今年もこの日がやってきた。

「ヴァレンタイン、それは聖なる日。ヴァレンタイン、それは未知への冒険。ヴァレンタイン、それは」
「勇気の証!」
『いえーい』
 何故かハイタッチするみかんとウメさん。
「最初しか合ってねえよ! なんでマジレジェンドが関係あるんだよ!」
「マジレジェンドのことは言うでないッ!!」
「あとねー、よいこのみんなはトラベリオンのこともそっとしておこうね☆」
 何もない方向に向かってカメラ目線でウインクするウメさん。
 ちょっと落ち着こう。

 本日2月14日土曜日。晴れ。
 泣く子も黙るバレンタインデーだ。
 本当は聖人の命日なんで浮かれていいものか迷うところだが、それでもとにかく日本では言わずと知れた女子からの好意のあるなしの提出日であり、男子にとっては断罪の日だ。
 ちなみにこの好意も「いいオトモダチでいましょうね♪」的なものから本気の奴まで多種多様であり、また微妙にわかりにくいのがくせものだ。値段や量の大小は本人の懐依存度が大きいのであまり参考には出来ないし、例えば妙に装飾に手が込んでいるからといってドキドキしているとただ本人が器用なだけで、次の日には別の野郎とラブオーラ振り撒いてやがったりするので始末が悪い。俺は大丈夫です。
 またそういうので「もう騙されないぞ」と構えて多少の誤差を除外する気持ちでいると、数年経って上の学校いって疎遠になってから「あの子お前が本命だったらしいぜ。素っ気なくされて落ち込んでたところをD組の大田に慰められてくっついたみたいだけど」とか旧友に電話で聞かされたりする場合もある。俺は大丈夫です。
 この日一日のエピソードに絞って見ても、とにかく世の中厄介と言うに尽きる。去年はみかんのチョコをナマデンワと間違えて返済日に気合の入ったネックレスを贈ってしまったという前科もあるし。
 で。
「健一はさりげない好意には疑いの目を向ける典型的な特攻野郎Aボーイだということはよくわかっておるので、今年は疑いようもないように全力で目の前で作ることにする」
「特攻野郎なめんな。ハンニバルなめんな」
「Aボーイだということは否定しないんだねー、あはは」
「その呼び方は既に黄ばんだものを感じるけどオタクであることは否定しない」
 お水エルフとダークエルフ、二人がコントしながら湯煎の準備をしているこの部屋にはエロゲーが山と詰まれているし。
「まあまあ、ワシらが出来たてホカホカのチョコをくれてやるというんじゃ。そうむくれた顔をするでない」
「できれば冷却はきちんとしていただきたい」
 当然の突っ込みをするとウメさんが口を尖らせた。
「えー、冷えるまで待ってたら風邪引いちゃうじゃないのよー」
「なんだと」
 風邪を引く→冷却までの間に風邪を引くような恰好をする→つまりおっぱいチョコしかない。
「俺のメンズポッキーをどうするつもりだ大佐!」
「んー? ポッキープレイとかしてみちゃうのザッキーってば。それはうちの店だと別料金だなー♪」
「なんだかよくわからんが日のあるうちからする会話でない気配は伝わってくるぞ」
 落ち着こう俺。
「はぁはぁ」
「ザッキーの熱烈な息づかいによる投票により私紀州ウメ、ロハでおっぱいマーブルチョコの提出を企画しようと思いまーす。私普通のチョコでやるからみかんちゃんホワイトチョコでどう?」
「やめんか! そういうのは店でやれ! というかお主はとっとと出勤せい、掻き入れ時じゃろが!」
「ちぇー」
 みかん。お前は俺の夢を踏みにじった。
「よく考えい健一。この壁のうっすいコーポ島村で隣に誰がおるのかを」
「…………」
 当103号室の隣、102号室には先月より不動さくらが居住中。
 羽振りを見る限りこんなどん底の安アパートに住む必然性を感じないのだが、まあ彼女は不幸な事故により俺を運命の恋人と勘違いしている。
 いや、かねてより不動さくらに憧れていた俺としてはウェルカムな勘違いで強くも出られないんだが、でもまあ正直お互いにこのままズルズルのめり込んでしまうには困った状態であるのも確か。
 というか口には出したくないが、俺はみかんもすごく大事なのだ。最終的に天秤にかかったとしたら、さくらよりもみかんを取るぐらいには。
 でも、だったら毅然と不動さくらをフれるかというとそういう問題でもない。
 一足飛びに恋人になってしまったのは困った事態だが、俺としては身近なアイドルとでも言うべき相手で、好意自体はないわけではないのだ。
 どうにかこのままゆるやかに冷却して普通の友達よりもちょっと仲良しぐらいの関係でいたいなーと思ってしまうのが人情という奴だろう。
 が、実際に接近した関係になってしまった今、さっぱり明晰明断系と思っていた彼女が恋愛となると相当ウェットな人間であったことに気づいている次第。
 今余計に刺激するような行動を取るとどうなるか。
 1、鈍器のようなもので殴られる。
 2、刃物のようなもので刺される。
 3、不審火と見られる炎で燃される。
 最悪の想像だが、自分のアイデンティティの一部に関して記憶の欠落した今の彼女は、突拍子もないことで割と感情的になりがちなので、異常事態に遭遇して何をやらかすかわからないのだった。
「みかん」
「?」
「メルシーボーク」
「なんでフランス語なんじゃ」
 みかん、お前は俺の命を救った。

