うだるような残暑が続く八月終盤。
コーポ島村も例外なく情け容赦のない高熱に晒され続けている。
そんな我らが103号室では今日も中学生ダークエルフと金髪巨乳エルフが真剣な目でわけのわからないことをやっていた。
「…………」
やや斜めに傾いたみかんがスチャ、と逆手に構えるはココロパフューム。(女児玩具)。
両足を前後に揃えてモデル立ちしたウメさんがスーッと自らの顔に向けて持ち上げ、クルリと180°ひっくり返して見せたのはシャイニーパフューム(女児玩具)。
「ゆくぞウメ」
「おうさ」
ぼんやりと麦茶を啜っている俺は、二人とも途方もなくカッコイイ雰囲気で何やってんだ、と思う。
ウメさんのiPod(専用スピーカー付き)から鳴り出したテレビ音源のプリキュア変身音楽が鳴り始めると、それは一気に激しい動きに変わる。
というか二人が一斉に踊り出して周囲のガラクタというか生活用品やらエロゲ箱やらが一瞬で崩れ出したのでドクターストップ。
「待てこら暴れるなー!!」
「えー、片付けなよザッキー。ここ物が多すぎ」
「いきなり二人揃って六畳一間で踊りだすんじゃねえよ! 何深刻な顔して降りてきたと思ったら!」
場の流れが一切読めなかった俺は天井からウメさんが降りてきてからの一連のアクションを傍観するしかなかったのだった。
改めてプリキュア変身音楽。
そしてギリギリ確保したスペースでフラメンコと映画泥棒の動きを足して2で割ったようなダンスを見せるみかん。
「何故こんな妙な踊りを」
「やー、こないだみかんちゃんとオリキュア祭りの流れになっちゃって、今日はお互い渾身のオリキュアポーズ発表会?」
「オリキュア!?」
オリジナル・プリキュア。略してオリキュア。
いい歳こき過ぎたエルフ二人が何をやっているんだ。
……みかんの珍妙な踊りが終わり、どうやらポージングに移行したっぽい。
今のプリキュアは……確か現存は地属性のブロッサムと水適応のマリンと太陽戦隊サンシャインだっけ。あとオデコがやばいムーンライト。
さて見得切り、みかんはどう来るか。
「銀河に漂う一輪の花!! キュア! ギャラクシー!」
「漂うのかよ!!」
大人げないとは思いつつ思わず全力で突っ込んでしまう。
「チッチッチッ、甘いよザッキー。もしかしたらセシリーの居場所を教えてくれるかもしれないじゃない」
「そんなピンポイントな花でいいのかよプリキュア」
「少しはワシの本気のキメポーズを見んか二人とも!」
「あっ」
「ごめん、もう一回やってもう一回」
「ぬぬぬ……何たる屈辱」
みかんはヘソを曲げて台所で体育座りした。自分で突然始めたくせに根性のない奴め。
続いてウメさんも変身音楽にあわせてフラダンスとスリラーを足して割ったというか、全然混ざってなくて突然交互に切り替えるような全く予測不能の動きを始める。
「ウメは創作ダンスの才能が皆無じゃの」
「いやお前だって意味不明度ではいい勝負だったぞ」
「これとか!?」
ショックを受けたらしい。多少は勝ってると思っていたのか。
そしてウメさんもビシッとポーズを決め。
「グランロロに咲く一輪の花! キュア! ギャラクシー!!」
「番組違ぇよ!!」
というか一瞬の躊躇もなく堂々とネタかぶせてきた。
「必殺技はプリキュアライフコアデストロイ。1ターンで相手は死ぬ」
「ただのインチキじゃんか。せめてプリキュアの技にしてくれ。というかデザトリアンは? 砂漠の使徒は?」
「なんだかんだ言ってザッキーもプリキュアよく見てるよねぇ」
「ククク。興味なさそうにしておっても結局毎話見ておるぞ」
「何で俺が吊るし上げられる流れになるの!?」
本日も暑い。
