『……葬式は明日だ。まあ……来なくてもいい。電話が壊れたから連絡つかなかったとはいえ、今からじゃ急な話だしな。ああ、親戚連中は気にするな。何か言ってきても父さんの方でどうにでもしておくさ。遺産関係は昔の騒ぎの時に婆さんも懲りたらしくて遺言状作ってあったしな』
「……そう、か」
『…………』
「…………」
『……金もかかるだろうし、喪服着て来いとまでは言わない。だがな健一、忠告だ。「葬式」って儀式に出るとか出ないとかじゃなく、婆さんの死に顔ぐらい、見に来ておいた方がいいぞ。きっと何年か経ってから後悔する。俺も親父が死んだ時、忙しいって理由つけて行かなかったからな。……後悔してるよ』
「…………」
『しかしどこからかけてるんだ? この番号は……03だから東京なんだろうが』
「い、いや、ダチの家の電話借りてるだけなんだ。そう親しくもない奴だから忘れてくれ」
『……?』
 親父を言いくるめて受話器を下ろす。
 溜息。
 ……気を、使われてたな。
「……済みましたか?」
 今どき珍しい黒電話の受話器に手をかけたまま物思いにふけっていた俺に、背後から声がかかる。
 電話の場所は……新居である「しまむらハイム」の管理人室。
 つまり管理人であるハーフエルフ女性、島村静音さんの所有物だ。
「一応は……どうも、ありがとうございました」
 姿勢を正してから頭を下げる。
 彼女は上品に微笑んだ。人にあるまじき紫色の髪を、やわらかくうなじの下辺りで束ねたヘアスタイルは若々しい外見の中にも大人の包容力を感じさせる。
「いいんですよ。みかんさんに聞いたら携帯が壊れてしまったそうで、仕方ないですし」
「……いや、まあ」
 自分で壊したんだけどね。
 ……どうしよう。この機にスマホにでもしようかな。いや、でも新生活始めたばっかりだからあんまり奮発するのもな……ちょっと悩む。
 いや、それは後でいいや。
「それじゃ、失礼しまし……」
「それはそれとしてレンバス食べません? 今焼きたてなんです」
「昨日作りすぎて余ってるって言ってましたよね!?」
 俺が食うまでプレッシャーかけ続けるのかこの人は。


 部屋に戻るとみかんか鏡の前で踊っていた。
 いや別にスマイルプリキュアのエンディングダンスとかそういう踊りではない。
 似てるけど違う。
 ちゃんとスマイルパクト(女児玩具)を持っているのでこれはどちらかというと恒例のあれだろう。
<メテオーゥ レディ!>
「!?」
 しかしスマイルパクトからは出るはずのない音声が聞こえてきてギョッとする。
 みかんは両手をゆらゆらさせるポーズを取ったかと思えばビシッと怪鳥的なポーズを取り。
「ギンギンに降り注ぐ宇宙の光! キュアギャラクシー!」
「無ぇよそれ!!」
 思わず全力でツッコミを入れてしまった。
 というかまだそれ引っ張るのかよ。
「ふう。できればゴーカイセルラーやメテオギャラクシーも組み合わせたかったんじゃが経済的理由と手が足りない問題を解決できんでのう」
 その腰にはDXメテオドライバー。
「決め台詞はこう……『お前のハッピーはワシが決める』! これで」
「色々と救いようが無いな!」
 いや、ボケとツッコミを繰り返していては始まらない。
「そうじゃなくて。……明日、婆ちゃんの葬式らしいから……トーンキャストで連れてってくれるか」
「ふむ」
 未だに電子音を鳴らしている玩具類のスイッチを切り、みかんは真面目な顔をする。
「死に顔、見てくるだけでもさ。親父に……後悔するなよって言われたから」
「まあ……良いかのう。本当はババ様の問題はあそこで終わりにしたかったが」
「……なんだよ、顔見に行くのは問題あるのか」
「お主も理解したと思うておったがな。死は、その瞬間で終わる、人生という物語の終結。動かぬ別れじゃ。この星にその人間の生きた記憶は残るが、遺体には何も残りはせぬ。……それよりも、会って妙な気をまたぞろ起こすかもしれんと思うとな」
