不動さくらとの妙な接触。
 それは俺の内心に異物感を残していた。
「……みかん」
「なんじゃ。ふんどし相撲大会はまだ先じゃぞ」
「い、いや」
 あれから数日経った今も、俺はみかんやウメさん、生田になんと言っていいものか迷っている。
 不動さくらは、何かを握っていそうだった。
 そんな存在感を、あの時確かに放っていた。
 だが確証と言えるものは何もない。
 というか、実際アイツ何? というと本当に手がかりも何もない。
 なんか怖ぇ。というただそれだけ。冷静に分析すると、そうなってしまうのだ。
 だからみかんたちに何かを報告しようと思うものの、全然その内容が出てこないのだった。
「うー……」
「…………」
「むぐぐ……」
「…………」
「……あ、あー……ううん」
「話したいことがあるならとっとと話さんか。ゲイ告白以外ならちゃんと聞いてやる」
「い、いや……要約のしようがないから悩んでて」
「いーから話せ。エルフに時間制限はない」
「……じゃ、じゃあ……」
「あーもう何回爆弾掘らせれば気が済むんじゃ教官ー!!」
「至急モンハンGをやめたまえ」
 ※旧作なんで安かったんです。


 不動さくら。才色兼備のミスキャン候補常連。
 交遊関係は広い。実家はちょっと遠いらしく、川崎にマンション借りてるっぽい。
 よそのテニスサークルにて確認したところによると実際テニスも上手いらしい。
 未確認情報だが高校時代に弓道と剣道の両方でインハイ行ったことがあるらしい。
 中学時代はスピコンで賞取ったらしい。
 カラオケでは専らカーペンターズとか洋楽を歌うらしい。
 彼氏の影は確認されていない。
 車はマツダ派らしい。
 経済学部の奴が旅行土産で「さっちゃん」というキーホルダーを渡したら凄く嫌な顔をしたので、その呼び方によくない思い出がある可能性がある。
 洒落たファッションに定評があるが、国内ブランドで固めるポリシーがあるらしい。
 酒で潰れたのを誰も見たことがないらしい。
 王様ゲームでの引きの強さはイカサマ級らしい。
 自称、霊感が強い。
 生田の耳隠しをどうも見抜いてるっぽい。
 関わるなとか威嚇された。
「八割方どうでもいい情報じゃな」
「一から話せと言うからつい俺の三年以上に渡るストーキnいや情報収集内容が駄々漏れを」
「お主、人の話を要約するのは上手いくせに自分のこととなると全然じゃのう」
「うるさい」
 で、超余裕な顔をしてスイカ(無論玉でなんか買っても食いきれないので1/4カット買って二人で半分こ)をしゃくしゃく食っているダークエルフは、口を手首で拭くと、うむ、と頷いて。
「結論から言うと霊感があるというのは本当じゃろうし、ナマデンワが目をつけられるのもわかる気がするのう」
「……何? もしかしてお前ら意外と大霊界肯定派?」
「霊界なんてものはない。幽霊もおらん」
 みかんは次のスイカに手を伸ばしながら言い切った。

 スイカの皮だけがごろんごろんと大皿に転がっている。
 赤い部分を限界まで食ってるのが俺。ほどほどで食べ終わってるのがみかん。
 ちゃぶ台の脇で大の字になって寝転がるみかんと、壁に背をつけて座った俺。
「意外だな。お前のことだから、ムー系の幻想は全肯定だと思ってた」
「ワシらをフォークロアから無制限に生まれる妖怪か何かだと勘違いしとらんか」
 みかんが少し困った顔をしながら身を起こす。
 相変わらずパンツは妙に不安な面積の布地だった。
「よいか、健一。ワシらは森や泉に生まれて潜む幻想のエルフそのものではない。れっきとした異星の民じゃ。精霊も妖精もおるが、それらもやはり、ただの異星の生き物に過ぎん」
「あ、ああ」
 みかんは俺をじっと見据える。
 妹のような、姪っ子のような、母のような、幼馴染のような、いつもの親愛に満ちた視線ではない。会ったばかりの頃のような、どこか俺の資質を見定めようとする意志を感じる視線だ。
「この世界には、今の人類科学では説明不能な神秘がある。幻想と片付けられているものがある。それら幻に実体はあれど、その存在に対して人類が納得するためにこねくりまわした思想そのものまでは責任は持てん」
「そう……だよ、な」
 エルフはいたが、森の民ではなかった。
 魔法はあったが、それは悪魔の介在するものではなかった。
 ならば、霊と呼べるものがあってもそれは……きっと、俺が思っているものではない。そう言いたいんだろう。
「じゃあ霊能って、なんだ? 不動は何を見る、どういう存在なんだ?」
「……そろそろお主も、ワシらの領域を垣間見る時期かのう」
 みかんは少しだけ気まずそうに、寂しそうに笑う。
 そして、俺の手を引いて立ち上がり、外に出た。


