大学を卒業するには年次に沿って追加される一定以上の授業履修証明、すなわち単位の取得が必要となる。
年次に沿うといっても、その進み具合は大学や学部学科によって相当な違いがあり、理系ではかなりの勢いで年次必修科目が厳しく固定されていて、実質カリキュラムに自由がない場合もある。
一方、文系では一年次と三年次に多少の必修科目が設定されている他はほとんど授業数以外制約がなく、大学に行きっ放しの年次を作れば、ある年次はほとんど大学生じゃなくてフリーターだよねこれって感じに年次が進むのを待つだけの状態になる場合がある。
留年するとその状態の偏りはさらに顕著なものとなり、週に一日大学生、あとの六日はフリーター、みたいな生き様を見せることができる。
普通四年生大学の学位習得の限界期間はその倍の八年。
その気になれば八年までなら大学生やってられるということだ。
いや、転籍などの抜け道を使えば三十路過ぎての大学生も別に有り得ないわけでもない。
ところで皆さんはご存知だろうか。かのゲルマンの国は大学で学びたいだけ学ぶことができるという。
どこでも好きに転籍して好きなように授業を受けることができ、卒業大学の概念が薄く学歴社会でないという違いがそうさせるのだろうが、大学に行っては生活費を稼ぐために休学、また一年学んでは休学、といった気ままな授業の受け方をすることもでき、中には一生大学の出入りを繰り返す者もいるという。
つまりだ。
「もうゴールしてもいいよね」
「オノケンお前あと一年留年したら生田と同学年になるって去年危機感募らせてたくせに何甘えてんだ馬鹿!」
「子曰く、吾十有五にして学を志し三十にして立ち四十にして惑わず。以下略。つまり勉学とは一生のことだ。一年二年先に生まれたからって後輩より急いで勉学を終えてしまうことにこだわる必要は全く、全くないと思わないか武田」
「お前にそれほどの経済的精神的余裕があればいいけどな。半期の授業料は諭吉さん六十名大行進だぞ」
「…………」
「卒論進めろ。寝る間を惜しんで進めろ。っていうかどうせ大した学科でもないんだし卒論の内容なんて大したもんじゃなくてもいいんだろうによ! B判定でもC判定でも完成さえすれば勝ちなんだぞ!?」
「我が母校を馬鹿にする奴は俺が出て行ってやっつける」
「同じ母校だろうよ! 出て行く暇があったら手を動かせ!」
大晦日。
別段帰省するつもりもなく、わざわざひとんちで年末特番見ている武田に激励されつつ卒論を書き進めている俺がいる。
「お前も暇だな……社会人め」
「社会人にだって盆暮れ正月の休みはあるっつの。お前の同居人や生田に頼まれてわざわざ監視にきてやってんじゃん」
「みかんはともかく生田が何故そんな依頼をする。奴は何を企んでいる。まさか敵の工作員か」
「単にお前を心配してるだけだろ! 敵って誰だよ!」
卒論の枚数制限は百枚以上。現在三十枚とちょい。
締め切りまであと一週間。
つまるところ。
「無理ゲーだコレ」
「いいから手を動かせ。一枚書くのに一時間もいらねえだろ。それを一日十時間、一週間続ければハイ出来上がりだ」
「そんな言うほど簡単なことなら俺は四月になったとたんに卒論完成してるに決まってるだろうが! さては武田お前馬鹿だな」
「だから俺は去年済ませてるんだってばよ! 励ましてるのになんだよこの仕打ち!?」
「ところでテニプリ再開したから武田ゾーンそのまま存続してるの知ってる?」
「無関係だ! っていうか心の底からそんな話題どうでもいいよ!」
「そうだな。俺も明鏡止水の境地に至ってきた。卒論マジどうでもいい。今からコミケ行けばふたなりエルフの同人誌の一冊くらい残ってるかもしれない。みかんや生田ばっかりずるいぞ」
「目を覚ませオノケン! っていうかなんで俺こんな奴のカウンセリングしながら暮れを過ごしてるんだ。本当に馬鹿なんじゃないか俺」
「やーいバーカバーカ」
「仕方ないこの憂さはお前のパソコンをうっかり破壊することで晴らすしかない」
「やめて! 買い直す金なんかないんだからやめて!」
グダグダにもほどがある。
昼過ぎ。
「ケン君ただいまー」
不動さくらが仕事の納め会から帰ってきた。
納め会とか言えば昼間から酒飲み放題なんて日本のモラルは低すぎるよね。いやさくらはド素面で車運転して帰ってきたんだけど。
