バレンタイン。
 学生時代には小中高大と、いつもソワソワしてしまうイベントだったもんだ。
 学校って場所では、どこで誰に見られてるものかわからない。男子も女子も校内全てに可能性があった。……可能性だけはね。
 例えば学年が違い、顔なんか覚えてもいないような子が、急にチョコと一緒に告白してくる……なんていうイベントも全くないとは言い切れなかった。可能性だけで言えばね。
 実際、人より長い(浪人とかもしたし)学生生活の中でそんなイベントが一度でも起きたかというと別に起きなかった。モテる奴が自慢交じりに語ってる中で聞いたくらい。
 まあイベントにかこつけるなら、バレンタインよりも実践的なシチュはいくらでもある。修学旅行とかクリスマスとかの方が糸口としてはやりやすいし。
 バレンタインはあくまでトロフィー授与の日なんだよ、とかも聞いた。
 まあ、それでも男子ならファンタジーを抱いてしまうものだ。
 いいじゃないか。甘く甘く少しビターな恋物語を期待しても。
 バレバレの態度でチラ見しつつも、あくまで知らないフリをしてストーリーの始まりを待つ。
 そんな微笑ましい男子たちの姿は、きっとこの日が「そういう日」となってから、どんな時代の学校でも変わらないことだろう。


