正直なところを言ってしまえば、生田はすごく可愛いと思う。
 若干伸び気味のところで揃えられたショートカットは一見ボーイッシュだが、丁寧に手入れされているおかげで少しも乱暴さは感じられず、活動的な彼女の魅力をよく表しているといえる。
 普段は眼鏡に彩られて風紀委員然とした印象を持たせる目元も、その眼鏡を取ってしまえば問題なく凛々しい美形といえる。
 運動好きなせいか余計な贅肉のないほっそりした首元から、若干なで肩気味の肩へと続く華奢なラインも、少女の残影を残していて自然と抱き締めたくなる。
 そして何より、気取らないオープンネックのシャツを押し上げる胸の膨らみ。
 ウメさんほどでたらめに色香を振り撒くことはないが、ふとした拍子に女を感じるには充分すぎる女性の象徴が、俺の胸板のすぐ上でその存在感を主張する。
 ウチのサークルがもしも真っ当なテニスサークルだったらまず放っておかれないだろう、素性のいい魅力が彼女にはある。
 その魅力を秘めながらも、みかんとは別の意味で俺の妹分という位置に甘んじていた彼女が、今。
 その耳の先まで真っ赤になりながら言った言葉は、一手で俺を追い詰めるに充分すぎた。

「あたしの初体験の相手、してみる気ありません?」

 今さら初体験の意味を疑うまでもない。そんなことで含みを持たせるような流れではない。
 どう切っても正真正銘に、エッチの初体験を誘っているのだ。この俺相手に。
「え、ええと……」
「……それとも、あたし相手じゃデキませんか?」
「い、いや、その」
 問題点を必死で探す。ぐるぐると考える。
 生田は大切な妹分で間違いない。彼女を悲しませるようなことはしたくない、などとまるで少女漫画の美形キャラみたいなフレーズを真剣に考える。そんなキャラじゃないのに。
 いろいろと手違いのあったさくらはともかく、他のタイミングでそんな優柔不断なエロゲ主人公みたいなことを真剣に考える機会なんて絶対に俺には来ないと思っていたのに、今俺は真剣に考えている。
 生田はある意味、さくらより真剣に深刻に、俺にとっていなくなってもらいたくない存在だ。
 だが実際こうして告白に至った生田の心情を考えるにつけ、なまなかな答えは許されやしないだろうと思わざるを得ない。生田は俺が複雑な事情を抱えていることを知っていて、自分がハーフエルフだということも考えて言っているのだ。
 逃げて当然、仕方ない、なんて言い訳は通用しない。
 ぐるぐると考える。
 考えながら「間」という圧力に負け、次の一言への時間を稼ぐためだけに言葉を絞る。
「……デキる、とは思うけど。セックスだけなら。でも……」
「ラブがある……とは、言えないとか、そういうことですか? わかってます」
「うぐ」
 生田は少し複雑そうに微笑む。
「先輩がそーゆー人なのはよくわかってます。全部わかってて言ってます」
「そ、そーゆーってどういう」
「臆病で弱気で、どんな欲望より後の心配が先に立って、言い訳がないと何も先に進まないオタク」
「うぐぐ」
 ドギツイ。ドギツイよ生田。
「あたしもそうですから」
「…………」
 お前は確かウチのサークル入るまではオタ趣味なかったよね。
「でも、いいんです。……それこそ子供じゃないんです。エッチしたらもう将来まで誓えとか、みかんちゃんやウメさんのこと捨てちゃえとか、そんなこと言いませんよ」
「捨てる捨てない以前に色々とアイツらはそういう関係じゃないんだけど」
「そーですよね。……なんというか、その、つまりですね」
 こほん、と生田は咳払いする。一旦冷めかけた赤みがまた増してくる。
「オノケン先輩って不動先輩のこと、女として見てますよね?」
「ま、まあ」
「でもあたしをオノケン先輩がそーゆー目で見たこと、いつだかウメさんの店行った時とか、夏にプール行った時とか、それだけなんですよ」
「…………い、いや、一応お前の事も男として見たことはないぞ?」
「はっきり言います。あたしは男でも女でもない目で見られるよりはスケベな目で見られたいです。……オノケン先輩にだけは」
 がつん、と殴られるような衝撃が脳髄にくる。
 その言い方は反則だ。
「も、もちろんスケベな目だけで見られても困るんですけど。でもこないだの麻雀みたいなタイミングでウメさんと不動先輩ばっかり見られるのは腹立つんです」
「だ……だからって」
 がし、と生田が俺の肩を掴む。膝を俺の腰の両脇に入れて覆い被さり、俺の目を見つめる。
「とりあえず、一度でいいです。あたしが先輩が思ってるよりずっと『女』だって思い知って下さい。あたしがヤラハタ回避するそのついでだと思っていいですから」
「……う」
 追い詰められた。
「ほら……胸も、お尻だって男の人とは違います。あたしは……先輩がその気になりさえすれば、……えと、あとちゃんとゴムさえつければ、そーゆーこともデキる相手なんだって思って欲しいんです」
 そっと俺の上に身を乗せる。おっぱいが胸板の上で柔らかく歪む。
「……ラブはそれの後でもいいです。まずはスタート位置まで入らせてください……」
 生田が俺に、そのままゆっくりとキスをする。
 レモンじゃなくてブランデーとチョコの味だった。

