2008年最後のビッグイベント、クリスマス。
「異議あり! 最後のビッグイベントといったら有明の」
「そんなニッチの話じゃなくて一般的にだ!」
「それを差し引いても美川vs小林・地球SOSの方が」
「それもねえよ!」
小林幸子よりもサンタさんの方がマイナーなわけがあってたまるか。
12月24日。
それはキリスト生誕にかこつけて世界中のカップルが子作りに励む日。
その妖しい物音を誤魔化すために、親たちは都市伝説を捏造する。
紅き衣を身に纏い珍奇な獣を使った反重力飛行物体で世界を駆け、たまに煙突から侵入したりして無償で出所不明の贈与を続ける怪老の存在を子供に吹き込み、早く就寝することを精神的に強要するのだ。
そうすることで親たちはさらなる淫蕩に耽る環境を得る。めでたしめでたしおめでたです。
ついでに子供たちはそんな慈善事業を行う宗教団体キリスト教への興味を増大させ、ミクロな欲望に起因するマクロな流れは結果的にこの世界をヤツらの都合のいい方向に回し始めているんだ!
なんだってキバヤシ本当なのか!
「夢も希望もない黒歴史ノート作っとるでないわ! どれだけ鬱屈しとるんじゃ健一!」
「俺を責めることはできまい。例の武田のサークルの後輩のうち既に3人が12月の駆け込み需要で彼女をゲットして脱ヲタしたのは事実だ」
「わかっておったろうにのう。そんなやっつけカップルは今夜合体するのがピークで2月のちょっとした甘味をエサに釣られ3月に全力で貢いで夏にはもう飽きられて捨てられているであろうことを」
「ボクオーン」
「変な寸劇やってないでケーキ作るの手伝ってくださいよオノケン先輩もみかんちゃんも!」
本日も我が家に集いしはこたつむりダークエルフ愛媛みかんと意外に家事万能眼鏡・生田和。
そこに家主たる俺を加えた三名でお送りしております。
「とりあえずあとはデコレーションして冷やすだけなんで上面にクリスマスっぽいことでも書いておいてください」
「よし。俺の絵心が唸る」
「やめんか、下書きもできなければペンタブでもないのに複雑なことを描き込むなんてお主には無理じゃろう」
「ピクトさんなら!」
「ピクトさんで何を表現するんじゃ」
「……サンダル巻き込まれ注意」
「思いつきで意地を張るでない」
「ごめん」
デコペンをみかんに渡す。実際はとんでもないネタに走るか堅実にいくか、どちらにしてもみかんの方がオイシイものを書いてくれる確率が高い。非・味的な意味で。
「こうして、……うーん、やはりキャンバスが狭いしのう……そうじゃ」
×リー
マ
ス
「最低限の字数でテーマ性の表現! これぞ表現者の真骨頂じゃ!」
でろでろ垂れ落ちて難しいチョコで意外と上手く書けたので超調子に乗って胸を張るみかん。
「でもこれメに見えないって言いますか……どうみてもバツそのものですし……クロスワードの抜け字みたいな気も」
「ここに入る文字は……ハ?」
「カかも知れません」
「デという線も」
真剣に考え出す俺と生田にテーブル拭いたティッシュ投げつけるみかん。
「意味わからんわー!」
「でもなみかん、これの時点でちょっと難解なわけでな」
「ちゃんと説明しとるんじゃから聞けばええじゃろが!」
「例えばこれが雑誌に載って出版された際に、見た人ひとりひとりに説明して回るのか? ってことなんですよ」
「マンガ持ち込みの話に脈絡もなくすりかえるでないわ!!」
みかんがガルルルルとちょっと面白いのでデコレーションペンで書き足し。
ヒ
×リー
マ
ス
「よしこれで滅多なことではメ以外に見えまい」
「って今日この日とヒメマスの間に何の因果関係があるんじゃ!」
もう一工夫するか。
エ
ヒ
×リー
マ
ス
