我が悪友・武田が主宰するテニスサークル・武田ゾーン(原作が終わってしまったのでなんとなく改名案募集中)。
 テニスサークルという奴は掛け持ち幽霊会員というのがつきものだ。本当に名前だけ貸してる奴とかもいるし、他のサークルと順番や優先度を決めて時々顔を出す奴もいる。
 人数はあって困るもんでもないので、入会届だけ提出したっきりの奴もあえてほっといている。

 さて。
 実は俺、そんな幽霊会員の中に一人、気になる相手がいる。
 俺や武田の同期で、ミスキャン候補常連の美女で、何を思ったか「武田ゾーン」の初期メンバーの一人として名を連ねる一人の才女。
 大学中のIKEMENどもに虎視眈々と狙われている彼女の名は、姓は不動、名はさくら。
 明るく、それでいて頭よさげなキレのいい雰囲気で、事実ほとんどの講義でA評定を取っているという。それでいて複数のサークルに顔を出し、交遊関係は誰も把握しきれていないというスーパーガールだ。
 はっきり言ってウチのサークルにおいては掃き溜めの鶴というか。彼女がいると腐れ切ったヲタサークルとしての内容を発揮できなくなるというか。
 ……まあそれでもテニスはやんないんだけど。
 飲み会やツーリングなんかの時に、男どもは彼女に気を使ってヲタトークが止んでしまうのは致し方なく。数少ない女子ながらほとんど皆勤の生田なんかには氷点下の目で呆れられつつも、みんな必死に取り繕っている。
 俺?
 うん、もちろん取り繕ってる派。
 ぶっちゃけ一年の頃に片思いを始めてから鼻息荒くお近づきのチャンスを狙っている有象無象の一人です。
 いやいや、気になっているというのはそういう意味じゃ……いやそう言う意味もあるけどそればかりでもなくて。


「ようオノケン、熱っちーなー」
「同感だが、男のつゆだくフェイスは体感温度が上がるばかりなんでチェンジを要求する」
「チェンジ!?」
 本日東京は曇り。ちょっとだけ気温は手加減気味。
 とはいえ雪国育ちだという武田にとってはありえない酷暑らしく(別に雪国ってわけでもない田舎育ちの俺にも東京の暑さはヤバイけど)、もうダラッダラに潤いきったツラを拭き拭き、久々のサークル飲み会の集合場所に立ち尽くす。
 本日の飲み会は俺と武田含めて12人。
 俺・武田・生田の三人しか出てこないことも多い我らが武田ゾーンとしては異例の出席返答率だ。
 それもこれもやはり不動さくらの出席という事実が強い。彼女は綿密なスケジュールを立てて行動しているらしく、サークルに顔を出す二週間前には武田にその旨を通知してくるんだそうで。
「今日は不動来るからもっと暑苦しくなりそうだがな……」
「スゲェカリスマ性だよな不動さくら……」
「せっかく我がサークルにそれだけの人物がいるんだからもっと有効利用できないもんかと日々考えているんだが妙案が思いつかない」
「おい武田、妙な気を起こすな。不動さくらが警戒して辞めちゃったらどうするんだ」
「まあそん時はそん時だと思うがなあ。だいたい、不動がいる状態のウチの空気ってなんか変だし……」
「なんでお前そんなに淡白なんだよ! 不動さくらだぞ不動さくら! いなくなってから代わりを探そうったって見つかるわけないんだぞ!」
「……オノケンお前必死すぎ」
 俺はお前のその冷静さが信じられんよ。
 この自他共に認める二次元愛好者の俺をしてハッとさせる不動さくらの美貌をそんなぞんざいな扱いするとか。
「大体お前、一年のときにちょっとぐらい優しく接されたからってちょっと萌えすぎじゃねえ?」
「そ、そんなの関係ねーだろ」
 注釈:一年の頃の必修でたまたま不動さくらの隣の席に配置され、ちょっとだけ喋った時にとても親切にされました。
 常に人と適度に距離を置くことを旨とするヲタは美人に急に接近されると下心か運命かどちらかを過剰に感知するという説があるが俺はそれとは特に関係なく純粋に不動さくらに憧れているだけだ。そこに下衆の勘繰るようなものは一切なく、言うなれば運命。(←例)
「そーそー、だいたい女ってのは嘘の塊ですよ。あんまり夢見てると大変ですからね」
 じんわりと汗を滲ませながら生田登場。
「黙れお前も女だろナマデンワ」
 生田の顔の横のなんにもない(ように見える)空間をその辺で配ってる紙うちわでチョップ。
 手ごたえあり。
「痛っ! も、もー何すんですかー!」
 涙目で抗議する生田に、武田がきょとんとした顔をする。
「生田……? 今のどこにも当たってなかっただろ?」
「あぅ……ちょっと当たったんですよっ!」
「?」
 武田が訝るのも無理はない。本来ないはずのエルフ耳を叩いたなんてわかりようがない。
「ていっ、ていっ」
「や、やめてくださいってばっ!」
 執拗に生田の隠れエルフ耳を狙って遊んでいると、待ち合わせ時間が近づいてきてサークルの連中が集まり始める。
「よーオノケンになごみちゃーん」
「いつもその方らのイチャつきから過剰な何かが放射されているので待ち合わせが簡単でござる」
「あ、武田先輩もいる。チーッス」
 ……変な喋り方の奴がいるのは集まりの性質上スルーしていただきたい。
 そして時間きっかりに不動さくら登場。
「お待たせ、武田君、小野崎君」
 集まっていたムサい男衆が一斉にカクンと会釈をして、声を合わせる。
『チーッス!』
 ……うん、この妙な白々しさは集まりの性質上スルーしていただきたい。
「よく来た不動。お前がいると後輩の集まりがダンチだぜ」
「やだ、そんなお世辞言ったって意味ないわよ?」
 クスクスと笑う不動さくら。相変わらずテンポと品のいい話し方で心地いい。


