バイクで事故を起こしてから早くも半月が過ぎようとしている。
 愛車を失った悲しみも癒え……きれはしないが、それなりに受け止められるようになってきた。
 俺は自分が強い人間だとは思っていないが、少なくとも自覚的に弱い人間ではなくあろうと思う。
「ふふ……色々あったなあ、ファルコン号(別称)……摩周湖、綺麗だったな……またお前と一緒にあの霧を蹴散らす感覚、味わいたい……な……うぅっ」
 ギプス用の石膏をわけて貰って1/10くらい(適当)愛車を製作して話し掛ける俺の姿はただひたすら泣いていた先週に比べれば少しは進歩していると思う。

 しかし複数設置された巨大なギプスや、無事に見えても思うようにならない関節、体の節々に予想外にビキンとくる痛みなどのおかげで正直……。
 自分の体が臭いのは否定できない。
 バイクで旅行している時はあまり気にならなかったんだが……まあせいぜい三日やそこらだけれど。
 ……ああ、あの時とは決定的な違いがあるか。
 毎日のように俺の性欲処理という名の逆性犯罪行為を繰り返す幼ナースなどは同行していなかった。いくら毎日シーツや下着、パジャマ代えているとはいえあれは臭いがつくものだ。
「……思い切りザバーンと風呂に入りたい……」
 しかしそれは叶わぬ願いというものだろう。
 あの幼いナースは手際は恐ろしくいいが腕力自体は見た目相応だ。
 そしてその母たるあのお色気女医は不精そうだし。むしろ「このすえた匂いがいいんじゃないのよ、コイツぅ」とか言い出して風呂にかこつけた性的行為を始めそうな気すらしてしまう。
 やはりギプスを小さくしても済む程度にまで回復する必要があるのか。
 しかし大腿骨だからな……。

 などと思索に沈んでいたところ、俺の病室の扉が少しだけ開いていることに気づいた。
 いつもはあの幼いナースがちゃんと閉めていくのに。主に空調効率のために。
「…………」
 それまで全く気になっていなかったのに、一度開いているのが気になると途方もなく気になってしょうがなくなる。そんなことってありませんか?(脳内ナレーション:八嶋智人)
 もうなんというか、パンツがうしろまえであることに仕事中に気づいてしまった時のような、焦燥感すら伴う違和感がある。
 ……単に他に注意を向ける場所がないこの病室が悪いとも言えるが。
「……閉めよう」
 怪我から二週間。そこそこの期間だ。
 経験値を積み、自分がどう動けば痛くて、どれくらいなら平気なのかといった許容量を見切り始めた時、人は若干調子に乗ってしまうものだと思う。
 少なくとも俺の人生の経験上それで二次被害を出したことは枚挙に暇がない。
 そして俺は人生何度目かわからない軽挙をやらかした。
「もう少し……もうちょっと……」
 ちょうどその辺にあった高窓開け用の長い棒で、俺はドアを閉めようと手を伸ばしてしまったのだ。
 目測より遠い時点でやめておけばいいのに意地で身体を伸ばし、弱っている上に痛みの残る腕で長い棒をぶるぶると差し出し、そして、

