コルティを先導に立て、他のドラゴンたちが後ろに続く形でライナーの捜索にかかる。
 人員があまり多くないこともあって、馬車は置いてきた。コルティを除いても四頭もいれば、十人やそこらを運ぶのに道具なんて必要ない。
 ……襲う側にしてみたら狙ってくれといわんばかりだし。
「警戒を怠るなよ、ライラ」
 ディアーネさんが俺と一緒に手乗りしつつ、ライラに檄を飛ばす。
「ほ。わかっておるわ。しかしこうして一緒に飛んでおると、どうしても知覚力では氷竜に一歩劣るものと思い知らされるのが悔しいところじゃの」
「そうなのか?」
「体の頑丈さでは火竜が優勢なのじゃが、氷竜は荒天に強く出来ておる分、そこらの特性が強いようじゃ。警戒はマイアに任せるほうが良いかもしれん」
「無論、マイアにも充分注意してもらうが。こう何度もアンディを狙われては困る」
「そうじゃの。流石に今回はそなたが張り付いておることじゃし、安心できるがな」
 ドラゴンに抱えられつつ、ディアーネさんの直接護衛。これをも上回る警戒態勢なんてない。
「はぁ……面目ないです」
 すぐ隣にいたアンゼロスが小さく溜め息をつく。
 離宮戦ではアンゼロスにネイア、そしてシャロンをも投入して俺を守ったのだ。普通に考えれば過剰なほどの護衛だったが、結果としては、ライナーの前で充分とは言えなかった。
「お前たちは充分にやった。こうも常識外の相手には、結果的に犠牲が出なかったことで満足するしかない」
「そうですけど、一歩間違ったら……」
「戦いというのは100%思い通りに行くものじゃない。前回は、千載一遇のそこで結果を出せなかったライナーたちの敗北だ」
「…………」
「悔やむな。気負うな。それが隙になっては悪循環になる。……結果が動かないなら、その時々で一番必要な解釈を『選ぶ』しかない。いずれ安全な場所で反省し、訓練をする時ならばともかく、今はお前のような顔をしているべき時じゃない。そうだろう?」
「……そうですね」
 ディアーネさんの優しく諭すような言葉でアンゼロスは立ち直る。
 このあたりは、やっぱりディアーネさんって年長者だなあ、と思う。二百歳の人生経験の重みが、その思考術に説得力を持たせていた。
「コルティ、どうだ? いそうな場所に見当はつくか?」
 俺は話題を変える意味でも、ちょっと先を飛ぶコルティに声をかける。
 距離はあるが、ドラゴンの聴覚なら問題ないし、こちらに幻影も飛ばせる。
「これ以上逃げるつもりはないのかもね。近付いてる感覚はあるわ」
「逆にお前の存在も感知されるんだっけ? お前がこっちに協力してることに気づいてないのかも」
「どうかしら。姉さんとシャリオはそんなに楽観主義じゃないと思うけど」
 俺たちの前に飛んできた幻影コルティ(ライラやマイアが使うのと違って普通に等身大)に向かい、ディアーネさんが思案する。
「反意があって、あえてライナーたちにこちらの接近を知らせていない……というのは、さすがに期待し過ぎか。あるいはライナーたちを別の場所に隠して、単独行動をしてこちらを待ち構えているかもな」
「どういうことです?」
「こちらの話を聞く気にせよ、迎撃するつもりにせよ、それが一番の安全策だろう」
 レイラは、どう出てくるのか。
 ジリジリと不安を募らせつつも、俺たちはその場所に近づいていく。

 そして。
 遠い場所からも見下ろせる、小高い岩山の頂点に、美しい銀色のドラゴンが端然と座っているのを発見する。
「……コルティ」
「わかっているわ。説得するから……手は出さないで」
 それだけ言ってコルティの幻影は消え、ドラゴン体のコルティは俺たちを残して地上に降りていく。
「姉さん」
「無事だったのね。安心した」
「……いつ殺されてもおかしくないけど。でも、姉さんはまだ違う」
「そうね。……つまり、そういう話をしにきたのね」
「そうよ。姉さん、姉さんはあっちのドラゴンライダーに感謝されてる。今のうちに、戦うのをやめて。ライナー様のこと、わからないって言っていたでしょ」
「いいえ」
 レイラはコルティの説得を撥ね付けた。
「あなたもわかっているでしょう。力の契約は、主が間違っているとか、思っていたのと違ったとか、そんなことで破棄できるものではないことを」
「でも!」
「それにね、コルティ。……私は確かにライナー様を理解できなかった。でも、今はもう理解してるのよ」
「……どういうこと?」
 聞いている俺たちは、ライナーが何か怪しい薬か術でも使い、レイラを支配したのかと思ってしまう。
 だが、レイラの声はあくまで穏やかだった。
「平凡だったのよ、あの人は。私たちはずっと、それを正しく見通すことができなかった」
