本日、2009年3月14日。
 のらくらとみかんや不動さくらやナマデンワによる暗黙の催促をかわしながら迎えた今日は、生憎の曇り空だった。
「実はこないだのチョコはまだ残っている」
「うむ」
 みかんと一緒に冷蔵庫の隅にまだ残る黒い塊の詰め合わせを眺める。
 最初に頑張って消費しようとし過ぎたせいで、みかんと二人してしばらく甘いものアレルギーになり、その後も義務感に駆られてちょっとずつ食してはいるけれどあとほんのちょっとが難しい。
 この「後少しだけでイケるのにくやしい……でも……」的な感覚は大盛り自慢のラーメン屋で調子こいてトッピング最大とかにしてしまった時の敗北感に似ている気がする。
「これを食いきらなければ俺はホワイトデーと向き合えない……」
「ロックオンストラトス!!」
「よう、みかん……お前ら、チョコも食わずに返されるお返しで、満足か……?」
「まあそれは割とどちらでもいいんじゃが?」
「裏切ったな!」
「そんなことを盾にホワイトデーをやり過ごそうとしても無駄じゃー!」
 結局先週の暴走以降もあんまり態度が変わってないみかんだが、前よりちょっとだけベタつき度が増した気がする。
 少し嬉しいけどのらりくらりしてる自分にも自己嫌悪。
 だってさー不動さくらがちょっとやそっとじゃ動じないったって絶交はヤだしー。生田も可愛いしー。なー?(ズボンずり下げて帽子を斜めに被ってガム噛んでるカラフルな種類の人みたいな調子で)
「人生最大の本命チョコ数に浮かれている場合ではないぞ健一。不動さくらみたいな危険人物に甘い顔していたらナマデンワが酷い目に遭う危険もナシではないし、ナマデンワもあれで結構独占欲強そうじゃぞ」
「じ、人生最大じゃないやい! 俺も小学一、二年の頃は!」
「折ったフラグの話をしたいか。したいのか健一」
「ごめんなさい」
 苦い思い出が蘇る。いや、カッコつけて「女とか俺キョーミないから」とか言っちゃってた少年期の自分を殴りたい的な意味で。
 ……まあその頃のコイビトフラグがこの歳まで続いてることもありえないだろうけどさ。でもさでもさ畜生。
「でもお返しをする分にはそれぞれ真心を込めたプレゼントを用意していいと思うんだ」
「まあそういう日じゃからのう。しかしそういう日じゃからこそつれない態度をとるのがデキル留年生スタイルじゃとワシは思う」
「今の俺にそれをやる資格はない。というかデキル留年生スタイルとか習得したくないよ!」
「つくづくヘタレじゃのう……」
 そのためにいくつか短期でバイト入れたりしたんだからいいだろう。

