残暑もようやく抜けた十月。
「もうワシがここに越してきて一年になるんじゃのう」
「早いもんだ……いやちょっと待て」
 調理用のプラスチックざるから直接そばをすする(皿を洗うのが面倒だから)俺とダークエルフ娘・愛媛みかん。
 その光景があまりにも日常になっていて気づかなかったが。
「お前早く隣の部屋契約しなおせよ」
「えー、でも家賃高いしー」
「このオンボロアパートの月三万がそんなに負担か! 余計な買い物ばっかしやがって! というかお前収入はどっから出てるんだ!」
「質問はひとつずつー。ずるる」
 だるそうな顔でそばをすすり、ティッシュ代わりに置いているトイレットペーパー(意外と便利です)で口を拭き、みかんは箸を置く。
「まず収入はない」
「なんだとメガトロン」
 収入もないくせに毎週のようにプラモ買ったりアイス食ったり漫画買ったりしてるのかこの駄ークエルフは。
「い、今はないというだけじゃ。……その、昔コッチに来てた時にもらった小銭があってな」
「?」
「十年前にふと売ってみたら古銭収集家にえらくウケたんでその時に結構ゲンナマは稼いだんじゃが」
「よしその調子で宇宙の彼方から珍しい放射性物質でも拾ってきて売りまくれ」
「そーゆーのは宇宙人的に駄目なんじゃ。古銭はまあ、元々地元文化じゃしセーフなんじゃが」
「駄目なのかよ」
「うむ」
 よくわからん決まりだ。
「というわけで限りある財源を有意義に。最近涼しくなって押し入れも居心地よくなってきたことじゃし」
「俺だって別に豊かなわけじゃないんだぞ!」
 仕送りがあるけど留年して親の心証悪くなってるし。
「じゃから今後とも仲良し兄妹として穏便にじゃな」
「待て。俺が兄なのか。俺が『リアルタイムで古銭を手に入れるような』お前の兄と申したか」
「む、弟がいいのか。お主もマニアックじゃのう」
「そもそも同じ腹から生まれた覚えはねえ!」
 どうしてもコイツが居座るつもりなのは理解できたが放置していいものだろうか。
 と思っているとバンッと玄関が開いてナマデンワ登場。
「ちょっと待ったー! そもそもオノケン先輩の妹的ポジションはあたしのほうが先に!」
「話をややこしくすんな!」
 ちょっと前までは話を収拾つける立場だったはずの生田だが、今はいつもややこしくする方ばかりに動いている気がする。
「大体お前が出てくるともっとややこしい不動さくらが出てくるパターンになるだろうが!」
「大丈夫です。さすがに今日は不動先輩もよそのサークルに顔出してるんで」
「……調べてるのかい」
 逆光眼鏡でニヤリとする生田がちょっと怖かった。


「大体なあ」
 生田と俺とみかんが座卓囲んで座るともうスペースがなくなってしまう六畳一間のマイルーム。
 一応棚とか買って整理はしているものの、雑誌やゲームなどはとにかくかさばる。
「この状態でまだ無駄遣いにブレーキかけないのは主に生活空間的に問題だと思うんだ」
「ですよねえ。っていうかエッチなゲームとか人に見えるところに積み上げないで下さい」
「元々格納してたスペースがみかんに占拠されてるんだよ」
 そんな状態ではゲームやったりパソコン使ったりするのにも一工夫が必要で、座る場所を斜めにしたりテレビをターンテーブルで動くようにしたりして最適なポジションを取れるように色々と試行錯誤してるわけだが、それでも時々事故が起きることはある。
 起動中のパソコン蹴っ飛ばしちゃったり、うっかりレンジと同時に使ってブレーカー落としたり。
 一人暮らしだった時にはなかなかそんなヘマはしなかったのだが、みかんと暮らし始めてからとみにそんな事故が増えた。
 そのおかげで最近なんとも怪しくなっていたパソコンの動きに耐え切れなくなってソフマで安売りパーツを揃えてきたのが数日前。
「本日はそんな俺のパソコンを聖天八極化する日なのだ」
「おお。起動のたびに『ファン回ってないよボス』とか言われたり、HDDから何故か聞こえるカチャッカチャッという音とかにおさらばするのじゃな」
「……そんな状態だったんですか」
「元々先輩が自作した奴を譲ってもらったから多少怪しいのは大目に見てたんだけどな。そろそろ拡張カードがなきゃUSB2.0が使えないという環境には反逆しなければいけない時期だと思ったんだ」
 まあ一番の問題はクルくるが表示ラグりまくった上に時々OSごと飛ばしてくるほどスペックがキツかったからなんだけど。
「さて、最後の確認といこうか」
 みかんがカチカチとマウスを操作し、あらかじめ繋いでおいた外付けUSBのHDDに中のデータのコピーを始める。あんまり早くからやっても最新版のデータとギャップが出かねなくてよくないと思ったのだ。
 が。
「……おい健一。ディスクが読めんとか抜かし始めたぞ」
「なんだと」
 みかんの後ろから画面を覗き込む。
 確かに「ファイルが読み取れません」とかメッセージが出ている。
「落ち着こう。もしかしたらUSBケーブルの接続が緩んでてコピーミス出したのかもしれない」
「というか画面かたまっとる」
「慌てず騒がずリセットボタンだ」
 二人で躊躇いなくリセットボタンに手を伸ばす。
 生田に後ろから頭を殴られた。
「い、いきなり何やってんですか!」
「諦めが肝心だってばっちゃが」
「ちょっと反応渋ったからっていきなりリセット押すもんじゃありません!」

