九月の第四週。
 今日から我が大学でも授業が開始される。
「超気が重いんだけど?」
「何故ワシを見る」
 チキンラーメンを啜りながら片手間でガンプラ(ジムコマンドG型)作っている居候をジト目で睨む。
「それはだな……」
 その時、軽快なノックの音がして鍵をガチャガチャする音が聞こえてくる。
 素早くダークエルフを押入れに蹴り込む。
 と、次の瞬間ドアが開いて不動さくらが現れた。
「ケンくーん♪ って……何これ、ひどい」
「な、何が?」
「どうしてこんなに散らかってるの。もー、男の子って一人でいるとすぐこうなんだから」
 部屋の中にはみかんと俺、二人分の趣味の品々(漫画やゲームやジムコマンドのランナー)が散乱している。
 ただでさえ狭い我が家は魔窟化していた。
 しかもそれらをなんとか詰め込んで取り繕っていた押入れは現在みかんのプライベートゾーンだ。もう行き場がない。
「しかもチキンラーメン……」
「な、何言ってるんだ、チキンラーメンは非常食としても優れてるんだぞ!?」
「非常食は非常食。ちゃんとお料理できるのになんでやらないのよ」
 別に俺が食ってたわけじゃないけど、現状この家には俺しかいないことになっている。
 仕方なくみかんの食べ残しを食う。食わないでいるわけにもいかない。
「それ食べてる間に片付けていい?」
「いやすぐ食い終わるから。もう時間だろ」
 俺の部屋から大学まで電車で約40分。駅まで10分くらい歩くので電車待ちや乗り換えを含めて実質一時間はかかると見ていい。
 が。
「大丈夫よ、車あるし」
 さくらは指でチャラッとキーホルダーを回してみせる。
 ……そーいやクルマ派だったっけ。付きあってるような状態になったの夏休みになってからだから忘れてた。
 が、ここで片付けなどされるわけにはいかない。押入れの中の住人がばれてしまう。
 全力でラーメンを啜り込み、スープも一気に呑み干す。この間20秒。ヌルくなってたのが幸いしたが結構キツイ。
「い、行こう」
「ケン君、筆記用具は?」
「……ちょい待って」
 忘れるところだった。
 まあなかったらなかったでいつも適当に武田か生田に借りるんだけど……今日からはさくらがいるからそんなわけにもいかないか。
「それじゃ、いってくる」
「……ケン君?」
 つい癖で部屋の中に声をかけてしまい、さくらに変な顔をされた。


 不動さくらは相変わらず俺の彼女ということになっていた。
 俺への記憶介入が「誰か」のおかげで解除された今、さくらも元に戻ってもおかしくないのだが……どういう按配か、さくらの記憶はいじられたまんまになっている。
 ついでに彼女の記憶も戻すようにみかんに頼んだが、みかん曰く「短期間に記憶をいじりすぎるとアホの子になってしまうんじゃがそれでよければ」とのことで断念した。
 どっちにしろ記憶を丸のまま戻したらみかんやウメさんが危ない。
 霊能とかその辺の記憶を持たない今のさくらが一番安全な状態というのは事実でもあり、みかんやウメさんは「普通にフッたら?」という。
 リアルの恋愛をほとんど経験していない俺にはなかなかシビアな注文だ。
 何故片思いで満足していたのを突然ラブラブカップルにされて突然自分からフらなくてはいけないのか。割食いすぎと言えはしないか役柄的に。
 とは言っても結局のところ、さくらは俺の手に余る女なのも事実だし、みかんやウメさんや生田との生活の方が大事でもある。
 だからフらなくてはいけないのだ。
 フろうフろうと思いつつ、誘われるままにデートを重ねたり電話でイチャイチャした会話をしては膨れたみかんにニッパー投げられたりという日々を過ごしつつ、気がつけばもう後期だ。
 今日のうちにフッておけば傷は浅く済む。
 本格的に学内で噂が広がる事態になってからでは遅い。
 なんとかこう、上手いこと恋人解消の運びに持っていきたい。
 いきたいのだが。


