間取りは八畳間の部屋とキッチンのみ。あと押し入れ。一応ベランダらしきものもある。
風呂共同なんて今どきあるもんかと思いはしたが、あるんだからしょうがない。
築20年。そこそこ古いが贅沢はいえない。
そして4万。
田舎ではそれなりの部屋を借りられる値段だが大田区内ではまあそれなり。
地図を見れば(不動産屋のサバ読みを込みで考えても)駅からのアクセスが良好。各駅停車しか止まらない小駅だけど。
そして何より。
「エルフ歓迎?」
「……と、書いてあるのう」
どういうつもりなのか、堂々と備考欄にそんな一文が書いてある。
「…………」
「…………」
みかんと顔を揃えるようにしてそのページを見つめ、しばらくしてからウメさんと生田にも意見を求める。
「どう思う?」
「すごく……大き」
「黙れウメ」
「なんだよー。……んー、まあお仲間の可能性もあるし、春先だからちょっとアレな人の悪戯って線もあるかも? ってぐらいしか言えない」
「えーと……私も同じく」
二人とも要するに「よくわかりません」ということだ。
まあ……判断材料少なすぎるもんなあ。
「しかし……値も悪くないし共同とはいえ風呂があるぞ」
「いやそれ普通だから。ここがアレなだけだから」
学生向けとはいえよくぞ生き残ってたなって感じの化石物件だ。
かつては全国的に「風呂がなければ風呂屋に行けばいいじゃない」が合言葉だったらしいが、銭湯も今ではどんどん減少している。この辺にあったトコもつい2〜3年前に一つ潰れたし。
神田川の時代じゃあるまいし、部屋に風呂がなくてもなんとかなるライフスタイルは社会的に否定されているのだ。
「場所は……京急線で二駅先ですか。まあ……当たるだけ当たってみるのはいいんじゃないですか? ガチでヤバい家主ならこう、みかんちゃんがなんとかすれば」
「面倒はもうこりごりじゃがのう」
「ったく、それぐらいは手を貸してもいいだろこの駄柑橘類。ずっと居候生活させてるだろうが。家賃俺もちで」
「それは健一が行かないでくれと泣いて頼むから仕方なく」
「泣いた覚えはない!」
……なんか恥ずかしい思い出が蒸し返されそうなので、まあみかんの協力はさておいてここに当たってみるべく不動産屋に連絡する。
そして翌日。
「……これは」
「すごいトコかもしれんのう……」
現地に行ってみた俺とみかんは、上を見上げてあんぐり口をあけていた。
うん。まあアパート自体は普通の二階建て。外壁の塗りなおしを最近やったのか、コーポ島村よりは随分綺麗。
それはいいのだけど、駐車場に問題がある。
というか、いる。
「……ありゃ、見えてるの? ってそっちの子はダークエルフだからいいとして、君も?」
そう。
見上げるような、高いところに顔がある。
ぶっちゃければゼントラー○ディぐらいの巨体を誇る女性が、妙に広く取られた駐車場で体操していた。
「地鳴りとかしないのあれ」
「そういうのは魔法でどうとでもなるが……珍しいのがいたものじゃのう。ギガント系か」
「宇宙人……だよな?」
「うむ。都市部では滅多に見かけん……というか、こっちのサイズの知性体が主流の星では暮らしづらいから、そもそもあまり移住はせんものなのじゃが」
「あははは、まー、あたしホラ、ハーフだし」
「ハーフ!? 地球人との!?」
「うん。島村日夜子。よろしくねー」
……ひよこ。身長10メートルクラスでひよこ。
「で、何? もしかしてウチの入居希望者?」
「……もしかしてあんたがやってるの? ここ」
「違うよー。あたしホラ、図体でかいから外の修理とかによく呼ばれてさ。ウチも去年のアレでガタピシいってて大変だったんだよー」
どすんと胡坐をかき、ケラケラと世間話をしてくる巨大ガール。
造形自体はまあ、人間と同じというか……美女と言ってもいい。着ている服はデニムのホットパンツとヘソ出しのタンクトップで、おっぱいは当然ながら運動会の大玉クラスはある。
そしてホットパンツの腰ボタンとチャックを全開にするグラドル的な着こなしをしていて、しかもその内側にパンツの影はない。
いくらゼン○トラーディ大の異星人とは言え、視線が吸い寄せられるのは仕方のないことだろう。
「……って、うは、エッチだねー。巨女でも気にせずアソコ凝視?」
彼女はロングの赤い髪を掻き揚げながらニヤニヤと俺を見下ろす。
「い、いや誤解だ。俺の目線の高さにおまんこがあっただけだと主張させてほしい」
「へっへっへー。ま、いいけどね。こんな図体だとむしろ貴重な体験だよ、地球の人にガン見されるとか♪」