「姉さん……」
「人として強く、言葉は雄々しく、そして重い物を背負っていたけれど、あの人はただ幸せを夢見ていた。色あせた人の社会の慣習に膝を屈することなく、シャリオや私たちと過ごす、誰にも邪魔されない幸せを手にしようとしていた。……発想も、欲求も、平凡だったのよ。何を考えているかなんて深く穿って見る必要はなかった。何もない国で育った人が、竜の想像を絶するような深く大きな考えなんてあるはずなかったのよ。……私たちはそんな人と契約して、つい偉大な人と思い込もうとしてしまった。それだけ」
「なら、それでいいじゃない! 姉さんはそうとわかったなら……!」
「でも、私たちは誓ったのよ。そんな人の力になる事を」
 ……ほんの少し、静寂が流れる。
 互いに次の言葉を選ぶ、選ばないと傷つき、傷つけてしまうと思いながら言い淀む、僅かな間。
「私たちは、人は変わる事を知っている。揺るぎない意志なんて一時のもので、私たちにとっては老いることすらできない時間の中でも、人は違う存在に変わっていく事を知っている。それでも、力の契約をする」
「……うん。姉さんは、いつかそのことで長老に問答を仕掛けたことがあったわよね」
「長老はあの時、私にこう言った。『変わらぬものに殉じたいのなら、乗り手などいらない。永遠の法でも作って淡々と執行すればいい。私たちがただただ、自然の秩序という機構の一部であるだけでよいのなら』と。……それ以上教えてもらえなくて、あなたも首を傾げていたわね」
「……うん」
「今ならわかるわ。変わらぬものに力なんていらない。価値なんていらない。私たちはそんな永遠を守りたいわけじゃない。変わっていくとしても、間違ってしまったとしても、私たち竜はそれに寄り添って、過ちを許さない冷たい運命を変えるためにいる。その先に生まれるものを守るためにいる」
 レイラはゆっくりと、滞空するライラたち……つまり俺たちを振り仰ぐ。
「彼が運命を変えたように。私も滅びの運命を変える。法や秩序が主を否定しても、私は主がそこからさえ変わっていくと知っている。そのいつかのために竜は永遠を誓う。世界最後の味方として、ともにある」
「だけど、姉さん、それじゃ……!」
 レイラは翼を広げる。
「それが私の答えよ」
 コルティに言い置き、飛び上がる。
「だから、あなたたちと共には行けない!」
 迫ってくるレイラ。
 ライラはそれに正対し、低く唸る。
「ディアーネ。……二人を任せるぞえ」
「わかった」
 ディアーネさんの返事が終わらないうちに、俺とアンゼロス、そしてディアーネさんは空中に放り出される。
 そして、俺たちが落下するのをマイアが追い、俺たちは拾われながらもライラとレイラ、よく似た名の黒と銀の竜が空中でぶつかり合うのを見届ける。
 低い声で咆哮を上げるライラ、甲高い声を上げながら突撃するレイラ。
 その二頭の竜の、本気の戦いはどこまでも雄々しく、壮絶で……そして、幻想的で。
 しかし、二頭の力の差は厳然とあって。

 血に塗れ、無残に地に落ちたのはレイラだった。
「姉さんっ! 姉さん、もういいでしょう!!」
 人間体になったコルティは、ボロボロになった銀の巨体を横たえるレイラに取りすがる。
 しかしレイラは、人間体になることはなく、巨躯をそれでも起き上がらせる。
 誰が見ても、レイラには勝ち目がない。それは明らかだった。
 空中で幾度も互いの爪と牙で傷を付け合い、それを気合で治癒し続けながらの戦い。
 しかし深手は明らかにレイラの方が多く負い、ライラの攻撃力と戦闘技術の高さを見せ付けられた。
「一対一では、我は誰にも劣らぬ。火竜において最強たる黒竜の中にも我を下せたものはおらぬ」
「……言う、だけのことは、あります……」
「我が主は、そなたを殺す事を望んでおらぬ」
 ライラはそう言うが、レイラはそれを無視。
 表皮も翼も治癒できぬまま、体裁を繕うように深手だけを塞ぎ、そして再びライラに向かおうとする。
 たまらず、コルティがドラゴン化して後ろから取り押さえた。
「やめて! やめてよ、姉さんっ! こんな馬鹿なことに命を懸けるなんて、私やシャリオだけで充分でしょ!?」
「……放して、コルティ。……私は、これでいいのよ。私は初めて……あの方のために、戦えている……」
「姉さんっ!」
 姉妹の姿は、壮絶。
 それぞれ別の形で死を覚悟した彼女らは、ここにいないライナーのために……いや。
 よく考えろ。
 頼みの足であるシャリオは翼が折られていて、逃げおおせるものじゃない。
 だとすれば、レイラがこうして意地を張る間に、起死回生の策を講じている……?
