大人になるということは、認められるということだ。
認められるということは、定められるということだ。
それは例えば何かをしていいとか、何をしなきゃいけないとか、どこまでお金を稼がなければいけないとか、どういう夢を持って生きればいいとか、そういったこと。
良くも悪くも人は他人に定められて生きる。
定められて、自分が何者なのか、世界はどういうものなのかを確定する。
無限だった可能性は幅と長さを決められて有限になり、宇宙の彼方まで続いていたはずの空は、せいぜい数百メートル、ビルより上は書き割りと同じにしか思えなくなり、
そして事実と嘘の間に幻想が入る隙間は、ほんのわずかしか残らない。
定められていない子供の時分は、違っただろう。
今生きている現実も、もしかしたら明日にはぶっとんだ夢想にとって代わられるかもしれない。
神様がふとした拍子に目の前に現れるかもしれない。
自分が国を動かす偉い誰かになれるかもしれないし、何かの弾みでスーパースターになるかもしれない。憧れたスポーツ選手みたいなになれるかもしれない。見えない何かを見る才能があるかもしれない。
何者にも定められていないからこそ、子供は、昨日までの人生を吹き飛ばすかもしれない攻めの一歩を、自分の鼓動だけを頼りに踏み出せる。
そして、それは、別に子供だけとも限らない。
世の中には何もかもが「仮」でしかない者がいる。
何故そんな存在がそこにいるのかさえ誰にも理解されていない、気にもされていない、明日には誰もが忘れてしまうからこそ何物にも定められない存在。
そんな存在がいる。
子供のように無知ではないから、ちょっとだけ大人しくて夢が小さいけれど。
でも、昨日までの人生を吹き飛ばすかもしれない攻めの一歩を、ちょっとした弾みがあれば踏み出せてしまう、夢見がちな存在。
現実の世界からちょっとだけずれた彼女を、専門用語でエルフ、さらに細分してダークエルフと呼ぶ。
少年が彼女と出会ったのは昭和の終わりごろのことだった。
携帯電話もパソコンもない、まだマイコンとかアイシーという言葉が先進技術の象徴だった時代。
オカルトやSFがずっと身近で信じられていて、中学や高校という場所が退廃と暴力の象徴で、世界は西と東で真っ向から対立していて、テレビやラジオに松田聖子が跋扈していた。
そんな混沌とした世間にぼんやりと取り残された、ちょっと田舎の、ツギハギだらけで白線すら引かれていない、逃げ水と陽炎に彩られたアスファルトの道。
その真ん中で、真っ白なワンピースと大きな帽子をかぶったダークエルフの女の人と、まるで待ち合わせたように歩み寄りあい、対面で見詰め合った。
「…………」
少年は彼女を見上げた。
周り中から聞こえるセミの声、風が雑木林と草原を揺らす音は耳慣れている。だがそれだけに、声もなくそこに立っている彼女が現実であるかどうかの判断がつかなかった。
少年が住んでいる村はかなりの田舎で、村中の若い娘が揃いも揃って一番の余所行きが学校の制服、という芋センスの世界である。
真っ白なワンピースと帽子を着こなし、様になる女性が、しかも見た感じからして日本人じゃない女性が湧いてくる余地はどこにもない。
遠来の客にしても、この村には見て面白いものなど何もない、外国から観光客など来るはずもない本当に普通の田舎の村だった。
そこに現れた見たこともない美しい彼女に見とれ、その不思議な耳に惹かれていた。
「ねえボク」
彼女は視線を外さない少年を見て、軽く微笑んだ。その微笑みも垢抜けていて綺麗だった。
「私のこと、気になるの?」
「え……あ、えっと」
少年はすぐに真っ赤になって、坊主頭をガリガリ掻いた。
年上の女性にからかわれて受け流せる歳ではない。
「そ、そんなことねーよ。ただ……」
「ただ?」
「へ、変な耳だって思ったんだよ」
女性は瞬時、きょとんとした顔になって、それからクスクスと笑った。
「そうね。確かに変かもね」
それが少しも嫌そうではなく、見とれた少年の心の内を何もかも見透かしているように聞こえて、居たたまれなくなった少年は少しむくれた顔で彼女の脇を通る。手には伸縮式の釣り竿と年代物の魚篭があり、彼は渓流釣りにいく途中だったのだ。
