「もう五月。こたつ設置をやめる時期だと思わないか」
「異議あり! まだちょっと寒い日がたまに」
「というか自分とこで設置しろよ!」
「ワシにスペースワープを崩せというのかこの人非人!」
「だからここはひとんちだって自覚はないのかこの暗黒座敷童!」
ゴールデンウィークは適度に暇。
出来る限り講義をやりくりして大学にいるべき時間を集約・短縮し、ゴールデンウィーク気分を大幅に伸ばすスキルも、既に大学に四年もいれば堂に入ったものだ。
何故かまだ三年生だけどそれはそのうち復活したMMRに謎を解いてもらう振りして人類の滅亡に結び付けてもらおう。
で。
たまに武田や生田に即売会に引っ張り出されたり、ファミコン互換機買ってきて隣人のあつかましいダークエルフと熱戦したりしているうちに今日も緩やかに過ぎていく。
と思っていたら、今日は予想外の角度からイベントが飛び込んできた。
「おーいザッキー」
もさりと天井から生えてくる金色の毛。
「うわあ!」
「よ、妖怪じゃ!」
慌てる俺とみかん。
「君たち失敬にも程がない? まあいいけどさ」
よく見たら天井板が開いて、二階に住む金髪碧眼むちむちエルフが逆さまに顔を出していた。
「天井に穴開けるな!」
「えー、でもそっちの児童ばっかりフレンドリーに出入りって不公平じゃない? それに漫画とかではお約束じゃん何故か隣の美少女の部屋との壁に穴! いやこれは天井だねあははは」
「俺はむしろ二人がかりで俺のプライベート空間を侵食してくる宇宙からの侵略者たちに戦慄せざるを得ない!」
「そうじゃそうじゃ」
「テメーもだよみかん!」
くそう。いくら相手が人間じゃないとはいえ、女が部屋にいても平気でエロゲーができる強心臓が俺にもあれば!
「いや、エロゲーくらいなら人目を気にせず堂々とやっていいよザッキー。貸してあげようか? 姫騎士アンジェリカ。で明日リアルで最低のクズって言ってあげる」
「どこから突っ込んでいいかここまで悩まされたのは久々だ……!」
まあいつまでもウメさんにサダコさせるのも忍びないので降りてもらう。
……なんで縄梯子とか用意してるかはもう突っ込まないぞ。
「で、用は?」
「GW中ウチのお店が開いてないから遊ぼうよー」
「そもそもサービス業なら大型連休は掻き入れ時じゃあ……」
「えー、でもウチはみんな休んで彼氏とか旦那さんとかご主人様とか下僕と旅行やデートで忙しいのよこれが。あんまり真面目に稼ごうってお店じゃないしねー」
「……ゴクリ」
エルフのご主人様とか下僕とか。実は世の中は意外とこう、ステキな時代なのかもしれないね。
「健一、ヨダレ垂れとる」
「……おおぅ」
みかんには凄く冷たい目で見られてる。
でもさあ、ねえ?
「(……なんで毎日こたつで向かい合って足絡めあってる美少女がおるのに、余計な方にばかり鼻息荒げて……)」
「何をブツブツ言ってんだ」
「うるさい」
みかんに怒られた。
「で、暇なのウチでは私とライムちゃんくらいでさー」
天井の穴からサダコ第二弾。
緑色の髪の毛がもさりとぶら下がってくる。
「どもー。お邪魔しまーす♪」
「まだいた!」
ウメさんの同僚の、ちょっとおっぱいは足りないけど腰つきのセクシャルなエルフがくるりと降りてくる。
パンツは白。うむ。
「で、女二人でってのも寂しいっていうか意味ないから……どう、ザッキー?」
ウメさんとライムちゃんがそれぞれ取り出した数枚の紙の束。
『聖ミレニア女子大学文化祭』
「……が、学祭?」
「うん♪」
「へへー。あたしの大学でやるんですよー。今日」
「け、健一、やめておくのじゃ。こんな脳にローション詰まった低俗女のすること、どうせボられるに決まっておる」
みかんの言うことにもちょっと一理あるんだけど。
しかしエルフと行くという部分を差し引いても女子大の学祭。
「い、行くしかねぇ……」
「おい健一!?」
「いぇーい」
「やー、あなたノリいいですよねホント」
お、男のロマンなんだよ!
