ライナーが不可解な宣言をして引き上げた翌日、俺たちの元にはシャリオがまた現れた。
「七日待つって話じゃなかったか」
「ただの監視だ。お前たちが急な動きをしない限り手は出さん」
 ドラゴン体のままのシャリオはそう言って見張り岩の近くに落ち着く。
 そのまま期日まで待つ気か。ドラゴンだと別に苦でもないだろうけど。
「……長老派はどうなってる?」
「知ってどうする」
 どこか馬鹿にしたようにシャリオは俺を見下ろした。
「若竜一頭とわずかな人間どもしかいないお前らが、竜同士のいがみ合いに手でも貸すというのか」
「……無事なんだな」
「む……」
 シャリオは不機嫌そうに言葉を詰まらせ。
「……誰がそんな事を言っている。私は」
「もしライナーが本気で、ライナー派が圧倒的なら長老派はすぐに圧殺されるはずだ。それを隠すような竜には見えないからな、お前」
「……知った風なことを」
 テテスに教わった誘導尋問。実際のところは半信半疑。
 しかし仲間を殺したのなら、それを押し隠すのはドラゴン的には最悪の罪の隠匿、紛れもない悪竜の所業だ。自分の行い、ライダーの行いが正しいと信じ、仲間を殺す正当な理由があるなら、それを主張しない理由はない。
 このシャリオというドラゴンはライナーに心酔はしているが実直だ。後ろめたいならその分、その事を饒舌に語るだろう。
「話ついでに、何でネイアをあいつが求めるのが理由を教えてくれないか」
「……答える義務はない」
「知らないんだな」
「貴様、調子に乗るな」
 その反応は「そうだ」と言ってるようなもんだと思うんだけど……気づいてないのかどうなのか。

「どうでした?」
「こっちに手を出すつもりはないってさ。急に逃げるのだけ監視する腹積もりみたいだ」
「感じは悪いですが……ま、しょうがないですかねえ。七日もあったら、小分けの往復でもここの職人村数百人をレンファンガスの砦まで移送できますし……」
 テテスの言う通り、完全に放置されたなら脱出は容易だろう。交換条件にならない。
 で、問題はその交換条件。というか、ネイアを寄越せば全部見逃すというライナーの提案の意図。
「あの提案、意味はよくわかりませんよね……どういうつもりでしょう」
「さあ、な……今更ネイアを勇者として再雇用するつもりでもないだろうし」
「そうなんですよね……ネイアさん、個人的な怨恨というのはないんですよね?」
「え、ええ……恨まれる覚えはないですが」
「ブライアンさんは、そういうの聞いたことは?」
「気がつかなかったな……僕ら勇者は元々あまり協同しないんだ。それぞれの担当地域のようなものがあって、自分のペースで巡回しつつ魔物と戦うことになってる。たまに王宮に招集がかかることもあるけれど、そういう時しか行動は重ならないんだ」
「それじゃあ、他人同士の関係なんか気がつかないものですよね」
「それ以上に、勇者としての活動は一年中、自分の地域に縛られていると言ってもいい。魔物と戦うのはもちろん、多くの村の諍いの裁定、仲裁……もちろんドラゴンのような移動手段もない。勇者というのは結構忙しいんだ。お互い真面目に働いている限り、怨恨を抱くような因縁自体、そうそう存在できないんだよ」
「……なるほど。でも、ネイアさんを『許せない』と彼は言ったわけで……」
「もしかして、外の国で贅沢をしたことでしょうか」
「それを言い出したらライナーはこっそりいくらでも外の国に飛べるでしょう。事故で飛び出して、帰る手段もおぼつかないネイアさんを糾弾するのは、筋違いもいいところです」
「筋違いだけど、あのライナーの考えることだからな……どういう基準でもおかしくない」
 ブライアンが腕組みをしてそう言うが、そんなことを言い出したらなんでもアリだ。
「本当にライナーと何もなかったのか? 些細なことでも……」
「思い出せません。訓練時代に何度か相手をしたのと、勇者になってからはたまに王宮で顔を合わせる程度で……」
「訓練か……それでネイアにコテンパンに負けたのを根に持ってるとか?」
「私とライナーは、腕はそれほど変わらないですよ」
「……そうか。なんかそれはそれでショッキングだな」
 ネイアと互角って。ネイアはディアーネさんにも劣らない戦士なわけで。
 ディアーネさんはあのボナパルト卿ともやりあう最高クラスの戦士で、つまりえーと……。
「……ライナーってメチャクチャ強いんだな」
「まあ、私をそう評価するのであれば、ですけど……」
「少なくとも僕では二人と勝負にはならないね」
 さらりと言うブライアンにテテスがおずおずとツッコミ。
「あの、ブライアンさんって十年以上やってるんですよね……?」
「……ま、魔物相手には僕くらいの腕があれば、あとは慎重さ次第でいくらでも戦える。ネイアたちが強過ぎるんだ」
 ああ、なんだか聞いたことあるような理屈。っていうかガントレットナイツっぽい理屈。
 人間と戦争するわけじゃないから、魔物を凌げる程度の戦闘力があれば充分、それ以上は求道者の領域……ってとこあるんだよなあ、レンファンガス。
「あと、思いあたることと言えば……」
 微妙な空気を振り払おうというのか、ブライアンは慌てて付け加える。
「ライナーはファリアに憧れていたらしい、っていう話を聞いたことがあるよ」
「えっ……」
 初耳、とばかりに耳をピンと反応させるネイア。
「あ、あれ? 君は知らなかったっけ?」
「……今知りました」
 もしかして、それ……か?
 ……となると。
「ファリア……っていうのは」
「ネイアの師匠で、先代勇者だった人だ。魔神と戦って死んだ……」
「……それは……なんというか相当、根深い……というか」
「でも腑に落ちるところ、あるな……」
 俺とテテスは顔を見合わせる。
 あのライナーの、ネイアを見る暗い目つき。
 谷を救おうとするネイアを嘲笑うような、今までの立ち回り。
 希望を持とうと、前に進もうと……この谷に外の国の幸せを与えようと。
 国家構想に立ち向かってでも、民を救う英雄たろうとするネイアを、何故ライナーはその最強の戦闘力とドラゴンライダーの力をもって、弄び続けるのか。
「……あ、ああ……」
 ネイアは、それに気がつき、震え始める。
 目に見えて顔が青くなる。
 それを見てブライアンとテテスも触れてはまずい部分に触れたと理解したのか、急に慌てだす。
「お、おい、ちょっ……ネイア、しっかりしてくれ」
「あ、あの、ええとっ……ご主人様、パス!」
「パスってお前な! ネイア、落ち着け。悪いテテス、少し二人だけで話させてくれ。音声結界よろしく」
「あっ、は、はい、そのっ……」
「大丈夫、落ち着かせるから。お前やブライアンのせいじゃない」
 テテスに音声結界を張ってもらい、小屋の一つを間借りして、ふらつくネイアを励ましにかかる。

