七月初旬。
日本は順調に暑い。
「地球温暖化……クソッ、これが20世紀の負債か」
「まあ大気汚染はそう言えなくもないが実際んとこどうかのう」
「?」
「二酸化炭素による温室効果がどーこー言われておるが恐竜時代はビビるほど二酸化炭素多かったともいうし。太陽活動の活発化とかも言われておるし。まー限界超えると逆に反動でいきなりハジケて何もかも凍結したりもするのが地球環境のようじゃしの」
「ムー読みながら適当ほざくな」
大学も試験時期。とはいえ俺は大学生活四年目。
レポートで済む講義と前年の問題回してもらえば9割方イケる講義で固める技術もバッチリだ。ピリピリする試験時期なんかとは一年でオサラバしたぜ。
うん。多分俺社会に出たらかなり役に立たない人間になることは想像に難くない。
でもいいんだ。要領のよさだって社会能力の一つさ。
それよりも。
「おいファンタジッククリーチャー。何か魔法的なもので涼しくならんのか」
「出来なくもないがのう。めんどいからヤじゃ」
「くそう。めんどい……ときやがったか」
「だってー、部屋涼しくなるために時空制御したりしたらお主自身の寿命とか困ったことになるんじゃぞ? 向こうの星のできるだけ涼しい場所から空気を取り込む……とかやるぐらいならむしろ向こうで避暑した方が早いし」
「なんかこう、ゴリッと冷たいものを持ってくるとかだな。氷とかドライアイスとか召喚できてもいいだろうエルフなら」
「どっちにしろ部屋が湿気とか炭酸ガスで凄いことになるからオススメできんのう」
素で正論で返された。
「じゃーかーらー、そなたもエアコンつければええだけじゃろに」
「高いんだよ!」
「ひと夏快適に過ごせると思えば安かろう」
「そういう考え方もあるけどな……いつもいつもカツカツでな……」
まあ要は日々の細かい出費(エロゲーとか漫画とか飲み会代とか)を計算してると、まとまった金がひねり出しづらいだけなんだけど。
貯金? ハハハそんな難易度高いことできるわけねえだろ。寒い時期から暑い時期のための節制なんて。
「お前はキリギリスの親玉みたいな奴だな」と親に言われたことを思い出す。あれは小学三年の時、一月の四日にお年玉を使いきったことを知られた時だったろうか。
「こうなったら仕方あるまい」
「どうするつもりだ」
じっとりとぬるい風を送る扇風機の前から立ち上がるみかん。
「プールじゃ!」
「その手が!」
言われてみればこのクソ暑い中、特に用でもなしに部屋で燻ってるのも馬鹿馬鹿しい。
……外に出ると何をするにも金を使うのが東京って場所の怖いところなので自然と引き篭もって過ごしがちになっているのだが、プールなら……まあ、ほどほどな値段で楽しめそうだ。
「……この辺にプールあったじゃろうか」
「って、あるかどうか知らないのかよ」
「最近ふるさとの浜辺公園が出来たのは知っとるんじゃがのう」
「遊泳禁止のな」
意味がない。
……そういやみかんってコーポ島村に引っ越してきたのは去年の秋だっけ。
プールの有無なんか今まで気にしてなくてもおかしくないってことか。
「そこでこの私の出番」
突然天井板が開いてモサッと落ちてくる金色の毛のお化け。
「うわあ!」
っていうか逆さになってニヤつく金髪エルフ。耳がピンと立って得意そうなのは重力のせいばかりでもあるまい。
「この近くには実は冬でも利用可能な立派なプールがあったりするんだよねー」
「本当か!」
「行く?」
「もちろんじゃ」
ウチから平和島は近い。自転車使うかどうか悩むくらいの距離だ。
平和島というと競艇。あとクアハウス。これが京急線を使う奴らの九割方の認識だと思う。
だがその競艇場の直近には三種類の大規模公園があることは意外と知られていない。
愛犬家と愛猫家の集う「平和の森公園」を中央に、東隣に「平和島公園」、南隣に「大森ふるさとの浜辺公園」がある。
浜辺公園は本当に浜辺にあるだけで別に何も面白いわけでもない平坦な公園だからともかくとして、平和の森公園と平和島公園はスポーツ施設もなかなか充実している優秀なレジャースポットだ。
そのうち、プールがあるのは平和島公園だった。
「はい、中学生料金200円です」
みかんは実年齢いくつなんだか知らないが、ちゃっかりと中学生料金で入場。
そして他はみんな高校生以上の通常料金だ。
「理不尽なものを感じる」
「まあまあ、エルフなんて理不尽の塊でしょう」
他。
つまり俺、ウメさん、そして生田。(誘ったら即断で来た)
客観的に見て両手片足に花のウハウハ状態だが、みかんとウメさん連れではちょっとハラハラせざるを得ない。
そこそこ人界の道理を心得てるとはいえ、奴らたまにえらいことやらかすしなあ。
「じゃあ先輩、ここで」
「あとでねー」
ロビーで二人と別れ、俺は男子更衣室に行く。
実際のところ、どういう水着で来るかとワクワクしていたのは否定できない。