 俺とみかんのそういう対処が常習化していたのが良くなかったのか。
 とりあえずマイドキュ代わりの倉庫として使っていたHDDがどうにも怪しく、CHKDISKで総チェックかけることになった。
 そしてこれがとても時間がかかる。
 昼過ぎに始めたのに終わる頃には日が暮れていた。
「あー。やっぱりエラー出まくってますね」
「なんてこった」
 結局俺とみかんの乱暴な所業に耐え切れなくなった生田が主導している。
「一応取り出せる分のファイルは手動でちょっとずつ取り出しましょう。全コピーとかしようとしたら途中で絶対読み出しエラーで引っかかるんで、1フォルダずつ」
「面倒だなあ」
「捨てるんなら捨てるで構わないと思いますけど」
「それは駄目だ」
 電子の海を泳いで集め続けたエロ画像、途中までクリアしかけているゲームのデータ、そう簡単には諦められない。
「じゃあ頑張ってください」
「……はい」

 幸いにして引っかかった部分に見極めはついていたのでデータの吸出しはそう手間もかからずに終了。
 とはいえUSB経由の数十Gのデータ移動。時間はかかるので、それが終わった時点で夜も十時近くになっていた。
 もう嫌になりかけていたが、重要なHDDが死にかけているのにパソコンをそのまま使うわけにはいかない。
 意を決してドライバーを手にし、俺はパソコンを座卓に上げた。
「『まず静電気でCPUとかブッ壊れやすいのであらかじめドアノブとか触っておく』」
「みかんちゃん、それ何?」
「自作のHow To本じゃ。電器屋で無料じゃったのでな」
 みかんの言う通りに静電気を逃がしておく。ついでにそういうの発生させやすい毛布やセーターも遠くによける。
 ……六畳一間なのですぐ近くに転がってたりもするんです。
「開けるぞ」
 みかんと生田にも静電気対策させてから、ケースオープン。
 そして絶句。
「……すごい埃……」
「まあ布団も服も出しっぱなしの部屋で長期間使っておるからのう」
「って言ったって限度があるでしょう!?」
 もう、わざと小道具か何かで埃を振りかけたんじゃないかと思うほどの埃の山。
 指で基盤押さえて1センチも動かせば真っ黒になる。そんな状態。
「ホントよく動いてましたね!?」
「まったくだよ」
 誰が言うともなく、みんなでタオルで山賊風に口元を覆いながら、慎重に取り外し作業を進める。

 今回入れ替えるのは電源とCドライブ以外ほぼ全部。
 一応CPU入れ替えやメモリ増設、HDD増設なんかは一通りやっていたので弄くり方はなんとなくわかる。
 わかりはするのだが一通りしかやってなかったのでちょっと怪しい。
「なあナマデンワ。LEDケーブルのプラスマイナスってわからねえ?」
「……多分白い方がマイナスなんじゃないですか?」
「根拠は」
「そんなイメージなんで」
 颯爽と主導権を握ったかに見えた助っ人も頼りにならない。
「CPUクーラーの差すところまでコードが届かない!」
「それはこう……巻きついてる部分をもちょっと外せばいいんじゃないかの」
「それよりあの、このバックパネル部分むきだしってマズくないですか?」
「だって前に入ってたパネルカバーと穴の位置違うんだよ!」
「……健一。このマザボ箱に入ってるのはパネルカバーじゃないんか」
「シット!」
「ドライブ留めるネジ穴って8個も空いてるんですよね……でもネジ足りないような」
「そんなもんズレさえしなければなんでもいい。2個留めでイナフだ」
「そんなことしてるからガガピー言うんですよ!」
「このシールって剥がさなくていいんかのう」
「ああもう電源ケーブルってなんでこんなにあるんだよ! 邪魔だよ!」
「健一たいへんじゃ、新しいハードディスクのケーブルが合わん!」
「それはSATAといってこっちのほっそいケーブルを……」
「そんな細いのでこのDXライダーベルトの如きIDEケーブルの代わりが務まるんか?」
「言われてみれば不安だ」
「不安がってもしょーがないでしょう新規格なんだから!」

