少年は村外れを走っている。
そこは村でも誰も使わない獣道だった。
草薮にまみれ、いつもドクダミのムアッとくる匂いがする道。その道は少年の目にはいつもしっかり見えているのに、村の友達はみんな「ただの薮」だと思い、先に立って歩くといつもはぐれるのだ。
その理由はよくわからなかったが、とにかくその先に、彼女の家があった。
「はっ……はっ……」
少年の浅黒く、杖のように細く締まった足が薮を引き裂く。たまにススキ科の奴に逆に切り裂かれたりヒッツキ虫に引っ付かれたりしながら、それでも淀むことなく走る。
屋根が見えてきた。
この日本の農村の近辺には不似合いな、洋風の可愛らしい家の屋根。
その屋根を追うようにして足元の小さなくぼ地を躍り越え、土手を這い登って乗り越える。
そして玄関を見てみると……見慣れない、カッターシャツとスラックスの男が玄関に見えた。
少年はスピードを上げて土手を駆け下り、立派なドアをガンッと蹴りつける。
「うわっ!?」
カッターシャツの男はびっくりした声を上げ、続いてその音を立てた少年を見て少し不機嫌そうな声を上げる。
「……なんだい坊や、危ないじゃないか」
「うっさい出てけ。また姉ちゃんに変なもの買わせようとしてんだろ」
「なっ……」
男は太ったスーツケースを持っていた。確かに彼は売りつける職業の男、セールスマンだった。
「帰れ帰れっ! 姉ちゃんが人がいいからって見境なく金儲けしようとしてんじゃねえよ!」
「な、き、君のような小さい子にはわからんだろうがお兄さんのとこの商品はとっても……う、うわ、泥靴で蹴るなっ!」
「へっへー」
自分がボロボロのスニーカーで泥道を駆け抜けてきたのをいいことに、男のズボンにヤクザキックで嫌がらせをする少年。
セールスマンはたまらず逃げ出した。
舌を出す少年。その背後で、薄いネグリジェを着たダークエルフが溜め息をつく。
「あまり乱暴しちゃ駄目よ」
「ね、姉ちゃん、なんて恰好で……って、さっきの男にもその恰好で出たのかよ!」
「?」
「駄目だっていつも言ってるだろ!」
夏のあの日以来、キスのできる間柄になった少年とダークエルフ。
だが、その先には進んでいなかった。
少年は性に興味はあったが、国語算数から保健の時間に至るまで興味のない事柄は見事に頭に入らないタチだった。
身近に性を感じる女性がいるかどうかで、性教育の理解度は変わる。想像力と興味の届かない範囲のことは外国と同じである。
あいにくと少年の周りでは可愛い女の子は性格ブスばかりで、しかも常に連帯して男を蹴りつける可愛げのない奴ばかり。
局部にハレーションのかかったヌードだけのビニ本などを拾ったことはあるが、隠匿場所に悩んでいるうちに、とりあえずで隠していた薮ごと土砂崩れで木っ端微塵になってしまった。
ゆえに性に疎く、おっぱいが魅力的なのはわかるものの、その先の「性器を使ったあれやこれや」にまで行動が届かないのだった。
ダークエルフは、その少年の微妙な行動の「線」について、わかっているのかいないのか、何も言わない。ただ、時々寂しそうに微笑んでは、甘いキスだけを求めていた。
少年と一緒に過ごすようになってから、彼女のことが周囲に認識される機会は多くなった。
どういうわけだか、「誰かがいる」ことは認識され、それが美人であること、巨乳であることなど、パーツ単位での認識にはみんな成功するのだが、彼女が去ると自分が何を認識していたのか、少年以外の村人たちは綺麗に忘れてしまう。
だが逆に言えば、その人間の素性なんて二の次、パーツ単位を相手にその場のノリだけで騒いでしまえる子供たちには関係ない話だ。
「おい、あそこ歩いてる外人女……」
「うっわ、おっぱいでけー。あ、あれかな、プレイボーイって奴かな?」
「プレイメイトだよプレイメイト」
「し、知ってんよ」
「しかし下品な乳だよな……」
「牛みたいにビューって乳出るんじゃねーの?」
「牛女だな、黒牛女」
聞こえるところでも大して声を潜めないのは、彼女が日本人に見えないから、言葉が通じないと踏んでいるのか。
だんだんと調子に乗ってきた子供たちは、たいした意味もなくダークエルフの前に躍り出る。そして両手を広げてはしゃぎながら、即興で牛女牛女と歌いだした。