というわけで、やってきましたエルフ在学中の女子大学。
聖ミレニア女子大。
聞き慣れない名前の大学だけど山手線の内側にあった。
「って、ホントに今日やってんの?」
そして大学の門の前に立つも、ほとんど人の気配が感じられない。
学祭ってんなら門の前にチェック要員とか立ってたり、チラシ配ってる人がいたり、そうでなくてもせめてこう人込みとかさ。
「中に行けばわかりますよ。はい」
ライムちゃんからチケットを渡される俺。&みかん。
……「ワシが保護しといてやらんと」とか言いながら結局ついてきたのだ。
で、そのチケットを誰に見せるんだろうと思いながら校門をくぐると……。
一瞬で風景が変化した。
いつか見た、妖精たちが舞い踊り、精霊がのんびりと生活する空。
その不思議に満ちた世界が丸のまま、そこにあった。
「う、うわ、みかんっ……例の認識なんとか、使ったのか!?」
「やっとらんて。……なるほどな。学内まるごと、エルフの治外法権としたか」
「えへへー。驚きました? ここ、在校生も先生もみんなエルフとかあっちの種族なんですよー」
「……わざわざコッチでそんなもん作る意味は」
どうせエルフは寿命なんて何十倍、しかも「向こうの星」といつでも行き来できるのに。
「まあ創立当時は、向こうと行き来できませんでしたから、一種の隠れ家みたいなものですかね?」
「へ?」
行き来できなかった……?
どういうことだ? 渡航方法に技術革新でもあったのか?
……いや、あんなワープ以上の移動法が手軽にできるエルフたちに、たった数十年やそこらで進歩したりとかあるものなんだろうか。
だいたい、みかんは「何も変わらない静かな世界よりはコッチがいい」ということでこっちにいるんじゃなかったか。変わらないはずなのにそんな革新的技術が進んでいるのか。
などと、ぼんやりと考える。
「そういう時期があるんじゃ」
みかんがピラピラとチケットを弄びながら説明してくれる。
「ワシらの技術は進んでいるが、万能ではない。ワシらの……『魔法』は、使える時期と使えない時期がある」
「まあ、使えないといっても活性と不活性がそれほどデジタルってわけでもないんですけど。不活性の時期は……魔法が弱まって、バレちゃいやすいんです」
「バレ……る?」
「この世の現実というものが絶対だと信じられていない時。科学で全てを断じることができない時、神や悪魔や精霊の存在の方が、人々にとってリアルである時。それらは世界全体で波がある。それは、我らが隠れきれない時期があるということ」
「ま、待て。つまり、お前ら非現実的な存在が信じられてる時期っていうのは」
「逆に我らの魔法の力が弱っている。今の時代は、魔法の力が高まっている故に、誰もが科学万能と信じて疑わぬのじゃ」
……そうか。
確かに、魔法を使える不思議なものがいたとして、そんな便利な力があるならわざわざ自分の弱みを見せるはずはない。
力が綻びたから、バレてしまうのだ。
そして、そんな綻びた時代に、世間の目から逃れる為に砦として建てられたのが、ここというわけか。
「エルフとかってのも苦労があるんだなあ……」
「でも大丈夫ですよ、次の『弱る』時代までに、エルフがこっちを侵略しきっちゃえばいいんです」
「今俺は聞いてはならないことを聞いている気がする」
「あはは、どっちにしろザッキーじゃどーにもならないって」
「うむ。健一は既に橋頭堡じゃからな」
「ええ!? 現地協力者じゃなくて既に施設扱い!?」
こっちのほうが聞かないでいい事実な気もする。
学内をフラフラと見て回る。
あっちこっちで妖精がサーカスじみたマスゲームをしていたり、エルフたちが色々な食べ物を売っていたりする。
「ミレ大名物・回転レンバス……レンバス!?」
「一個300円ですよー」
「これひとつ食べれば一日もつんですか本当に」
「お、通ですね〜♪ やっぱりおやつは回転レンバス。はいどうぞ」
嬉しそうに渡してくれるエルフ女子大生。
なんということ。トールキン先生は正しかったんじゃ……!
