本日ハロウィン。
「トリックオアトリート!」
「トリックオアトリートッ!」
 ばばん、とドアが開いて、白黒の仮装エルフが姿を現す。
「お前ら本当にこういうどうでもいい祭り好きだな!」
「どうでもいいとはなんじゃ!」
「ザッキーも仮装しようよー! どうせ暇なんでしょー」
「ほとんど世間様が盛り上がってないのに仮装とかしたくないよ!」
 みかんは気合の入った魔女っ子衣装、ウメさんはこのなんだ……なんだこれ?
 往時のボディコンから側面(脇から裾まで全部)と前面(胸からヘソ下まで)の布を15センチ幅で削り取ってヒモで繋いだような非常に刺激的な衣装を着ていた。
「俺の知るハロウィンは確か『魔物の恰好をすることによりオバケを逆に驚かせて云々』だった気がするんだが」
「うん」
「俺がオバケだったらその衣装はセクハラするしかない」
「セクハラする? セクハラする?」
「やめんかこの真昼間から!」
 懐かしの「だっちゅーの」ポーズを取ったウメさんをおもちゃの三叉の槍で殴るみかん。
「痛いなー。いいじゃんセクハラぐらい」
「……それは女の側のセリフと違うのではないかのう?」
 よく考えたらそうだ。ハラスメントって嫌がらせだし。
 まあ「ボディタッチぐらい」が妥当なところだろうか。
 いやそうじゃなくて。
「どう見てもそれ仮装じゃねえよな!? どう見てもただのエロ衣装だよな!?」
「ふっふっふ。そう思うのが素人の浅草橋」
 ウメさんは指をピッと立てて俺のパソコンを指差した。
「ザッキー。『ハロウィン 衣装』でぐぐる先生に聞いてみろ!」
「うん?」
 ちょうど電源入っていたのでFireFoxを立ち上げて言われた通り打ち込んでみる。
「色々とハロウィン衣装の通販サイトが」
「画像検索!」
「む……なんだと!?」
 4段目にあった。そのまんまのが。
「これでわかったでしょうザッキー。これはハロウィンの制式衣装」
「ハロウィン超パネェ。こんなのを堂々と着て歩くのかアメリカの奴らは」
「待つのじゃ健一。その通販サイトは日本語じゃろうに」
「だがハロウィンはアメリカの祭りだ!」
 ※ケルトらしいです。
「俺の生涯の目標の一つにこのシーズンのアメリカ旅行が決まった瞬間だった……」
「落ち着くんじゃ健一。生涯の目標ショボすぎやせんか」
「うんうん。どうせならニューオリンズのマルディグラとかドイツのバーデンバーデンとかそういうとこにしようよ」
「そ、そっちはもっとすごいのか。生涯の目標にするほどに」
「マルディグラではおっぱい見せた数だけビーズの首飾りが観客からもらえます。いっぱい集めるとえらいので若い女の子が気軽におっぱい見せてくれます。バーデンバーデンというのはイベント名じゃなくて温泉地ね。基本的にフルオープン混浴の街」
「おお……おおお……」
 世の中にはお金持ちの会員制のヌーディストリゾート以外にも天国があるのか。
「妙なものに詳しいのう、お主」
「え、そりゃこのウメさんが行かないわけないじゃんトーンキャストで一瞬なんだし♪ まあ最近のマルディグラはおっぱい出そうとするとレフェリーストップかかって大変らしいけど」
「なんと! ということはウメさんのような情熱的おっぱいエルフがその時期には露出しに集まってくるのか!」
「いや私の場合楽しいから趣味で時々参加してただけだけど。あとゲイの祭典みたいな趣旨の祭りだからザッキーはお尻注意する必要があるかも」
「ヒイッ」
「そもそもそなた、エルフ女の裸なら夏のプールでいくらでも見ておったじゃろうが」
「……そ、そういえば」
 エロ祭りというキーワードに煽られて俺は大切な何かを見失いかけていた気がする。
 そうだよな、元々エルフってオープンなんだよな結構。
「そーれにー。そんなにエルフっぱい堪能したいならお店がご存命の頃に来ればよかったのに」
「……え、えっとそっちはお友達価格抜きだと破産しそうで」
「ヘタレがおる」
「う、うるさいな、俺が家賃払えなくて追い出されたらお前だってピンチだったろうが」
 大学卒業することによって当時よりは生活に余裕もできたが、それから約一年(ウメさんによれば9ヶ月)で店がつぶれてしまったのでその余裕を生かす間もなかった。当時は普通に就職できなかったからちょっと焦ってたしな。今は何というか諦めたけど。
 そうだ。エルフ文明に片足突っ込んでるんだから焦る事はない。いざとなったらなんとかなるさ。
 ……という情けない悟りは置いといて。
「まあそれはそれとしてトリックオアトリートだよザッキー。お菓子を用意するのだ」
「用意せねばイタズラをすることになるぞ」
「性的な意味で!」
「そこから離れんかこのバルチャーめ!」
「お、お菓子っつったってなあ……最近酒のつまみみたいなのしか買ってないや」
 ペンシルカルパス、裂きイカ、チーズ鱈。うん、ものの見事にこりゃお菓子じゃねえ。
 酒自体はあんまり飲んでるわけでもないのだが(武田や生田が来た時くらい)、どうもおつまみがブームになる期間というのがあるのだ。
 その他あんこ系和菓子ブームやソフトサラダせんべいブーム、サッポロポテトブームなどが周期的に訪れます。主にみかんがバリバリ食ってるせいで。
「よし、それならば素早く買ってくるがよい」
「その間に私とみかんちゃんはおこたでまったりしています。裂きイカ食べながら」
「いや食うなよ俺の分だし! 畜生、どうするかな……たい焼きでいいかな」
 近所に「日本で二番目に大きいたい焼き」なる、野望に溢れてるのかそうでないのかわからない店があるのだ。500円で全長26センチのたい焼きを焼いてくれる。当然一人で食うのはかなり厳しく、買ってくるとなるとみかん以外にも援軍が必須となる。4人ぐらいで食べると「デザートとしてちょっと多目かな」程度に収まるけど。
 しかしドアを開けたそこにずざっと登場したのは、もう寒くなってきたというのに未だにカットジーンズにヘソ出しシャツの赤毛の美女。
「へいお待ち!」
「うわっ!?」
「お菓子にお困りだよね!? こんな時こそウチのお姉ちゃんのこの大判焼き」
「今川焼きじゃろう」
「回転焼きでしょ」
「レンバスじゃないのかよ!?」
 どこから出してきたのか、中華料理店さながらのおかもちにおやき……じゃなかったレンバスを満載した日夜子嬢(地球人サイズ)がそれをガラリと開けてドヤ顔。
「というか超余ったので持ってきました! さあ食え」
「なんで余らすんだ静音さんは!?」
「こういうの作る時って半端な量だと不経済らしいよ! それでも百個ぐらい作るのはやり過ぎだと思うけどさ!」
「せめて予告してから焼いて欲しい!」
「うんあたしもそう思う」
 そして真顔で。
「ほんとマジで食べない? おいしいよ? あたしはもう三十個ぐらい食べて今吐きそうだけど」
「吐きそうならスタイリッシュな滑り込みで登場すんなよ!?」
 あとアンタ巨大化できるんだからデカくなって食べればいいのに。
「ちなみにもちろん大きくなって食べたけどレンバスってほら一つで丸一日の仙豆的フードだからね。いくらゼントランな胃でも限度があるんだよね」
 ……そうだった。
「仕方ない。それで手を打ってやろうかのう」
「ハロウィンにレンバスってなんか違うよね。せめてクッキーだよね」
「文句言う割には食いっぷりいいなウメさん!」
 大皿に移したレンバスはうず高くそびえ、ウメさんとみかんに俺、そして休み休み口にする日夜子嬢を加えてもまだまだ消費できそうに見えない。
「この際ライムちゃんとか知り合いも召集しよう」
「そうでもせんと明日までかかっても食い切れんのう」
「ラップで包んで冷凍するとレンジでいつでも美味しく食べられるよ! ごめんちょっとパサつく」
「そこまでして長期食べたくはないよね……」
「お前らエルフのくせにレンバスへのリスペクト薄いな!」
「何をう! 健一君は一つ食べれば丸一日腹いっぱいというレンバスを30個押し込んだ女にまだそんな口を利くのかね!?」
「……ごめん」
 っていうか俺も今三つ目で早くもキツくなり始めてる。見た目は明らかにアレのくせに膨満感パワーはコンニャクマンナンの比じゃねえ。
 むしろコレ30個入った日夜子さんスゲェよ。
 ……次第に空気が重くなってきたところでドアチャイム。
「久々にザッキーさんからかってると聞いて参上!」
「え、そんな文面!?」
 ウメさんに負けず劣らず、めっちゃ浮かれた恰好のライムちゃんが現れた。
 アメリカンポルノでよくある、裸に直接防弾チョッキ系。銃もかついでるので、恐いという意味では確かにオバケも逃げ出しそうだ。
 が。
「というわけでザッキーさんハッピーハロウィーン。そしてトリックオアトリート」
 ガシャッと銃を向けられた。やたらとでかいし本物っぽい重量感の。
「念のため聞くけどそれオモチャだよね!?」
「実はエクスペンダブルズ2みてつい買っちゃいまして。ヘイルシーザーいいですよね、なんか凄くシンパシー感じるんです」
「俺はオモチャかどうか聞いているんだが」
「……ほらトーンキャスト使えば9割死んでも3秒で元通りになりますから」
「質問に答えようよ!? あとトリートならそこに超いっぱいあるから!」