 夕日は既に落ち、俺たちは宵の口の第一京浜を前に、立ち尽くす。
「よいか、健一。……ワシはここにいる。恐れるな」
「?」
「百聞は一見に如かず。じゃ」
 そして。

「────────!!」

 歌を歌う。
 それはいつも、俺の認識を解放し、エルフたちへの目を開いてくれるソレとは、微かに違う旋律だった。

「…………」
 宵闇の中には、いくつもの人影が立っていた。
 いや。
 ……浮かび上がっていた。
 それらの人影は一様に向こうが透けて見え、そして全く動いていない。
 その間を、生きた人々が行き交う。
 その事実を認識した瞬間、俺は震え上がった。
 そう。
 東京は……この街は、まるでコミケの真っ最中のような大量の「霊」に、埋め尽くされている。
「う、あ……ああっ」
 恐怖が身体を支配する。
 手足の末端に釘でも差し込まれたかのような、痛みにも似た感覚が走る。
 関節という関節は一瞬で異物が挟まったかのように軋み、前を見ていることも恐ろしいが振り返ることさえできない。目をつぶれば次の瞬間取り殺されるんじゃないかと思い、俺は固まったまま少しも動けなくなってしまった。
 が、みかんは平然と俺の手を握る。
 同じ物が見えているはずなのに、堂々としたものだった。
「霊感とはな、コレを感じ取る才能のことじゃ。絶対音感や色彩感覚と同じで、常人をほんの少し拡張したものに過ぎんがな」
「こ、こっ……こんな……せかいをっ……見る、見てる。見える……のかっ!?」
 俺だったら気が狂う。
「見ようと思えば見えるってだけじゃの。どうせ昼間は光情報が強くて滅多なことでは感覚に割り込んでこれんし、暗くてもかなり波長を合わせんとそうそう見えはせん。今お主が見ているのはオールレンジ、人類最高級の才能が精神統一したときに見えるような世界じゃ」
「…………っっ」
「恐れるな。怖くなどない。極論、これはただのビデオテープに過ぎんしな」
 みかんは手近にいた男の一人に歩み寄り、手をかざす。
 男は動き出し、喋りだす。俺には伝わらない声で、必死に何かを喋りだした。
「……な、なに……言ってんだ?」
「さあな。何か欲でもあったんじゃろ。……それにこいつの本体はまだどっかで生きておるぞ」
「!?」
 じゃあ……。
「生き霊!?」
「健一。何度も言わせるな。幻は実在すれど、ただびとがそれを納得するための思想までは真実ではない。……生き霊も死霊もないのじゃ」
「……え、えと、つまり……これ、何?」
「ビデオテープじゃ。人の人格そのものを録画したもの。……記録媒体は地磁気」
「……え……!?」
「別にあり得ん話ではないじゃろう。人類だってカセットテープに始まり、フロッピーだのハードディスクだの、いくらでも記録媒体として使っておるではないか」
 そう言ってみかんは男の動きを止めると、また歌を歌って俺の感覚を戻してくれた。