 がっしゃん、と床に落ちた。
 声の出ないほどの恐るべき激痛と共に、意識を失う。

 事故を起こした時は痛いとかなんとか思いはしても結構意識残ってたはずなのに、と思いながら俺が目を覚ますと、信じられない光景が広がっていた。

 一面の青。

 そうとしかいいようのない風景だった。
 顔を上げれば揺らめくクリアブルー。
 視線を降ろせば黒へと淀んでいくディープブルー。
 ……これは、水の中……か?
「!」
 息!
 水の中なら息、しなきゃ!
 上がらなきゃ!
 と、大慌てで手足を動かそうとしたら背筋を轟音を立てて激走する痛みがそれを妨げる。
「げはっ」
 せっかくの空気を吐き出し……いや、出て行かない?
 ……息が、できる?
「……な、なんだ、これは……」
 不可思議な空間に突然自分がいる奇怪さもさることながら、自分が水中で何の支障もなく呼吸し、周囲を認識できていることに驚く。
 自慢はできないが、泳ぎはともかく潜水は苦手な方だ。
 あの耳と水圧の融通を利かす「耳抜き」が大の苦手で、3mも潜ると締め付けられる痛みに耐えられないのが俺なのだ。
 それがどう見ても水面から相当遠いここで快適な状態を維持している。何故か呼吸も出来ている。
これはどういうことだろう。
 ……と、思ったら、水の中を反響するように、柔らかい声が響いてきた。
「お風呂に入りたい……と、うわごとを言っていたから、連れてきてしまいました」
「……!?」
 誰だ、と思い、周囲を慌てて見回そうとする。……が、水の中なのでうまいこと顔が回らない。手で水を掻いて体ごと見回したら節々に負担かかってかなり痛かったが、なんとかその声の主を視認できた。
 水の中を、……使い古された言い方で言うなら人魚のように、ゆったりと進んでくる銀色の髪の……全裸の女。
「!?」
 浅黒い肌と、整った顔立ち、そこにうっすらと浮かぶ神秘的な笑顔。
 肌の色を見たときは女医か、あの幼ナースかとも思ったが、その曲線は完成した豊満で妖艶な女の魅力でもなければ、それと対極にある、保護欲をそそる未熟で危うい幼女の魅力でもない。
 ちょうど女としての準備が整ったばかりの、清純かつ十全な少女の魅力だ。
 だからこそ現実感がない。
 青い水の中で、惜しげもなくその裸体を晒して俺に近づいてくる女が、全く知らない女で、そしてそんな絶妙な魅力を振り撒いていることが理解できない。
 俺は思わずぼんやりと、その身体を眺め回してしまった。
「……えっち」
「あ、いや、その!」
 そして、あの過剰性欲上等オールタイムスタンディンパイな幼女と女医に慣らされてしまったせいか、そんな清新な反応が返ってくることが妙にドキドキしてしまう。
 細腕ふたつ。少女の身体に巻きつくように。
 身体を隠しても隠しきれるものではない。余計に扇情的だ。
「あなたが入浴するには、こういうところに来るしかなかったからなのに……」
「こういう……って」
 よく見てみたらギプスもパジャマもない。
 なのに、水中だからか負担がほとんどない。
「ここならあなたの身体を綺麗にするのも容易いでしょう? 水温も快適なところを選んだつもりですけど……」
「い、いやね、その……あなたは誰なんだ。なんでここは呼吸ができるんだ。どうやってこんなところに……」
 普段ならそこそこにキレのいいはずの俺のツッコミも、こんな状況下ではうまくいかない。
「いいじゃありませんか」
 そして彼女はどこからともなく取り出したスポンジとヘチマを両手に掲げ、俺にゆっくりと寄ってくる。にっこりとした微笑みはいいがまた乳首も性器も丸出しだ。いや。
「……って、ちょっと、待っっ、っぎゃあああああ!!?」
「ちょっと我慢してくださいね……♪」
 少女はゴシゴシと洗う。痛いところとか全くお構いなしに。ちょっと体内でゴリュッとがゴキュッとか音がするようなところも手加減なくゴシゴシと。
 逃げようにも全力で動くとそれはそれで気絶しそうなほど痛い。
 逃げることも止めることも出来ずに拷問される。しかも彼女は凄く優しい笑顔で。

「GYAAAAAAAA! OH OHH! NOOOUOUOHHHHHHHHHHHH!!」

 美しい少女とお互いはだかんぼうになって全身をくまなく洗ってもらう。
 字面では激しく妄想を掻き立てられる状態のはずなのに……そんな場合ではない。
 水の中に見えない涙を振り撒き、俺は完璧に全泣きしながら、その奉仕を耐え抜いた。


 こんなに脳がグチャグチャになるほど泣いたのは幼稚園以来ではないだろうか。
「うぐっ……えぐ、っぐ……」
 思い切り子供のようにぐずり泣きしながら、ようやく全身を洗い終えられる。
 と、その時になってようやく少女が俺の顔を覗き込んでいることに気づいた。
 今ではない。
 洗っている時もずっと俺にその笑顔を見せていた。
 ……そう。
「笑顔」、痛みに絶叫し泣きじゃくる俺の顔を「笑顔」でずっと見つめていたのだ。