「あ、ちょっと」
「なんだよっ」
彼女に呼び止められた少年は精一杯不機嫌を顔に出して振り返る。
黒い肌に白いワンピースの映える彼女は、優しい目をしてその不機嫌を受け止めた。
「名前、教えて」
「…………」
「駄目?」
「ね、ねーちゃんが先に言えよっ!」
「……ああ、そうね」
彼女と少年は、それから名乗り合った。
少年はすぐさま駆けて逃げ出して、川についても釣りをする気にならずに、大回りをして自分の家に駆け戻った。
それから、少年はちょくちょくと彼女を見かけるようになった。
だが、村の誰もが彼女の話になると首を傾げる。
「いや、だから最近いんじゃん、こう、やたらと黒くて耳の長い、でも日本語上手なねーちゃんが」
「……おめぇ何言ってんだ? どっか打ったか?」
親にも坊主頭を撫で回される始末だった。
しかし彼女が見えるところで「ほら、あれあれっ!」と指差すと、村人たちも「ああ」と手を打つのだ。
だが彼女が見えなくなると途端に「何の話してんだおめぇ」と、まるでわけがわからないという顔をする。
気味が悪かったが、そのうち幼い少年もだんだんとわかってきた。それは「村八分」というヤツではないか、と。
実際にされている者を見たわけではないが、親や祖父母が極端に恐れるのだ。村中からよってたかって無視されるという私刑の一つである。
彼女のような都会人、しかも外国人が何かこの田舎で共同体の逆鱗に触れられるとも思えない。
だが、彼女の耳は明らかに普通の者のものではない。それに関して、村の者たちの間で禁忌に当たる条項がないとも限らない。
彼女を嫌うのではなく、独自の価値観で恐れているのなら、こんなわけのわからない反応も納得がいく。
少年はそんな大人たちの迷信深さを気持ち悪く思い、意味もわからず巻き込まれているであろう彼女に同情した。
少年は、自分だけでも彼女と仲良くしようと思い立った。
最初の出会いで一目惚れしてしまっていたが自分自身では良くわかっていなかった。ただ、自分は何も知らされていない子供なのだから、大人たちのタブーなんて知ったことか、と反抗する気持ちもあった。
だから、手始めに彼女を公営プールに誘った。都会者、外国人、大人の女性の喜ぶスポットなんて田舎の子供がわかるわけもなかったが、この暑い中、泳ぐのが嫌な者もいまい、という打算だった。
が、彼女はちょっと寂しげに首を振った。
「お金、持ってないから」
「そ、そうか……」
外国人だし、日本の金を持っていないのだろう。
少年が二人分出す手もあったが、田舎の小学生の小遣いなんて高が知れている。大人料金を余計に出しても平気でいられるほど余裕はなかった。
同じプールに入るのでも、学校のプールならば水泳補習もあるし、タダで入れる……しかしそれでは彼女が入れない。水泳で彼女を誘う手、どんづまりか……とそこまで考えて、閃く。
少年は妥協案を提案した。
「じゃあさ、じゃあさ……夜になってからこっそり入ればいいよ」
「こっそりって……それは泥棒と同じだよ」
「あ、違う違う。公営プールじゃなくてさ、俺の学校のプール」
「学校の……」
「あれならタダで入っても泥棒じゃないし、そんな難しくもないよ。な?」
彼女はそれでも渋ったが、少年が押しまくると折れた。
夜の学校は不気味だったが、少年はそんな所感はおくびにも出さずに彼女を導いた。
普段から通っている学校だ。校門が閉じていても抜け道なんていくつも知っている。
そして、プールサイドにまんまと入り込むことに成功。
「ここまで来れば平気だ」
少年は彼女を尻目に、すぽん、すぽんとランニングと短パンを脱ぎ捨て、下に着てきた海パン一丁になってプールに飛び込んだ。
少し心臓が縮こまるほど寒かったが、これも彼女を楽しませるためだ、と割り切る。
それを見た彼女は微笑むと、自分もその場でワンピースのボタンを外し始める。
少年はてっきり彼女も自分と同じく水着を着てきたものだと思ったのだが、彼女がファサッとワンピースを脱ぎ捨てると、下には何も、下着さえ着てはいなかった。
完全な、丸裸。
「っっ……!!」
少年はバッと反射的に目を逸らす。
