監禁されていた長老派を地上に連れ出し、一息。
「俺たちは背後に控える非戦闘員を突かれたくない。ドラゴンがそういう倫理に悖る真似をするとは思わないけど、長老たちにはそのあたりの抑えを頼みたいんだ。参戦は必要ない」
「しかしライナー殿に従った竜はまだ多くあります。聞けばブルードラゴンの援軍を揃えたそうですが、それでも十には満たぬとか。ライナー派も油断を消した今、苦戦は免れますまい」
暗に「少しでも足しにドラゴンを連れて行け」と忠告する長老。
「ドラゴン戦力を増強したいわけじゃないんだ。ただ、横槍を避けたい。ただ戦って勝つだけなら、俺たちには誰よりも心強い人がついてる」
「……若い竜たちの押し込みを跳ね返したと言う女傑ですか。確かに運が良ければ、そのまま無被害で勝つこともできるかもしれませぬ。しかし人はあまりに脆い。竜たちの誰かがブレスを全開にするだけで、幾人かは命を落とすのです。それを避けるためには一頭でも多く連れるに越したことはない」
「それじゃ辻褄が合わない。俺たちはこのパレスを制圧しに来たわけじゃない。何も担保なしに、ただ不参戦でいてもらう以上のことは望まないよ」
「ワシら竜は、力でありたいのです。何かを為す力でありたい。危難に際し、ただ動かぬだけを望まれるのは、恐れながら屈辱といえましょう。人の道理とは違うかもしれませぬが、あなたによって黙らされた里の竜たちも、屈服したまま過誤なく過ごす事を命じられるよりは、役に立てと連れて行かれた方が満足いくというものです」
「うーん……」
なんとなくだが理屈は理解する。
ドラゴンはとにかく誰かの役に立ちたいという願望がある。生物として完全すぎる力がありながら、生物として必要なことがあまりに少ないために、自分の衝動による行動だけではそのバランスを昇華しきれないのだ。
だからこそ、ドラゴンライダーという外付けの正義を種族的に認め、自分が一種の道具として使われる事を望む。
なんでもできるが、必要がない。何をするのも意味がない。
だから意味の所在を他人に求める。それがドラゴンライダーというものの根幹だ。
このパレスでくすぶっているドラゴンたちも、この大きな局面で「必要ない」と放置されるより「必要な」存在として使ってやる方が満足するのだ、と長老は述べているのだった。
が、こっちだって都合がある。
「俺たちはドラゴンパレスの奪い合いを焦点にしてゲームをしているわけじゃないんだ。ただ、ライナーと決着をつけるまでの数時間を、後顧の憂いなく進みたい」
「ならば、なおのこと従えるのが得策です。あなたに理はある。ただ動くなというより、我に従えと言う方が竜たちは従うでしょう」
「……はぁ」
どうしても、俺のドラゴンライダーとしての権威で話をつけるのが確実ということのようだった。
……まあ長老としての発言力は、解放されたからといって急に強くなるわけでもない、か。それより強制力は俺の肩書きの方が高い……というのも、また事実。
元来ドラゴンは単独でも生きられる存在だ。コミュニティの古参というものの権力は、俺が人間の村に当てはめて考えるよりも強くないのだろう。
「わかった。……ただし、お前たちは無理しないで回復に努めてくれよ。ライナーもここからは後がない。どれだけ本気で抵抗してくるかわからない。俺は知ってる奴は誰も死んで欲しくないんだ」
未だ傷の残るレイやエマを始めとして、体力回復し切れていない長老派にはそう厳命をする。
少し複雑そうな顔ではあったがみんな頷いた。この時こそ活躍したかったんだろうな。
だけど、もうお前たちは充分に活躍してくれたんだよ。
そして、俺は広場に集まったシルバードラゴンたちと、胸を張って向かい合う。
「ドラゴンの聴覚なら、聞いていたと思う。俺たちはこれからライナーと決着を付けたいと思っている。……その決戦に同行し、俺の仲間たちを守ってくれるドラゴンがいるなら、ついて来てもらいたい」
人間のコミュニティなら、つい最近までその共同体の唯一の指導者とされていた男との戦いに、ポッと出の奴がこんな提案をするのはあり得ない。
だが、長老がそうも勧めるのなら、そう提案していかないのも不義理だ。
俺の言葉に顔を見合わせるシルバードラゴンの男女たち。