生田はスレンダーだが、あれでなかなかプロポーションは整っているから何着てもサマになりそうだし、みかんはその、うん。正直アイツが時々無防備にチラつかせる尻の肉感にちょいと血流が操られることもある。
ウメさんは言うに及ばずのボンキュッボンで、触手の斎藤さんによってお肌のケアも完璧になされているというからもうどんなん来てもバッチこいって感じだ。いや、でもスピードレーサーみたいなのは残念なので自重していただきたい。
できればブラジル水着、それもスリングショットっていうんだっけ? やたらステキなVフロントの紐水着とか着てきたりしたら俺もクイーンサイダロンとか変形できるに違いないね。
いやいやむしろローレグにベルトブラってのも
「先輩」
「うおおっ!!」
プールサイドで一人ワクワクドキドキの大冒険に旅立っていた俺のところに、真っ先に来たのは生田。
「何驚いてるんですか」
「いや別に。早かったな」
「えへへ。中に着てきちゃいましたよ。泳ぐのなんて高校の授業以来ですから楽しみで」
生田は恥ずかしそうに舌を出した。
その水着はセパレートのスポーティなタイプで、ヘソは見えるが決してセクシャルな感じではない。カットラインも緩やかで、自制の利いた、生田らしい選択だった。
そしてプールなので当然眼鏡はなく、いつものちょっと堅そうな雰囲気から三歩ほど踏み出した感じで、正直に言って魅力的だった。
「どうします? 先に泳いじゃいます?」
「あ、い、いや、みかんたちに文句言われそうだから少しは待と……」
「おーい」
ウメさんの声。
どもってしまったのが恥ずかしくて、俺は喋り続けるのを即座に中断して振り返る。
そして驚愕した。
「う、ウメさん!?」
「きゃっ……な、何してるんですか!!」
俺と生田の悲鳴に近い声。
まあ当たり前。
ウメさんは、堂々と全裸で歩いてきていた。
「何?」
いくらオミズエルフだからってちょっと色んな意味で風紀に挑戦しすぎじゃないだろうか。
と思ったら、その後ろからてててと駆けてきたみかんも、全裸。
「みかんちゃん!?」
「む? なんじゃ二人とも」
きょとんとするみかん。
「なんで水着着てないんだよ……」
「いくらなんでもやりすぎです!」
白黒、凸凹のエルフ二人は顔を見合わせて、同時に手を打つ。
「あ、あーあー、ザッキーはともかく」
「そういえばナマデンワも基本人間社会で育ったとゆーとったのう」
「ナマデンワゆーな! あと少しぐらい隠しなさい!」
「あははは」
ウメさんがケラケラ笑う。乳首がプルプル震えて俺の充填率に加勢。
みかんも苦笑。
「ナマデンワ、お主もそのうち向こうの星と関わる気があるなら知っとくといいぞ」
「うんうん。……向こうの星では水浴びに服着るのはナシなんだよー」
「なんというパラダイス!」
俺は即座に生田に肝臓パンチ食らった。
そのまま倒れて悶絶する俺を無視してみかんたちに食ってかかる生田。
「ここは地球です! というか、そんなのじゃすぐに警察呼ばれちゃうでしょうがっ!!」
「呼ばれない呼ばれない」
「ワシらをなんだと思ってるんじゃ」
「公共の場で乳晒してるストリーカーです!」
「あははは」
「うんうん。まあこういう反応されないと面白くない」
生田が一人で噴火するのを微笑ましく見る全裸エルフ二人。
そしてニヤニヤしたままみかんかが口を大きく開く。
その身に光が纏わりつく。
そして、声。
「──────────!!」
聞こえるようでわからない、理解しようとすると世界に融けていくような、あの音のような声のようなよくわからない歌が、プールに響き渡り。
ハッと気づいてみると、プールの水の上をたくさんの妖精たちが踊りながら追いかけっこをしていた。
遠くに見えた友達連れは、みんな耳が尖っていた。
プールサイドで水を蹴り上げていた少女もエルフ。
空には雲の精霊が昼寝をしているのが見えた。
そして……よく見たらプールの3分の1は、全裸だった。
全裸のエルフたちと妖精、水着を着た人間たち。
誰もがそのミスマッチに気づかず、仲良く隣り合って遊ぶ光景は、それだけでひどくファンタジックだった。
「あ……」
「つまり、そういうことじゃ」
「郷にいらば郷に従うけどね、まーそこそこには私らも侵略者なわけでね」
「なに、『気づかれなければ』どんな恰好だろうと問題ない」
クスクスと笑う二人。
呆気に取られた俺と生田。
思えば、俺も前に認識を緩められてから時間が経っていたせいか、こういう「すぐ隣の異常」に気づける機会が減っていた。
「さて、遊ぼうか、健一♪」
「夏は大胆な季節だよー♪」
「だ、だ、大胆とかそういう問題じゃないでしょう! そもそもよそはよそというか問題はオノケン先輩の情操教育上よくないってことでですね!」
「俺って生田に情操教育される立場だったんだ……」
まあ、ともあれ。