 安い居酒屋で飲み放題を頼み、ガブガブと酒を消費しながら近況報告とか持ちネタの披露とか。
 それがウチのサークルでの飲み会の基本形となる。
 そして近況報告はどうせヲタ同士の近況報告なのでロクなもんがあるわけでもないのだが、不動さくらがいるところでは無理して、やれ俺は海外に行ってきただの、やれ俺はバイクが趣味だのと半〜全捏造の白々しいパンピー的会話になるのだった。
「お、俺この前ちょっとマレーシア行ってさ。アンコールワット見てきたんスよね」
「そうなんだ」
 無理して不動さくらに話し掛ける後輩。
 ワナワナ震える生田。
「…………」
(落ち着け生田。落ち着いてやれ。お願いだ。ヤツは戦ってるんだ)
(わかってます。わかってますよ? でもここで何も言わないのはむしろ残酷じゃないですか)
(それでもだ。男ってのは向こう傷には耐える生き物なんだから察してやるんだ)
 ※アンコールワットはカンボジアです。
「いやーいいスよねアンコールワットって。なんか魂が洗われるっていうか?」
「いい経験だったのね。羨ましいかも」
 にっこりと話をあわせてやる不動さくらは優しすぎる。
「…………」
 とはいえ、後輩が調子に乗って捏造知識を喋っている隙に、俯いて携帯を覗く振りして聞き流しているあたりは実にしたたかだ。

 が。
 しばらくして妙なことに気づいた。
「……うー」
「生田?」
 俺と武田の間に座っている生田が妙に居心地悪そうにする。というか身体のでかい武田を利用して、どうも不動さくらの視線から隠れようとしている感じがする。
 見ていると、どうも不動さくらの方もチラチラと生田を気にしている節がある。
「どうしたナマデンワ」
「……え? な、何がですか?」
「不動さくらとなんかあったのか?」
「い、いえ……別に?」
 生田が微妙に挙動不審なのはいつものこと(というか生田がハーフエルフだとわかってからは大半それ絡みだとわかったので気にしていない)だが、不動に絡んで生田がその素振りを見せたとなるとちょっと興味が出る。
 紙ナプキンにボールペンで「ちょっとこい」と書き付けて、隣の生田に回して。
「ちょいトイレなー」
 と立ち上がる。
 生田はそうしてみんなが道を空けたのを、ハッと気づいたように渡りながら。
「私ついでに店員引っ張ってきまーす。ちょっと遅すぎるし」
「おー、頼むわなごみちゃん」
「オノケン先輩酔った振りしてなごみんにちょっかいかけんなよー」
「かけるかっ」