そして、いや、怒られないなら目を逸らす必要ないよな、とちらりと視線を戻して、満月に近い月とプールの水面の反射光でライトアップされているその肢体があまりにも美しいことに耐え切れず、また目を逸らす。でもこんなのを見るチャンスはもうないかも、と思って視線を戻し……と数秒刻みの挙動不審を見せてしまい、彼女にクスクスと笑われてしまった。
「な、なんですっぽんぽんなんだよ!」
少年は逆切れ。
彼女は悪びれもせず、軽く胸を隠しながら答える。
「ここで泳ぐ予定なんてなかったんだから、水着もあるわけないでしょ?」
「……っっ」
言われてみれば、その通りだ。
そもそもこの村は内陸であり、泳ぐつもりで来るような場所ではない。その上プールに入るお金もないのなら、まして水着など用意できるわけもない。
「……ふふ、可愛いっ」
「ぐ……ぅぅ」
困惑して目のやり場に困っている少年を彼女は楽しそうに見やり、優美なフォームで水に飛び込む。
そのままスゥッと浮き上がり、少年の前で上半身を浮かせる。水の中からザバッと褐色の綺麗なおっぱいが現れ、少年はまたも硬直した。
「泳ごう?」
「……う、うん」
それでも、彼女が平気そうにしているので、少年はだんだん大胆に彼女の肢体を見つめながら、プールを縦横無尽に泳ぎ回る。
水の中から浮かぶ胸、お尻、足。
どれも、小学生の少年には刺激的で魅力的すぎた。
疲れるほどに泳いで遊んで、ようやくプールから上がる。
彼女は濡れた髪をパラパラと振って水を落としながら、少し楽しそうな声で少年に囁いた。
「ずっと私のこと、見てたね」
「……う、うん、そりゃあ……な」
「えっち」
「っっ!! そ、そんなんじゃ……!」
「うそ」
「くぅ……」
彼女は古いシャワーで塩素漬けのプール水を流しながら、少年を手招きする。
「嬉しかったよ」
「……そ、そうか」
「私のこと、見てくれて」
「…………」
シャワーを二箇所以上一気に出すと水勢が弱る。
同じシャワーを抱き合うようにして浴びながら、ダークエルフは少年に甘く囁いた。
「ねえ。ずっと私のこと、見ててくれる? 忘れない?」
「……ま、まだボケは来てねーからな。そんな忘れは……多分しない」
「そっか」
彼女の大きなおっぱいに埋もれるように抱き締められながら少年は海パンを脱ぐ。水を絞って、そういえばパンツを持ってくるのを忘れた、と困る。
それにしても彼女の柔らかさとぬくもりと、自分のちんちんの正直さよ。
「……えへへ。あのね。……本当に、本当に、私に優しくしてくれるの、嬉しかったから」
「……な、何?」
「君なら、ちょっとぐらい、えっちな目で見ても……いいよ?」
「なっ……んんっ!?」
ダークエルフと少年は、唇を重ねた。
子供らしい、唇をあわせるだけのキスだけど。
それが互いのに意味する一歩は、取り返しがつかないくらいに大きい。
いつしか抱き締めあって、二人はずっとキスを続けた。
「というわけじゃ」
「あー。それは夢のある話だ」
「じゃろ?」
「で、オチは?」
「オチも何も、お主ならわかるじゃろ? 村八分も何も単に全員エルフに対する認識狂っとっただけで、その子供はものすごくピュアかつ優しかった。ただそれだけじゃの」
「いやいやいや、そういう仕組み的な話じゃなくて。そういう美味しい話にはやっぱ急転直下があるもんだろ」
「ないぞ? そのままおいしく青春時代を過ごして社会人になって最近子供ができたとか何とか」
「待て。それはエロマンガやエロゲーの話じゃなかったのか」
「健一……なんでダークエルフのワシが好き好んでダークエルフの嘘話集めてお主に語ると思うんじゃ。ワシのいとこの話じゃ」
「ガッデム! 実話だと思うと急にムカついてきたぞ!」
「お主だって似たようなもんじゃろに」
「そーそー。ザッキーももう一歩攻めの姿勢があればねー。ってことでやっほー。なんか食べるものないー?」
「ナチュラルにメシたかりにきてんじゃねえ駄目オミズエルフ!」
2008年。
第一京浜沿いのボロアパート、コーポ島村103号室。
まだ全然定まってない留年大学生と変な異星人たちは夏を前に今日もグダグダです。
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