生田が叫ぼうが喚こうが、俺の近くは元にもどるわけもなく。
水中ルールで乳尻ふともも、あらゆる穴に至るまでひとつも隠さない二人のエルフの肌を、俺はいい機会なのでガン見しまくったのだった。
「うう……ううう……」
「ナマデンワも脱げばええのに」
「そだよー。スペルキャストでも一般人の認識ぐらい誤魔化せるでしょー?」
「脱ぐ……や、やややっ、私は地球人ですっ!! 痴女は去れ馬鹿ーっ!!」
いい感じに疲れ果てて、夕方。
俺の部屋ででろーんと雑魚寝で伸びる俺とその他3名。
「うーん……公営プールがあんなパラダイスだったなんて。俺はまた行くしかないかもしれん」
「もちろんワシも連れてくんじゃろうな? もちろんオゴリで」
「あれだけタダ見サービスしたんだから夕ご飯ぐらい作ってよー」
「わ、わかったよ」
堂々とゆするエルフたちにも今日は逆らえない。
「うぅ……納得いかない……」
「お前はどうしてそんなに不満そうなんだ」
「納得いかないものは納得いかないんです!」
生田はうつぶせながらも不機嫌にブツブツ言っていた。
シパシパする目をこすりこすり、俺は夕飯を作る。
そしてちゃぶ台を広げに行くと、ウメさんが異次元空間から戻ってくるところだった。例の西川口までテレポートしたのと同じ奴だろう。
「どこ行ってたの」
「んー、ちょっと埼玉の山の中」
「なぜに埼玉」
「仕方ないじゃん埼玉が一番なじみがあるんだから」
「……いやそういうことではなくて」
「ん、何しにってこと?」
頷くと、ウメさんは異次元空間に残ってた片手をグイッと引いた。
引っ張り出されてきたのは……笹。しかもわりと大物。
「うおお」
「今日は七夕だからねー。やっぱ日本人としては願い事しなきゃでしょ」
「なるほどのう」
ムックリと起きたみかんが、その辺に散らかった俺の筆記用具の中からサインペンを取り上げる。もはや勝手知ったる他人の家だ。
「あなたたちが日本人なら水着ぐらい着てくださいコノヤロウ」
渋々という感じで、生田もその辺に散らかっていたレポート用紙を折って破り、短冊にし始める。
……なんだかんだでチームワークいいのね。
「ザッキーも何か願い事しなよ」
「平気で宇宙を生身で渡る宇宙人が織姫彦星に願いをかけるってのもなんだかなあ……」
「なに、言ったはずじゃがな」
みかんは悪戯っぽく笑った。
「この世にはエルフもダークエルフも、神も精霊もおる。見てるもんじゃぞ、意外と♪」
「神様ねえ……そういや、お前らが信仰してる神様ってなんなの? どんな奴?」
「んー」
人差し指で唇の下を押しながら、なんと言ったものか、という感じで唸るウメさん。
その言葉を待たず、生田が答えを出す。
「丸くて平べったくて渦を巻いてるまぶしい神様ですよ」
「……おお、うまいこと言うのう」
「うまいのかそれ」
みかんの相槌によると間違ってないっぽい。
しかしなんだそのナゾナゾっぽい神様は。
「直径十万光年。厚さ一万五千光年」
「……それってただの銀河系じゃねーの?」
そこまでヒントを出されて、まあ仕方なく、ミもフタもなく突っ込むと、みかんはコクンと無造作に頷いた。
「うむ」
「……銀河系? 神様?」
「まあ簡単に言うと、じゃな」
「そーそー」
「……何? アニミズムみたいなののでっかい版?」
「いやいやいや」
「私たちがマジでそんな不確かなのを神様って言うと思う?」
……イマイチわからない。
生田に助けを求めると、生田は溜め息をついて、細かい理屈なんて語りだしたらキリがないですから、と前置きをして。
「ま、銀河系ってすごいんですよ、色々と」
と、やっぱり煙に巻くようなことを言った。
メシを食いながら願い事を吟味して、これぞという願い事を思いつく。
「童貞卒業できますように」
「何を書いてるんですか何を!」
生田に箸でホッペタ全力突きされた。超痛ぇ。
「だ、だってさあ!」
「あー、そういやザッキーまだ童貞なんだ」
「全く……離れ離れのカップルに頼むことでもないじゃろ」
「いいんだよ! 聞いてくれないなら聞いてくれないでも!」
全員の呆れたような諦めたような視線の中、タコ糸で笹に結ぶ。
三人はそれぞれにもう願い事を書いてしまったのか、既に吊るしてる。
何の気なしに覗き込むと、誰かのが見えた。
「今年こそ気づいてもらえま──」
「読むなーーっ!!」
味噌汁入ったままのおわんをブン投げられた。
「うわぢゃーっ!?」
「まったく、読まれたくなければ認識隠蔽かければよいのに」
……他の短冊を最後の力で覗き込むと、何か魔法で見えなくされているようだった。
そのまま熱さにのた打ち回る俺。
「そんなことして織姫様にまでスルーされたらどうすんの……」
ぼそりと生田が言うと、他の二人はクスクス笑った。
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