 結局レンバスは半分減ったところで夜になってしまった。
「あとは冷凍かなぁ……これあるとそれからしばらく強制的にレンバスdayになっちゃうからきついんだよう」
「栄養偏りそうだよな……」
「それが栄養に関しては問題ないからつらいんだよう。一つでパーフェクト栄養でおなか減らないお菓子とか、昔はすっごく夢の物体だったかもしんないけど……今は食の楽しみを奪う悪夢の物質だよね」
 日夜子嬢は暗い顔で溜め息をついた。
 ……確かになあ。
「健一、何個かもらっておけ。お主、買い物に行くのを面倒がって時々セルフ兵糧攻めするではないか」
「いや、まあそうなんだけどさ……黙ってても時々静音さん持って来るぞコレ」
「むぅ。となると不用意な貯蓄は命取り……」
「というか捨てるって出来ないんですかね」
 ライムちゃんがぼそりと言うと、日夜子嬢がぶんぶんと首を振る。
「もしバレたらお姉ちゃんメッチャ恨むから。唯一の得意料理だから」
「料理というか菓子じゃがのう」
「なんで迷惑な料理作る人に限ってお残しに厳しいんだろうね……」
 せっかくの楽しいハロウィンに、なんだろうこのアべンジャーズのクレジット後みたいな雰囲気。
「……そうだ、せっかくのハロウィンだ」
 俺はピンとひらめく。
「トリックオアトリートしてるアメリカの子供たちに配ればいい……!」
「いやいやザッキー、そもそも向こうに住んでないとお菓子奪いに来てくれないよ」
「そこはそれ、ウメさん得意のトーンキャストで」
「……いや、だから行く事はできるけどね? お菓子は欲しがるからあげるもんであって、わざわざ配り歩いたら不審過ぎ……」
「だからそこをトーンキャストで誤魔化して……」


