戦いは終わった。
浪人1、留年1年を加え、長きに渡った俺の大学生活も残すところあと1ヶ月半。
もうこの時期になると授業さえ残ってはいない。別れを惜しむようにせっせと武田ゾーンの後輩たちと交流してはいるが、どうせいざ卒業してしまえば音速で俺のことは忘れるのだろう。オタクとはそういう生き物だ。
去年の俺がそうだったし。
「つまりそれは偉大なる創始者たる俺のこともあっさり忘れていたと言う事かオノケン以外」
「何を言っているんだ武田。お前は勘違いをしている」
「なんだと」
「俺も例外なく忘れていた」
「そういうオチだと思ったよ!」
「でも不動のことは覚えてる野郎多かったよ。むさくるしい武田みたいなのがOB面で現れるのなんてありえないよねーキャハハハとかいう意見の傍ら、不動先輩が現れたならと夢想する奴の多いことといったら。地味にこのコーポ島村に不動がいるとバレていたら、連日何かを待つ顔をした後輩たちによる徹マンでこの部屋が占領されているところだった」
とても危なかった。
「天井桟敷から眺めてる分には面白そうではあるけどねぇ」
「天井桟敷というかおぬしの場合天井そのものじゃろ。それにワシの生活スペースはどうなるんじゃ」
金髪碧眼巨乳エルフと褐色黒髪貧乳ダークエルフが似たような顔で鍋を眺めてそれぞれコメントする。
……寒い寒い2月13日。
おなじみコーポ島村103号室。いつものこたつで、鍋が煮える。
「大学生活が終わっちまうなあ」
こたつの四辺にはそれぞれ俺、武田、ウメさん、そしてみかん。
現役生で寂しがる側の生田や、俺の大学生活の大半で外様、話が合わなくて困惑するであろうさくらがいないからこそ、気楽に振り返れる時代がある。
「浪人含めたら人様の5割増しでモラトリアムしてるお前がまだ未練たらしくするのは美しくないぞ」
「失敬な。7割増しでモラトリアムする危機を無事乗り越えたんだ。むしろ称えられてもいい」
「全然それに値する要素はねえよ」
本日の鍋は石狩鍋。ミルクとバター、玉ねぎジャガイモ、キャベツに昆布に鮭。それと白味噌。
安価な北海道産品たちの生み出す絶妙のハーモニーに北海道の酒……が加われば無敵だったんだが、北海道の地酒なんか探して合わせるのも面倒だったんでワンカップ大関。
「侘びしいねえ」
ケチい酒を飲むと、ケチい6畳一間の現実が身に沁みる。
だがこの6畳一間に越してきてからの長い大学生活を思えばそれもまたいとおしく、乙なもの。
「でもワンカップちびちびしながら気心の知れた友達と鍋。これはこれでたまんなく心地いいじゃないの」
同じようなことを考えていたらしいウメさんが代弁してくれる。
なんでこの人はこれ以上なくゴージャスな外見なのに、こうも昭和な文化を好み、そして似合うのか。
……まあ少なく見積もっても数百歳のエルフを相手に昭和だ平成だって言っても、無意味なことだとは思うけど。
「武田は飲まないの?」
そしていつもは俺と奪い合うように酒に手を出す武田は、今日は黙々と鍋をつつくばかり。数本並んだワンカップに手を出す気配もない。
「車で来てるからな」
口をヘの字にし、アチチチ、とか言いながら小鉢に取ったシャケをほぐして頬張る。
「お前がワンカップ一杯を気にするような優良ドライバーだったとは」
「こりゃ、せっかく他人が常識的な判断をしている時に揶揄するでない」
冷やかしたらみかんに窘められた。ちぇ。
「愛媛氏の言う通りだ。俺も社会人だ、自分の行動には責任持たないといけない」
「武田がパンピーみたいなことを言い出したぞ」
「健一、じゃからそう冷やかすなと」
「今までの武田だったら、安全志向だったとしても酒が抜けるまでひと寝入りとか言って結局ゴセイジャー第一話からハートキャッチされるまで付き合うはずなのに!」
そう。別に武田は飲酒運転上等なわけではない。飲んだら飲んだで朝まで雑魚寝して、朝アニメを見て気分よく帰る付き合いのいい奴だったはずなのだ。
が。
「何を言ってるんだ龍騎」
武田は似合わない笑みを浮かべた。
「ブルストム様と戦うダン君の勇姿はガン無視か?」
「よかったいつもの武田だ。飲め」
「飲まねえよ」
「どうしちゃったんだ武田!」
「朝までここにいるつもりがないだけだっての!」
咳払い。
「まあ、ほら。明日は日付も日付だし。もしかしたら会社の子とか、ウチに訪ねてくるかもだし」