 鍋に湯を沸かしてその中にさらに金属製容器を浮かべ、その中でチョコを融解させる。
 そして適当な型に流し込む。
 色とりどりのデコレーションや色の違うチョコなどで書いた文字などを入れて飾り付け、あとはラッピングして完成。
「いつも思うんだが」
「なんじゃ」
 型に入れたチョコが固まるのを待ちつつマガジンを読み返しているみかんにふと話を振ってみる。
「これって手作りと言えるのか?」
「……なぬ?」
「いや、だって要は既製品を好きな形に変えるだけじゃん? これが手作りだったらちぎりレタスも手料理じゃん?」
「何を言うか、刺身もぼたもちも立派な日本料理じゃぞ!?」
「うう、そう言われてみれば……」
「じゃが確かにこれは手料理とは言い難いのう」
「え!? 今の説得力のある反論は!?」
 みかんはあごに人差し指と親指の股を押し当てて若干渋い顔をする。
「強いて言うなら……手作りチョコならぬ手整形チョコ?」
「……すごくありがたみが薄れたな」
「手作りという単語の魔力じゃな」
 手作りとはその過程の充実度の問題ではない。
「手作り」というその言葉そのものに魔力をもっているのだと実感する。
「よし、そろそろワシのは冷えた。手整形チョコ完成じゃ。食え健一」
「手作りでいいです手作りで」
「ザッキー、私の人肌整形チョコはもうちょっと待ってねー♪」
「ビバ!」
 手も人肌には違いない。ただの言葉のマジックだ。だがなんだこのワクワク度は。
「健一はわりと簡単に詐欺に引っかかるタイプじゃのう」
「幸福はいつもじぶんのこころがきめるってみつをも言っている!」
「いや、それで満足ならええんじゃが」
 俺は大丈夫です。


 昼過ぎに(台所がチョコ関係で埋まってるので)牛丼でも買いに出ようとしたところ、ドアを開けたら生田がいた。
「あれ、生田」
 目の前にいたのは驚いたが、なんとなく来そうな気はしていたので気軽に声をかける。
 が、生田はこっちを見ないで真横に顔を向けたまま。
 そーっと顔を出してみると。
「こんにちは、ケン君」
「……お、おう」
 やっぱり不動さくらと睨みあっていた。
「何ひとんちの前で不穏な空気漂わせてるんだよ……」
「あら、私はそろそろケン君に会いに行こうかなって部屋を出ただけだけど?」
「さっきからすごい殺気で睨んでたじゃないですか……」
「後ろめたいことでもあるのかしら?」
 さくらがにっこり微笑む。
 すごく綺麗な微笑みなので、これで騙されそうになるが、さくらは自分の執着のためなら割と嘘のつける女なのは(昔の霊能関係の一件で)わかっているので薄ら寒い。
「ま、まあ入れ生田。天気いいっつってもまだ寒いだろ」
 とってつけたような気遣いにすがるように生田が入ってくる。
「お、お邪魔しま……」
 すぐにさくらも追従した。
「私も入っていい?」
「……はい、どうぞ」
 さくらにも折れる心の弱い俺だ。