 みかんには少し大きめのカウボーイハット。裏地もスエード調で肌触り良し。耳が寒いと常々言うみかんにはこれがいいだろうという判断だ。
 不動さくらにはストレートにキャンディ詰め合わせ。もっといろいろ考えてもよかった気がするんだが、確かに気を持たせすぎるのもアレなので形式に敢えてこだわってみた。
 そして生田には。
「マフラー……? なんかずいぶんと上等そうじゃが」
「5000円した」
「なんと! ワシなんてその一割価格のマフラーしとるっちゅうに!」
「誕生日プレゼントも兼ねるのに去年より値下げしたらアレじゃんよ!」
 それでもほぼ据え置きというところに俺の微妙な心の苦闘を読んで頂きたい。だってあんまり価値上げたらほら、ね?
「そもそもお主が本命決めておればよいだけのことと思うんじゃが」
「あー……まあ、そうなんだけどな……」
 本命自体は決まってる。
 残念ながら今のところ俺は……そう言ってる当人のみかんが本命だ。
 でも、あともう少しだけ。
 もう少しくらいは、生田もいて、不動さくらとも少しだけ仲良くできる今を大事にしたい。
 ……ああ、恋愛ごとってコレだから面倒だ。誰かを選んで、誰かを追い出さなきゃいけないなんて。
 俺はどちらかというと、そういういざこざのちょっと前の、みんなでウダウダできる距離感が好きだったのに。
 ……いや、贅沢だし多分にオタク的過ぎるって言うのはよくわかってるけどさ。
「それでザッキー。私のは?」
「…………」
 いつの間にか天井から妖怪逆さ金髪が生えていた。
 そして俺は凍る。
 そういやウメさんも(みかんと一緒だったので影は薄かったけど)くれてたっけ。
 ……うん。確かにひとはだチョコくれてましたね。うん。
 そして。
「忘れてた……」
「健一……」
 いや、うん、確かにジト目で見られてしかるべき大失敗だ。
「ザッキー私の事なんてどうでもいいんだ……」
「そりゃまあどうでも良いじゃろな」
「みかんちゃんそれはあんまりにも暴論だよ!? ザッキーだって私にギリギリナイスタイミングで初体験の手ほどきを受けたいに決まってるんだから!」
「そんなニッチな役柄ほんとにどうでも良いじゃろが!」
「ふふふ、初体験ナメちゃいかんよみかんちゃん。ザッキーの夜のの性癖が受けになるか攻めになるか、SかMか、正統派かアナル派か、腋フェチお口フェチ足コキフェチか、その辺は全て私が握っているといっても過言ではなく!」
「くっ……」
「いや、そもそもウメさんで童貞切るとかその時点で超展開だから。みかんも少し冷静になれ。いやそれ以前に俺が童貞だと何故確定事項のように! 違うかもしれないとか思えよ!」
「いやその辺は……ねえ? まさか色を知ってなおみかんちゃんも私も総スルーとかありえないし」
「うむ」
 なんという自信。いやなんという敗北感か。畜生め。
「そこはオノケン先輩が初体験でトラウマを負っている説も」
 ガチャリと唐突にドアを開けて入ってくる総ハイライト眼鏡。
 生田和、参戦。
「お前は801本の読みすぎだ! というか外で待ち構えてたのかよ!」
「単に不動先輩の不動金縛りの術にかかっていただけです!」
「あら、私はただ見てただけよ? ひとの苗字に引っ掛けてまるでニンジャマジックの使い手みたいに言わないでよ」
 不動さくら、推参。
 あっという間に渡す相手全員集合。狭いぞ島村103号室。
「あーもうみんな騒ぎすぎー」
 一番最初に騒ぎを持ち込んだ当人がうんざりした口調でえらそうなことを言い出す。
 そして両手を横にそっと合わせ。
「一番紀州うめ、手品します」
 合わせたままの手をクネクネさせてパッと開く。
 そこにはバルサン(水タイプ)。
「水を入れます」
「……ちょ、待てー!?」
 もわもわと吹き上がる煙幕。
 そして。


「けふっ、けふっ」
「うぅ……ありゃ? ウメ貴様何をした」
「うぅ……眼鏡が」
「なんなの、もう……」
 俺たちが急に晴れた視界にキョロキョロすると、そこは洋風木造家屋……の、一室。
 ロッカーいっぱい、着替え中エルフ数人。
「紀州うめ、ただいま出勤ー」
「あ、ウメさん、トーンキャストで出勤なんて珍しいねー」
「って、その子こないだの同伴の子じゃない、ウメさんやるぅ」
「えへへー」
 皆さん動じておりません。
 というかおっぱい晒してるエルフもいるけどウインクしてくれたりして俺超だらしない顔。
「うっわーオノケン先輩最低な顔。もう少し鼻の下縮めてください」
「百年の恋も冷めそうじゃのう……それはそれでよいのか」
「っていうかここ何!? ここ大田区のコーポ島村じゃないの!? 何で!?」
 ひとりで混乱してる不動さくらにウメさん流れるように後頭部チョップ。
 がっくんとオチる不動さくら。
「はいはい、それでは今日は貸切といたしまして。チキチキ! 素人さん対抗・ザッキーのプレゼントを接客で奪えコンテストを開催しまーす!」
「えー、土曜日でしかもホワイトデーなのに貸切!?」
 一瞬びっくりした半裸のウェイトレス陣だったが。
「でも面白そうだしオーナーいないし、いっか」
「そだねー♪」
 大丈夫かこの店。
「素人さん対抗ってなんですかー!?」
「何をさせる気じゃ!!」
「ふふふん。この世は常に非情な椅子取りゲーム。求めるものより景品の方が多いなんてありえない……つまり!」