と、銀シャリのおにぎりを前にした農民のようなポーズで感動していると、近くの屋台から別のエルフがビシィと指差して叫んだ。
「おだまりなさい! 今川レンバスこそが伝統的に正しいレンバスです!」
「ウチの故郷ではおレンバスでしたけど」
「レンバ・ポンセこそが正統」
「もうエルフの焼き菓子でいいじゃないですか」
なんだかレンバスの呼び方にも諸派あるようだ。心の底からどうでもいい気がするのは何故だろう。
出し物もいっぱいあるようだ。
「コーラス部による奇跡の重唱コンサート! 人生変わります! 変えます! 全員手練れのトーンキャスター!」
「演劇部、現代社会を斬る爽快&痛快特撮風演劇! ドラゴンとかナマで出ます」
「今年の新色を使いこなすメイキャップ同好会のセミナー、あと5分で締め切りでーす!」
「メイドーメイドー。やっぱりメイドさんはエルフに限る。ミレ大でしか見られないライトファンタジーメイド喫茶、5号館2階でーす」
なんというか、色んな意味で見たいものが多すぎる。
「お、おい、健一ー!? どこじゃー!?」
なんか向こうのアイスクリーム屋台のあたりでみかんは食うのに夢中になって俺を見失ったっぽいが、まあとりあえず大丈夫だろう。身軽に見て回りたいし。
ということでメイド喫茶とかいろいろな所に飛んで回る俺。
「はぁ……エルフに膝枕耳掻きしてもらえるなんてマジ天国……」
「人間の耳って面白い形してますよねー」
耳掻き研なんていうオモシロ同好会で耳掻きとかしてもらう。
人に耳掻きしてもらうなんて何年ぶりだろう。静岡の母さん元気かなあ。
と。
「あ、あーっ! オノケン先輩!?」
超知ってる声。
……生田が何故かそこにいた。
「う、うわ、生田っ!?」
びっくりして首を上げてしまい耳に耳掻き棒が突き刺さって悶絶。
「何やってんですか先輩……」
「お、お前こそこんな……こんなエルフまみれのところに何の縁が……」
「……いえ、まあ、その」
生田が眼鏡を押して言いよどむ。
そしてその向こうでは武田もいた。
「うおォン! 女子大の学祭だっていうから喜んで来たら何このババア率! どうなってんだよー!」
「お客さん、まだマッサージ終わってないのに!」
後ろから武田に声を掛けてるエルフ。……当然見た目は若い。
「何言ってんだ、武田……」
「いえ、武田先輩にはあの人、50歳くらいのおばさんに見えてるんです」
「?」
「……やっぱりオノケン先輩、エルフ、見えるんですね」
「な、何? どういうことだ?」
「……認識偽装、どうやって解いたんだか……やっぱりあのみかんちゃんですか?」
「説明してくれ」
「こっちが説明して欲しいですよ」
ハァ、と生田は溜め息をつく。
「私の母はエルフです。……オノケン先輩じゃなきゃ頭アレな子扱いでしょうけど、そうなんです」
「はぁ!?」
生田は大真面目だった。
ある校舎の屋上に場所を変え、話を続けることにする。
「お前、耳は?」
ハーフエルフだったら耳は多少特徴が残るはず。少なくとも俺の知ってるファンタジーでは。
「幻影術で消してますけど」
「な、何? 認識偽装とかってのとは違うの?」
「違います。 ……み、見たいんですか?」
「当たり前だ」
「……キモいとか言ったら殴りますからね」
生田はなんだかよくわからない動きで手を動かす。
指の軌跡に光が残る。
みかんの使う謎の歌とはまた違うやり方のようだった。
「……はい」
そして、まるでゲームのバグのように、忽然と生田の耳がエルフ耳になる。
