るブライト。その清々しいまでに自信に満ちた嘘つきぶりにガッシュとヒーリィは呆気に取られる。
「そ、そうなの? そういう人も……いるといえばいるのかな……」
「あっちは把握できませんからね……ほら、例のオーリンズ氏とかもまだいますし、ありえなくはねぇんでしょうが」
「ああ、ヒルダ姉さんの……」
 心当たりがあるらしく、納得されているようだ。
「まあそういうわけで、これからもよろしく頼むよ、私の生き写しの方」
「……う、うん……いるのね、本当に……」
 堂々と握手するブライト。
 結局、口車だけで押し切った。

「度胸、すげーなぁ……」
「顔、変えちゃおうとか思わないの?」
 競技場を離れてから、ブライトの背中に声をかけるガッシュとヒーリィ。
「顔を変えたらガッシュが私に欲情してくれなくなるかもしれないじゃないか」
「そんなことは……」
「ただでさえガッシュはヒーリィ以外の人間型の女には勃たないと言っていたのが、私相手でも反応するようになってきたんだ。今更それをナシというのは少々辛いね」
「まあ、そうだけどな……」
 ガッシュは元々リザードマンとしてはノーマルな性癖、つまり同族の女が好きな男である。
 ヒーリィが例外であり、そしてブライトもようやく例外になろうとしているのだ。
「これで結構必死なんだよ。それに……」
 イタズラっぽく笑うブライト。
「それほど世間の羨望を集める『宝石蝶』の瓜二つを抱くというのは、ガッシュにとっても優越感じゃないのかい?」
「……やっぱお前謝って来い」
「勝手に顔を借りておいてそーゆーのは失礼だと思わないのブライト」
「なんだ、いいじゃないか。君たちは妙なところで潔癖だな」
 冬のヴィオール峠を三人が行く。
 トロット王国は目の前に迫っていた。

(続く)


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