「女は数多、ザッキーのプレゼントはたったの三つ! ルールはたった一つ、ザッキーが喜べば良し!」
 フロアの真ん中のテーブルに俺が座らされ。
 丈の短いウェイトレス服に身を包んだエルフたち&みかん+生田がそれを囲む。
「接客とは真心。お客様のご満足を追及することこそわれらがえっちな喫茶店『イレヴンフォレスト』の喜び……」
『いぇーい』
 祈るようなポーズで雰囲気作るウメさんの背後で楽しそうに気勢を上げるウェイトレスたち。
 同じ衣装に身を包みながら震撼するみかんと生田。
「プロに同じ土俵であたしたちが勝てるはずないじゃないですか……!」
「ま、待てナマデンワ。健一が喜べばよいのじゃ、いくらなんでもピンサロもどきと正面勝負する必要は」
 みかんのことばに抗議するウェイトレス陣。
「ピンサロゆーなー!!」
「あくまでちょっとえっちな喫茶店だー!」
「しゃぶったり入れたりはあんまりしないぞー!」
 ちょっとはしてるのかオイ。
「まあお仕事はお仕事だけど恋愛はアリですからー☆ 合意があればちょっとなら♪」
 ライムちゃんがウインク。なんと夢を広げる台詞だ。
 そこに不動さくら復活。
「よ、よくわからないけどケン君への想いなら私負けないからっ!」
 寝ている間に勝手に着替えさせられたのか、彼女もウェイトレスルック。
「よーし! それではチキチキ! ザッキーの大事な思い出の権利を奪えコンテストを始めまーす!」
 ウメさんが拳を振り上げる。
 なんかさっきとお題目変わってないか。

「一番、奄美プラム。ザッキー君の接客しまーす」
 健康的なダークエルフ娘が俺の前に進み出る。
「お客様、本日はキャンペーン期間中につきキャンディーひとつで全サービスがご注文可能となっておりまーす♪」
「神よ!」
 さっそく落ちそうになる俺。
 しかし手持ちの景品は三つ。それも生田とみかんには決め撃ち個人用だ。
「い、いやいやいや」
「ちぇー。それではお試しとしてコレとコレはサービスしちゃいますがどうでしょう」
「む、むむ……」
 ダークエルフのマーブルチョコレート(ホワイトチョコをかける部位はお客様の任意)。
 エルフとダークエルフのボーダーサンドイッチ(生肌の間にお客様を間に挟みこんで3分間の上質なひととき)。
 相変わらずこの喫茶店は破壊力が高いメニューを書きやがる……。
「け、健一っ! それならワシがその……かけさせてやってもよいぞ」
「黄色人種のエルフにはどうしろっていうんですかコンチクショー!」
 結局適温にとろかしたホワイトチョコが運ばれてきて、むちむちのダークエルフとみかんがそれぞれにずずいと身を乗り出してくる。
「お好きなところにかけてご賞味くださいねー♪」
「じ、じゃあ……お、おっぱいとか?」
 俺よく言った。頑張った感動した。
「はーい☆」
「ぬ、ぬぬ、健一、こっちじゃこっちっ」
 ぷち、ぷち、ぷちっと音が鳴り。


「二番、神ライム、接客しまーす!」
 二人のダークエルフが胸をウェットティッシュで拭きながらいがみ合い……いや、プラムさんというむちむちの方は笑っていなしてるだけか。そんな状態の中、ラウンド2。
「本日チーフの許可により『恋人プレイ』のオプションが追加できまーす。プレゼントおひとつで追加できますがどうしますか?」
「な、なにそれ」
「んー、本当はここガチっぽい性的行為は禁止なんですけど、ウェイトレス本人に同意がある場合はプレイ中止を拒否できるんです。つ・ま・り、恋人同士ならいろいろといろいろ同意しちゃうかもしれませんからー?」
「……ビヴァ!」
「どうしますかー?」
 思わず差し出してしまいそうになる俺。踏み止まれ俺。
「……マサトが右腕で反逆してますので残念ながら追加はなしで」
「マサトさんじゃしょうがないですねー。残念です」
 ありがとう。何故か邪魔をするマサト。
「でもまあ、同意するのはウェイトレスの自由なので大事な思い出を主演させてもらうのはいつでもできるんですけどね♪」
「スートーップ! あ、あたしはそもそもウェイトレスじゃないのでお店の保護ナシです! っていうかオノケン先輩なら、もうどこまででもどんとこいです!」
「ヤケになるな生田!」
「ヤケでこんなこと出来ますかコンチクショー!」
 眼鏡を捨ててウェイトレス服はだけて、自らブラ晒す生田。目が据わってる据わってる。
「もー、ナマデンワさん注文前から押し付けはご法度ですよー。中にはおっぱいアレルギーのお客さんとかいますから」
「知ったことかー! てゆーかナマデンワゆーなー!」
 メニューにはおっぱいフィンガーボール(ご満足行くまでウェイトレスのボウルで指をご洗浄ください)。
「……これだけど、生田?」
「なごみ」
「……?」
「なごみって呼んで下さい。……あたし的な料金請求です」
「私の方はサービスですのでー。もちろんプレゼントの追加で今からでもおっぱいに限らず指に限らずいろいろ洗浄しちゃうかもしれませんけど☆」
 マサト! 目覚めろマサト! 目覚めてください死んだ弟(木野さんの)!


