少年がダークエルフの女性と出会ったあの夏から、半年が過ぎていた。

 山間部に位置するその村は、冬ともなれば雪も降れば霜柱も立つ。
 トタンで屋根を葺く程度の家が残るぐらいなので、さすがに長野や新潟ほどドカ雪になることは多くなかったが、少年にとっては好都合だった。
 雪が多すぎれば雪掻きや雪下ろしが面倒になり、なかなか無邪気に雪で遊ぼうという気も起こらない。たまにドンと降る程度が子供の遊びにはちょうどいいのだった。
「今年こそはでっかいの作るぞー!」
「おっしゃー!」
 近所の友人たちと防寒着を完備の上で集まり、かまくら作りに挑戦する。目指すは中で餅焼いて食うことだ。
 ……が。
「くっそ、雪玉もこんだけデカくなると重ぇ……」
「靴んなかまで雪入って痛ぇよー」
「……食らえ桑田のストレート!」
「痛ぇ! やったな!」
 子供というのは飽きっぽいものである。
 今回もいつの間にかかまくらは雪だるまへとスケールダウンされ、餅はとりあえず誰かの家の庭で普通に焼くことになり、遊びの中心は雪を地道に転がすことから雪のつぶてを投げつけあうスリリングなアクションへと移行している。
 田舎の子供はよく言えば遊びの創造性、悪く言ってしまえばルールや目標への妥協が早いのだ。野球もサッカーも人数が揃わない、道具が揃わないことが多いのでハウスルールが横行する。それで楽しければいいというのであった。
「ったく、またかよー……」
 そんな中、少年は流れ弾の砕けた雪を払いながら嘆息する。
 毎度のかまくら挑戦に一番情熱を燃やしているのは誰であろう、彼である。
 まだもっと幼いころ、父と祖父が張り切って作ってくれたかまくらが記憶に残っているのだった。
 ここ数年、祖父は寒くなると関節が痛いと言ってなかなか家から出たがらないが、その祖父にあの時以上のかまくらを作って中に呼んでやりたいのである。
 ……まあ今日も多分実現できそうになかった。小学生ひとりの腕力では大仕事に過ぎるし、友人たちの始めた雪合戦もまた楽しそう。何より今は12月、冬はまだまだ半分以上残っている。積もる日もまたそのうちある。
「てめえらよくも当てやがったな! いかったぞコラ!」
 雪を丸めて素早く参戦、全身ずぶ濡れのしもやけまみれになるまで雪の中での野戦を楽しむ。
 暦は12月の23日。まだやんごとなき方の誕生日は春だった時代の話である。

 少年たちが雪でグチャグチャになり、日の入りとともに解散……する前に、みんなで持ち寄った餅をどうするかという話になると結局少年の家が選ばれる。
 祖父母が子供好きで面倒見がよく、七輪で炭を炊いても大丈夫な屋根付きの場所(車庫兼納屋)があるのでベストな溜まり場なのだった。似たような場所に森の中の秘密基地(なんだかよくわからない廃屋……というか炭焼き小屋跡)もあったが日の入り後はさすがに怖いし、電話もあるので少年の家のほうがいい。
「寒いのはわかるけどあんま寄り過ぎるなよガキども。野口英世は火の中に手ぇ突っ込んで大変だったんだぞ」
 祖父が軽トラを車庫から出してスペースを作り、降りてきながら注意する。やはり寒くて辛いのか、歩き方がいつもよりひょこひょこしていたが、それでも子供たちを心配する顔はいつものひょうきん爺である。
「のぐちひでよってなんだ? 松本伊代のニセモノ?」
 馬鹿面した友人のひとりがそう言うと、祖父は目をひん剥いた。
「バッカ、野口英世ったらおめえ、すげえんだぞ。何やったか忘れたけど母屋に伝記あるから読め」
「爺ちゃん、そこで忘れたとか言っちゃ駄目だろ……」
「いいんだよナマ言うな、とにかく火に手ぇ突っ込んでグーから開けなくなりたくなきゃ気をつけろ。火ってのは怖ぇんだぞ」
 言っていることは適当極まるが、火の扱いを真剣に説くのは変わらない。子供は火で遊ぶというのをよくわかっているのだった。
「まあまあ、口うるさいのはその辺にしときなさいな。みんな、海苔とおしょうゆ持ってきたわよ」
 祖母が柔らかく微笑みながら現れる。みんなが美味しい焼き餅の予感に歓声を上げる。
「はぁ、まあいいか。おい、ウチにも餅まだあんだろ、持ってこい」
「自分で動きな横着爺」
「ちぇっ」
 流石の祖父も祖母には弱い。祖母の背後でイーッと歯をむき出してからひょこひょこと面倒そうに母屋に向かう祖父の姿にみんなが爆笑する。