「う、うわ、本当にお前エルフだったのか!」
「半分です! 半分は日本人です!」
「そんなことはどうでもいい!」
力強く言って生田の耳を触る。
生田はピクンと反応した。怯えるように耳を下に向け、目をつぶる。
「そんなことってなんですかっ……」
「俺はこっちの方がいいし」
「…………」
生田の耳が見る見る熱くなる。
「?」
「……せ、先輩、そんな」
「耳が熱いぞ?」
「……あの、そろそろ目を見ようとか思わないんですか」
「目もエルフなのか」
「……はぁ」
耳の熱さが引いていく。顔に視線を戻すと心の底から呆れ果てたような生田の疲れた顔があった。
「ああそうでした。オノケン先輩ってそういう人でした」
「何でそんなトゲのある言い方すんだよ」
「色んな意味で私の動揺を返せこの野郎」
何故かビンタされた。
……あれー?
どうも生田はお姉さんがこっちに通っているらしい。
「お前はなんでこっちにしなかったの」
「……だ、だって、小中高と人間の学校だったから、今さらエルフだけの学校とか怖かったし」
エルフにもいろいろあるようだ。
「……しかし、ハーフねぇ……エルフも人間と子供作るのか」
「そりゃあ、そうですけど」
生田は俺のことをじっと見つめる。
「……オノケン先輩、もしかしてみかんちゃんとかあの上の階の人とか、そういう人たちと結婚したいとか……思ってます?」
「?」
突然何を言い出すんだこいつは。
「やめた方がいいですよ? ……私みたいなハーフとかならともかく」
「何言ってるんだ?」
「……あの人たちは、所詮、別のところに『帰れる』んですよ」
「いや、その……結婚とかそんな話いきなりされても」
「……あ」
シリアス顔で言っていた生田がまた真っ赤になり、視線をさまよわせて眼鏡を押し、プルプル震える。
「……な、何言ってるんでしょうね本当に……」
「少し落ち着け。ナマデンワは緊張するものとはいえ」
「そこで徹底して空気読まないオノケン先輩も大概です」
生田はスタスタと横を通り越し、……いや、通り越す瞬間に。
「言いましたからね」
そう囁いて、出て行く。
「…………」
ぬぅ。
結婚、ねぇ……。
しばらく屋上から下界を眺めていると、空が赤くなる頃になって、屋上にみかんが現れた。
「よ、ようやく……勝手に置いていくなと言うに」
「悪い、ちょっとはしゃいだ」
俺はみかんの頭をぽふぽふ撫で……ようとして、みかんにスルリと手をかわされる。
「?」
「さ、さっきメイキャップ同好会とやらで整えてもらったんじゃ……まあ、ほとんどあのオミズ女にオモチャにされたようなもんじゃったが、せっかくじゃから」
「……ふむ」
よく見ると薄化粧もしてある。
……元々みかんは結構可愛い。髪形も軽く微調整され、そうしてうっすらと魅力を引き立てられると、改めてそれが際立つ。
少し、ドキッとした。
みかんはちょっとあつかましいけど、いると楽しい隣人で、貧乏アパート生活の華やかな賑やかし。
……だとしか思ってなかったけれど。
よく考えたら長い長い時を生き、もしかしたら俺の爺ちゃんより遥かに年上かもしれない、女で。
……結婚も恋愛もできる相手なわけで。
「う、うるさい、お前はいつもの感じで充分だ」
「わにゃー!?」
無理矢理がしゃがしゃ頭をなでて、ごまかした。
うん。何考えてるんだ俺。
(続く)
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