 ライムちゃんとなごみ、オーバーヒート。
「ふあ……あ、ああぁ……せんぱい、ちょっと、すごい……」
「あ、あはは……乳首だけでイカされるのって初めてかも……」
 意外と俺は愛撫の才能があるのかもしれない。
「あはははー、本当にウェイトレスが満足行くまで指使った人初めて見た。しかも二人まとめて」
「紀州さん……。私からケン君を奪えるなんて思わないことね。これでも私、ミスキャンでは結構イイ線いってるんだから」
「ふふふふ、ここは女の全能力の本格解放の場。所詮ガッコのアイドルごっこと一緒にしちゃいけないぜマドモワゼル?」
「ぐっ……」
 火花を散らすさくらとウメさん。……つかウメさんって地味に厨性能だよね。さくら相手にちっとも身構えない。
「それでは三番紀州ウメ。ザッキーを狙い撃つぜ!」
「ロックオンストラトス!!」
「……健一も律儀じゃのう」
 思わず相の手を入れてしまった俺に対し、ウメさんがメニューを差し出す。
 特別メニュー・銘菓ひよ○子。
「銘菓ひ○よ子……待て、商標に引っかからないか」
「大丈夫よー」
 信じておこうか。
 しかし何故今さら銘菓○ひよ子。説明もない。
「……これは一体?」
「ザッキーって銘○菓ひよ子食べたことない? あれってこんなもんの皮と中の栗饅頭の二層構造になってて……」
「いや知ってるけど」
「……絶対食べるとき皮だけ剥くよね? 剥かない奴って何かおかしいよね?」
「そ、そうか? ……いや待て、ってことは」
「そうでーす。お客様の手でウェイトレスを全身丁寧に脱がせるサービス。……ちなみにプレゼント一個回してもらえると」
「……ごくり」
「下着まで脱がせる。というか脱がしたり着せたりにかこつけて下着の中まで撫でまわしてもセーフ」
「うう……うぐぐぐぐ」
「け、ケン君!? わ、私ならどこまで脱がしても……」
「く、くううっ」
 俺は戦う。
 戦うのだが、ウメさんのボディの極上さは何度も見知っているのでめっちゃ触りたい。
 その欲求はどこまでも強く。


 結果。素人さんチーム二勝一敗。


 またトーンキャストで自室に送られる俺たち。
 さくらだけはまた気絶チョップで眠らされてから102号室に送られたっぽい。
「……オノケン先輩ってオンナへの欲求強いのか弱いのかわかりませんねえ」
「強いけど捨てられないものも多いんじゃろ」
 三人でこたつに入って反省会。
「……ふ、不動さくらに渡す分のプレゼントは一般的だったもんだから死守しなくてもいいやと思えたのが敗因だった……」
「つまりあたしたちの分はそうじゃなかったから守れたと」
「……そーゆーところはまあ、お主らしいがのう」
 あとさくらとは本当は距離を置かなくてはいけないという建前があったおかげもある。
「……とにかく。ホワイトデーだ。先月はありがとう、みかん」
 カウボーイハットをみかんの頭に載せ。
「それと、誕生日もおめでとう、……なごみ」
「……♪」
 マフラーを首にかけてやる。
「……えへへ。結局ヤラハタだー」
「まだ言うかこの馬鹿」
「ワシの目の届かんところでそういうのは言え」
「ま、いいですよ。……そだ、夕飯も作ります」
「神様仏様ナマデンワ様」
「ありがとうごぜえますだ」
「な、なんですか二人とも!!」
「もう鍋飽きたんじゃー」
「だが最近鍋とカレー以外思いつかなくて」
「どーゆー生活してんですか相変わらず!」


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