「…………」
日付。
……おもむろに携帯を開いてみる。
2月13日。
明日は2月14日日曜日。
「リリマジか。お前ってなのは信者だっけ?」
「信者とか言うな馬鹿野郎。劇場には3回しか行ってねえよ!」
信者じゃん。
「いや、だから別にリリマジじゃねえって! 会社の子ってのは別にオタ仲間のことじゃねえって! というかわざわざバレンタイン捨てて幼女砲オンリーイベント行くほどアレじゃ……いや悩むけどさ」
いろんな意味で駄目だ。
というかこういう日程だと大抵のオフィスや学校ではチョコ直渡しよりも先渡しされる傾向じゃないだろうか。ド本命とかならまだしも。
「健一、オリンピック開会式見て良いかのう」
「そういえばあのドレッド君、ずりさげズボンで開会式出禁とか絶対一生物の思い出だよね」
みかんとウメさんはそんな武田の一人相撲を故意か天然かスルーの方向。
「とにかく俺は帰るの! ダン君がブルストム様に弄ばれるのもモヤシ戦隊もジャスミンドーパントもハートキャッチも家で見るの!」
「諦めて飲めよ」
「飲まねえって言ってるだろ!」
「お、やっとるやっとる」
「や、みかんちゃん、時差の関係で本当は日本時間で朝の11時からだから。これ録画だから」
「なぬ、そうじゃったんか」
…………。、
武田は結局一杯も飲まないままに帰宅してしまった。
「やだねえ社会人は。付き合い悪くなって」
「仕方ないよザッキー。彼だって文字通り新しい生活してるんだから」
「あっちにはあっちで交友が広がっておるのじゃろう。なんだかんだ言っても武田氏は社交的じゃからな」
武田の場合若干痛々しい自意識過剰が見え隠れしなくもないんだがこれは僻み根性という奴だろうか。
「まあ武田君の分も私が飲んだげるからさ」
「いや武田の分は俺が飲むし」
「いーや私が」
ウメさんと俺は未開封ワンカップをホルダーごとずずい、ずずいと引っ張り合う。
そこにガチャッとドアを開けて生田登場。
「おっはよーございまーす」
「お前は体内時計が破壊されているのかナマデンワ」
「ち、違います! なんとなくギョーカイ風に登場してみただけじゃないですか」
「あ、ウチのギョーカイ? ナマデンワちゃん卒業後はえっちなウエイトレス志望?」
「世も末じゃのう」
「ちがわい!」
登場即いじられにいくとは感心な奴。
「石狩鍋ですか。私もつついていいですかね」
「いいんじゃない? お酒は……あれ、ナマデンワちゃん飲む人だっけ、飲まない人だっけ」
「飲みますよ、もう成人してますし」
ワンカップをぐいっといく生田。いい飲みっぷりだ。
夜も十一時を回ると、何故かみんな無口になっていく。
鍋の中身は生田が食べたり俺やウメさんがつまみにしているうちにあらかた消え、いつの間にか生田がカセットコンロごと片付けてしまっていた。
「そういえば先輩もいよいよ卒業ですよね。卒業したら引っ越したり……するんですか?」
「多分しない。ここ安いし、便利だし」
秋葉原まで徒歩込み30分、国際展示場まで40分という気楽さは素晴らしい。
「多分ってどういうことですか」
「それはな……」
と、そこでドアが再び開く。
入ってきたのはもちろん、
「さくら」
「仕事遅くなっちゃった。ただいま、ケン君」
「ねえ今不動先輩ただいまとか言いませんでした? いつの間にここ不動先輩の家になったんですか?」
「言葉のアヤよ」
どこかで聞いたようなやり取りになる。
そして、さくらはすっかりリラックスしてるウメさんやみかんの姿にも渋い顔。
「仮にも男の子の家でそういう恰好はよくないですよ、紀州さん」
「えー?」
よく見たらウメさんは白いカーディガンの下は下着。それもスケスケレース系。
そのカーディガンの胸元を、酒が進むにつれて開いていた。
「まあほら、ザッキーだし」
「ケン君だったらどうだって言うんですか」
「ノーカン?」
「何がですか!」
「まあお色気担当妖怪のやることにそう熱くなるでない、おぬしも座らんか」
「愛媛さんもそんな油断した格好!」
みかんはこたつから出てうつぶせ肘つき状態でPSPでモンハンしていた。俺の位置からギリギリぱんつ見えるか見えないか。
みかんのぱんつくらい同居してると珍しくもないんだが、尻の色形がいいのでついつい視線誘導されるのがちょっと悔しいというか、あれ俺今ガン見してた?