「んで、お主はどうしてそういう日に限ってノコノコと出かけようとしておるんじゃ」
「ここんとこずっとバイトだったんだよ。久々にアキバ詣でしたいんだよ」
「明日にせい明日に。ウメに頼めば京急線に乗らんでも一瞬で行けるではないか。奴はバルチャーなんじゃから半日シフトの時でも行けるじゃろ」
「いやトーンキャストはみかんもできるよね? というかそういうことじゃなくてアキバは一人で歩きたいんだよ」
「ウメならエロゲ売り場も薄い本狩りも喜んで同行するじゃろうに」
「例え完全に理解があったとしても、女子を連れて自分の下半身に正直な生き様は晒せないのが男ってもんなんだよ!」
「買った商品は全部この八畳間と押し入れに持ち込むんじゃから、遅かれ早かれではないのかのう」
「それでも! 守りたいものがあるんだ!」
「とにかく明日にせい」
「はい」
 みかんに捕まって俺はしぶしぶカバンを降ろした。
「最近のお主は女の気持ちに対する誠意が足らん。ほれ」
「半分に割った板チョコ差し出しながらでなければ効くセリフなんだけど」
「ワシはええんじゃ。ダークエルフは必殺『今年のチョコレートは私』作戦が使えるのじゃから」
「それ自分で淡々と言うことじゃないよな?」
「なんじゃ。不満か」
「いえその作戦でも是非いただきますが」
「なら良し」
 普段から恋人というより悪友みたいな付き合いではあるけれど、みかんのことが好きか嫌いかといえば全面降伏するしかないのが俺。
 で、みかんはすぐ降伏した俺を見てフフンと少し得意そうな薄ら笑いを浮かべた後、ペシリと俺の頭を叩く。
「それぐらい女子のアプローチに敬意が払えるなら、他の女たちがどういう趣向で今日この日を狙っているか楽しみにするのが筋じゃろうに」
「うーん……でもまあ、生田とさくらは夜まで仕事だしなあ」
「あとはウメと……管理人か」
「うん……」
「……管理人か」
「うん……」
 みかんは遠い目をした。ちょっとわかってもらえた気がした。
「絶対チョコレンバスじゃな」
「多分……」
「……自重して欲しいものじゃが、店子としては強くは言いづらいのう」
 レンバス。謎の焼き菓子。
 見た感じはその、丸くて香ばしくて甘くて呼び名がイマイチ統一されないあれっぽい。少なくとも静音さんのレンバスは。
 そして、どうも仙豆みたいな特性があり、一個食べると他の食べ物を食べるまでもなく一日持つ。というか、二個までなら俺もなんとかいけるが、それ以上は相当な覚悟が必要になる。
 つまり……先に食べたら他の娘のチョコどころではない。
「……もしや、ナマデンワとさくらが帰ってくるまで時間を潰すことで、レンバスを最後に回すつもりか」
「いいかみかん。男子というのはさりげなくスタイリッシュに生きたいものなんだ。女の子から貰うものを前提にしたり、あまつさえ欲しい欲しくないとか、食べる段の皮算用を前提に行動してるなんて思われるのは心外だ」
 わかってもらえたと思う。
 例えそこまでに打算があるとしても、貰う以上は驚き、喜ばねばならない。
 つまりチラ見してもソワソワしても、表面上は平静を装う少年たちの心は忘れてはならない。あれもひとつのエチケットだと思うのだ。
「つまり……俺はただアキバに行きたいから行くんだ。わかるね?」
「……悪かったの」
「いや、別にいいんだ」
 本来、みかんにそう悟られるのすら恰好が悪いと言わざるを得ない。
 だが俺はあえて行こう。バレンタインよりオタ趣味優先、空気読めないと言われてもいい。その悪評も男の受け持つべきものだと思う。
「よしザッキー。そうと決まったら行こうか!」
 ガチャリとドアを開けて突然ウメさんのエントリーだ! なんかぺしゃんこの大容量リュックとか持ってる!
「聞いとったんかい!」
「ちなみに私も『今年のチョコレートは私』作戦を決行予定なので気にしなくていいぞ☆」
「それは褐色なワシの特権じゃ!」
「フフフみかんちゃん。いいかい。世の中にはホワイトチョコレートと呼ばれるものがある」
「!!」
 何愕然としてるんだみかん……。
「おのれ……堂々とパクリに走るか!」
「むしろそういう発想はみかんちゃんじゃなく私の専売特許だと思うんです。元風俗業の証言」
「わ、ワシがちょっとエロいこと考えたら悪いのか!」
「ククク……だがこのおっぱいに勝てるかな」
「おのれ!」
 変な戦いをしないで下さい。その誘惑する相手本人を前にして。
「とにかくザッキーはもらっていく。みかんちゃんはせいぜい女豹のポーズを特訓しているがいいわ!」
 ウメさんはそう言って俺の手を引っ張る。まあ彼女のトーンキャスト移動は超早いし嬉しいんだけど。しかしなんかみかんが不憫。どうしたものか。
 ……なんて考えてたら、アパート裏から駐車場に出たところに足。
 というか膝。
 見上げるとそこにはギガント系異星人ハーフである10m級女性、日夜子嬢がいた。
「やっ」
「……こ、こんちは」
「どっか出かけるの? じゃあその前にこれ貰っといてよ」
 俺たちを見下ろしてニッカリ笑うと、彼女はスッとしゃがんで、手に持っていたモノリスをドンと俺の前に置いた。
「義理チョコ」
「……えっ」
 1メートル半くらいのモノリス。どう見てもモノリス。
 というかご丁寧に「SOUND ONLY」とか彫り付けてある。どこから見てもモノリス。
 絶句する俺とウメさんを前に、しゃがんだ日夜子嬢は再びニーッと笑った。
「へへへー、でかくて驚いた? ギガントからの巨大チョコは鉄板ネタだけど……いい顔してくれるね♪」
「い、いや、これ食べきれるかどうか……」
「大丈夫、その辺は宇宙的なあれやこれやの加工で賞味期限は一万年ぐらいある!」
 胸を張る日夜子嬢。
 ウメさんはショックから一足早く立ち直り、そっとモノリスを撫でて神妙な顔をする。
「一万年かけて食べるとなると妥当な外見って気がしてきた……」
「いやそもそもエルフでも何千年だよね寿命。一万年はかけられないよね」
「そこはこう、ちょっと相対性理論的な効果を使うと時代下るだけならいけるし」
「いかなくていいよ!?」
「んじゃ私他にも配ってくるから頑張って食べてねー」
 日夜子嬢は大森の狭い生活道路を軽快にスキップしながらどこかに去っていく。
「……さてザッキー」
「はい」
「どうする? ギンギラギンにさりげない生き方を心がける男子としては」
「ギンギラギンな生き方はちょっと想定外だけど……うん」
 他の女性陣のチョコへの配慮のために行動しようとした手前、これは無視というわけにもいかない。喜んでみせる必要はないかもしれないけど、ぞんざいにするわけにもいかない。
「大丈夫、糖尿病は心配しなくていい。私が魔法でなんとかできる!」
「……はい」
「というわけで……運び込もうか」
「はい……」
 ウメさんと一緒にチョコモノリスを部屋に運び込む。手の熱や室温で溶けるということはなく、そこは助かったがみかんにはびっくりされた。
 とりあえずちょっと削って食べてみたが、美味しいことは美味しい。けど一日のおやつに食べられる量から計算すると、あと三年ぐらいかかりそうだった。
 当然アキバで時間調整どころの話ではないのでアキバ行きは中止した。

 で。
「小野崎さん、ハッピーバレンタインです。チョコどうぞ」
「あ、ども」
 夕方に来た静音さんは、意外にも普通の手作りチョコだった。溶かしてハート型にしてトッピングまぶしただけ。
「レンバスにすると思いました?」
「あ、いえ……」
「義理だとそれで済ませますけどね♪」
 どうやら取り越し苦労だったらしい。
 ……義理じゃないんだぞ、というプレッシャーでもあるけど。
 ちなみに生田も手作りウイスキーボンボン、さくらは表参道の有名店のチョコを持ってきたが、モノリスの圧倒的存在感に二人とも絶句した。
 ……ホワイトデーどうしよう。

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