10月31日。
それはつまり昨年このしまむらハイムを恐怖のどん底に陥れたトリックアンドトリートの日。
「おーいザッキー! お菓子ひとつでイタズラさせてあげちゃうぞー!」
「パンプキング探してるからちょっと待って。溜めに溜めたアメちゃん全部渡さないと悔しいから待って」
「ワシもじゃ」
ノックもなくガチャッとドアを開け、出し抜けにテンション高くセクシー魔女衣装で登場したウメさんを尻目に、俺とみかんは黙々とどうぶつの森を彷徨っていた。
「えっ、いやこういうイベントはナマで楽しんでこそでしょ!? 何ゲーム次元に魂囚われちゃってるのさ二人とも!」
「協議の結果です」
「うむ。……昨年のようなレンバス祭りにせんためにも粛々とした、いやむしろハロウィンなど忘れたかのような態度で臨むべきじゃという結論になった」
「えっ、あ、あー……」
昨年は突如現れた日夜子嬢と彼女の持ってきたレンバスによって、非常に重たいハロウィンになった。
いや、レンバスがマズいわけではないんだけど、あれ直径10センチもないくせに基本的にひとつでお腹いっぱいになるモノでね。大量に出ててお残しなしってなると死にそうなことになってね。
……いやホント、あれさえなければ静音さんも普通の美人管理人さんで優良物件だと思うんだけど。
「なるほど確かにあれはちょっと厳しかった。よかろう私も静かなハロウィンに協力しよう」
ウメさんは頷き、どこからともなくビール缶を取り出して、ちゃぶ台に向かって座り込む。
「いきなり酒かい」
「私ぶつ森みたいな毎日手間かける系のゲーム苦手だから。ゲームは一気にやりたいクチだし。せっかくだからザッキーの借りてるDVDでも見ようかなーって」
「ガンダムAGEとハイスクールD×Dしかないはずじゃが」
「Dアニメは割とどんとこいなのです。AGEいこうか」
「正直パッとしないけど今んとこ駄ニメってほどイカレてるわけじゃないよ!?」
※ユリン死亡巻周辺での感想です。
「ザッキーは割と甘い評価するほうだと思う」
「まあ基準がお色気深夜アニメ基準じゃからのう」
「なんだよ! 楽しめるってのはいいことだろ!?」
「横に他の観客がいなければそれも道理なんじゃがのう」
うん。付き合わせてごめん。
まあ正直俺も本放送で見てたらガッカリしたかもしれない。
「それよりアイアンマンマラソンせんか。この前旧作DVDまとめ売りセールで1と2も買って来てある」
「私としてはこの、棚にあるトランスフォーマー三部作の方が盛り上がるかなって」
「トランスフォーマーか。ええんじゃがあれだけ情熱的にくっついた彼女が2と3の間であっさり破局というのがのう」
「細かいこと気にするね、みかんちゃん。いいじゃん。アメリカンなんてそんなもんよ。あいつら例え結婚しても半分は離婚するし」
「日本人だってそろそろ似たような離婚率になってきておると聞くぞ」
あの、楽しいDVD選定の話から何故そんな夢のない生々しい話に。
「で」
そういう話に回るのを待っていたのか、ウメさんは手を合わせて笑顔で。
「まー海の彼方のことは置いておくとして。問題は手近の話よね。……あれから何発ヤッた?」
ガシャッ、と俺&みかんの手からこぼれ落ちる3DS。
「や、お、お主なっ」
「やめてくれないか突然ワッと言葉の暴力を浴びせかけるのは!」
「えっ、まさか……あれから四日も同じ部屋で二人っきりなのに? 何もしてないの?」
ウメさんは割と本気で驚いたような顔をしている。
いや、でもアンタちょっと考えてもみなさいよ。
百戦錬磨のオミズエルフ二人に誘導されつつの処女童貞トレードですぞ。
その二人がいるうちはともかく、二人きりになって、冷静になって、明日もバイトだわって言いながら布団敷いて。
その後エロの話なんてできますか?
一発やらせてくれたからってにじりにじりと手を伸ばせますか?
翌朝になってトースト奪い合いながら次のセックスのことなんて考えられますか?
悠木碧の地下アイドルがジムコマを挙げたのに喜びつつも、むしろ一体どういうイベントルートが開いたら昨日みたいなミラクル起きちゃうんだろうって悩むものじゃないですか?