大学卒業後、とりあえず俺は今までと同じようにバイトで繋いでいる。
サークル関係や今までのバイトヘルプの縁で一応色々な場所にツテがあり、ちょくちょくお呼びがかかるので、仕事を選ばなければ何とか稼げている。
……まあそのうちしっかりと就職しなきゃいけないんだろうけど。
「一旦新卒逃すとこの氷河期は大変だよなぁ……」
「エルフ系の企業とかちゃっかり堅いからそっち入っちゃえばいいのに。ザッキー認識隠蔽跳ね返せるから中途でも取ってくれると思うよー」
「そもそもなんでウメさんはそっちに行かないんですか」
ちゃんとした身内企業があるなら普通に勤務しろよ、と思う。
「あはははは、だって拘束時間長いんだもん。仕事あんまり面白くないし」
「面白くない仕事を俺に押し付けようというのか!」
「私はエッチなオシゴトの方が面白いだけだもーん。っていうか私そもそも地球のお金なくても生きてくだけならなんとでもなるもーん」
おのれUMA獣め。
「おとなのせかいはたいへんじゃのー」
みかんはセブンプレミアムのアイスを咥えつつも暢気な感想。
いや待て。
「お前も立派にGOUHOUな年齢だろうが! 働けよ! ここの部屋代だってタダじゃないんだから!」
「やれやれ、大学という後ろ盾がなくなったらめっきりセコい男になりおって」
アメリカンなポーズで溜め息。ムカつく。
……いや、実際それほど金に困っているわけではない。若干倹約を必要とはするが、今の生活をするには支障はない。
しかし派遣切りとかなんとか景気の悪い世の中、いつまでもこのままじゃいけないと思う。
「りっぱなおとなになりたいなあ……」
「エルフの世界に足を突っ込んでしもうたのじゃから、そんなセコセコすることはないと思うがのう」
「ねー。エルフと仲良く生活できる時点で文明レベルの勝ち組だよねー」
「俺はなぜだか見えるだけで魔法も使えないし霞食って生活することもできないんだよ!」
お前らは文明を超越して安楽に何百年でも暮らせると思うけど、俺は明日のおまんまを稼ぎ続けないといけないんです。
大多数のそういう「エルフと仲良くなった人間」だって魔法が使えないならそうするしかないはずだ。ナマデンワのご両親だってちゃんと働いてるらしいし。
……いや、そういえば。
「今思い出したぞ」
「?」
「例の納涼エルフ女相撲はどうなったんだよ」
エルフと仲良くなった少年が行司をしたのをきっかけに始まった、この世の桃源郷イベント。
すっかり忘れていた。
「あー、アレか……」
「今年、もうやってたっけ……?」
みかんとウメさんがそれぞれカレンダーと手帳を確認する。
「……予定ではコミケ時期じゃな」
「あー、だから今年断念したんだっけ……」
「お前ら黙って断念すんなよ!」
コミケとそれなら俺はエルフ女相撲を取りたかった。
……コミケって二、三回外すとショップとオクでいいやって気分になっちゃうよね。
「一応確認してみるかのう」
「なんかの理由で順延してるかもしれないしね。まさかこの時期まで順延はしてないと思うけど」
ウメさんはケータイでメールを打ち始め、みかんは家の電話で誰かにコールし始める。
お前らもっと宇宙的な通信手段使わないのかよ。
そして、その日の午後。
俺は見知らぬ川辺にいた。
「……展開早くね?」
「お主が見たいと駄々を捏ねたんじゃろうが」
みかんはふんどしにヘソの出るミニT。
「やー、言ってみるもんだね。参加者がみんな微妙に都合付かなくて延び延びになって、立ち消えムードになってたみたい」
ウメさんはふんどしに堂々トップレス。この人は羞恥心というのが実に薄いので素晴らしいおっぱいがディ・モールト。