 その時になってようやく、少女の笑みがどことなく愉悦を含んでいることに気づく。

「き、君はっ……君は、まさか、わざと痛がらせてたんじゃ……」
 もはや可愛いとか可憐とかそういう問題ではない。
 だが、少女はおもむろに俺の男根をその細指で捕まえ、若干乱暴にグイグイとしごきながら乳を押し当てる。笑顔のまま。
「……患者さん、すごく好みなお顔……ですよ……♪」
「ひっ」
 今この状況下で好みの顔とか言われても不吉な感じしかしない。
 この少女は、俺の泣き顔を見て言っているのだ。
 体の骨折箇所を遠慮なしに揺すぶられた泣き顔を見て。
 なのに、俺の若気の至りは正直なもので、彼女の乳房の感触と手コキで見る見る勃たされてしまう。
「な、何……を……」
「ふふっ……ねえ、最近……毎晩ずっと、シテるんでしょう? 知ってるんですよ……?」
「……な……」
「妹が、ナースステーションに帰ってこないもの……」
「……き、君は、あの子の……!?」
「…………」
 彼女は黙って扱く手を早くした。もはや俺の超獣は青春爆発寸前だった。
「……あんな病院だから、あなたみたいな普通の患者さんが来ることなんてないから……あの子が夢中になるのは、仕方ないんですけど。……でも、それは私だって同じなんですよ……? そんなのズルい、でしょ……?」
「は……?」
 彼女は何を言っているのか。
 ……まあ怪我の具合以外は何事も人並みであることは認めるが。
 と、俺が混乱しているうちに、彼女は俺の身体を引き寄せ、ぐいっと俺の体にしがみつき。
 そして、腰を押し出して、フワフワと水の中に漂いながら俺の男根を咥え込んでいた。
「ひぐっ…………!!」
「……い、いきなり、だな……」
「あの子だって……どうせラブラブで抱いたわけでもないんでしょう……なら、いいじゃないですか……♪」
「それはそうだけど、その言い草は……く……」
 ブツン、という感触。
 ……そんなことだろうと思ってはいたが、この娘も初めてだったりするのか。
「……ナースって大変だしっ……汚いし、休めないしっ……大変なんですよ……? あなたという娯楽を妹だけで独り占めなんて……酷い……っ♪」
「ご、娯楽、って……」
「とても、あなたの顔って見てて興奮するのは確かですし……」
 ゴッ、と、俺の身体に絡み付いている彼女の脚が俺の破損個所を再び叩いたのを感じる。
 脳髄を駆け巡る破壊的な激痛。
「っっっ!!」
「……♪」
 それを見て愛しげに笑う少女。
 ……ヤバい。
 確信した。
 この少女は、サディストだ。
「や、やめっ……ぐぁぁっ!!」
「♪」
 全身の痛いところを的確にいじりながらゆったりと腰を振る少女。
 締め付けの反応を感じて確信する。
 彼女は俺が激痛で泣き出しかけている顔を見て、それだけで性的に感じている。
「こ、このっ……」
 抵抗する。
 とは言っても、大して泳げる状態にない俺にできることなんてささやかな反撃ぐらい。
 彼女の、大振りではないがきちんと膨らみを感じる形のいい胸と、健康的に丸いお尻を、爪を食い込ませるように掴むくらい。
 ……だが、彼女はそれさえも。
「いた、ああっっ……♪」
 夢見るような瞳で受け入れてみせた。
 ……サディストなだけじゃなくて、マゾヒストか。
「こ、のっ……ぐぅああっ!」
「酷いこと、するんですねぇっ……♪ なんか、気に入っちゃいましたよ……♪」
 お互いに痛めつけあいながらの水中性交。
 ……彼女の膣の具合のよさばかりでなく、痛みで発情していくその表情も、遠慮なく乱暴にしている、せざるをえない乳房と尻の感触も、不思議なことに俺をどんどん昂ぶらせていく。
 ……俺は人並みのはずなのに。

 そして。
「がぁっ……く、あ、ぐぅぅっ!!」
「いああ、あ、ああああああっ♪」

 水の中に互いの痛みと快楽を響かせながら。
 もう最後なんかほとんど首を締めあうような感じで、絶頂する。
 生存本能か、いつもより随分と多くの精液を彼女の膣に垂れ流した気がする。

 そして、そのまま気を失う。
 マズい。
 ……死ぬかな、と思いながら、彼女の唇の感触を最後に意識が闇に沈んでいく。


 次に目を覚ました時は診察室だった。
 全身のギプスや包帯も修復されていた。
「……よーやっと目を覚ましたね。ったく、そんなパカパカとギプス壊すもんじゃないよ?」
 女医が長い耳をぴこぴこと上下させつつ、くわえた煙草も上下に振る。
 相変わらず態度の悪い女医だ。と思ったが、目覚めが閻魔の前でないことにかなり感激してしまった。
「な、何また泣いてっ!?」
「うぅっ……こ、怖い夢を見まして……」
「……?」
「あ、あの子の姉だって言う女の子に、水中でありとあらゆる苦痛を与えられながら犯される夢を……」
「…………」
 女医は目を逸らした。
「……そ、そっか。そんなことがあったんだ」
「…………」
 夢だといったのに。思いたかったのに。
 その反応で、あの妙な体験が現実に起こりうることだと理解できてしまった。
 というか現実に起こったと理解させられてしまった。
「あ、あの子なんなんですか!? どういう教育してんですか!?」
「あー……き、教育でサドマゾに育てたんだとしたらアタシも結構なDV親よね……」
「せめて責任を! 責任感のある後天的教育を!」


 それ以降、たまに銀髪のナースを廊下にチラチラ見かけるようになった。
 ……三つ編みに大きな眼鏡で、あの時とは随分違う印象だったけれど。
「なによそ見してるんですか、まだ今日三発目ですよー?」
「もう三発って言うんだよ!」
 ……この子と母親は黒い髪だから、印象随分違うよなあ、と思いつつ。
 俺はいつになったらここ出られるんだろう、と。
 朝日に白く輝く風雲再起(別称)の自作石膏模型を眺めつつ思った。

 ※女医のエルフアイによると症状悪化のため入院延長。


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