俺とみかんはそうしてだらだらとこの八畳一間で過ごしてきたわけで。
一発ヤレたからって急にヤリまくりになれるか、って、そういうもんじゃないでしょう。
「何、みかんちゃんエッチ嫌いなの? プラトニックじゃないとやっぱ無理なタイプ?」
「い、いや、そういうわけでもないのじゃが」
「じゃあザッキーの勃起力に問題が……?」
「ねぇよ!」
「なんでやってないのさ。っていうかウメさん気を使って今日まで訪問控えてたのに」
「だからその……いや、セックスとはそういうもんではないじゃろう」
「そうだそうだ」
「……ザッキー。おねーさんちょっと君に話があります。っていうかトランスフォーマー大会中止! そのDVDケース戻しなさい!」
「ぶ、ブルジョワジーには屈しないぞ! 労働者の権利を!」
「たかだかエッチのひとつふたつ怖がってる小僧がプロレタリアート気取るんじゃありません! セメント樽の人も七人子供作れるくらいのセックスモンスターなんだから!」
「えっ、あのセメント同化マンってプラトニックで終わったんじゃないの!?」
「そっちじゃない手紙拾ったほう!」
ああそっちか。女工さん恋人と籍入れないまま随分産みまくったんだなぁ、と今さらにして新発見してしまうところだった。
「いい、ザッキー? あのね、そのパターンは駄目なパターンだよ? そりゃ私らいるからいいようなもんだけどね、一発ヤってそのままなんとなくセックス忌避って相手にものすごーく嫌な想像させるかんね?」
「え、そうなの?」
「なんだトロフィーとして一発ヤっておくだけが目的か……とか、一口食ったらもう冷めた……とか、意外と気持ちよくなかったからもういいや……とか、相手の魅力否定する要素バリバリだよその行動は!」
「な、なんと……」
「いや、ワシはそこまでは思ってはおらんが……」
「せめて相手との距離感を詰めなよ! エッチしたならもっとイチャイチャしていいじゃん! 暑苦しくていいじゃん! 壁ドンされるくらいやらないと、相手としては『あそこまでやってもまだこんな距離感なんだ……』ってなっちゃうよ!」
「えー……」
「いや、まあ……そこまで健一にアホになって欲しいわけではないのじゃが」
「みかんちゃんもみかんちゃんで何ヌルいことクネクネ言ってんの! 男ってアホだからそういうの額面通りに受け取るんだよ!?」
「む、むぅ」
「ヤリたい気持ちがあるならちゃんとヤる! アリな関係になった事をちゃんと意識する! いい!? くっつきたての男女なんて宇宙的に一番お行儀悪くても許される存在なんだからね!?」
「ウメは自分がエロに入りたいのか他人を応援したいのかわからんのう」
「どっちもです。みかんちゃんとギクシャクすると経験上ザッキーは死にそうな顔になってエロどころじゃなくなるんです。というかエルフに日本の結婚制度は通用しない! ザッキーがみかんちゃんと充分朝処理やらかした後で私の部屋でいよいよ100%中の100%とかそういう生活が理想的です!」
「それ円満な仲を取り持つ方角じゃないよね!?」
いや、とても憧れるけど。すごく理想的にいやらしい生活だけど。
で、ウメさんはビッと何もない壁を指差す。
「そこで壁にコップ当てて聞いてる管理人さんとか要はそういうパパの無双な性生活の末に生まれてるわけです! 文句は言わせない!」
ゴリッ、と壁が鳴った。あと微かに何か割れた音が。
……手を滑らせたか、静音さん。っていうか何アナクロな盗聴をしてるんですか。
「あとドアの外で様子を窺ってる人たちは入ってくるように。立ち聞きは先生怒りません」
ウメさんがそう言うと、ドアの外からそーっとさくらと生田が入ってきた。あとその後ろから去年にも増して浮かれたハロウィンコスプレしたライムちゃんも。
「あ、あのー……その、ハッピーハロウィンって感じで?」
「えーと……いいのかしら」
「と、トリックオアトリート♪ ……ってやっていいんですかねぇ?」
「はい。いいです。というか今後のザッキーの活動方針についてお説教してました」
ウメさんは正座でしかつめらしくそう言い。
「結論としてザッキーにはフリーアタックということで」
「!?」
「え、あの!?」
「な、何の話かしら?」
ギョッとする女子一同の目の前に、ウメさんはビッと指を立てて黙らせ、その指を俺に向け。
「こいつこの歳で脳味噌中高生だ!」
「どういう糾弾だ!」
「しっかり教えないとラッキースケベしか摂取できないままジジイになっちゃうから、みんな協力して女を教えるように! 以上!」
「な、納得できないわっ!」
「女を教えるってなんですか!」
「さくらちゃんもナマデンワちゃんもどうせまともな結婚できるタマじゃないんだから、細かいこと気にすんな!」
ウメさんがかつてない号令で女子陣を締めようとする。
そこに隣の部屋から飛び出してきたらしい静音さんが上がりこんでくる。
「あ、あまりそういう公女陵辱に反することは困ります!」
噛んでる噛んでる。
「管理人さんだってお風呂で裸の付き合いしてるじゃん。率先してるじゃん」
「そ、それはその……まあ私もエルフ系ですから水浴びの掟というものもありますし?」
「今さらこれ以上乱れるものないしー。どうよ管理人さん。別にお宅抜きの話じゃありませんぜ?」
「え……ま、まあ、一理程度は認めなくもありませんが」
あっさりウメさんに丸め込まれる静音さん。っていうかあなた本当に露骨ですね。
みかんはというと、俺の手を密かに握ってなんだか膨れていた。
「……あー」
「全く。……話半分じゃぞ、健一」
「えっ?」
「ウメの寝言に浮かれるでないわ。……こ、今夜は、相手してやらなくもないぞ。全く、女に先に言わせるでない」
「…………」
目をこっちに向けないまま、みかんはそう言って赤くなっている。
俺は手を握り返した。
みかんの手は、暖かい。
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