「新年明けましておめでとうございまーす」
 やはりというかなんというか、一番に我らがコーポ島村103号室に現れたのは生田だった。
 振袖ばっちり着込んで初詣モード全開だ。
「おめでとう」
「おめでとう」
「……テンション低いですね元旦の朝から」
 迎える俺たちはこたつでみかん食いながらダラダラと桃鉄やっていた。
 いやみかん食うって言っても別にダークエルフの方でなくて果物の方。
「いやー流石に紅白終了から川崎大師への流れるようなコンボで疲れ果ててのう」
「小野崎家の正月は寝正月というのが相場なんだ」
 夜中の電車なんて大晦日でないとなかなか乗る機会がない(というか乗りたくない)のでついつい乗ってしまうのだった。川崎大師に行ったのは別に川崎大師に思い入れがあるわけでなく、ただ京急線がプッシュしていたからに過ぎない。
「……てゆーか初詣もう行っちゃったんですか!?」
「まあそうなるな」
「単にノリで面白そうな方面に流されていったらそこだっただけじゃがのう」
 こんな時Pasmoは素晴らしい。切符や磁気定期券だったら行き先を先に決めてしまうところだが、プリペイド式だと多少気分で足を伸ばしても清算の手間がないので簡単だ。
「あー……それじゃあ……」
 生田の長い耳が垂れる。がっかりしている顔だ。
 まあ先に約束があったわけでもないのにがっかりされても困ってしまうが。

 ガコン、と頭上で音がする。

 俺とみかんは反射的に素早く退避。そして。
「神社の! 神様は! 二度でも三度でも参拝ウェルカム!」
 フロントロールエントリーしてしゅたっとこたつの上に降り立つ振袖金髪オミズエルフ。
「に違いないから行こうよーザッキー!」
 振袖を振り回すようにコタツの天板の上でくるくる回るウメさん。
「こたつの上で暴れるな!」
 みかん(果物の方)の入ったザルを抱えて死守しながら怒鳴る俺は新年からきわめて常識的対応だと思う。
「あー……あの、私も降りていいですかねー?」
「ライムちゃんはちゃんと外階段で降りてきなさい!」
 上からすまなそうにちゃっかり図々しい緑髪エルフにも怒鳴る。
 エルフはあれか、こういう登場好きなのか。


