3月14日。
世間で俗に言うところのホワイトデー。
「オープンリーチ、四暗刻単騎」
「オノケン!!」
「うわーオノケン先輩漢過ぎる」
「阿呆じゃなあ」
コーポ島村103号室は色恋沙汰と何の関係もない戦場と化していた。
「ふふふ、引くぜ引くぜ」
西家、家主・小野崎健一(俺)。
「オノケン……ごくり」
北家、三年生・武田信一。テニスサークル「武田ゾーン」主宰。
「これで引いたら神ですね」
東家、一年生・生田和(いくたなごみ)。テニスサークル「武田ゾーン」所属。女子。
「いや当たり牌ワシが刻子で押さえとるが」
南家、隣人・愛媛みかん。ダークエルフ。
…………。
「てめえ!!」
「空気読めよチビっ子!」
「言わなきゃ笑えたのに!」
「あはははは」
本日晴天。日当たりの悪い我が家はそれでも賑やか。
「あー疲れた」
「四暗刻単騎をオープンリーチする馬鹿はおまえぐらいだ」
「いや、マジでいけそうな予感がビビッとしたんだ」
テニスサークル「武田ゾーン」。
大体名前からわかる通りネタ系というか、テニスとは特に何の関係もないヲタ系サークル。
名前の由来は例のこないだ終わったテニヌ漫画。それがビビッとくるような奴は大体お仲間……という寸法だ。
ちなみにテニスもたまにする。年に平均3回ぐらい気が向いた時に。
ちなみに麻雀とか古本屋ツアーとか即売会突撃なんかは毎月のようにやっている。
まあそういう大学仲間だ。
武田は一年の時に同じ講義を取っていて、その縁で俺を引きずり込んだ悪友。
まあ俺の家なんか無料のネカフェぐらいにしか思ってないだろうからいいとして。
「へへー。今日の夕食はオノケン先輩のおごりですね」
「お前は何でそう地味に強いんだナマデンワ」
「アタシをその名で呼ぶなこのクサレ外道」
この一年の生田、一応女子の癖に、毎回のようにこうして男んちに上がりこんで打っていく豪傑だ。
「アタシはなごみ! いくたなごみ! 耳の穴拡張してよく聞け、な・ご・み・で・す!!」
「いやあ、だってなごみっていうとツンデレ専用ゲーでキモイキモイ言ってる人がどうしてもちらつくからさあ」
「一応女に向かってエロゲーと混同発言とかどんだけ病んでるんですかオノケン先輩の脳は!」
「……わかるんだな」
ショートカットにそこそこ洒落っ気のあるフチなし眼鏡、パンツルックがよく似合う、地味めだがわりと可愛い部類に入る女だとは思う。
テニスサークルという看板を真に受けて入ってしまったクチだが、武田のリーダーシップに引きずられて、気づいたらコミケ戦士の素養が開花してしまった可哀相な子だ。
「いいですか。ナマデンワとかもうアタシが小学生の頃に既に通った道です。つまりオノケン先輩は小学生が田の音読みを初めて知った瞬間と同じレベルということです。恥を知れこの野郎」
「どうイジメられたかよくわかるセリフだなあ」
「うるさい負け犬」
「くっ」
この女、麻雀かなり強い。
麻雀ばかりでなくテニスもかなり上手いし、単位がヤバいという話も聞かない。実はなかなかエリート側の人な気もしなくもないが、染まってしまったのはご愁傷様としか言い様がない。
……いやいや。とりあえずその辺の事情はいいとして。
「どうしたのじゃ、健一。どうもさっきから落ち着かんように見えるが」
「い、いや、そんなことはないぞ」
例によってみかんは認識をひん曲げる謎魔法によって、そこにいることすら気にもされていない。
問題は、だ。
「……ううむ。どっちだ……」
生田とみかん。
どっちかが、俺にバレンタインチョコを置いていったはずなのだ。
一ヶ月前のこと。
武田や生田ほかサークル仲間と呑みに行って、俺はうっかり泥酔してしまった。
幸い呑んだのが大森駅近くの呑み屋だったのでタクシーでもそんなに懐が痛くなく、無事に帰ってくることが出来たのだが、どうやら俺はその時に何故か生田に運搬されたらしい。
……いや、武田もその時潰れてたし、正気でしかも俺の家を知っている面子がその時生田(未成年なので、と酒を断固拒否してた)だけだったんだが。