「……健一。誰彼構わず色目を使うでない」
「色目かこれは!?」
なんだか理不尽な責め方をされている気がする。
「で、アンタたちはなんなの?」
「……入居希望者じゃが」
「えーと……エルフ歓迎とは書かれてたけど、まさか巨人のアパート……」
「だからあたしは違うんだってば。ちょっと待ってて、おーいお姉ちゃーん」
アパートの一室に手を伸ばし、窓を指でつつく日夜子嬢。
コンコンどころかボンボンという音がして、三回目に窓枠ごと内側に壊れた。
「っっ……こら、ヒヨ!! アンタ何さらしてくれ……あれ?」
「お客ー」
内側から割れた窓と建材にまみれてギャグみたいにガバッと出てきたエルフ女性は……俺たちの顔を見てきょとんとして、サッと内側に引っ込んで5秒で身なりを正した。
「あ、いらっしゃい、お話は伺ってます入居希望の方ですよね!」
壁材でホコリにまみれ、そのうえガラスが顔に傷をつけて正直スプラッタな惨状だったのが跡形もないあたり優秀なトーンキャスターなのかもしれないが。
「……お姉ちゃん?」
「うん。腹違いの姉」
「しまむらハイム管理人の島村静音と申します。ささ、中へ」
「ええー……」
俺とみかんは姉の方に引っ張られてアパート内に連れ込まれる。
「ええ、立地はいいんですけどなかなか住人が定着してくれなくて……いえ、七割は日夜子のせいなんですけど。いくら認識隠蔽で普通は見えないとは言っても、やっぱり気配は伝わったりするんでしょうね。なんだか重苦しい気配がするとか夜中に知らない女の声がするとか言って気味悪がっちゃって。でもいくらなんでも実家ですから寄り付くなとばかりも言えないじゃないですか。今はネットとかもあってなんだか悪い風評が定着してしまって……それならむしろ前面にエルフとかの方を呼び込んだ方がまだしも、と思いましてこの春からエルフ歓迎ってつけてるんですけど。ところでレンバス食べます? 妹はクラムだって言い張るんですけどちゃんと浜松の職人に教えてもらった本格派のレンバスですよ」
「……いえ、その昼飯もう食べてきたので。……それでその、えーと……みかん、何聞くんだっけ」
「……もうよいのではないかここで。なんだかどうでもよくなってきた」
みかんはやたらとインパクトのある姉妹に毒気を抜かれたのか、すっかり「どうでもいいや」という顔をしている。
「さっき見せてもらった部屋はしっかり八畳あるようじゃし、この女もハーフエルフなら、ナマデンワが言っておった心配もいらんじゃろ」
「……あー」
確かにその通りなのだが黙ってハンコ押すのもなあ、と思う。
「あ、連帯保証人とかは形式だけで結構ですよ。ウチもほらコレですからあまり社会的にオモテ出ろやとか言えませんし。もちろん家賃はしっかり納めていただきますけどあまりうるさくは言いませんから。それにほら魔法ありますからもしものときはそっちで、ね?」
「ある意味そっちの方が怖いです」
「それにしても小野崎さん、本当に普通の人間みたいですけど、妹の姿も私の耳も普通に見えてるんですね? そっちのお嬢さんが魔法で認識解除したというわけでもなさそうですし。しっかり私たちの知識があるのならそのほうが話が簡単ですから全く問題ないんですが……ところでレンバス結構余ってるんですけど本当にどうです? 妹アレですからいっぱい食べると思って作ったんですけど全然食べないもので」
「いえいいです。というか腹違いで二人ともハーフってことはお父さんが地球人で?」
「はい。まあ嫁がエルフだなんだっていう時点で法律的に面倒な事になるので母は内縁だったんですけど、前提にそういう事情もあったせいか父はなんともヤンチャでして……なんかもう呆れるほど守備範囲広くて。他にも兄弟姉妹が8人いるんです。全員異星人ハーフで」
「すげえ」
「別にどうということはあるまい。チンギスハンは三千人も妻がおったというぞ」
「全年齢ハードで子作りをシステム化された男と一緒にするのもどうかと思うけどな」
一番気になるのは日夜子嬢の制作風景だがそれはともかくとして。
「それで入居していただけるなら特別に引越しのお手伝いは日夜子にさせますから業者を頼む必要がなくなるなんですけどいかがでしょう? できれば是非入居していただければと思うんです。こういう事情なのでもう普通の地球人の方に来て頂けるってだけでも嬉しくて。なんなら毎日おやつのレンバス差し入れもしますよ?」
「いえそれはいいんですけど」
「レンバスお嫌いですか……?」
「そのレンバス猛プッシュが怖いだけです」