「……ライナーは」
「ああ」
「知って、いるのでしょうか……私の罪を」
「お前と閃光剣が喋ってないなら漏れることじゃないだろう」
「……でも」
「そこは問題じゃないんじゃないか。……その、閃光剣とファリアの帽子を持って生き延びたネイアを見れば、詳しいところは分からなくても、ファリアが死んだのはネイアのためだ……って思われる可能性はあるだろうし」
「……事実ですからね」
 ネイアは息を吸い込み、震えながら吐き出し。
「……そ、そう……そうですよねっ……気に入らないでしょう。何で私は、そう思われないと思ってたんだろう……」
「ネイア、思いつめるな」
「私は……私が、ファリアを殺した私が、まるで英雄のように振舞っているのなんてっ……私が、この谷を救うとか、民のためだなんて息巻いていたって、外の国の楽しさを知ったり、優しくしてくれる人に会えたり、そんな人並みに幸せを知るなんて、そんなの、そんなのはっ……」
「ネイア!」
「そんなのは、ファリアのことを慕っていたら、絶対に許せるはずないじゃないですかっ……!!」
「違う!」
「ですけどっ!!」
 ネイアは頭を抱えて、首を振り、涙をポロポロと流し。
「……私は、応えたかった……ファリアが残してくれた命を、この谷のために使えるならって……外の世界を私が知れたのも、私の天命か何かだって……でも、そんなのライナーにしてみたら笑い話ですよっ……ライナーは始めからこの谷を守る力も、救う力も、ある……そんなこの谷を、勘違いした私が、ファリアの代わりのような顔で救おうだなんてっ……」
 ネイアは、搾り出すように。
「……そんなふざけた話、徹底的に叩き潰したいに決まってる……!!」
「…………」
 俺は。
 自罰の底にいるネイアを、ただ抱きしめることしかできない。
 まだ、言葉は届かないだろう。ぬくもりだけでも、と。

(続く)

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