そして二日酔いと共に目覚めると、冷蔵庫の上に綺麗に包まれたチョコレートがひとつ。
……その日が2月の15日だった。俺には縁のない日だったので、前日のイベントをすっかり忘れていたわけだ。
生田からチョコをもらったという奴は誰もいないので、義理を配って回っていたという線はない。
そもそも結構高価そうなチョコ。よほどのリッチマンでもないと配り回れるものとも思えない。
つまり、生田が置いたとしたなら本命……い、いや、なんつーか。
対して、みかんはいつでも俺の部屋に不法侵入している座敷童系ダークエルフだ。
いつ持ってきて置いたって不思議ではない。
だがそもそもダークエルフ。奴に人間一般の色恋沙汰の習慣など通用するのか。
大体奴は何歳なんだか知らないが時々鎌倉時代の話とかしだす。嘘かも知れないが、テレポートとか認識隠蔽とか、あんなマネができる宇宙人に常識などそれこそ適用できない。
そんな長寿の宇宙存在が俺にバレンタインチョコとか渡そうと思うものだろうか。
「ちわー。おーいザッキー、おねーさんがバレンタインのお返しタカりにきたぞー」
「う、ウメさん!?」
「うお、おいオノケン、誰だあの美人」
「……2階に住んでるオミズ系の人」
「あははは、やだなあ、オミズとかいうなよー」
「そ、そもそもウメさんバレンタインの日にはまだ知り合ってないでしょうが!」
「ちっ、バレたか」
……うん。長寿の宇宙存在ナメちゃいかんね。
奴らは立派に文化に染まっている。何の不思議もない。
「というわけで暇ならお店来てねー。こう、ライムちゃんの発案でホワイトデーだからホワイトな液体フィーバータイムとかあって」
「健一!! ドア閉めんか! 脳が低俗電波に汚染されるぞ」
「み、みかんちゃん、あれ攻撃していいよね!? なんか知らないけど、こう、ひのきのぼうとかで」
「あーあーあーバット禁止ー! じゃあ後でねザッキー」
ウメさん、怒涛の如く顔だけ出して出勤。
うん。
実際のところ生田は喧嘩友達って感じで、チョコ出すにしても少し動機が弱い。
みかんは割と懐いていると思うが、ありえなくはないってだけで決定的な物が足りない。
でも。買ってしまっているのだ。
お返しのネックレス。
「……ううむ」
今まで義理の、まんま板チョコとかチロルとかしか貰ったことのない男に、急に本命っぽいチョコを晒すとどうなるかの見本です。
いや、そんな高価なのでもないけど。5000円くらいのシルバーの奴。
でもこれを渡さねばならないのはどっちなのか。浮かれて用意してはみたものの、未だに見極めがつかない。
「うわーオノケン先輩、またエロゲー増やしてる……Norn?」
「気にするなナマデンワ。心の栄養だ。二次元はいつか俺が帰るガンダーラ」
生田が少し声を落として呟く。
「……こんなのなくても本物いるのに」
……むぅ。
これはあれですか、フラグという奴ですか。
武田はウメさんを見送りに、というか吸い寄せられるように外に出ているし。
みかんは……む、ジト目でこっちを見ている?
……くそ、やっぱりわからん。
ちょっと生田の線が濃いような気がするんだけど。
結局よくわからないまま時間は過ぎ、生田・武田と夕飯を食いに出ることになった。
「ワシだけ別とは。ワシだって勝ち組じゃのに」
「だっておまえいっつも俺んちで食い荒らしてるじゃねえか! 帰ったらなんか作ってやるからお前まで俺の財布をガチレイプすんじゃねえよ!」
「ははは、マメだな、オノケン」
「ですよねえ」
ちなみにこいつらへ振る舞う夕食は大森海岸近くのロイホ。
……じ、雀荘で打ったらこんな程度じゃないからまだマシだ。
そう自分に言い聞かせる俺。
そしてロイホで食事中。
武田がトイレで席を立った頃合いを見計らい。
「……ねえ、オノケン先輩」
「あん?」
生田が急に媚びるような視線……を冗談っぽく作りながら、俺に顔を寄せてきた。
「今日、何の日か知ってます?」
……こ、これは。
ついに生田から確証……?