あと何故浜松。静岡には俺が知らないだけでエルフの根拠地があるとでもいうのか。
「……どうするみかん」
「じゃからワシに聞くな。……まあ、時間もないことじゃ、これ以上に融通が利きそうなところを探すのは難しいのではないか」
「うーん……」
……まあ、それもそうだけど。
しばらく俺は考える。
ワケアリ物件ではあるが、そのワケは原因がはっきりしている。
管理人姉妹はアクが強いが見た目は決して悪くない。
場所は便利だし。
「……ここにするか」
「うむ」
「やった!」
何故か快哉を上げる静音さん。
自分が罠にかかったんじゃないかという疑念が湧いてくるような反応は、できれば控えていただきたいのですが。
「それではこの辺の書類にサインと……それから元の住所をお願いします。日夜子に引越しのお手伝いをさせますので……」
そして、引越しは巨女の力によって一時間で完了。
見ていたら手足もあらわなビーサン履きの日夜子嬢(10メートル級)が第一京浜や首都高、そして京急線の高架を自在に飛び乗り、飛び越え、そこらの家の屋根の上をひょいひょい歩いて渡り、両手に携えた荷物を置いては往復する斬新な光景だった。普通の家とか踏んで潰れないかとハラハラしたがそこはみかん曰く、トーンキャストでフォローできるらしい。
荷物は内側から運び込むのではなく、いつかみかんがやったように「壁だけ」どこぞに飛ばして外から全部直接押し込むという豪快な形式で運び込まれた。
「それでは今日からよろしくお願いしますね、小野崎さん♪」
「よろしくねー」
妙にご機嫌の静音さんと特に何も考えてなさそうな日夜子嬢に手を振って壁を戻してもらい、引越しの荷解き要員として呼んだ生田と、みかんと俺が室内で同時に息をつく。
「はぁ……とにもかくにも、ここが新しい先輩の部屋ってわけですか」
「まだ実感湧かないけどな……それになんであんなに歓迎されるのかよくわからなくてちょっと怖くもある」
「あー……」
「あー……」
生田は眼鏡を押さえ、みかんは頭を掻きながら、同じようにテンションの下がる「あー」を発声する。
「なんだよ、知ってるのか。てかわかるのか」
「いや、私は勘ですけどね」
「ワシはあの女の一連の行動で大体な」
「……?」
「ロックオンされてますね、オノケン先輩」
「うむ。ありゃハーフエルフじゃから若いままに見えるが……おそらくは健一より一回りは上じゃろうて。ワシらのような元からのエルフなら百年二百年は大した話ではないが、地球育ちでは焦る歳じゃろ。そこに若い男がノコノコと……となればのう?」
なんだかいつの間にか見解を共有している生田とみかん。
……って、いつの間にそんな観察を。
「やたらと胃袋を掴みに走っておるのも家庭的な女アピールという奴じゃな。さしずめ目指せめぞん一刻というところか」
「ってゆーか、なんでそこまで露骨なのわかってて止めなかったのみかんちゃん!」
「ま、ワシは同居人じゃからのう。なんとでもなるわい」
「いやちょっと待てよ、そういう事情が見えてたなら俺に一言先に言えよ!?」
「贅沢言っておれぬのも事実じゃろうが。それにあの分ではまだまだ譲歩も引き出せそうじゃしのう」
ニヤニヤ笑うみかん。
「私としては先輩周りをコレ以上ややこしくしないでほしいんだけど……」
天を仰ぐ生田。
そして愕然としたままオロオロと挙動不審になる俺。
ちなみに風呂共同というのは要するに個人の部屋には置かない代わり、離れに立派な大風呂があるということで、夕方から夜中にかけて沸かしておくので好きな時間に入ってくれということらしい。
銭湯とまではいかないが、普通の一戸建ての風呂よりは充分に大きい風呂場だ。
本来は男子用と女子用があり、アパートに住人が多かった頃にはそれぞれ沸かしていたものの、今では住人も少ないので経済性を考えて片方だけ沸かしておき、互いに入っていない頃合を見て使いましょう、ということのようだった……が。
「お背中流しますよー♪」
「うわぁ!?」
静音さん、超肉食系。
俺が入る時間を見計らって入ってきた。さすがにタオルを巻いてはいるけど。
俺がシャンプーの泡をつけながら慌てて逃げ出そうとしていると、脱衣所には更なる気配。
「……混浴がアリということならばワシがおっても構わんじゃろうな?」
「あ、あらら……」
ガラリと入ってきたのはみかん。もちろんエルフの水浴びの掟に従い、堂々たる裸。
「くっくっく……あまり意地汚いのは感心せんぞ?」
「な、なんのことかしら?」
相変わらず。
どこにいっても俺はエルフたちに侵略され続ける運命らしい。
もどる