 この日。
 アメリカ東海岸のある街の子供たちは、揃って「薄い靄に包まれたオンボロの家」で「奇妙な耳をした女性」から「丸い焼き菓子」をもらったと大人に話した。
 大人たちは彼らが迷い込んだというそのオンボロの家の場所をあとで捜索したものの、そこはただの公園であり、当然オンボロの家などはなかった。
そしてその女性はとてもセクシーな恰好をし、特に少年たちを魅了するようにひとつひとつお菓子を配り、最後のひとつを渡したその時にとても嬉しそうに笑ったかと思うと、どこからか歌が聞こえ──気がつくと消えていたという。
 警察は集団幻覚と断定したものの、一部のUFO研究家たちは新種のアブダクション事件として注目し、後にそれは「ハロウィンの金星人」事件として知られることになるのであった──。


「という筋書きで!」
「流石はザッキー……って、私が金星人やるの?」
「金星人は金髪美人って相場が決まってるからしょうがない」
「ふっ。確かにそっちのギガントガールだと違う性癖に目覚めちゃうもんね」
「ちょっ!? 確かにあたしマニアックかもしれないけど今地球人サイズじゃん!」
「のう健一、ワシは駄目なのかのう」
「ザッキーさん私はー?」
「ええい、そんなのいいからとにかくこのレンバス片付けないとだろうに! とにかくこの大作戦で……」
「駄目です」
 拳を振り上げようとしたところに静音さんがいつの間にか現れていた。
「……え、あれ?」
「わざわざレンバスを配るためにこのしまむらハイムを飛ばすとか……駄目ですよ?」
「あ、いや、その」
「お口に合わないのなら言ってくださったらいいのに。私これは日夜子のために作ったからこんななので、小野崎さんが違うのがお望みだとわかっていれば色々と工夫してますからね?」
 静音さんは穏やかな笑みを浮かべながら俺にずずいと迫ってくる。慌てて他の面子が止めようとするが静音さんがちらりと視線を向けると沈黙。
「他にもカスタードとかチョコとかポテマヨとか色々ありますから、ね?」
「あ、いや、できればレンバス以外……」
「ですから」
 息が触れそうなほど顔を近づけて、静音さんはスッと冷たい目をした。
「これ以上建物が傷むような真似はナシでお願いします」
「……はい」
 それが一番の問題らしかった。


 夜。
「ケーンーくーん。トリックオアトゥリー……何この空気」
 仕事が終わったさくらが俺たちの部屋に入ってきた時、俺たちは急性レンバス中毒で死屍累々だった。
 いや嘘。単に食べ過ぎただけ。
「さ、さくら……」
「…………」
「トリート」
 ポン、とさくらにレンバスを手渡す。カスタードレンバス。
 わざわざ静音さんが追加していったのだった。
「え、ちょっ……何、どういうこと、何でみんな倒れてるのか説明してから……ケン君!?」

もどる