いかんいかん。
「そろそろ寝ようかな……」
「まだ駄目です」
「駄目じゃ」
ぼんやりと言った一言に、キッと視線を向けた生田とみかんが釘をさす。
ちょっと怖かった。
なんなんだろうと思いながらもしばらくちびちび飲んでると、テレビが日付変更を告げる。
重くなる一途だった雰囲気が、その瞬間、なんかフッと変わった。
そして、それぞれが一瞬睨み合うかのような間を取ったが、一人だけそれを無視したウメさんが。
「めりーばれんたいんー♪」
『ああっ!?』
女子たちの「しまった!」的なハーモニーを背に、にゅるりと妖怪のようにこたつをくぐって、俺にがばーっと抱きついて反応する間もなく口移し。
チョコの味。
「んぐ!?」
「えへー。一番乗り」
酒もたっぷり入っているからか、なんの溜めもなく俺の口の中に溶けかけチロルを押し込んできたウメさんの所業にみんなが気色ばむ。
「一番乗りとか以前にちょっ、キスとか!」
「ぬ、ぬぅ……」
「け、ケン君、私もその、チョコ……あの、……ああもうっ!」
バリバリとラッピングを自ら開けて、中から出てきたチョコを口に含むさくら。
決意を込めたまなざしで俺を見る。
酔っ払った頭では即座の反応が出来ない……が、しゅたっとこたつの上に降り立った生田が、その眼前に鍋の蓋を掲げて制止する。
「ん!?」
んぐ、と飲み込む音が聞こえた。
「な、何するのよ生田さん! 飲み込んじゃったじゃない!」
「そーいうのは我先に真似するもんじゃないでしょう! それも人前で!」
「私とケン君はそーゆー仲なんだから邪魔しないでくれる?」
「いつもそれをオノケン先輩が了解してるの見たことないんですが」
ばちばちばち。
……と、そこでみかんも真似するつもりか、さくらが開けたチョコをぱくりと頬張り。
「んぐ……う、うゆゆ?」
ぶっ倒れた。
「毒チョコ!」
驚愕する生田。
「ただのウィスキーボンボンよ!」
だよね。
「もいっこ行こうか」
「紀州さんはもう駄目ー!!」
狭いながらも愉快な我が家での夜中の戦いは、結局ウメさんの一人勝ち(目的達成率で)。
他の二人(みかんは寝ちゃった)は牽制合戦の末、結局普通に手渡ししてくれた。
「はぁ……全く。風情のないバレンタインね」
「ホワイトデーに期待してますよ、オノケン先輩♪」
「ホワイトデーの前にケン君は卒業式よね。卒業旅行とかしないの?」
「……留年したオノケン先輩が誰と一緒に行くんですか」
「あ、そっか……あははは」
愛想笑いするさくら。
「まあ俺はその前にバイト探ししなきゃ」
「…………」
「…………」
俺の一言に、二人は一瞬で真顔になった。
「今」
「何ていいました?」
「バイト探し」
……小野崎健一、今春卒業。
就職は、決まっていないです。ハイ。
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