「うーしおんな、うしおんなー」
「おっぱいでるならだしてみろー♪」
「……あはは」
ダークエルフは曖昧な笑みを浮かべる。それが言葉の通じていない証拠と取ったのか、子供たちはさらに調子に乗る。
「おっぱいおばけーちちおばけー」
「ニセチチイレパイらんらんらん」
言いたい放題。
それを偶然見かけた少年は、黙って子供たちの謎の乱舞に前蹴り。
「いてっ」
「な、何すんだっ!」
「バカのバカ踊りがキショイから」
「っんだよ!」
たちまち少年とその他の子供たちの取っ組み合いが始まる。ダークエルフが慌てて止めに入って、その場は事なきを得た。
「別にほっといてもよかったのに」
「なんかムカついたから」
彼女の家で、少年は手当てを受ける。大した怪我ではなかったが、彼女はその辺の野草から本当によく効く薬が作れるのだった。
「確かに、私……ちょっと胸、大き過ぎるみたいだし」
時は昭和。
日本人では、グラビアアイドルを見たところでDカップが巨乳の臨界点のような時代である。
そこに大陸級のGカップのおっぱいを誇る彼女は、少々異次元じみていた。
「そ、そんな、胸でけーったって姉ちゃんのは綺麗だから別に……」
「……でも、やっぱり大きすぎるのって……君は、ちょっと嫌なんじゃない……?」
「嫌じゃねーよ」
少年の本心だった。しかしそこでさらに一歩踏み込んで「巨乳大好き」とまでは言えないあたりが少年のプライドである。
「……だって君、キスの先、しないし……」
「……き、キスの……先?」
年上の女性の、少し甘えたような、それでいて寂しそうな目に、少年は困り果てる。
しようにも知らないのだ。それともおっぱい揉んだりお尻触ったりと、音に聞く痴漢のようなことをすればいいんだろうか、と必死に考える。
そしてそのうち、諦めた。
「わ、わかんねえけど……い、一緒に風呂入る……とか?」
これでも随分踏み込んだのである。さすがにチカンの真似は変態扱いだとわかっていたのだが、それ以外でキスより上を思いつけなかった。
と、そこで彼女はきょとんとして。
「ぷっ……あはははっ!!」
笑った。
少年は自分の言ったことが素っ頓狂だったのだと考えて、真っ赤になって立ち上がり、逃げ出そうとする。
だが彼女は笑いながら彼の手を掴んで引きとめ、そして涙を流しながらギュッと抱き締めた。
「むがっ……!?」
「ふふふっ……そう、そうだよね。……うん。じゃあ一緒にお風呂に入ろう?」
「う、ええっ……!?」
何がそうだよね、なのか。彼女の言うことがさっぱりわからなかったが、彼女の、まるで「一緒に遊ぼう」というかのような気安い返事に、少年は今さら自分がどれだけ大胆なことを要求したのかと考えて焦る。
彼女は少年をぎゅーっと抱き締めながら、囁いた。
「そう、そうだよね。……キミはまだ、そういう子だったんだよね。……ごめんね、困らせるような事言って」
「う……あ……い、いや」
「うん。いいよ。お風呂、いつでも一緒に入ってあげる。……それでね」
そして、ふと、ここまでに見たことがないほどオトナの──いや、妖艶な女の表情になって、さらに一言、
「私の好きな場所、キミの好きな所で洗っていいからね……?」
少年の脳を沸騰させることを、囁いた。
「のちの時代、彼が語ったところによると『彼女が大人しかったのはそこまででした』とのことじゃった」
「なんだとメガトロン」
「バカめ、その日から『お姉ちゃんと二人で楽しいお風呂・イン・トルコ』と言ったのじゃ」
「おのれ許さん! オートボッツ・アターック!」
「……オノケン先輩とみかんちゃんホンットに楽しそうですねぇ……」
「うお、いつからいたナマデンワ!?」
「さっきからいましたよ! 何玄関全開で少年誌コード気にしたような中途半端なエッチ話ぶちまけてるんですか!」
「だって風通さないと暑いんじゃもんー」
「ぶちまけてたのはこの駄柑橘類であって俺じゃないぞ」
「どっちでもいいです、もう……」
2008年アメリカ建国記念日あたり。
第一京浜沿いの以下略しまむら103号室。
今日も異星人やそのハーフに平気で押し入られつつグダグダです。
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