「って、武田君なんでいるの」
「おい、今不動ただいまって言ったぞオノケン。いつのまに不動がただいまを言う家になったんだここは」
「言葉のアヤよ。隣に住んでるんだからいいじゃない」
「それに何でいるのとは失敬な! 俺だって何でいるのかわからないよ。彼女とイチャイチャしながら二年参りの予定立ててキャッキャウフフしているべきじゃないのか俺」
自問自答を始める武田。精神的に追い詰められているようだ。
「もう武田が書けよ。どうせわかんねえよ誰が書いたかなんて」
「そのほうが早い気がしてきた」
「目を覚ましなさい武田君もケン君も」
パーンパーンと小気味よくその辺にあった本で横っ面を殴打してくれる不動さくら。
「本当は私が見てあげたいけど学部違うしね。……お昼何にする? 考えてみれば久々に同期三人水入らずの食事も悪くないわね」
「おいオノケン。今不動ナチュラルに『お昼何にする?』とか言ったぞ。『お昼行かない?』とかじゃなくて。ここで作ることが前提みたいに」
「ぼくハンバーグがいいー」
「キモいから幼児の真似はやめろ!」
「今から作ると二時になっちゃうわよ? 豚の生姜焼きとか麺類にしときましょうよ」
「なんなの!? なんなのこの不動の生活感溢れる提案!?」
微妙に錯乱している武田。
そして俺は。
「じゃあぼくスパゲティー」
「キモイからその口調やめr」
突っ込みを入れようとしたその瞬間に天井から妖怪逆さ金髪が現れて武田がビクッと止まる。
「ザッキーなんで起こしてくんなかったのさ!? いつも私言ってんじゃん三日目が私のテリトリーだって!!」
八つ当たりをする妖怪逆さ金髪。
「なんでウメさんを俺が起こすんだよ!」
「いやホラ、ついでに触手合同誌買って来いよこのスベタ! とかそんな感じで」
「その手が」
「おいオノケン、なんでこのお姉さんとそんなツーカーなわけ!? なんで俺ここにいるわけ!? おいオノケンってばさ!」
「本当にスパゲティでいいの? あと紀州さんちゃんと玄関から入ってきて」
卒論は進まない。
夕方。
「今年は三日とも晴れてよかったのう」
「ただいま先輩ー。進んでますー?」
みかんとなごみ、帰還。
そして絶句。
「なんで麻雀してるんですか!!」
東、武田。
南、ウメさん。
西、俺。
北、さくら。
こたつは裏返して緑のマット面にし、四人で麻雀している俺たち。
「武田先輩、ちゃんとオノケン先輩見張ってってあれほど」
「ちょっと待て生田。三面リーチ食らってるんだ、ちょっとだけ待て」
「フフフ武の字。今度ブッ飛んだら全員分の年越しそばオゴリだもんねぇ」
「さあどうする武田。今の俺は獅子咆哮弾が打てるほどの負のエネルギーでかつてない待ちが完成しているぞ」
「私の前で下手なイカサマしようとするからそんなに追い詰められるのよ」
「むぐぐ……これだ! 通れ!」
「ロン」
「ロン」
「ロン」
「マイガー!!」
武田、轟沈。
「だから遊んでないで下さいよ! オノケン先輩も早く卒論に戻って!」
「次はワシも混ぜて欲しいのう」
「みかんちゃんはダメー。ちくしょー、なんで出る前に起こしてくんなかったのよ。私も三日目行きたかったのに……」
「逆恨みするでないわい」
卒論に再び向かわされる俺。
夜。
「こども店長みたいな小賢しい子供見てるとえなり君思い出すよねぇ」
「こやつが大人になる頃テレビの世界にいるものかのう」
「そういうネガいことばっか言わないで下さい。可愛いじゃない、こども店長」
「生田さんもうちょっと詰めてくれない?」
我が家のこたつは狭い。
というかただでさえ六畳一間に6人も入るもんじゃないと思う。
俺の膝にみかんが座り、なごみとさくらは牽制しあいながら同じ面から膝を突っ込んでいる。
そして体勢的に紅白が見られない武田は途中までワンセグで見ていたが、チャンネル回してアンビリバボー見ようとしてハチ公物語を拾ってしまい、今は号泣している。
「ハチ……う、うおお……!! やっぱりリチャードギアなんてメじゃねえよ、コレに限るよ」
実は紅白ちょっと飽きていたので俺もハチ見たかった。でもケータイ掘り出すほどじゃないかなと思ってたら武田が慟哭し始めたのでタイミング逸しちゃったかなという感じ。
そこにドンドンドン、とドアを叩く音。
「蕎麦お持ちしましたー」
出前のようだった。……って女の子の声?