 生田をメインパイロットとするダイハツの軽ワゴンにみんなで乗り込み初詣。
 振袖で気合入れているのは生田とウメさんのみ。ライムちゃんは膝丈のタイトスカートに厚手のストッキング、みかんはもふもふセーターにミニスカニーソ、上にダッフルコートを羽織ってマフラーしている。
「寒いのう」
「寒いならジーンズぐらい穿けよ」
「し、下のほうはともかく耳が寒いんじゃっ」
 絶対に下半身を強化した方が早いと思うが、まあ確かにエルフの長い耳は剥き出しの敏感器官だし、イヤーマフラーとかでも隠せないので辛いかもしれない。
「こう、くつした的なもので隠すのはどうだろう」
「耳にそんなに力が入るわけではないから余計なものつけると垂れ下がって辛い」
「そーよねー。かといってニット帽とかに入れるのも窮屈だしモゾモゾするしねー。音が変な風に聞こえるし」
 みかんとウメさんが頷きあう。エルフ耳も大変だ。
「生田はそういうのどうしてんだ?」
「は、話し掛けないで下さいよっ! この道初めてなんだから!」
「ごめん」
 若葉マークの生田はまだまだ経験値が足りないらしい。
 振袖の眼鏡ハーフエルフがシリアス顔でハンドルにかじりつく姿はある意味面白くもあるが、指摘して事故られても困るので黙っておく。
「何をお願いしよっかなー♪」
 なんかルンルンと楽しそうなウメさん。
 ふと疑問が浮かんで訊いてみる。
「なあウメさん、あんたらお願いする意味あんのか?」
 エルフは魔法を持っている。それは地球人類にとってみればほぼ万能無敵の力だ。
 できないことがないわけではないにしろ、個人レベルでの望みは達成できないものはないように思える。
 そして、願いを託す神にしても、エルフたちはれっきとした唯一神に値するものを持っているはずだ。
 初詣なんて意味があるんだろうか。
 と、思っていると、ライムちゃん含めエルフたちは苦笑した。
「意味はありますよ」
「魔法は、曲げる力じゃ。曲げるということは災難などを避ける事はできるが、それが即ち幸せ、喜びというものにはならぬ」
「ザッキーにしてみれば贅沢な話にしか聞こえないかもしれないね。でも、私たちがこの星で生きてる理由は、魔法で満たされるような欲求のためじゃないってことはわかるよね?」
「…………」
 魔法は、食欲にしろ睡眠欲にしろ性欲にしろ、克服し得る万能の力。
 物理的欲求をすべて満たし、あるいは消し、移動にしろ攻撃にしろ不可能はない。
 精神にも作用し、いともたやすく洗脳すら可能とする力だ。
 だが、それなのに発展途上のこの地球を彼女らが選び、愚かでさえある人類と同じ時を過ごしているのは……。
「……怠惰な滅びを変える『何か』……?」
「まあそんなステージの高い目的みたいなものじゃないけどさ」
 ウメさんはくすくすと笑った。
「嬉しいこと、楽しいこと。素敵な出会い、ワクワクするような未来。そういうのは魔法で手に入るものじゃないし、自分で操作して味わえるものじゃないよ。……それに、神社にいるカミサマだってね、別に私たちが言う『神様』じゃないからって、別に偽物でも虚構でもないんだよ?」
「銀河意識体ほどの超規模システムじゃなくても、大きな力を持った意識体はあります。そういうのを神と呼ぶこと自体は人類の活動規模から言っても間違いじゃないし、無意味でもないと思います」
「ま、どこまで聞き届けて、どれだけ付き合ってくれるかはやはり別の話じゃが。……どちらにしろ、ワシらは神ではないし万能ではない、無欲ではないが無尽蔵でもない、ちょっと小器用な人類の従姉妹に過ぎん。手を合わせても不思議がるものではないということじゃ」
「……難しいことはよくわからんがつまり?」
「神はおる。精霊も悪魔もおる。白いエルフも黒いエルフも、おそらくは猫耳もうさ耳もも妖怪もUMAもおる。……なんら不思議がることはない、この世界は広いのじゃ」
「なるほど」
 地球人は、安楽な未来の為に争っている。
 ほんの少しでも安全で満たされた予後のために、常に殺し合っている。
 だけど、それが報われた時。何も争う必要なく満足の行く未来が保証されはじめた時。
 人は彼女らのように、それでも人生を楽しむことができるんだろうか。
 その先の、さらなる『何か』を見つけられるんだろうか。
 俺にはまだ、それは想像できなかった。


 神社は人でいっぱいだった。さすがに一年で一番賑わっている日だろう。
「健一健一、いそべ焼きじゃいそべ焼き!」
「落ち着けみかん。あそこにある小麦粉で溶いた生地にあんやクリームを挟んだ円形の焼き菓子も捨てがたい」
「小麦粉で溶いた生地にあんやクリームを挟んだ円形の焼き菓子ならわりかしどこでもあるじゃろうが! 匠の焼いたいそべ焼きこそここで挑戦すべきものじゃろうが!」
「小麦粉で溶いた生地にあんやクリームを挟んだ円形の焼き菓子を無礼るな!」
「今川焼きって看板出てるんだからそう呼べばいいじゃないですか……」
「スイーツよなごみちゃん。宇宙にはあれの呼び方が原因で滅んだ国家さえあるというわ」
「んなわけないじゃないですか!」
「ちなみに私は大判焼きを主張しときますねー。もぐもぐ」
 めでたい日の屋台というのは人を狂わせる。
気がつけばみかんと言い争いながらもじゃがバターやチョコバナナ、焼きそばなど本能的に原価計算を拒んでしまう食べ物を怒涛の勢いで食してしまった。
「この焼きそばなんてあからさまに半玉じゃん……マルちゃんの三連パックならこれひとつで25円じゃん……細切れ肉やキャベツ、たまねぎに青海苔を加味しても70円を超えるとは思えない……」
 原価計算してしまって凹む俺。
「まあまあ、こういうのは雰囲気を食うものじゃ。いらんなら箸渡せ」
「それより早くお参りしましょうよ……」
「まーまーなごみちゃん、ミニカステラ食べない? この量オトクよねー、ちょっと飽きた」
「いきなり本音!?」
「先輩ー、甘酒買ってきましたよー」
「でかしたライムちゃん! ほんとはポン酒の熱燗が欲しいところだけど」
「こんなところで無茶言わないで下さいよー」
「ああ口がパサパサする……オノケン先輩ミニカステラいりません……?」
「健一、今度こそ! あの屋台でこそ匠のいそべ焼きを!」
「匠ったってテキ屋のおっちゃんに過大な期待するもんじゃないと思うぞ……」
 女4人に男俺ひとり。本来なら超羨ましいシチュエーションだが、なんかこいつらだと両手両足に花というより引率の先生な気分になってしまう。
 認識隠蔽が効いてるのか、誰も嫉妬の視線なんか送ってこないから優越感に欠けるって部分もあるんだろうけど。
 ……その辺自覚すると自分の卑しさに迫りそうなので考えないことにする。
 でも……美人たくさんと歩いてるんだから(別にどれの彼氏ってわけじゃなくても)自慢できるものなら自慢したいって気持ちは世の男性たちにはわかってもらえると信じたい。
 ……ほんと、みんな黙ってれば美人ばかりなんだよなあ。
「さすがにこの振袖にステーキ串は難易度高いわね……」
「先輩、どっちかってゆーとお好み焼きのがいいんじゃないでしょーか」
「口がぱさぱさする……」
「めっちゃコゲとるのう。あのおっちゃんは真なる匠ではなかったのかのう……」
 まあこうしてイキイキと意地汚く騒いでる姿も魅力的ではあるんだけどね。