そして俺の斜め後ろに控えていたリェーダが、彼らに向かって手を広げて訴える。
「この中にはライナーのやり方や、次の見えない行動に不満を持っていた竜もいるはず。スマイソン殿は私たちに参加の余地をくださっている。蒼き同胞が乗り手に頼みにされる中、銀竜の誇りを見せる時でしょう」
「……あのさ、なんとなくリェーダさんの態度見てると一時期のテテスちゃん思い出すんだけどさ」
「ナリスちゃん、それ以上喋んないの。混ぜっ返してご主人様の妨害したとなったら、ライラさんに噛まれるよ?」
「むぐ」
自分の口を慌てて押さえるナリス。
しかし指摘はもっともで、リェーダのそういう態度も、人間の基準では理解し難いところではある。
テテスが妙な詮索やら企みやらを経て、俺への服従に転じた時も、なんとなくの違和感は随分残ったよなあ。今となってはドラゴンライダーの味方でいることのメリット、俺とのセックスへの耽溺、そしてなんだかんだでバスター卿との仲を取り持った恩……と、彼女が俺に徹底的に従う理由は見えてるけどさ。
ドラゴンにはドラゴンの優先すべき論理がある。きっと本質的にはドラゴンたち自身にしか共感し得ない部分が。
「私は同行させてもらおう」
おずおずと一歩を踏み出したのは、どことなくエアリを髣髴とさせる鋭い雰囲気の美女。
それに続いて、彼女の家族と思われる若い娘たちが「母さんが行くなら私たちも」と名乗り出て、その彼女らに釣られるようにまた次々とドラゴンたちが進み出てくる。
最終的にはマイアと変わらない背格好の者から長老に迫るほどの老竜まで、十数頭のドラゴンがこちらに同行してくれることになる。
「シャリオやレイラたちと殺しあえとは言わない。それは俺たちの戦いだ。ただ、俺の仲間たちが死なないようにできるだけ守ってやって欲しい。そして、この戦いの後、この地に住む人間たちが再び……腹いっぱいに食い、幸せに老いて死ぬことのできる世界を取り戻すために……力を貸してほしい」
『おおお!!』
俺の呼びかけに拳を突き上げるシルバードラゴンたち。
そして、その光景を複雑そうに見つめる居残りドラゴンたちには、改めて。
「お前たちの家族を死なせたのは、すまなかった」
そう謝罪して、王宮で待つディアーネさんたちの元に帰るため、マイアに手振りで「帰ろう」と促す。
その俺に、居残りドラゴンたちも跪いて声を絞り出す。
「ドラゴンライダーよ。……あなたの器を疑ったことを謝罪いたします」
「……お前たちは正しいよ。俺はライナーと違ってあまり大きいことも、遠い未来の事も考えてるわけじゃない。目の前で故郷のために思い悩み、もがく女の子がいなかったら、きっと飯と女のことしか考えてなかっただろうし」
「それが人でしょう」
「ああ。……俺は勇者でも王でもない。きっとこれからもただの人だ。ポルカの鍛冶屋ピーター・スマイソンの息子、アンディ・スマイソンだ」
「……いいえ。きっと最初の勇者や王も、そうだったのでしょう」
跪いたドラゴンの言葉を笑って流しながら、ほんの少しだけ彼の言葉を考える。
最初の勇者は、最初の王は、俺みたいだったんだろうか。
目の前で苦しむ誰かを見るまで、大した事を考えてもいない、普通の人だったんだろうか。
……ああ、もしかしたらそうかもしれないな、と思う。
「ご主人様はもうちょっとくらい女の事だけ考えて生きててもよさそうなもんですけどー」
「いや、これ以上女漁りしたら手ぇつけらんないよこの人!?」
「漁らなくてもいくらでもいるじゃない。ポルカでえっちなことばっかり考えて生きててくれると割と雌奴隷としては楽なんだけど」
「あー……うん、そうしてくれたほうが幸せなヒトは多そうだけどさ」
「ナリスちゃんもそうだよね?」
「いや私ゃ関係ないよ!? 別に順番とかに組み込まれる筋合いないよ!?」
「じゃあ今度から何する時もナリスちゃん抜きで……」
「え、いや、なんでそう極端に走るかなあ!?」
……お前ら、これから決戦なんでもう少し緊張して下さい。ついてくるドラゴンの皆さんも苦笑してるじゃないか。
(続く)
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