 雑然とした六畳一間の真ん中で。
 冬の昼下がり、蛍光灯の消えた部屋。外の青空と、早くも黄味がかった陽光が照らす中で。
 俺は生田と、長々とキスをして。

 ケータイから突然流れてきた「儚くも永久のカナシ」の着うたでビクリと硬直して、入れかけていた舌を生田に噛まれて悶え転がった。
「!!!?」
「あひゃ、い、う、せ、先輩っ!?」
『アイガアイヲー重過ぎるってりかーいをー拒みー……』
 設定したのは俺だけど少し空気読んで下さいUVERworldの皆さん。
「ふぁ、ふぁぃっ、このれんわわげんらいとぅかわれれっ」
(↑この電話は現在使われて、と言おうとした)
『……口内炎かオノケン?』
「たけらー!?」
 武田だった。
『口内炎は適当に食いちぎると治りが早いぞ』
「……うん」
『そんなことより聞いてくれ』
「あれは俺とワームの命をかけた一対一の戦いだった。ワーム対人間の未来をかけた」
『いや違う。ゼクト関係ない。……何を誤魔化そうとしているんだオノケン』
 バレた。
『いや、俺にはわかっているぞ。今まさにセックス直前だったんだなこの野郎』
「!?」
 何故バレた。
『不動に今すぐ代われ! 俺が説得してやる!』
 勘違いだった。
「……不動いないけど?」
『そんなはずはない! さっき俺んところに義理チョコ持って来て「最近ケン君ちの隣に引っ越したの。ぶっちゃけお邪魔だからあんまりケン君ち来ないでね♪」と要約できる話をしていったばかりだ! それでお前いきなりオノケンが変なテンションで電話に出たとなったらこりゃ絶対アレする前のAの段階で』
 こいつは何故本当に余計なとこだけ器用にニアピンに寄せてくるんだろう。
 ……シンと静まりかえった部屋の中では電話の声なんて丸聞こえだったらしく、すこしどっちらけたというか恨めしそうな顔の生田がちょいちょいと指で招くようなサインを出す。
 ケータイを渡す。
「あの、ほんとに不動先輩いないですよ?」
『……あ、いくた』
 武田が一気に醒めた声で言ったのが聞こえてちょっと吹き出した。
 その俺の顔を見て生田も少し微笑み。
「あと、ソレのお相手はあたしでしたんで」
 なんか言った。
 ……って。
『……………………えー、生田君』
「はい」
『ソレってなんだ』
「なんでしょうね?」
 ぷち。と通話を切る。
 ……待て。
「い、いくたー!?」
「なんですかー、てゆーか真実100%無添加ですよ?」
「そ、そーだけど、おい!」
 焦る俺。膝の上でほとんど抱き合うようにくっつきながらケラケラ笑う生田。
 食えん。こいつはもしかしたら不動さくら以上に厄介な女かもしれん。
 と、そこでガラリと開く「みかん箱」。
「なーにーをーやーっとるーんーじゃー」
「あ、みかん」
「あちゃー。時間切れ」
 するりと立ち上がり、生田は残りのウイスキーボンボンを一口。
 そして、なんの気負いもなく俺の顔を捕まえて、口移しでリリース。
「!?」
「な、ナマデンワ!?」
 びっくりして酔いが醒めたらしいみかんの前で、生田は舌を出す。
「ま、本日お口の『ヤラハタ』は回避できたっぽいんで、あとはオノケン先輩の理性にお任せする方向で」
「なにを!?」
「へへー。……きもちかったでしょ?」
 くすくす笑って生田は耳元に囁き、そして跳ねるように玄関から出て、追及しようと手を伸ばしてコケたみかんを尻目にローファーをつっかける。
「負ける気ないですからねー」
「何と戦ってるんだ!」
「何やっとったんじゃー!」
 生田、微笑みを残して眼鏡を装着しつつ手を振り。
「いろいろ」
 そのままバタンとドアを閉じた。


 後でケータイを見たらメールが来ていた。

 ──今日のこと、すこしでも考えてくれたなら。
 二人だけのときでいいですから、名前で呼んでもらえるとうれしいです。
                            なごみ。


 揺れる俺、超弱え。
「ぬう、ナマデンワが本気を出し始めた……!」
「由々しき事態ね……」
「ウメさんイベントデーにしては今日の上がり早いなオイ」
「お店の子にチョコだけ貰って他の回収に急ぐお客さんが多くてねー。やーね必死なオトコって」
「ていうかケータイ返して」
「えー、まだメール全部見てないー」
「全部見る気かよ!!」


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