 参拝を済ませて、アパートに帰る。
 と、アパートの駐車場に見覚えのあるマツダ車が停まっている。
「オノケン先輩」
「……うん」
 最近音沙汰ないなーと思っていたが、不動さくら大登場のようだった。
 いや音沙汰ないなーと言っても一応クリスマスには来ていたのだ。

「ケーンー君っ」
 不動さくらがいきなりドアを開けたのは午前にも近い深夜。
 登場時間まで計算してたかどうかは知らないが、彼女にしては実に頑張ったであろう、俗物的な白いモフモフ付き赤ボディコンを着ての登場だった。
 が。
「…………」
 彼女は凍りついた。
 みかんは全力で爆睡してたのでともかくとして、途中乱入してきたウメさんはボディコンを通り越してモフモフ付き赤ビキニで隠し芸(取り出し系手品+ジャグリング)してるわ、その隠し芸の関係で場所を詰めた生田が何故かクソ狭いこたつの同じ面で俺と一緒にはいるもんだから、傍から見たらメッチャ身を寄せ合ってるわ。
「……あ、さ、さくら?」
「…………ケーンーくーん?」
「いやその、ウメさんのこれは店でやったのが大受けだったからというんで見ただけでちょっと待てシャンパンは投擲するものじゃないっていうかナマデンワお前何ちゃっかり寝てうわ落ち着け助けてウメさ」
 記憶が飛んで気がついたら朝だったりした。

 そんな経緯からなかなか顔を出しづらいんだろうなーと思ってはいたが、さすがにそのまま俺との交際について考え直してくれるとかそういう都合のいい展開には至らなかったっぽい。
「膝突き合わせて三行半だったりしたら健一的には理想的な展開かのう」
「それもそれで胃に良くない……」
「いいじゃないですか、相手を騙していつまでも続けるなんて嫌でしょう、いくらオノケン先輩でも」
「俺は生田の中でどういう奴になってんだ……」
 まあ車の中でボンヤリしてても仕方がないのでとりあえず外に出る。
 多分上がりこんでたりするのだろう、と思って103号室に向かうと、予想に反して鍵は開いておらず、中を見ても誰もいない。
「あれ?」
 どういうことだろう、と思いつつ、車の中で息を潜めているのかも……なんて思って駐車場の方を見に行こうと玄関から再度出ると、隣のドアがガチャリとオープン。
「!?」
 102号室。かつてみかんの部屋だったところだ。
 そこから出てきた人こそ、誰であろう不動さくらだった。
「ふ……さくら!?」
「あら、帰ってきてたのねケン君」
 相変わらず隙の少ないキリッとした美貌ながら、少し疲れたような顔でさくらが微笑む。
 何かあったのか、と思わず尋ねそうになったところで、さくらは俺の背後にいるみかんや生田を見て、いつもの調子で不敵に微笑んだ。
「こんにちは。あけましておめでとう、生田さん」
「……あけましておめでとうございます」
 低く不服そうな声で返す生田。
「なんでそこから出て来るんだお前……」
 俺が尋ねると、さくらはにっこりと笑って。かまぼこ板ほどのプレートを見せる。
「……102 ふどう……?」
「あけましておめでとう、ケン君」
 不動さくらはそれをドアの外側に貼り付けた。
「そしてよろしく、お隣さん。……ふふ、今年からは就職で一緒にいられる時間が減っちゃいそうだから、引っ越してきちゃった」
「……え、ええええ!?」
 新年早々、実に行動力の高い不動さくらだった。
 ……今年も楽にはいきそうにない。


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