「どこまで信用ないんだよ……さすがにもうわかったって」
 みかんは俺に整理を付けさせるために、婆ちゃんの残留思念を連れてきた。そこでようやくつけた折り合いが揺るぐのを懸念しているらしい。
「……俺は、婆ちゃんに申し訳なくて……謝りたくて、許してほしかった。でも、それだけのために何もかもを踏みつけにして、婆ちゃんの死を弄んじゃいけないってのも、理解したよ。……ここから先はただの日本人としての、孫としての、心のケジメだ」
「……うむ。まあ、良い。どちらにしろ電車では高いからのう。行きと帰り二人分でテレビが買えてしまう」
「……だからって魔法を気軽に使うのもどうかなとは俺も思うけど。でも遠いし」
「うむ。経済的なことを考えれば仕方ない」
 微妙に、異星文明との付き合い方に関して深く考えざるを得ない俺。二万弱のために無駄遣いされる異星技術。
 ……とか思っていたら、視界の端の空間からにゅるりとウメさんが出てくるのが見えた。
 空間というか、たんすと壁の隙間。
 外道衆みたいなイメージといえばいいだろうか。
「怖っ」
「ふー。……昨日私がいないうちに引っ越し済ましてそのままノーアクションとか酷くないかねザッキー! ライムちゃんと飲んで帰ってきたらもぬけの殻で思わず死ぬところだったよ寂しくて!」
「……致死ダメージ軽いのう、お主」
「一応部屋探しに行く旨は伝えたはずだよね?」
「酒飲んでる私にそんな事覚えとくとか期待するなよ!」
 理不尽なこと言い出したぞ。
「というわけで諸君報告を聞こう。どうここ、良さげ? 私とさくらちゃんは入れそう?」
 ストンとその場に腰掛けて後ろ手を突き、天井を見上げたり見回したりして居心地をチェックするウメさん。
「いや……まあエルフは歓迎してくれるらしいけど」
「管理人は男に飢えてる感じじゃったからお主のような横取りしそうなメスを入れてくれるものかのう。ましてあの不動さくらなど」
「ぬっふっふー。そこはほれ、ウメさんの熟練のトーク技術炸裂するところよ。ていうか問題は無いんだよね? 見た感じ綺麗だし布団叩いたりラジカセ全力音量のおばさんとかいるわけでもなさそうだし……」
「懐かしい話題じゃのう」
「それ俺が高校ぐらいの頃の話じゃねえ?」
 というかそんな怪人物がそうそういてたまるか。
 ……というところで、外からボンボンと窓がつつかれる。
「おーい小野崎君? なんかさっきから聞き慣れない声がするんだけど……」
「あ」
 ……ある意味、同レベルにすごいのがいるのを忘れていた。
「あ、ギガント」
「わ、金髪。……っていうか玄関から入らなかったよね? 誰この人」
 しゃがんで部屋を覗き込む巨女と窓を開けたウメさんが対峙。
 数秒。
<レディ! ゴーゴーレツゴーゥ!>
「あっ、ワシのスマイルパクト!?」
 いきなり華麗な素早さでみかんの手から女児玩具を奪ったウメさんは、ダイレンジャーOPのキリンレンジャーみたいな動きでポーズを決め。
「ジンジンに震える一輪の花! キュアギャラクシー! と申します」
「へー。キュアギャラクシーさん」
「違うから!? これ紀州ウメさんっつって元のアパートの隣人だから!」
 何故俺が結局とりなす流れになるのか。
 あとキラキラとかサンサンとかその手の言葉思いつかなかったのはわかるけどジンジンはどうかと思う。

「……なるほど。あなたも小野崎さんと同じアパートで」
「えへへ。まあそういう感じで」
「ご職業は」
「バルチャー!」
「なるほど無職ですね」
 難しい顔で書類にメモしていく静音さん。
「待て今の会話繋がってなかったぞ」
「何言ってんのザッキー」
「自称冒険者とか旅人とか流浪人とか私設武装組織とかバルチャーは無職をマイルドにした言い方でしょう?」
 こっちに目も向けずに淡々と言い切るウメさんと静音さん。
 え、それって世間的に常識なの?