「そもそも人類は地磁気の正確な発生メカニズムも、そのポテンシャルも、ポールシフトの理屈も何も解明できてはおらん。せいぜい『地球の構造から考えてダイナモみたいな感じじゃねえの』とか言ってるに過ぎんのじゃ」
 みかんは冷蔵庫の麦茶をぐいっと呷りながら人類を馬鹿にしきったことを言う。
 が、今回ばかりはそれに鼻白むわけにもいかない。
 俺の部屋で「霊感」を解放しなかったのは、家の中やアパートの周りでやったら薄気味悪くて不眠症にならざるを得ないだろう、という気遣いの賜物だと言われて、感謝しないわけにいくものか。
「そんな、なんとなくで生まれたものなわけがあるか。地磁気とお主らが呼んでいるものはもっと高性能で高機能で、高知能じゃ。霊とお主らが呼ぶソレも、別に単なる自然現象で焼きついているわけではない。意味は、ある」
「……そ、そう……なのか」
 まだドキドキしてはいるが。とりあえず理屈はなんとなくわかった。
 つまり。
「霊感ってのは、地磁気記憶への知覚……干渉能力、ってわけか」
「やはり他人の話の要約は得意じゃの」
 みかんはちょっと複雑そうに笑う。
「ナマデンワのスペルキャストで作る幻覚も、まんまではないが理屈としては磁気を応用しておる。じゃからその不動とかいう女に何か勘付かれるのじゃろ」
「……って、待てよ。ということは普通のエルフには反応しないけどナマデンワだけ反応されてるのって……」
「そういうことじゃな。とっととトーンキャストを勉強して認識偽装すりゃええのに」
 生田……損な奴。
「しかし……それにしても、やっぱり不動の言動はちょっと気になるな。……例えば、エルフを侵略者だと気づいてたりとか」
「ま、心配ないじゃろ」
 みかんはまた麦茶を注いだ。
「どっちみち知って騒いだところで、ほとんどの人類にエルフは認識できん。そして、例え人類全てが敵に回り、エルフと戦うことになったとしても……」
 こともなげに。
「ワシ一人に勝つこともできん。それくらい絶望的に、人類は後れておる」
「は……?」
「魔法の力を利用できる種族とできない種族はそれだけ違うのじゃ」
 ……みかんの目は、本気だ。
 嘘でも冗談でもない。
 ただの事実として。
 ……このチビ助は、人類全てに勝てると言い切っていた。
「……ま、まあ、そりゃ次元の穴ですぐにどこでも飛び回れるなら、人類に勝ち目はないんだろうな」
 俺はなんとか話を合わせる。
 ワープし放題のみかんだ、みかんただ一人対人類60億になっても、極端な話「向こうの星」に逃げれば絶対に人類は勝てない。そういう理屈なら理解できる。
 が、みかんは肩をすくめた。
「移動などせなんでもワシには勝てんよ。なんなら現存する核兵器全部持ってきても構わん。……優れたトーンキャスターは一人で星を緑の海にも変えられる。そして、星を数日で死の世界にもできる」
「…………」
「冗談だと思っておるじゃろ?」
「……まあ、正直」
 俺には、みかんのその言葉が脅しでも何でもないことがわかる。
 だが冗談だと思っていたかった。
 この暢気で物欲まみれで、どこか頼もしくも可愛らしいみかんが、そんな物騒なことを俺に言うとは思いたくなかった。
「のう?」
 みかんは、念を押すように。
 俺の背後に向かってそう言う。
「!」
 振り向く。
 戸口には、いつの間にか生田と、不動さくらが立っていた。
「い、いつの間に……」
「こんばんは、小野崎君。……愛媛みかん。またふざけた名前を名乗っているものね」
「オノケン先輩……」
 生田は、不安そうに不動とみかん、そして俺を見比べている。
 どこまで事情を把握しているものだろうか。
 みかんは大儀そうに立ち上がり、俺を挟んで二人と対峙。その目つきは、いつものアホったれの隣人の、暢気でふざけたものではない。
 挑発的で尊大で、どこか哀れむような目だった。
「小野崎君、こっちに来なさい」
「不動……どういうつもりだ」
「わかっているんでしょう? ソレは……人間じゃないのよ」
「わかってる。だけどそれがとうした」
「……わかっていないじゃない。ソレは、侵略者。人類の敵よ」
「…………」
 わかってる。
 わかってるんだ、不動さくら。
 みかんが侵略者だ、なんて、とっくの昔に。
 でも。
「……みかん」
「健一……」
 みかんは、同じ目つき。
 挑発的で尊大で、どこか寂しそうな。
 ……そんな。
「小野崎君。……いくら可愛くて、親しげで、感情豊かに思えてもね。……地球人は地球人。その子は……エイリアン」
「!!」
 どこまで……いや。
 俺はむしろ、みかんたちのことを何も知らない。
 知ろうとしていなかった。
 不動さくらは、どこからかは知らないがそれを知ろうとしたし、知っている。ただそれだけのこと。
「騙されないで。この星は私たちの星なの。……愛媛みかん。小野崎君を盾にしようなんて思っても無駄よ」
 鋭い目で俺を射抜き、邪魔をするなと説く不動さくら。
 そして、何も言わずに、挑発的で尊大で、どこか泣きそうな目で俺を見ているみかん。
 どちらの味方も出来ないでいる生田。
 ……俺は。
「俺は……」

(続く)


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