「明日はクリスマスだなぁ」
「お父さん、クリスマスイブでしょ」
「ああそうか、うん。イブだ。今日はイブイブだ」
 一家揃っての夕食で、定番の台詞を父が吐く。
「明日はサンタさんが来る日か。事故らないといいなサンタさん」
「……そうだね」
 少年はサンタクロースの正体が父だということにはとうの昔に気づいている口である。というか小学校の高学年にもなってサンタさんの存在を本気で信じている奴なんてまずいない。でも親の「子供はサンタを信じている」という夢を壊さないようにそこそこに付き合うのだった。
 ……今年はラジコンカーだろうか。ロボット玩具だろうか。それとも何か突拍子もないものだろうか。
 できればファミコンなんかがいいな、と思ったりもするが目が悪くなって眼鏡にもなりたくないので微妙なところである。
 それに。
「サンタさんかぁ……」
 少年は半年前、この世の不思議が嘘ばかりでないということを実感したばかりだった。
 いるかもしれないと思うのだ。そんなお人よしで働き者の老人も。
 だからプレゼントそのものよりも、そこに興味が湧くのだった。


「ねーちゃーん」
 翌日。
 少年は雪の中を分け入り、あの洋館の前で声を張り上げる。
 相変わらず彼女はそこに住んでいたが、寒さに格別弱いのか、もっぱら外には出ずに部屋で本を読んだり絵を描いたりしていた。
 肌が黒いだけあって夏の暑さには妙に強かったのでわかりやすい行動パターンである。
「あ、おはよう、来てくれたのね」
 とはいえ本当に寒さに弱いのか若干疑わしいところもある。
 例えば玄関口に出てくるときにぶかぶかセーター一枚で、下には何も穿いていなかったりするあたりとか。
「し、下なんか穿けよ!」
「それは外出るときにはねー♪ 入って入って」
 彼女はニコニコしながら少年を洋館に招き入れる。空気の壁があるかのように、玄関に一歩入ると常春の空気だというのがちょっと不思議だったが、まあ彼女の周りで不思議なんていくらでもあるのでもう慣れた。実はエアコンっていうオチかもしれないし。
「このぐらいあったかければ別にいいでしょ?」
「何が」
「下はいてなくても」
「それでねーちゃんに押し売りが来た時とか困るだろ!」
「大丈夫大丈夫、滅多に来ないよ」
 彼女は少年の手を引いて部屋の奥に案内する。
 家の中にいくつも階段があり、いろいろな部屋が半部屋の高さで立体的に繋がっているのが実にエキゾチックな構造だったが、彼女にはそれが相応しいと思えた。
「久しぶりに遊びに来てくれたね。何しよっか? 将棋する?」
「ねーちゃん強すぎるからいい。っていうか久しぶりってほどでもないだろ」
「五日間は充分久しぶりー。こっちから遊びに行かないと忘れちゃうんじゃないかと思ったもん。未来のお嫁さんに冷たいぞ」
「寒くなったら途端に出不精になるねーちゃんが悪いんじゃん。じいちゃんとかばあちゃんとか気にしてるぞ、風邪とかひいてないかって」
「あはは……うん、めんぼくないです」
 ぽりぽりと頬を掻く彼女。
 衣服はセーター1枚に髪はポニーテール、鼻の上には小さな眼鏡。彼女は本を読む時はだいたいこんな感じである。
 顔だけ見ると(主に眼鏡のせいで)司書さんのような知性が見える気がするが、司書さんはぱんつぐらい穿く、と小階段でセーターの下をこっそり確認した少年は思った。いくら自分の家の中とはいえ油断しすぎである。
 いや未来の旦那様を誘ってるのかもしれないが。エッチスイッチ入ったねーちゃんは若干怖いので少年はちょっとばかり全力かぶりつきには引け腰である。女は魔物だ。
「ところでさ、ねーちゃん」
「?」
「サンタって現実にいるのかな?」
「三太? おともだち?」
「いやサンタクロース」
「あ、あー、あの赤い服の鹿ゾリの」
「トナカイだよ」
 サンタといってわからないがサンタクロースで通じるあたりに、彼女が日本文化圏育ちでないことを実感する。
「その感じだといないみたいだなぁ……」
「んー」
 彼女は困ったように笑う。
「別に私、そういうの全部知ってるわけじゃないよ?」
「そうなの?」
「それ全部知ってたら神様じゃない」
 くすくすと笑う。
 そう言われてみれば当たり前なのだが、しかし子供というのは、物知りの大人がいるとなんでも教えてもらえるものと思ってしまうものなのだ。
 それは少年の周りの大人が聞かれたら答え、期待を裏切らず、社会正義を重んじる頼もしい大人として振る舞っていた証でもある。
 少年は良い大人に囲まれて育っていた。
「じゃあ、いるかもしれない……のかな?」
「いないとはいえないよ。いてもいいと思うけど」
「でも、俺にプレゼントを持ってきてくれるのは多分うちの父さんだし……」
「それはそれで幸せじゃない。もしかしたら、それさえもらえない子供にだけプレゼント配ってるのかもしれないよ?」
「……うーん」
 まあ、確かにそういうものかもしれないと思えてきた。ちょっとまやかし臭いけど。
 それでも、彼女のような存在がいる以上、そんな夢のようなものだってあるかもしれない。
「ね、君は……」
「?」
「サンタクロースに、何をお願いしたいの?」
 彼女が優しい目で尋ねる。
 少年は少し言葉を詰まらせ、言うか言わないか迷う。
「……考えてみたら、サンタさんもコレは出せないかもしれない。俺へのプレゼントじゃないし」
「どんなこと?」
「……じいちゃんにかまくら、作ってやりたいんだ。昔作ってもらったような奴」
「…………」
 彼女は慈愛に満ちた目をした。