 さくら、生田にウメさんとみかん。4人も女子が入るとオタ臭い俺の部屋もすっかり女の世界だ。
 俺肩身狭い。
 ……けど今日に限っては俺は放置というわけにもいかないわけで。
「オノケン先輩、はいっ」
「……あ、ありがとう」
 生田が珍しく真っ赤になりながらも正面から差し出してきたのは、中くらいの大きさのチョコレートの包み。重さもそれなり。
 一番厄介なタイプのチョコだ。義理と言って言えなくもないが本命に足りない重さでもない。そして生田は料理が結構できるのでなおさら判断しづらい。
 で、さくらは。
「私からも、はい」
「…………でけえ」
「それはケン君だもの、当然じゃない」
 包みはB5ぐらいある。中の重さもぎっしりな感じだ。
 さくらもしっかり料理できるのは知っている。お菓子作ってるのは見たことはないが、それこそチョコの手整形は中学生でもない限り失敗するようなものでもない。
 勘違いというかぶっちゃけ記憶改竄障害なのに、この愛は重かった。
「む……」
「ふふん」
 生田の妙に悔しそうな顔とさくらの余裕の表情。ところで俺はどんな顔したらいいかわからないんですが笑えばいいかな碇君。
「ワシらの分も受け取ってくれるかのう」
「ひ・と・は・だ・チョ・コ☆」
『!?』
 ギョッとする生田とさくら。
「ケン君……!?」
「てゆーか先輩ずっと部屋にいたってことは作ってる現場を……!?」
「誤解だ!」
 叫びながら思う。
 そういやフィクションで「ごかいだ」って叫んだ場合、本当に誤解が解ける確率ってびびるほど低いよね、とか。


 一発アゴにいいのをくれた後、さくらは「他にも義理チョコ配らなきゃいけないから」と言い捨てて車で出かけてしまった。
 んでまあ、俺がダウンしているうちに人肌チョコという言葉が生まれるまでの経緯を説明された生田は「そーいうネタなら早く言ってくださいよー」と気まずそうに愛想笑い。
「最近ウメさんが俺に害意があるんじゃないかと思い始めている」
「ないない、そんなことない。……怒ってるさくらちゃん相手にオタつくザッキーが可愛いなんて思ってないからね?」
「あるじゃねーか! めっちゃ害意あるじゃねーか!」
「……えーと、なんていうんだっけ、未必の恋?」
「故意! しかもそれダウト!」
 俺がガルルルと威嚇するとウメさんは楽しそうにきゃーとか言いながら靴つっかけて戸外に脱出。
「暇だったら後で来てもいーよー。お店のコ相手だと無理だけど私だけご指名なら内緒で8割引でバレンタインサービスしちゃうからさー」
「行かんわ! 多分!」
 多分とつけてしまう俺を責めないで欲しい。
「しかし最近、なんだか催しごとに不動先輩に殴られてますねえ」
「とても不本意だ。俺はアイツを怒らせたいわけじゃないし」
「いーかげん不動先輩も愛想尽かしちゃえばいいのに。……それでも戻ってきちゃうんですよねえ」
「ああ」
 それを困ったことだと思いつつ、ちょっと安心してる俺もいる。好んで一人でいる奴はいても、やっぱり一度好かれた相手に好んで嫌われたがる奴はいないだろう。
「しかし四人もそれなりのものくれるとなると量が多くなったな」
 例年は誰もくれないか、部活(高校時)やバイト先の女子(どうせいつも短期なのでその場限りの付き合い)が義理で板チョコとかくれるだけなのに。
「そうですねえ。……どうせだからみんなで食べます?」
「待てい。ワシのチョコをいきなり横流しで食われるのは許せん」
「まあまあ。どうせこんなにあったら先輩もおやつや夜食で食べきれやしないし。カビて捨てられちゃうよ?」
「……むう」
「ほらほら、あたしの食べていいから。みかんちゃんのにはあたし手をつけないから。みんなで山分けして食べよ」
「し、しょうがないのう」
 これで結構お菓子とかに目がないみかんだ。チョコ食べ放題に結局負けて手を伸ばす。