「近くにライナー、いるんですかね」
「いるな」
 ディアーネさんは耳を動かしながら頷き。
「囲まれさえしなければ、未だにどんな相手をも薙ぎ倒せる攻撃力がある。一瞬で私かお前を狙うつもりだろう」
「……察知できないんですか?」
「探しているが……今わかる範囲では……っ!」
 ディアーネさんは空を見た。
「そうきたか……みんな、上だ!!」
 太陽を背に、何かが落ちてくる。
 翼を畳んだドラゴン。シャリオだ。
 折れてたはずなのに。
「ドラゴンスレイヤーの傷は癒えないはずじゃ」
「しっかり翼を折ったのか?」
「……人間体で、背中に当てただけですが」
「それなら浅かったのかもしれん」
「……ここまでそれを隠してたってことですか!?」
 そんな馬鹿な……って、よく考えたら幻影で深く怪我してる風に誤魔化すこともできるのか。
 やられた。
 いや。しかし今は。
「全員、迎撃だ!」
 ライラを除き、リェーダ、マイア、ブロールさんの三頭がディアーネさんの言葉に反応して空に駆け上がる。
 が、シャリオはなんと前足の一振りで三頭を三方に弾き飛ばした。
「嘘だろっ!?」
 愕然とする。
 そんなとんでもなく強いドラゴンだったのか!?
 ……いや、それなら先に離宮で勝負がついてたはず。
「腕輪です」
「ネイア! って、あの図体で腕輪!?」
「人間体のほうで装着しているのでしょう」
「……アリかよ、そんなん」
「それより、スマイソンさん。隠れていてください」
 ネイアがそう言うと同時、彼女の背後にザンッと着地する影。
 ライナー・エクセリーザだった。
「ネイア・グランス。……最後の勝負といこうか」
「そうしましょうか」
 ネイアは帽子を取り、俺に渡す。
 その俺はディアーネさんに庇われて、彼女の背後へ。
「アンゼロス、オーロラ! ベッカーとキングフィッシャーも、ネイアの援護!」
「不要です」
 ネイアは支援を断る。
「それよりシャリオさんと戦っていてください。私がライナーを倒しますので」
「ネイア!」
「心配は無用ですよ」
「腕輪がないからといって俺がお前一人で倒せる気か」
「勿論です。……閃光剣」
「うむ」
 ネイアが手にした閃光剣が、虹色の光を走らせる。
 ……おい、まさか。対人戦でそんなもん使う気か。
「ネイア、お前」
「ライナー。最後に聞きましょう」
 剣をまっすぐに右手で持ち上げ、突きつける。
「あなたはまだ、勇者ですか?」
「価値のない質問だ」
「そうですか。安心しました。……裁きのために法を述べるのも面倒ですから」
「何だと?」
 ネイアはにっこりと笑う。
「ただの決闘。それでいいでしょう」
「ククク……なるほどな。確かに、もう細かい理屈を捏ねるのも飽きた」
 ライナーはそう言って、シャリオを背後に背負って剣を抜く。
「貴様ら全て気に入らん。それだけで充分だ!!」
 ライナーは知らない。
 ネイアは……閃光剣は、その気になれば極大化した腕力など関係なく、シャリオもその場から消滅させられる事を。

(続く)

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