「で、まあ身内行事だし、参加者がいなきゃ中止もやむなしだよねーって雰囲気になってたのを改めて今日再確認したら、結構みんな今日は暇だったみたいで……ザッキー、ずいぶんガン見するね。いつもプールで見てるじゃない」
「俺はおっぱいは毎日見たって嬉しい自信がある」
「じゃあ素で毎日見る? おっぱい見るだけじゃすまないかもだけど」
ニヤ、と笑うウメさん。
ゴクリと喉を鳴らしてみかんに耳引っ張られる俺。
「は、放せ放せ」
「何ウメにたぶらかされておるのじゃ!」
「だ、だっておっぱいには勝てないし!」
「あー、あのねみかんちゃん……一応、ウチのお店のスタッフしない? って話なんだけど」
「お主は絶対それで済ますはずないじゃろうが!」
「あははは、いつもながら仲いいですねえ、お三方」
ふんどし姿の二人が早くも相撲を始めそうな雰囲気の中、横から声をかけてきたのは緑色の髪のエルフ。
ウメさんのえっちなお店での後輩、ライムちゃんだ。
彼女はふんどしにウインドブレーカーを羽織っている。これはこれでフェティッシュ。
「お店に働きに来るなら歓迎しますよ。ザッキーさん、ウチの娘たちの間で結構人気あるんですよ♪」
「え、そうなの」
「嘘です」
ちょっと期待して損した。
「っていうのも嘘かもしれません。ま、今日は頑張りましょうねー♪」
「どっちなんだよ!」
軽い足取りと食い込んだお尻を見せてライムちゃんは離れていく。
見回すと他にも数人ずつでエルフ女性やダークエルフ女性が集団を作っており、それぞれ上半身には何か羽織ったり羽織らなかったりしているものの、下は揃えたようにふんどし一丁。
いや趣旨上揃えてるんだろうけど、非常に眼福極まる光景だ。
「鼻の下を伸ばすでない。……と言っても、この状況ではのう」
「天国ってあるんだな」
川辺はきめの細かい砂で作られた土俵があり、せせらぎの音は耳に涼しい。
遠くまで広がる夏草と、その向こうに見える綺麗な山々。
日本なんだろうかここ。土俵以外に人工物の気配がないから地球じゃないかもしれない。
エルフの美麗な肢体を抜きにしても天国といえる場所だった。
「さーて、みんなー、そろそろ始めよー♪」
ウメさんが手を叩いて音頭を取る。ガヤガヤとお喋りしていた二十数人の参加者たちもお喋りをやめ、ウメさんに注目した。
その隣にいたみかんが一旦咳払い。
「今回はこんな時期になってしもうたが、集まっていただけてまことに喜ばしい。以下略。今年も張り切って相撲するぞー!」
以下略でいいのか。
と思ったが、参加者たちは特に気にしていないようで、おー、と拳を突き上げる。
そしてみかんみんなの前でTシャツに手をかけ、躊躇なく脱ぎ捨てると、他の参加者も一様にトップレスになる。
「ザッキーもほら上脱いで♪」
「え、俺も?」
「参加しないの?」
「していいの!?」
既に女だけの行事になってるのかと思っていた。男いないし。
「ふんどしつけなきゃいけないけどね」
「つけたらこのエルフたちと相撲が出来るのか……!」
「ふふふ。出来るけど手加減はしないぞー。あ、爪立てたり乱暴な投げ方はだめだからね」
「任せてもらう!」
勢いよく下半身までクロスアウトした俺。参加者たちから黄色い歓声が上がる。
だってしょうがないじゃん。隠れて着替えようにもそんな地形ないし。
「もー……はい、ふんどし」
ウメさんは困り笑いでするりと自分のふんどしを脱いで、俺に手渡す。
「……ウメさん、自分の分は」
「あっちに予備置いてあるからとりあえずコレ履いて。こんなとこで下まで脱ぐ必要なかったのに」
てってってっ、と全裸で荷物置き場に走っていくウメさん。そしてその体温で暖かいふんどし。