 で。

「うゆゆゆ」
「またか! またなのか!」
 ウイスキーボンボン食ってすぐに酔っ払いモードに入るみかん。
 駄目だこの可能性を忘れてた。
「っていうか生田お前それウイスキーボンボンだって知ってんなら……」
「あははは、まあみかんちゃん手が早かったから……ごめんなさい」
 あんまり悪びれてない生田。
「仕方ない、とりあえずみかん箱に格納しよう」
「みかん箱?」
「みかん箱」
 押入れの襖を閉めてみせる。
 みかんが表に出てるときは開けっ放しなので見えない襖の面に「みかん箱」という張り紙が貼ってある。俺がこっそりやった悪戯だ。
 みかんを入れておくスペースなのでみかん箱。押入れを根城にするみかんへのちょっとした皮肉。いつ見つけるだろうとドキドキしてたりする。
「ったく、ほんと弱ぇなー。奈良漬でホントに酔えそうな奴」
 俺はみかんを抱き上げて押入れの中の布団に入れる。軽くて小さいみかんの体がいつもよりほんのり温かくて、吐息も熱くて、ちょっとだけドキッとした。
「よし」
 で、生田と一緒にチョコに向かう。
「ウイスキーボンボンは俺の担当か」
「あ、あたしこないだ成人式だったんでもうお酒アリです」
「なぬ? そうだったか」
 むしゃむしゃと二人で指をベトベトにしつつ、みかんやウメさん、さくらのチョコも処理していく。

 それでも七割食ったところで二人ともギブアップ。
「さすがにこんだけチョコ三昧はキッツいですね……」
「それほど嫌いじゃないつもりだったんだけどなー……んぐ、水いくら飲んでも喉が甘ぇー」
 二人並んで床にドデン、と転がる。
 ……並んで。

 女の子とこんなに仲良く、気兼ねなく、肩が触れ合うほど並んで寝っ転がってだらける。
 それに妙に胸が高鳴った。
 いや、たまにみかんとはこういうカッコでだらけたりするけど、みかんはもっとこう、なんというか、妹みたいな安心する部分が大きい。
 でも生田は普段が堅いせいか、それても意外と胸があるせいか、ちょっと感覚が違った。

「ね、オノケン先輩」
「?」
「いちおー、成人式は終わったんですけど……あたしの誕生日、来月だから、まだギリギリ19なんです」
「あー、そういやそうか」
 生田なら厳密に二十歳になるまで酒は控えるかと思ってたんで、今さら気づいてちょっと意外な気分だった。
「それで……ね、先輩」
「うん?」
「ヤラハタってどう思います?」
「……ヤラハタ?」
 巨人の絶好調男をちょっと思い出す。
 いや思い出すっていうか、厳密には現役時代俺まだ物心ついてなかったんだけど。
 そんな俺のピンときてない様子に業を煮やしたか、生田がちょっと身を起こして、俺を覗き込みながら解説。
「『ヤラ』ずに『ハタ』チ、ってことです」
「……えーと?」
「もうっ。……大人ですか、それで」
「!!」
 ピンときた。そしてびっくりした。
「ちょ、まっ……お前、いきなり何言ってんの」
「ちょーっとカッコ悪いかなーって、思わなくもないですよね」
「いやお前、そーゆーこと言うキャラじゃねえだろ」
「それは、先輩の、押し付け、です。……あたしだって女だし、年齢上はなにしてたっておかしくないんですよ?」
「そ、そりゃそーだろうけど、男の部屋で言うことか!?」
 いきなりのことに無様に慌てる俺を、生田はくすくす笑って。
「あたしも割と根性なしだから、そーゆー差し迫ったものでもないと、いろいろと、ね」
「は?」
「……先輩、この際だから言ってみますけど」
 生田は眼鏡を外して、エルフたちの他には俺にしか見えないその耳を垂らして、その先まで真っ赤にして。
「……あたしの初体験の相手、してみる気ありません?」
 とんでもないことを言った。

(続く)


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