いや待て。落ち着け健一。
ええと、こういうときには焦らず素数を数える……素数ってなんだっけ(生粋の文系)。
いや慣れないことはするもんじゃない。
こういう時はどっちつかずの態度で軽くカマをかけるんだ。
「ん、ああ……そういやあ、そんな日か」
焦りを押し隠す俺。
その俺に生田はさらに唇を近づけ。
「……ちょーっと、期待しちゃってもいいですか?」
「え、ええと」
ま、間違いなさそうな気がしてきたぞ?
……よし。い、いくか。
「で、オノケン先輩。この塩キャラメルアイスの……」
「い、生田っ」
何か言おうとした生田を遮り、俺は生田にネックレスの箱を突き出す。
「……これ……な。その、安物だけどさ」
「……え、えと……オノケン先輩?」
きょとんとする生田。
そこに武田が戻ってくる。
「……ん、なんだオノケン。それは……」
……ちょっとマズいところを見られたかもしれない。
俺はともかく、生田は内緒でチョコを置いていったくらいだ。人に知られたくないのかも。
……と、少し内心焦りながらプレゼントを突き出していると、武田はポンと手を打った。
「……あ、悪い、忘れてた」
「あ、あはは、いいんですよ武田先輩」
……待て!?
もしかして武田にもチョコ渡してたのか!?
あれで義理!? 俺かなり一人相撲!?
と、焦っていると、武田が席につきながらカラカラと笑った。
「生田、誕生日今日だって言ってたっけ」
「ええ、まあ。だから追加でパフェをオノケン先輩にたかろうかなーって思ったんですけど……うー、ちゃんとプレゼントなんて渡されるなんて思わなかったですよぅ」
………………。
待てーーーーー!?
何その話!? 予想GUYにも程があるぞ!?
ほ、ホワイトデーの話じゃないの!?
「はっはっ、ほんとオノケン、意外とマメだなあ。じゃあそのパフェ分は俺が持つわ」
「えへへ、ないす、武田先輩♪」
と、いうことはだ。
「あのチョコはお前の?」
「……な、なんじゃ。ちゃんとプレゼントじゃとわかっておったのか」
みかんは予想以上に照れた顔をした。
「この風習、知ってはおったがなかなか渡す相手に恵まれんでの。その……き、気軽なものじゃぞ?」
「いや、普通は気軽なものなら100円から500円くらいので適当にお茶を濁すんだ」
二千円以上はしそうな高級チョコでそんなこと言われても。
「そ、そこまで気軽ではないというか……まあよい。それで?」
「……す、すまん。そのお返しは、その」
「……みみっちいのう。まあ、美味ければ許す」
丹精こめた手料理しか振る舞えない。だってもう用意しようにも時間がなかった。
「本当は用意してたんだが、勘違いして渡した相手が今日誕生日で」
「それは……取り返しづらいのう……」
くそ、なんてあんな思わせぶりな……。
「……もしかしてそれはあのナマデンワとかいう?」
「そいつ」
「……ふむ。確かに……あやつ、少し怪しいことをゆーとったの」
「?」
「『本物がいるのに』……もしや、と思ってはいたんじゃが」
……聞いてたのか。気まずいなあ。
と思っていたら、みかんはパソコンラックの上に置いてあったエロゲーのパッケをひょいと俺に突き出した。
……「孕嫁さんはエルフ姫 〜押しかけ子作り新婚生活〜」。
「もしかして……え、エルフ見えてるってこと?」
「かもしれん」
……そっちかー!?
『もしもしー?』
「夜はまるまる思いっきり生電話ですか?」
『おやすみなさい』
「き、切るな切るな!! ……その、ちょっと聞きたいことがあって」
『なんですかもー。お風呂入ってたのに』
「……あのさあ、唐突なんだけど。……うちのみかん、ダークエルフだって言ったら……どう思う?」
こういうことを言えば、普通なら「お大事に。黒歴史ノートの作りこみ過ぎは社会生活に障りますよ」とか言うのが生田だ。
が、みかんに限定して、こういうことを聞いてみると、どうか。
「…………」
『……オノケン先輩、見えてるんですか?』
「……なまごみも?」
『貴様そこでアタシの中学生時代の傷をガン掘りするか!?』
しまった。
しかし、初めて会った「見える」人間の仲間。
意外といるのか?
どういうつもりでみかんに「気づいてない」フリしてたんだ?
ちょっと、興味が出てきた。
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