「でも無職となると家賃の支払いに少し不安が……」
「貯金あるから平気。これでも昔は稼げるシゴトしてたから二年ぐらいは楽勝でバルチャーできるはず」
「うーん……まあ、部屋の余裕はあるんですけど……」
 静音さん、悩んでる。さすがに俺のときとは態度が違う。
 ……逆説的に俺がどれだけハナから狙いつけられてたのかわかるな。
「通帳見る?」
 ウメさんは堂々と胸の谷間から通帳を取り出す。
 いや、そこに入れるのはカードか畳んだお札くらいにしようよ。
 そしてそれを見た静音さん。
「……うげ」
 いきなりイメージ壊すリアクション。……っていうか昨日の日夜子嬢への最初の反応からするに素はちょっとアレだよね多分。
「どうよ」
「……む、むむむ……さすがに八桁となると文句は……」
「でしょ?」
「八桁!?」
 ブルジョワジーがいる!!
 しばらく悩んだ後、静音さん。
「……に、二階の五号室でいいなら」
「えー」
 最後の抵抗として、俺の部屋から一番遠い部屋をつけることにしたらしい。
 彼女の中でも、お色気エルフがわざわざ(自分も狙っている)俺を追いかけてくるのを容認するのは苦渋なのだろう。
 が、ウメさんは少し口を尖らせた後に、しょうがないか、と頷く。
「どうせ私バルチャーだし! 時間の余裕はたっぷりあるから多少離れてても問題は無い!」
「あ、あと言っておきますけどアパート内での不純異性交遊は禁止です!」
「えー。まあいいや私不純じゃないし。純粋にカラダの関係だし」
「それを不純と言わずして何と言うんですか!」
 いや俺ウメさんとカラダの関係結んでないよ!?


 夕方。
 疲れ果てながらも調理器具の梱包を解き、数日振りの鍋を作ろうとしていたら外の駐車場に車の音。
 そして。
「痛っ!?」
 ドスン、と音がして日夜子嬢の悲鳴。
「な、なんなのよう」
「……何かぶつかった?」
 日夜子嬢の声とエンジン音にまぎれて、またもや聞き慣れた声がする。
 ……さて、ケータイもない今、どうやって連絡をつけようかと思案していたところだったが……これはなんというか。
 どうやってここを嗅ぎつけたのか、そっちの方が気になるが。
「……みかん。食器の荷解き頼む」
「うむ。……なんというかお主の周囲はアレじゃのう。重い女が多いのう」
「…………」
 ガラリと窓を開けて駐車場を見る。
 そこには案の定、愛車から降りて不思議そうに見回すさくらの姿が。
「……ケン君?」
「さくら……えーと」
「昨日いきなりいなくなったから、どうしたのかと思って……発信機とか、あまり使いたくなかったんだけど」
「!?」
 待てやコラ。
「ありゃりゃー。やっぱりさくらちゃんも早いねーザッキーの事になると」
「紀州さん!? なに馴染んでるの、一言くらい私に言ってくれてもいいでしょう!?」
「えー。だってさくらちゃんってめんどいし」
 二階の窓に肘を突きながら酷いことを言うウメさんだが今回ばかりは同意したい。
 というか発信機? マジで?
 ……でも自力でピストル用意した女だもんな。
「それよりあたし轢かれたんだけど!?」
 ぷんぷん怒る日夜子嬢。そりゃ自分ちとはいえ(普通の人からは)無人に見える駐車場で昼寝してるアンタにも問題あると思いますが。
「私もここに引っ越すしかなさそうね」
「こらーっ、その前に私に謝れ! 痛かったぞ!」
「?」
 意気込むさくらと怒る日夜子嬢。何かを感じてはいるようだが日夜子嬢自体は見えないらしいさくら。
 ……っていうかさくらの霊感って、エルフとか全部感知できるもんだと思ってたけど違うのね。
「……どうなると思う、みかん」
「どうなるもこうなるも。……なんだかんだであの管理人、金には弱いようだからのう。なるようになるのではないか」
「……うん」
 たった月四万の家賃のために崩されていく異星文明の牙城。
 俺は色々と深く考えざるを得ない。
「今さらだけど引越しそばぐらい静音さんに持っていくか」
「おお、忘れておった」
 まあ、とりあえずは礼儀から尽くす事にしよう。

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