以下どうでもいい第一京浜沿いの暮らしの情報。

 平和島競艇場に隣接する区画には第四の自然公園がある。
 というか一般には平和島競艇より有名かもしれない。
 しながわ区民公園。平和島が大田区でこっちが品川区なのでちょうど境界線を挟んでいることになる。
 世間的にはしながわ水族館のガワとして有名なあのへんだ。
 異様に巨大な倉庫施設やビッグファン平和島(競艇場の横にあるドンキと業務スーパーとあとクアハウスほか諸々の合体施設)、あとそこの専用駐車場の爆撃痕(にしか見えなかったけど解体途中かもしれない)や高速道路など、スケール感溢れる人工物が散見されてなんというかサイバーな特撮を妄想したくなること請け合いの地勢に囲まれつつも、連休繰り上げで夏休みが始まってクソ五月蝿いガキンチョに溢れた水族館一帯はすごく小奇麗かつのどかで実にお父さんたちご苦労様です。

 以上どうでもいい第一京浜沿いの情報おしまい。

 で、そんな中俺はしながわ水族館に来ていた。
 正直魚にはあまり興味ない。
 別に常設屋台で売ってるクレープとかカレーとかに釣られたわけでもない。
「ねーザッキー、カレー食べようよカレー!」
「アンタはこのゴキゲンな直射日光の下でまだ自分の耐熱性能に鞭打つつもりか!」
「や、でも旨いカレー! って言い切られるとなんというかケチつけるためにも食べなきゃって気にならない?」
「ならねえよ! なんだよその歪んだチャレンジャースピリッツ!」
 この金髪碧眼お調子者の変なエルフ女に連れられて出てきていたのだ。


 まあいつもの如く、部屋でダルダルな気分で過ごしていた連休一日目。
 っつーかまあ大学の試験日程は個人的にサラリと過ぎて既に夏休みなわけだけど、世間様では連休一日目。
「うぅ……いかん、ワシの心がサーティワンを求めてやまん」
「いってらー」
「健一ぃ……」
「そんな耳垂らしてショーケースのチワワみたいな顔で見ても奢らない」
「チッ。いいもーん。ワシ一人で食べちゃうもーん。しかもキングサイズにミニ玉サービスしてもらえるサービス今日から始まるんにお主は誘ってやらんもん」
「キングサイズとかどーせ俺には食えないしー」
 アイスそんなに食って平気とかどういうこめかみ耐久度だ。
「……行かん?」
「行かない」
「い、いいもーんっ!」
 引っ込みがつかなくなってアイスを食いに出かけたみかん。
 そして静寂に包まれる俺の部屋。いや遠く響くアブラゼミの鳴き声。あと旋風機の駆動音。
 そんな音を背景に、うっそりと身を起こす俺。
 窓閉め。
 ドア閉め。
「よしエロゲだ」
「暇そうだねザッキー」
 でろんと垂れ下がってくる階の上のウメ。エルフの子。あおい宇宙からやってきた。
「うわあ!?」
「断言しよう。君は今日も地雷引いてる。時間を無駄にしたーって怒る」
「う、うるせえ! たまのプライベートタイムを侵略するなエイリアン!」
{あははー」
 くるりとフロントロールエントリーしてくるウメさんに悪びれた様子はない。
「ねーザッキー。暇ならデートしない?」
「で、デート!?」
「なんか最近ハーフの子とかアタック激しいしー。みかんちゃんもマークきっついしー。ここらでそろそろユニークイベント起こしとかないとマズいかなーって私の中のナビタイムさんが囁いてるからさー」
「そんなヘルメットの怪しい外人は無視しておきなさい」
「いやいやいや。外人さんはともかくとしてどーよザッキー。お互い暇なのにノーモーションとかお姉さん寂しいぞー」
「い、いやその……な?」
 お互いデートとかそういう仲ではない気がするんだがどうだろう。
「女の子が暇そうにしてたらとりあえずお茶に誘うのが若い男の嗜みだぞ?」
「そんなラテンなノリじゃないんだけどなあ俺」
「いーからいーから。まー貧乏学生に免じて今日はおねーさんが持っちゃうから☆」
「……ごっつぁんです」
「うわ早っ」
 ごめん。
 でもぶっちゃけ度々メシたかられたり奢らされたりする文字通りの貧乏学生としては金銭面で尻込みしてた部分はやはり否定できない。
 ……まあウメさんのよくわからんノリについていきづらいってのもあるけど。
 これでも恋愛面のガードは固いらしいし。未だにこの人が何考えてるのかは掴みづらい。
「ま、いーや。今日はお姉さんに任せなさいっ」
 ということで、俺はウメさんに引っ張られてデートとやらに繰り出すことになった。