「……頑張ろうという気になってきたぞ」
「阿呆」
みかんに後ろから足を引っ掛けられて盛大にフルチンダウンする俺。エルフたちから笑いが漏れる。
相撲はトーナメント戦で、俺は最初にライムちゃんと当たって速攻負けた。
女の子だと思って油断し、いざエッチなことをしようと手を伸ばしかけて、そこで割り切ってセクハラ全開に及べばよかったのだがそんな勇気は無かった。
威勢良くライムちゃんの胸に手を伸ばしかけ、恥ずかしくなって硬直した俺にライムちゃんは躊躇なく組み付き、あっさり押し倒されて敗北。
そして俺は砂を落とすために川に浮かんでいる。
「うむむ……やられてしもうた」
「みかん」
そして、すぐに敗北者としてみかんも川に飛び込んでくる。
水に身を浸すその前に、みかんはふんどしを脱いで川辺に放る。
全裸で俺の横に並んで、いきなりぱしゃりと水をかけた。
「な、何しやがる」
「砂が顔についておるぞ」
クスクスと笑うみかん。俺もそのまま水を飛ばし返した。
「うにゃっ!?」
「お前も砂付いてた」
「おのれ」
パシャリと両手で水をすくい飛ばすみかん。その肢体は豊満ではないが、健康的で夏の日差しの下でこそ輝く。
この一瞬を写真にして切り取っておきたい。
そう素直に思うほど、日差しの下で川で遊ぶ裸のみかんは純粋に綺麗だった。
「まあ本当に写真撮ったら俺は犯罪者だよな……」
「なんじゃ。ワシの裸体画像が欲しいのか。持っているところを不動めに見られれば即死コースじゃというに」
「うん」
そっちの方が切実だ。さくらならケータイチェックぐらいやりかねない。
「どーん♪」
「うにゃ!?」
そこに、空中でふんどし脱いでウメさんが飛び込んできた。
それどころか他のエルフ娘たちも相撲を放り出してバシャバシャ水に入ってくる。
「な、なんじゃ、取り組みはもう終わったのか」
「終わってないけどお相撲そっちのけで二人だけでイチャイチャされると気が散るので水中相撲大会にしようって話になりました」
『ねー♪』
ノリが軽いというかそれでいいのか十数年もの伝統行事。
「というわけでザッキー勝負だー♪」
「どういうわけだよ!?」
「エルフの水浴びは着衣無用!! 脱がーす!!」
「きゃー!」
俺のかわいくない悲鳴が響く中、エルフ娘たちもみんな素っ裸で川遊び。
こちらの光景も写真に収めたい美しさだ。
そして、夜。
家に帰るとナマデンワが部屋の外で突っ立っていた。
「……何してんのお前」
「サークルの飲み会から逃げてきました。かくまって下さい。後輩がものすごいアタックしてくるんです」
「あー……」
夏は飲み会の時期だ。そしてナマデンワはさくらの記憶も薄れた今、「武田ゾーン」では文句なしにトップ美女の地位にいるのだろう。
相変わらず眼鏡でファッションは地味だが、よく見れば素材が相当いいのはわかるし。
「お主も早くトーンキャスト覚えろというに」
「言われてできるならやってます! っていうか先輩たちどこに行ってたんですかウメさんたちまで連れて!」
「お相撲ー」
「です♪」
「あれ、今年の名古屋場所ってもう随分前に終わってるしなんか問題起こってたような……」
心地よい疲れの中、ナマデンワの茹でてくれた素麺は実に喉に優しい。
「美味かった。撫でてつかわそう」
「な、なんですかいきなり……」
照れるナマデンワ。
「ワシは撫でんのか」
「いや、お前食事の準備してないし」
でも撫でたら気持ちよさそうにしていた。
2010年、夏の終わり。
……なんだかんだで、今も楽しい。
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