 夜。
 父がこっそりプレゼントを枕元に置いたのを、少年は薄目で確認し、小さく嘆息する。
 まあケーキはおいしかったけれど、クリスマスなんてこんなものだ。
「サンタさん、か……」
 自分は高望みをしているだろう。でも、子供が家族の喜ぶ顔を欲するのは駄目だろうか。
 そんな願いを叶えてくれるサンタがいてもいいじゃないかと思う。

 そんな時、少年は瞼の向こうが不意に明るくなるのを感じた。

「……!?」
 目を開けてみると、そこに彼女がいる。
 パフ付きの真っ赤な上着を着て、手にたいまつのように光を携えて。
 下はやっぱりはいてない。
「ねー……ちゃん?」
「さ、起きて」
 彼女は少年の手を取る。
「起きて。行こう、ちびっこサンタクロース」
「?」

 少年が彼女に導かれるまま、外に出る。
 しんしんと降りしきる雪の中、裸足だというのに寒くはなかった。
 彼女は光をかざしながら目を閉じ、しばらくして微笑む。
「うん。……やっぱり、ここは優しい星……」
「ねーちゃん?」

 彼女は光を雪原に振り撒く。
 空から降りしきる雪が、不意に止まった。

「え……?」
「今夜は、サンタクロースが仕事をする夜。サンタクロースが回るまで、明けない夜。この星のみんなの意志はそれを規定してる。大丈夫、今夜は大した魔法なんていらない。この夜自体が魔法の夜」
「え、な、なんの……」
 彼女が少年におもむろに近づき、キスをする。
 そして、彼女は微笑み、手を握ってそっと地面の雪を握らせる。冷たくなかった。
「かまくらを、作ろう?」
 彼女と一緒に小さな雪球を作り、少しずつ大きくしていく。それがどんなに大きくなっても重さを感じない。
「君がサンタクロースになりたいなら、サンタクロースになろうと思うなら、今夜だけは……」
 空に静止している雪が輝く。
 それは小さな光だったが、大量の光は少年とダークエルフの手元を照らした。寂しくないように。励ますように。
「何でもできる夜、みたいだよ?」


 翌日。
 家の前の休耕田にどでんと出現した大きなかまくらに、祖父はぽかんと口をあけた。
「こりゃあ……なんだぁ?」
「かまくらじゃん?」
 少年は祖父とそのかまくらを見上げて、ちょっと得意そうにした。
「夜のうちにこんな……どこの酔っ払いの仕業だ?」
「いいじゃん、かまくら。久しぶりに中で餅でも焼こうよ。うちの田んぼだから誰も文句言わないよ」
「ま、まあそりゃあそうだが……うーん、奇特なことする奴もいるんだなあ」
「いいから餅食おうよ餅! じいちゃん、俺またじいちゃんとかまくらで餅食うの夢だったんだ」
「……そっか。んじゃまあ……今日の朝飯はそうすっか」
 祖父は釈然としない顔を引っ込めて、少年の頭をなでて笑った。
「おはようございまーす」
 そこへ、何食わぬ顔でダークエルフの彼女が現れる。コートのフードをかぶって耳を風から守り、寒そうにしながらも、手提げ袋を掲げてみせた。
「友達からおもち、もらったんです。おすそわけに」
「お、嬢ちゃんでかした。おーいばーさん、七輪持ってこい、俺とぼーずと嬢ちゃん、こっちで朝飯だ!」
 軽快な足取りで母屋に駆けていく祖父。本人も気づいているかどうか、その足取りにはリウマチのリの字もない。
「おはよう、ねーちゃん」
「おはよ」
 昨夜の大仕事のことは言葉にはしない。それがなんとなく正しい態度な気がして、少年はただ彼女と微笑みあう。
「あと、メリークリスマス」
「メリークリスマス。……えへへ、昨日はステキだったね」
「え」
 その主語がかまくら作りのことか、その後のことか迷って少年は顔を赤くした。そしてすぐにかまくらの中に跡が残ってないか慌てて確認するのだった。


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