 デート「とやら」とか斜に構える理由はただ一つ。
 うん正直デートらしいデートなんてしたことないんだ俺。
 みかんとはよく一緒に徘徊したりするけどデートと呼ぶのかどうかは疑わしいし。そもそもそんな雰囲気じゃないし。それ以外の女なんて……あー、たまに生田……いや大体武田とかも一緒だな。うん。
 で、そんな俺にとっては割と初体験の緊張感だったりするわけだ。
 一応巨乳で美人でエルフで若い女であるところのウメさん。
 デートと言われて水族館なんてウロつく相手としては申し分ない。
「うっわでかっ。太っ。よく入ったね」
「同意するけど言い方ってものを考えろお子様の前で」
 主語→ピラルク。目的語→水槽に。
 なんつーかちょっとした丸太のような淡水魚の存在はカルチャーショックではある。

「向こうの星にはこういうのいなかったのか?」
「いたかもしんないねー」
 水中トンネルをくぐりながら、なんかニコニコマークの顔にも見える口をモゴモゴさせて頭上を通過していくアカエイを見上げて子供のように笑うウメさん。
「でも私、あんまりあっちの星に長く住んでたわけじゃないしねー」
「……地球に長いこと住みっぱなしとか?」
「んーん、どっちもハズレ」
 ……違うのか。
「私ね、随分と長い間……えーと、こっちではどこって言ったっけ。たて腕、だったかな?」
「タテワン?」
「銀河の渦の筋のひとつ。そこの未開惑星の開発してたんだ」
「惑星……開発?」
 大海原の神秘を見上げながらもっと神秘な話になってきた。
「ま、SF風な言い方するとテラフォーミングってやつ? 大雑把には前任者がやりかけてたんだけどね。私も結構勢い込んでた時期があってねー、新しい文化の下地の創造、私がこの手でやっちゃるよーって言って引き継いだのよ。まー、まだ植物も繁茂できてない、空気もマズいし別に面白いものがあるわけでもないし、地味ーなお仕事だったけどねー」
「……そういうのってSFとかだとロボットとか改良した微生物とかがやることだけどなぁ」
「SFではねー」
 とウメさんは笑って、青い水中トンネルの光の中、クルッと回ってみせた。
「私たちの惑星開発はね、人がやるの。魔法は人が使うもの。トーンキャストで、世界を少しずつ作っていくの」
「……トーンキャスト?」
「私やみかんちゃんの『歌』。神様に最も効率よく願いを届けて、魔法を呼ぶための詠唱術」
「……他にもあるの?」
「うん。ナマデンワちゃんだっけ? あの子とかが使う、呪文で伝えるスペルキャストとか、光を扱える種族が使うプリズムキャストとか、あとは発光信号みたいなパルスキャストとか。でもやっぱりトーンキャストが一番早くて強力かな」
 ……うーむ。
 意外と設定がある。
「神様は私たちに魔法の力を与える代わりに、一つだけ制約を課したの。それが『魔法は勝手に動かない』。魔法は、キャスティングは、私たちの意志によって編まれたもののみ承認され、運用される。そして私たちのいないところで勝手に動く魔法はないの」
「……そんな制約、なんか意味あるのか?」
 どっちにしても万能で強力なものにしか思えないが。
「私たちは成し遂げるために歌い続けなくちゃいけない。惑星を開発するために、星を歩いて、歩いて、歩き通しながら歌うの。それが私たちの惑星開発。一人で荒野に命を撒いて歩く、寂しい寂しい天地創造」
