バイクで事故を起こした。
 よくあることだ。
 こう言うとバイクに乗らない者は大抵大げさに驚くが、バイクはそもそも事故と呼べる範囲が非常に広い。放っておけば倒れるのが二輪車というもので、しかも重いのだ。
 砂でも噛んで一度滑ったら最後、無傷で終わるのはなかなか難しい。そうやって横に転んだだけでも事故は事故だ。四輪車とは頻度が違う。
 幸い、今回は単なる自損事故で済んだ。
 すぐ近くに徹夜明けと思しき虚ろな目をした男がフラフラ歩いていたことを考えればこれは本当に幸いといえる。
 狭い生活道路で迂闊にも急いでしまったのが敗因だ。
 バイクは多分廃車だろうが、人を巻き込んで一生の十字架を背負うところだったと思えば安いものだ。
 俺は非常に幸運だ。
 幸運と思いたい。
 事故った時点で全く幸運でも何でもないというツッコミをしたくてたまらない向きの方もおられようがどうか放って置いて欲しい。怪我の治療費とバイク代が何万の損失になるかなど、いずれ放って置いても出る話だ。
 日々を前向きに生きるためには自分が恵まれていると考えることが肝要である、と子供の頃近所の剣道の師範が言っていた。
 だからとりあえず今は幸運を噛み締めさせて欲しい。
 自分のどこが折れていてどこから血が出ているかなどは指摘の必要はない。
 人様を巻き込むことなく個人の問題で済んで、しかも生きている。素晴らしい幸運ではないか。
 しかしぺったり寝ているというのに右脚の爪先が顔の横にあるのはなかなか素敵な体験だ。人生あと何年あるかわからないが、二度とないかもしれない。よく覚えておこう。
 サイレンが近づいてきた。
 救急車が止まった。
 事故から数分。実に早い。俺は運がいい。

「わわっ、こんなガチンコの怪我人相手に呼ばれたのなんて初めてだよ!?」
「と、とにかく意識チェック! 脚とか慎重に戻して……」

 救急車の黄色いボディを視界の端に感じながら、俺は激痛に気を失った。


 次に目が覚めたとき、俺は小ぢんまりとした病室の中にいた。
 全身包帯まみれで非常に動きづらい。
 案の定というか、右脚は完全に石膏の筒で固定されていた。
 右腕も腕も捻ったものか擦ったものか、分厚く巻かれた包帯で倍近く太っている。左腕を動かそうとしたら肘にも肩にも痛みが走った。どうやらどこもかしこも何かしらの問題を抱えているようだ。
「……マジかよ……」
 まどろみのうちに、この事故が夢であることを期待していたのだが叶わなかったようだ。
 ひとしきり全身の関節に指令を送って激痛を楽しんだ後、貯金の残額と金策の当てを思い浮かべながらへこむ。
 仕事はクビだろうか。正社員まで後少しだったのに。
「おはようございまーす」
「あ……?」
 金と将来の心配で鳩尾がむず痒くなっていたところに明るい声が聞こえて、俺はゆっくりと目を向けた。
 小さくて色黒の快活そうな女の子がいた。
 ピンクのナース服を着ている。
 どう見ても小学生だ。いや百歩譲っても中学入りたてというところだろう。
 なのに病院で堂々とナース服。
 ギョッとしたがその動揺は伝わらなかったようで、彼女は俺の目の動きを見て花のように笑い、手をポンと打ち合わせる。
「あ、意識戻りましたか! もう三日も寝たままだったんですよ」
「……あー」
 自分の喉から出た声が自分の声に思えない。たった三日使わなかっただけで声帯って鈍るものなんだ、と無駄な新発見。
「えふっ、えふんっ。……ここはどこだ? 君は何だ?」
 喉をの調子なんとか整えながら少女に疑問をぶつける。口にしておいてなんだが実に錯乱している感じの質問の仕方だな。
「ここは病院で私はナースですよー」
「そういう最大公約数的なものじゃなくてだな」
「あははは、まあいいじゃないですか」
 誤魔化された。
 急に不安になってきた。
「おい、ここは本当に医療機関なのか。君は本当にナースなのか。むしろ労働基準監督署とか知ってるか」
 矢継ぎ早に言葉を発すると早くも喉が枯れてきた。
 咳払いをしつつ次の言葉を発しようとするが、少女に唇を人差し指で押さえられ、水差しからコップに水を注いで渡される。
 受け取ろうとして左腕に力を入れ、激痛で苦悶。少女は苦笑いをして、魔法のランプというか小型のヤカンのような水差しに水を移し変え、それで俺に水を飲ませてくれる。
 久々の水分にちょっと生き返り、一息。
 そこでまた喋ろうとするも、少女が唇をハンカチで拭いてくれるので喋れない。
 そしてタイミングを外しに外され、俺はようやく落ち着いて考える。
 我ながら随分動揺していた。
 よく考えてみれば、この少女が例え不法就労であったとして、それを俺が今問い詰めたところでなんになるのだ。
 身動きできない今の俺が持てる知識を動員して必死にクレームなどつけたところで、それが何の力を持つというのだ。
 焦って足掻いて物事を無為に悪い方向に転がすのは決して俺のキャラではない。反省反省。
「まあ混乱しちゃうのもわかります。私たちも混乱しましたから」
「……?」
「でもまあ助かったんだからいいじゃないですか」
 なんだか微妙に話が通じていない気がする。というか俺の動揺が変な部分で納得されている気がする。
「それにしても酷い大怪我でしたよねー。こんな怪我した人を診るの初めてで」
「おい」
「こんなじゃ当分自力でおトイレにもいけませんよね? でも安心してください、ちゃんとおシモの世話も勉強してありますからっ!」
「とりあえず今のところ便意はないのでその怪しげな形の採集用具を遠ざけて欲しい」
「またまたー。三日もおトイレしてなくて平気なわけないじゃないですかー」
 少女はあどけなくも迫力のある笑みを浮かべて俺のズボンに手をかける。
 阻止しようと腕を動かそうとして苦悶。何度目だ俺。
 足を動かして阻止しようにも片足完全に固まった状態では何もできない。あっというまに露出させられ、