「来た来た。ザッキー受け取ってきてー」
「ウメさんが一番近いじゃねえか……」
みかんを下ろして立ち上がり、ドアを開ければ。
「ちわー。本当に六人前も……って本当にいる!!」
「ってライムちゃんじゃねえか」
「ども、ご無沙汰ですザッキーさん」
何故かライムちゃんがねじりハチマキで出前をしていた。
「おいウメさん、どういうことだ!」
「んー、せっかくだからライムちゃんのバイト先使っただけじゃん。ねー?」
「えへへ、まいどー。っていうか上がりなんで私も一緒に年越しそば食べていいですかー?」
「どう見ても定員オーバーだ」
「畳があれば手持ちで食べられます」
結局。
俺とみかんはキッチンで立ち食い。
他の皆さんはこたつでそばを啜ることに。
「さあさ、急いで食べちゃいましょう。ここでそばトリビア。年越しそばを年を越しながら食べるものだと思っている人がいますが実はコレ間違い。おそばはよく切れるから『旧年の悪い縁を切る』意味がありまして、旧年のうちに食べ終わらないと縁起が悪いとされているのです」
ライムちゃんが講釈を垂れると、さくらとなごみが反論。
「そばが細くて長いから、末永く健康にって聞いたけど」
「旧年の悪い縁って、じゃあ良い縁はどうなの?」
「そんなこと私に聞かないで下さいよぅ……」
ライムちゃん耳を垂らして困り顔。
「どーだっていいじゃん。だいたい、ただでさえ調理後の出前でとったのにダラダラ食べてたら延びるだけだよ?」
ウメさんはさすがのフォロー。……何も考えてないだけかもしれない。
「うう……ハチ……」
武田は号泣した鼻を啜りつつそばを食べていた。ちょっと汚い。
「お、ゆく年くる年じゃ」
「早く食べないとな、ライムちゃん説を採るなら」
ずるるる、と台所の安い明かりの下で、並んでそばを食う俺とみかん。
寒い。
でも、こういうのもこれはこれで風情があるかもしれない。
深夜。
固唾を呑んでテレビを見て、年が明けたことを確認すると、ライムちゃんやウメさんを筆頭に「あけましておめでとうー」と互いに言い合う。
この白々しい瞬間、嫌いじゃないぜ。
「あけましておめでとう、みかん」
「うむ、おめでとう、健一」
並んでそばの丼を洗いながら笑顔をかわす。
……あと何回、こんな賑やかな時間を過ごせるかな。
とか思うと、留年も悪くないかなあと思う。
「……随分安らかな顔してますけど、卒論の続き、忘れないで下さいよね先輩」
「うぐ」
「そんなことより初詣いこうよ初詣! 今ちょっと着替えてくるからさー」
「ウメさんも悪魔の誘惑しないで下さい! ダラダラは旧年で終わり! オノケン先輩、次こそ実家から見放されますよ!?」
今年もよろしくお願いします。
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