「そんなこと……してたのか」
「直径一万キロの星を、何十年も何百年も、ひたすら歌って歩くの。その星にいつか生まれる文化を夢見て、ね」
 彼女は懐かしそうに、青い世界を巡る魚たちを、未だ文化を持ち得ぬ子供たちを眺める。
「……そして、声が枯れて、歌えなくなった日に、気がついたら星は緑に溢れてた。でも、私は自分が何者で、何がしたかったのか、忘れてた」
「……は?」
「ザッキー、想像できる? 自分が人一人の人生よりも長い時間、ただ同じフレーズの歌を、眠ることも立ち止まることもなく歌って歩き続ける日々。話すことも笑うこともなく、食べることもなく。……それが終わった時、小野崎健一でいられる自信はある?」
「…………」
 なんだ、それ。
 理解ができない。
 いや、言葉としては理解できる。
 そんな時間が、そんな生活が、存在するということに理解が追いつかない。
「神様は、意志ある歌にしか魔法を届けない。私の歌はいつの間にか効力を失って、何も生み出せなくなってた。私は自分がなんなのかも忘れて、自分の行動が終わったときに何をするべきなのかも忘れてた」
「…………」
「お魚さんってどういうこと考えて生きてるんだろうね? ……何も考えなくてもよかったりするのかな?」
 何の悩みもなさそうにくるくると回遊し続ける魚たちを見ながら言うウメさんの言葉には、奇妙な重さがあった。
「それで……どうして、地球に?」
「ん。草原で同じフレーズを、枯れた声で歌いながら寝てたのを、たまたま他の種族の人に見つけられてね。いやー自分が誰だか思い出すのに十年ぐらいかかったらしいよ?」
「……ひ、他人事だな」
「まあ、あんまり覚えてなくてねー」
 ケラケラと笑って、ウメさんが俺の腕にまとわりつく。
 いつもなら「そういう行動は俺のムスコの情操教育上慎んでいただきたい」ぐらいは切り返せるんだが、何故だかそんな気にはなれなかった。
「……人のぬくもりって、ステキだよね、ザッキー」
 そんな彼女の囁きに、やっぱり俺は否定の言葉を返すことができなくて。
「……わりとね」
 ガラにもなく頷いてしまった。
「ま、そんなわけで。紀州ウメさん年齢不詳、わりとスキンシップは大好きだったりするのです。……ついでに、ウメさん個人的にはー、こー日本男児二十二歳的な若さとか熱さとかリビドーとか迸ってきちゃうのを期待しちゃったりなんかしてたりするかもしれないかなー、とか。せっかく身を固めるなら好みの子がいいしなーとか」
「イルカショー始まる」
「あぁん、もー、そこでもう一押しする度胸とか大事だよー? 聞いてるザッキー?」
「よりにもよってこの俺に度胸を期待すんなっ!」
「それは途方もなくカッコ悪い発言だよ?」
 うるさい。
 ……お、落ち着かないと軽はずみなこと言いそうで怖いだろうが。


「うぅ……アイス食べ過ぎたのじゃ……」
「お前はまたお約束な」
「う、うるさい。ダークエルフはアイスに弱いんじゃ!」
「うんうん。アイスに強い種族とかありえないよねー」
「ウメさんもアイスばっか食うな! 下痢エルフ二人なんて見たくねーぞ!」
 2008年、東京。
 コーポ島村103号室は今日もエルフに蹂躙されている。
 ……微妙に被害者の心情がフラフラと揺れつつ。


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