 心の大事な部分に傷を負うことになった。

「俺は自分の長所を精神力だと思っていた」
「ええ、あれだけ全身痛いのによく暴れられますよねー」
「だが俺の精神力は思ったほど強くなかったらしい」
 布団をかぶって泣きたい気分だが手が動かないので以下略。
 まさかこの歳になってオマルと浣腸器で為す術もなくあんな。
 あんな。
「俺はもう駄目だ」
「誰だってウンチぐらいしますよー。ちょっと見られたぐらいで泣かないで下さい」
「誰でも当然のことは見られても大したことではないというなら! 今すぐパンツ脱いで人類の半分についている性別の証を大公開してみろ! 俺の前で!」
 いかん八つ当たりしてしまった。
 これではまさに変態さんだ。
 介助するたびに全裸にならなければいけないなら病院にナース服は要らない事態になってしまう。それは常識的な世界観とは言いがたい。
「ごめん無茶言った」
「え、はい?」
 少女は素直にナース服を脱ぎかけていた。
 常識的とは言いがたい思考の持ち主のようだった。
「いや待ってくれナースさん。俺の叫びは傷ついた心が上げた言葉にならぬ慟哭であってそれ以上のものじゃないんだ。いずれ笑える日も来るだろうから今は忘れて欲しい」
「あははは、なんだか素敵な表現ですねえ」
 いかん、ついつい動揺が外に。
 などとアホなことを言っているうちに彼女はナース服を脱ぎ去ってしまう。
 胸は下着で押さえるほどには膨らんでおらず、パンツを脱ぎ捨ててしまうとほぼ全裸。ナースキャップだけが着衣と言える、実に犯罪的な姿になってしまっていた。
「大したことじゃないですよー? えへへ♪」
「俺の負けだ。負けを認めるから服を着てくれ」
 労働基準法を説こうとしたこの口で彼女に脱衣を命令したとあっては本末転倒もいいところだ。
 が、彼女はそのまま俺のベッドにぴょんと飛び乗り、顔の上をまたいで膝をつく。
 一切の羞恥心を感じないのは年齢相応という感じで微笑ましいが、そのままにこやかに俺の丸出しの下半身に手を伸ばしたのには驚いた。
「ま、待て、何をする気だ!」
「身動き取れなくてオナニーの一つもできないから咄嗟にセクハラ発言なんかしちゃうんじゃないですか」
「そうかも知れないがそれはフロイト先生の領域であって君が踏み込むべき部分じゃない! というか俺は今さっき目覚めたばかりだ!」
「まーまー。とにかく一本二本抜いておくに越したことはないでしょう?」
 なんという強引さ。
 その清らかであどけない微笑み、細く直線的で華奢な肉体に似合わず、性的なことに躊躇が全くないらしい彼女は、怪我したっきり風呂に入ってもいない三日もののヴィンテージ恥垢つきの逸物におもむろにキス。
 その壮絶なミスマッチ感と献身に、場違いと思いつつも背筋が震え、続いて不随意に強張ったせいで全身の負傷部位に激痛。
 ただ震撼するのも怪我をしていると大変といえる。
「気持ちよかったらいつでも出していいですよー。ご満足するまでお付き合いしますから♪」
「お、おい、ちょっと待つんだ」
 よくよく考えれば怪しい点は多々思い当たる。
 だが脳の隅で意識しないようにしていた可能性が急速に現実味を帯びてきた。
 この微妙にパチ臭い病室。
 色んな意味で間違っているナース。
 シモの関連の充実振り。
 大怪我とはいえ「こんなの初めて」発言。
 ……ここは病院ではなく、違法な風俗店の類ではないのか?
 何の間違いがあったのか知らないが、俺は身動きできない身の上でそんなところに捕獲されているのではないか?
 今のところ否定できる部分が何もない。
 躊躇なく性的奉仕に励みだした色黒の少女に翻弄されつつ、俺はそういう結論に達する。
「待て! いいから、俺はもう満足だから降りてくれ!」
「ちゅむっ……もー、全然不満足じゃないですか、こんなにしておいて」
 勃起はさすがに瞬時に収めるというわけにはいかないということを理解して欲しいが、彼女の奉仕は口を離しても手指によって継続されており、顔の上で揺れる、まだ生えていない陰部と、小さく可憐な尻の曲線の動きを前に精神力で抑えるのは不可能と言えよう。
 ビクンビクンと絶頂の予兆を見せる愚息を前に少女は張り切り度を増して舐め上げ吸い付き扱き立て、俺はあっさりと理性の限界領域を突破し、ガクガクと震えながら快楽に身を任せて、濃厚な精液を噴水のように噴き上げる。
「んきゃっ……ん、んっ……♪」
 少女は子供とは思えない熟練の舌使いで飛び散ったそれらを舐め取り、味に何か思うところがあるのか腰を震わせると、ドロリとした本気汁を少し内腿に垂らす。
 実にけしからん熟練度だ。が、そのまま続けるほど俺は不道徳な人間ではない。
「も、もういいだろう。降りてくれ……」
 持ち前の精神力で彼女に終了を促した。
 が、彼女は膝を滑らせて股を広げ、俺の顔の上にまたぐらで着地すると、再び愚息に刺激を与え始める。
「何する」
「……まーさーかー、患者さんくらい若い人が一本ですっきりとか冗談ですよね?」
「その妙に上から目線かつ熟練者のような物言いはどうかと思う」
「冗談ですよね?」
「そして大人のプライドについてもう少し理解を深めて欲しい」
「つまりまだイケるんですねー? ……続けますよー♪」
「人の話を聞いてくれ!」