 わいのわいのとミドルタワーケースを寝かしたり起こしたりしつつネジを締めたり緩めたりなくしたり飛ばしたりビープスピーカーのケーブルちょん切って見なかったことにしたりしながら、ようやく体裁が整ったのが午前1時。
「これで理論上は動くはずだ」
「CPUクーラーの脚が落ちなくてぐいぐい押してるうちに潰れかけちゃったファンの電源ケーブルのことが心配ですが」
「それを言うならカード押し込んでる時に過剰な手ごたえがあったことの方が心配じゃ」
「むしろLEDやスイッチのケーブル、逆さじゃないでしょうか」
「お前らが脅すからこの余ったネジが不安になってきただろうが!」
 いい大人が三人がかりで「ガンプラよりも簡単」と喧伝されるPC組み立てにここまで不手際かますのは実にアホっぽいが。
 いやナマデンワはまだ成人まで半年あるしみかんは見た感じ未成年だけど。
「もしも動かなかったら……」
「…………」
「(ゴクリ)」
「UDXの隣あたりにパソコンクリニックがあるらしいからそこまで運ぶの手伝ってくださいナマデンワ」
「……オノケン先輩も車の免許取りましょうよ」
 不動さくらに無意味に対抗して若葉マーク手に入れたばかりの生田に助力を頼む。ちなみに愛車はダイハツなあたりよくわからない。
 そして電源オン。
 つかない。
「なんてこった!」
「なんかまちがっとったかのう」
「……電源ケーブル差しましょうよ」
 焦った。
 もう一回電源オン。
 かっこいいギガバイトロゴが表示される。
「やった!」
「酒じゃー!」
 早くも喜ぶ俺とみかん。俺たちにとってパソコンは割と生命線だ。いやエロゲーばかりというわけでなくみかんもネトゲとかやってるし。
「ちょっと待ってくださいよドライバのセットアップとか大事でしょう」
 あくまで慎重に眼鏡を押す生田。
 しかしまあ正直12時間以上にも及ぶ戦い(半分くらいはHDDのチェック待ってただけだけど)でハイになっていたことは否めない。
 その時、完全にその辺に散らかしっ放しだった埃まみれの古いパーツと、買ってきたパーツ用の箱説やドライバディスクが脚の踏み場もないぐらいに散乱しているのを誰も気にとめていなかった。
 そして夜中のこの時間になるとオシゴト終えて帰ってくるイタズラ者がいるのをすっかり忘れていた。
「いやっはー」
 パカンと天井が開き、くるりと身を躍らせる妖怪オミズエルフ。
 そして着地しようとしたらどこにも足の踏み場がなく、その辺のパーツの上にバキッと着地。
 いくら身軽でも剥き出しの基盤の上に着地するとどうなるか。
「いったあああああああ!?」
 飛び上がって涙目で俺の方に飛びついてくる妖怪迂闊エルフ。
 座った状態から倒れる俺。背中の下でバキッと破滅の音。
「オノケン先輩!?」
「ウメ!? ってマザボ真っ二つ!?」
「いたいよー、いたいよー」
「下を確認してから飛べこの妖怪カレイドエルフ!」
 足の裏から血を流していたが、それはまあコイツらエルフの場合五分もあれば魔法で完治するからいいとして。
 問題は俺の背中の下から響いた破滅の音。
 ……見てみたら紙ケースに入ったままのDVDだった。ディスプレイドライバの。
「オノケン先輩、それ……」
「……うん」
 無情にもディスプレイは640x480の状態でドライバよこせという画面表示。
 これは痛い。
「いたいよー、いたいよー。ザッキーなめてー」
「どういうプレイだ! っていうかこのDVD直してくれよ!」
「そんな無茶な」
「D・V・D! D・V・D!」
 真っ二つのドライバディスクを投げて思わず古いネタをやってしまう俺。ハイになりすぎているかもしれない。
「うぅ……そんなこと言われたら行きがかり上脱ぐしか」
 ひょこひょこしながらいきなり脱ぎだすウメさん。
「なんで脱ぐんですか!」
「なごみちゃん、D・V・D!って騒がれたら女の子は脱ぐのがマナーなんだよ」
「ナマデンワは知らんのか。若いのう平成生まれ」
「平成生まれ馬鹿にすんなー!」
 っていうか脱ぐな。
 ウメさんがブラジャー脱ぎかけたところで、半開きのドアを開けて不動さくらが到着。
「ケーンーくーん、あーそびーましょー」
 よそのサークルでどれだけ飲んだのか、泥酔。
 そしてウメさんの胸ポロの瞬間を見て。
「…………────────!!!」
 なんと言えばいいのだろう。女の子の甲高い絶叫ってたまに表記しようとしても母音とか子音とかそういう問題じゃない時あるよね。


「本っ当にごめんねー」
「悪いと思ってるなら自重しろ」
 翌朝、不動さくらのビンタで顔が変形しかけながらもウメさんからドライバ(メーカーからウメさん自身のパソコンで落としてRに焼いた)を受け取りながらしみじみと思った。
 贅沢は言わないからせめて逃亡するスペースのある部屋に住みたいなあ、とか。


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