「エヒメ+メリー+Xマス! 完璧」
「あ、ちょっとオノケン先輩うまいと思っちゃった」
「……いや、ワシの苗字ここで入れられてもそれはそれでやっぱり意味不明というか……」
よし、何故か妙に照れている。
もう一押しだ。
というわけでスプーンで薄く外塗りのクリームを掬う。
エ
ヒ
×リー
マ
ン
「健一ぃぃぃ!?」
「オノケン先輩ー!?」
会心のアイディアは二人には超不評だった。
「だ、だってエヒメマスじゃ意味不明だから……」
「エヒメマンってなんじゃボケー!!」
「縦に無理に続けて読まないのが上手いって言ったんであって『エヒメマス』なんて謎単語が上手いわけないじゃないですか!!」
ギャーギャーとやりながら夕方。
結局削って盛って塗りなおしを重ね、生田の筆によって無難にmerry Xmasとか書かれたケーキを囲み、ついでに予約しといたケンタッキーも引き取ってきてクリスマス会を始める俺たち。
「きーよしー、こーのよーるー♪」
「ほーしーはー、ひーかーりー♪」
なんか無邪気に歌ってる二人が可愛い。
「っていうかよくそーいうの大人になっても無邪気に歌えるなあ」
素朴な感想を言ってしまう。
と、クスクスと二人は笑い合い、俺をまるで反抗期の拗ねた子を見るような目で見る。
なんという居心地の悪さ。
「健一。銀河最強の力が何か、お主もう忘れたのか?」
…………あ。
そ、そういやそうか。
歌うことを恥ずかしがるようじゃトーンキャストなんて使えない。
話すことから恥ずかしがるようでは、相手に想いを響くほどに伝えるなんてできないのと同じように。
「そうか……いや、まあお前らエルフだもんなあ。歌うことは恥ずかしがってはいられないよなあ」
「くくく。違う違う」
「違いますよ、オノケン先輩」
みかんが、優しい目で俺を見る。
「エルフも人間も関係ない。本来、歌というのはひどく可能性のあるもの。何も知らぬ他人が聞いてさえ、涙することもあるものじゃよ」
「?」
「トーンキャストが銀河最強の魔法詠唱術たりえたのは、その表現力。……歌は、本当に心を込めれば心のどんな奥にだって届くものなのじゃ」
みかんが目を閉じて歌い始める。
俺が何か言おうとするのを、生田が唇に指で蓋をして止め、聞き入る。
それは、ただの「きよしこの夜」だった。
ただの「きよしこの夜」だったのに、みかんが心をこめて歌ったそれは。
二千年前の祝福された夜を想起させ、祝福された赤ん坊を想起させ、その赤ん坊が祝福する、限りない未来を想起させた。
歌が終わると、俺は何故か涙を流している。
恰好が悪いと思ってゴシゴシ頬を擦ると、二人にまた優しい顔で笑われた。
「……だから、世の中は捨てたものではなく収まるのじゃ」
「?」
「世界中で心を込めて、今も歌われているあの男に……届かないわけがないのじゃ。だからこそ、あれは、今も世界を愛している。慈しんでいる」
「あれって……」
「さて、と。……ま、そう世を拗ねるなということじゃ。少なくともお主は、きっと幸せな部類なのじゃから。……ああ、じゃから……にゃ」
「おい」
ぽてんとほっぺたをこたつの天板に落とすみかん。
よく見たらシャンパン、ちゃんとアルコール入り。
みかんはマジでアルコール弱い。
「生田、お前最近アルコールに対する意識薄すぎやしないか!?」
「い、いやこれは純粋に間違いですよっ!?」
「うゆゆゆゆ」
まあ。
わかってる。俺が幸せなことは、ちゃんと。
歌で伝えるなんてことは俺にはできないけど、ちゃんと。
お前が俺を幸せにしてくれてることは、わかってるよ。
メリークリスマス。
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