 その晩、主治医を名乗る女性が回診に現れた。
 驚いたことにちゃんとした医師だという。じゃあどうなっているんだこの病院は。
 と疑問をぶつけたところ、彼女は頭を掻きながら事情を説明してくれた。
「本当はあんまり怪我人とか診ない病院なんだよね、ここ」
「……内科?」
「いや、ちょっと科で括るのも憚られるような奴専用」
「……その説明ではよくわかりません」
「まあ理解しない方がいい世界というのもあるさね。アタシの勘では多分取り違えじゃないかなーと思うんだけど」
「取り違え!?」
「すぐ近くにアタシらの黄色い救急車を呼ばれるような奴がいたってことさ。そいつは白いほうの救急車に乗って連れてかれて、今ごろ効かない薬でも食ってんだろうねぇ」
「……じゃあ、俺は」
「まあ治療はちゃんと続けてやるよ。保険も効くから安心しな」
 女性は浅黒い肌にぶきらぼうな笑みを浮かべた。
「しかし、いくらなんでもあんな子供をナースとして使うのは間違っていませんか」
「子供? ああ、あれウチの娘よ?」
 女医はしれっと言い放つ。
 娘だから就業年齢でもないのに看護などさせていいのかというと疑問が残るが。
 いや待て。
 俺は彼女の娘に妙な命令を与え、そのノリのまま精液を飲ませたということになるのか。
 この。
 俺の治療を担当している。
 言わば命運を握っている人間の。
 娘に。
「…………」
 とんでもないことになっている気がしてきた。
 バレたら俺の右腕か右足は一生不具合が残りそうだ。
「……あ、もしかしてアンタ……食っちゃった?」
「食ったとか言うな人の親が。というかこの体でどうやって。俺は純潔だ」
 主張したら顔を覗き込まれた。ほーほーほーと興味深そうに。
「純潔なのね?」
「悪いか」
「ということはウチの子にもせいぜいお口程度で勘弁してもらったんだ?」
「その通りです」
 って何を正直に言っている、俺。
「ほーほーほー」
 にまーっと彼女は笑い。
「いいねぇ」
「何が!?」
「あっはっはっ」
 彼女は俺の肩をバンバンと叩いて、眼鏡を押した。
「ま、大人の階段上りたいなら遠慮なく言いなさい。国保なら三割負担だから」
「何が!?」
 浅黒い女医はニヤニヤ笑って立ち上がった。
「あ、あと上の娘には注意しなさい。あれ、ちょっとアプノーマルだから」
「う、上……?」
「ウチのナースは二人いるのよ。ま、へたっぴに食われる前に熟練者のアタシで切っとくのがお得よ?」
「何を!?」
 女医はニヤニヤ笑って扉を閉めた。

 ……磨りガラスのシルエットで初めて気づく。
 なんか……耳、長いな、あの人。


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