「どーにかならんもんかなあ」
「それを何故あたしに相談しますか」
 2限目。
 さくらは授業の時間帯に、生田を学食の隅に呼び出して甘いものを奢りつつ作戦会議。
「だって武田はこういうので役に立たないだろう」
 武田信一。自他共に認める生粋のヲタクにして平和主義者。
 十人以上いるサークルメンバーの中でも内々のことを相談するに値する友人ではあるが、恋愛関係に期待するのは筋違いだ。
「それにエルフ系のことは明かせないから不審に思うだろうし……ってお前、なんで丸出しなんだよ」
「ま、丸出しってなんですか」
 生田がバッと胸を押さえる。
 そこじゃない。
「耳」
 生田の耳がほぼ丸出しになっていた。いつもは魔法で人間の耳に偽装してるのに。
 が、生田は赤い顔で溜め息。
「……それ、単にオノケン先輩の魔法耐性が上がってるだけです」
「耐性?」
「なんででしょうね」
 ……前にみかんに認識隠蔽を解除された時は、生田の耳までは見抜けなかった。
 形式の違う「魔法」だったから、というけど。
「生来の『効かない体質』の人には幻影術もあんまり効かないんです。でも後天的に耐性が上がる人って聞いた事ないんですけど……」
「むぅ」
 面妖な。
 というかアレ誰だったんだろう。
 俺はその時「神様」だと思ったんだけど、「神様」は本来ほとんど意思をもっていないらしい。言われてみれば、銀河全体を司る意思にしてはちよっと存在感が軽い気もしたし。
 俺一人の体質を変えるくらい、「神様」ならずとも魔法が使えるならできそうな気もするし。
 でも全くの他人がエルフの倫理上の措置から俺を助ける意味は……うーん。
「不思議なこともあるもんだよなあ」
「まあ宇宙は広いですからねぇ」
 もぐもぐとパフェを片付けながら生田も同意する。
 エルフの理屈をわかっていて魔法も使う身ながら、コイツの感性自体は地球人そのもので、ちょっと嬉しい仲間意識。
 そんなところで、俺に背後から声がかかった。
「ケーンくんっ」
「うお」
 さくらだ。授業が早く終わったのか。……まあ後期第一回授業だからおかしくもないか。
 俺の肩にポンッと手を置いて、にっこりと微笑みかけつつも、対面に座る生田を見て怪訝そうな顔をする。
「……生田さん?」
「な、なんですか」
 生田はさくらの視線に居心地悪そうにしながらも、パフェ食べ終わってないので席を立とうとはしない。
「…………」
「…………もぐもぐ」
 黙って見つめるさくらと、意地を張ってパフェをゆっくり食べつつ睨み返す生田。
 二人の間に何か火花が散っている気がする。いや火花散らさんでも。
「ケンくん」
「はい」
 犬のように返事する俺。弱ぇ。
「いくら趣味が合うっていっても、あんまり気軽に『赤の他人』の女の子と二人っきりでおしゃべりは感心しないわよ?」
「なっ……」
 生田がぴくりとスプーンを止めた。
 眼鏡を押す。
 一拍置く。
 そして。
「……もういっぱしの彼女ヅラですか? 夏中かかって中学生みたいな段階で止まってるくせに」
「!?」
 さくらの呼吸が一瞬乱れた。
 髪を掻き上げる。
 口元に軽く人差し指の付け根を当てて、微笑み。というか引きつりを隠し。
「生田さん、『他人』がそういうのをどうこう言うのはマナー違反じゃない?」
「かもしれませんね、『他人』なら」
 なにこの緊張感。
 人の少ない学食とはいえ、さすがにここまで不穏な空気を振り撒いていると野次馬の視線も集まってくる。
 っていうかこうして目立つ前に決着つけようとしてたのに。
 ええい。
「さ、さくら、話があるんだ」
「なあに、ケンくん?」
「あのな、さくら。その……やっぱり俺、その……さくらにはちょっと釣り合わないというかさ」
 急いで決着だ。下手くそでも不恰好でもいい、ちゃんと別れ話にもって行くんだ。
 と思ったのに、さくらはにっこりと微笑んで。
「そう?」
 全くいい話をしているわけでもないのに満面の笑顔は心臓に悪い。
「で、だからその……友達に一旦戻ってだな」
「生田さんにそう吹き込まれたの?」
「いやちょっと待てさくら」
 バンッとさくらがテーブルを叩いた。
 学食中が静かになる。
 生田のパフェがブッ倒れた。
「……自分が、それこそ子供みたいにまごついてるうちに好きな人取られたからって、さっそく変な工作なんて醜くない?」
 生田、眼鏡を押す。
「自分が鬱陶しがられても人のせいですか? 自省のかけらもありませんね」
「挑発しあうなよお前ら」
「鬱陶しいなんてケンくん一言も言ってないわよ」
「今の態度を見る限りでわかりますよ。オノケン先輩はあなたのそういうところを好きになれる人じゃないです」
「ケン君のこと随分わかった風でいるじゃない」
「一緒にいる時間、結構長いですから」
「やめろって!」
 二人の言い合いはもはや完全に見世物になっていた。
 俺大ピンチだ。
「生田、ムキになるなっての! あとさくらも、その……別に嫌いになったとかじゃなくてまだ俺たちには距離が必要だと思うんだ」
「ケンくんこそ頭冷やして」
「オノケン先輩、どっちにもいい顔とかしないで下さい」
 ……あれー!?
 なんかこの展開おかしくねえ?


「どうしよう」
「ワシのチキンラーメン横取りした罰じゃ」
 部屋で打ちひしがれる俺。
 なぜか俺はさくらと生田に二股かけた最低野郎として一日のうちに大学の有名人になってしまった。
 そりゃ学食であんな修羅場見せれば有名にもなるだろうけどさ。
 なんでああなるんだよ。
「というか俺どっちもフラグ立ててないのに」
「フラグ。それは勝手に立つもの。フラグ。それは勝手に折れるもの。フラグ、それは目に見えぬもの」
「いいこと言った風に満足げな顔すんな駄ークエルフ! あとマジレン流すな!」
「なんか失礼なことを言われた気がするぞ!? というか朝はよくも蹴っ飛ばしてくれよったなこの暴君め!」
「じゃなきゃお前見つかってたろうが!」
「いても気にもされんわい普通の人間には!」
 ……そうだっけ。
「くらえ立ったままでも掛かる寝技!」
「うおお! いててててやめろやめろ折れるー!?」
 ドタバタと六畳ひと間で繰り広げられるプロレスごっこ。
「夜のプロレスごっこと聞いて飛んできましたー」
 天井オープン、落下してくる金髪碧眼エルフ、なぜかレオタード。
 天井からのボディプレスは危険なので絶対に真似しないようにしましょう。
「ぎにゃー!?」
「ウボアー!?」
 ……みかんも俺もよく生きてたと思う。


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