 そして、俺らの席から見えないあたりまで進んでから生田と合流。
「……なんか不動に……あんの?」
「…………」
「エルフとか絡みで」
「いえ……その、どうなんでしょうねえ」
 生田は困った笑みを浮かべた。
「どうも……お酒が進んでくるといつもそうなんですけど、不動先輩って妙にジッと見つめてくることあるんです」
「……いつもなのか?」
「はい。大学で会う時なんかはあまり気にするほどじゃないんですけど」
「…………」
 すーっと息を吸い込んで、意識を少しだけ鎮めてみる。
 そうすると、わかる。
 この居酒屋にも、エルフは何人かいる。ウェイトレスのうち二人はエルフ。客にも数人。
 みかんたちがやらかした認識解除の効力が、まだ俺には続いている。
 日が経つにつれてその感覚は弱くなるものの、今くらいの時期なら捕まえようと思えば、まだその感覚を捕まえられるくらいには慣れてきていた。
「別にここ、ナマデンワばっかりがエルフ関係者ってわけでもないな」
「ええ」
 生田に注目するなら他のエルフとも接触するだろうとも思うが、その気配はない。
「妙な……感じだな。お前、何か不動さくらに因縁つけられる覚え、ある?」
「ありませんよっ。学部も違うし、講義だってちっともかぶってないし」
「…………うーん」
 実は不動さくら、レズの人だったりするんだろうか。
 ……それはそれで面白いが。
「オノケン先輩……」
「ま、気にすんな。何かあったらそれこそ魔法でどうにかしちゃえばいいだろ」
「うぅ……私、幻覚以外ほとんど使えないんですけど」
 しかしなー。
 生田が妙に俺を頼ってるのは、なんだか嬉しい。
 不動さくらに憧れる気持ちがちょっと薄れて、生田への保護欲がムクムクと大きくなるのを感じる。
 俺、わりといじめっ子な自覚あったけど、もしかしたら父性強いのかなあ。

 とりあえず二人して少し警戒したまま席に戻り、そのまま飲み会の終了を迎える。
 みんながそれぞれ不動さくらや生田を送ろうとする中、フッとできた隙を見計らって、俺は思い切って不動さくらに近づいた。
「不動」
「小野崎君。おつかれっ」
 気さくに微笑む不動さくらは、やはりオトナっぽくて綺麗。ウメさんもオトナといえばオトナなんだけど、あの人常にテンション全開だからなぁ。
「なんか宴会の時、妙に生田を気にしてたな」
「そうかしら?」
 カマかけというか、直球というか。とりあえず火を放ってみる。
 不動さくらの反応を見て、そこからの推論を生田に伝えて、対応を考えてやろうと思う。
「生田の隣だったし。ちょっと気になったんだ」
「小野崎君って生田さんと仲いいわよね」
「まあそこそこには」
 相手もさるもの、間合いを計る感じ。
 あの不動さくらと二人っきりで話をしている。
 それは俺にとっては舞い上がるべきことなんだけど、今日だけはちょっと生田に心情が傾いてるので、不必要にドギマギはしていなかった。意外とやればできるな俺、とか思いつつ、不動さくらを観察する。
 不動さくらは小さく息をつき、生田が武田と話し込んでいるのを確認すると、俺に顔を近づけて囁いた。
「あまり、あの子に近づかない方がいいかもよ?」
「は?」
「私ね。昔から、霊感っていうのかな。ちょっとあって」
「……は、はぁ」
 なんか雲行きが変だな。
「たまにね。見えるんだ。……あの子の顔のあたりに、変な影」
「…………」
 どういう……ことだろう?
 霊って、アイツらエルフの分野……なのかどうなのか、俺にはイマイチわからない。
 少し悩んで。
「アイツらでも霊なんて憑くのか」
 なんて呟いてしまった。
 その瞬間、不動さくらはやたらと鋭い目をした。
「!」
「……アイツら、ね。……何か知ってるわね、小野崎君」
 その瞬間からの不動さくらと俺の距離は、ちょっとした友達、同級生のものではなくなっていた。
 身のこなしが、変だ。
 そして、それに対して中途半端に身構えた俺の動きを見て、不動さくらは何か多くを悟ったようだった。
「警告しておくわ、小野崎君。……深入りするのは止めなさいね」
「なっ……お、お前……なんなんだっ!?」
 それがただの優等生の佇まいに見えなくて、俺はそう叫ぶ。
 不動さくらは特に慌てた様子もなく、異質な覇気を眼光だけに宿して。
「霊感が強い、あなたの同期の大学生、不動さくら、よ。……それ以上は、知らなくていいこと」
 そう言うと、は踵を返す。
 俺は冷や汗がドッと出た。


「どうしたんですか、オノケン先輩」
 不必要に汗だくになって立ち尽くす俺に、生田が近づいてくる。
「ああ」
 俺は搾り出すように、呟くのがやっとだった。
「嘘の塊か。なるほどな」

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