あかりをつけましょぼんぼりに
おはなをあげましょ桃の花
五人囃子の笛太鼓
きょうは楽しいひな祭り
「あかりをつけましょ爆弾に〜♪ ドカンと一発ハゲ頭〜♪」
「おいこらダイナマイト四国。どうしてそんな男子系の替え歌を」
三月三日。世間一般ではひな祭りといわれる日。
つまるところ男で一人っ子の俺には無関係極まるイベントの日に、俺の部屋に突然出現した七段飾りの雛人形。
言うまでもなく隣の部屋に住む自称座敷童系ダークエルフ、愛媛みかんの仕業だ。
「何度も言うが自分の部屋でやれ!」
「ダークエルフの癖に嬉しそうに雛人形飾ってんじゃねえよ! もっとこう、あるだろうほら! エルフ的なエキゾチックイベント! ……とか突っ込んでくれないかのう」
「まずは俺の六畳一間にこたつ置くスペース返してからだ」
ちょっと買い物に行くとすぐに俺の部屋をオモシロ空間に変えてくれやがる。
かといって買い物に行かないわけにもいかず。というかコイツほっとくとチキンラーメンぼりぼり齧るだけで一日の食事にしたりするし。
「チキンラーメンは乾麺で食べる時はCCレモンに限るのう」
「お前は麦茶飲んでろ! 人の買い置き開けるな!」
ああもう。
実際俺もめんどくさくて乾麺とジュースだけでおととしの冬を過ごそうとしたもんだが、栄養失調気味になって母の我が家への武力介入を許した苦い過去がある。
うっかり格納を忘れていたエロゲーたちよ。すまないことをした。
とにかく人は炭水化物のみに生きるにあらず。ビタミンとミネラルも大事だ。
というわけで鍋の材料買ってきたのにこれでは。
「むぅ。今さらどけるのもナンじゃしのう」
「どけろと言うに。どっから拾ってきたんだ」
「三軒隣の尾形さんちの廃棄品じゃ」
「今はゴミ捨て場にあるものも下手にあさると犯罪だからな」
「ちゃんと交渉して譲ってもらったもん」
みかんはしばらく考え込み。
壁を眺めてパチンと指を鳴らし。
「繋げよう」
「待てマジで大家におん出される」
「何、壁だけ一時的に『向こうの星』におん出すだけじゃ。バレんバレん」
一人でうんうん頷いて、両手を広げてスウッと浮き上がり、
「────────────!!」
謎の歌、熱唱。
壁が光って、一瞬だけ緑に満ちた「向こうの星」、つまりみかんたちファンタジー存在の本来の存在座標が垣間見えて。
ぱんつはローレグ。白いタイツとの間の絶対領域じつに良し。
いやそうじゃなくて。
「こたつを置くためだけになんて壮大な事しやがる」
「ふっふっふ、たかがこたつ、されどこたつ。雛人形もたかが人形されど人形じゃ。重要なんじゃぞ」
みかんの部屋である102号室と俺の103号室が連結し、またがるようにこたつを置いてスーパー鍋タイム。ぐつぐつぐつ。
……ちなみに背後ではスペースワープが地味にカシャコンカシャコン動いている。
「ちょいと春菊多すぎではないかのー」
「安かったから。いいから食え、ビタミン豊富なんだぞ」
「苦いのヤじゃー。白菜への代替を要求する」
「食べ物を無駄にすることは俺が許さん。食え。食わないと第二波の鶏団子とウインナーとはんぺんは出さない。無論その後のうどん玉もナシだ」
「横暴じゃー……むぐむぐ」
しかし今冬は鍋率が高い。
あんまり考えないでできるので助かる。何より一人で鍋はわびしくてたまらないが、今年はみかんがいるのでサークル仲間や先輩を呼ばなくても気軽にやれていい。
「ワシが野菜の神様ならば春菊を来年は超高級稀少食材にしてやるというのに……」
「残念だったな」
しかしなんと志の低い野菜の神様だ。
鍋の中身もあらかた片付き、二人してうどん玉の残りを突っつきながら。
「しかしなんだってあんなもん引き取ってきたんだ。置くのも大変だったろ」
俺の部屋で巨大な存在感を放つ雛人形をアゴで指し示す。
すると、みかんはゆっくり立ち上がり、ひな壇の前で背筋を伸ばすと、拍手のように手を叩き。
厳かに、歌い始めた。
「────────……────────…………」
相変わらず、どんな音とも名状しがたい、俺には到底発音できない、舌も唇も使わず喉だけで奏でる歌。
その歌に引かれるように、雛人形から薄ぼんやりした緑色の光が浮き始める。
「健一、これに」
「?」
みかんに呼ばれて近づき、みかんの仕草に導かれて、その光に手を伸ばす。
手が近づくにつれて、暖かで、ギュッと懐かしい感情が胸に湧き上がってきた。
「な、なんだ……」
「良いから」
手が、光に触れる。
フッと気がつくと、俺は身体のない意識だけの存在に成り果てていた。
「なっ……?」
『健一。慌てなくて良い。……ただの記憶世界じゃ』
「記憶世界?」
『自分のものでない記憶の中に、全感覚まるごと潜っただけじゃ。害はない』
「……誰の記憶なんだ」
『人形の記憶……いや、人形に染み付いた、尾形家の人々の想いの世界、じゃな』
最初は声だけだったみかんが、俺の隣に形をなしてくる。
やがて裸の状態でシンボライズしたみかんが、俺の意識に寄り添うように浮かび、目線を合わせる。
それは、ひとつの家族の思いやりの歴史だった。
祖父は、生まれてくる孫のために、男なら五月人形、女なら雛人形を買おうと、コツコツと貯めた貯金を妻に見せ、老舗人形店のカタログを見て真剣に悩んでいた。
祖母は、孫のやんちゃで壊れてしまった人形やひな壇を自らの手で丁寧に繕った。来年も再来年も孫に悲しい思いをさせまいと、丁寧に丁寧に。
父は大き過ぎる雛人形セットの飾りどころに悩みながら、それでも年に一度、娘が近所に自慢できる日だものな、と精を出して家具を移動した。
母は、できれば自分も幼い頃にこんな人形が欲しかったわね、と娘に少し嫉妬した。彼女の幼い頃はまだ貧乏で、雛人形など買う金も置く場所もなかった。
長女は、こんな古臭くて怖いのよりバービーの方がいいと思った。
触って持ち上げて遊ぼうとすると怒られたし、あまり好きではなかった。
次女は、それでも長女のために用意された高価な人形が羨ましくて仕方なく、姉と大喧嘩をした。その拍子に三人官女の一人の顔が割れてしまった。
祖母が丁寧に丁寧に繕った。他のみんなが怒る中で祖母が何も言わずに繕ってくれるのを見て、おばあちゃんの大切なものだったんだ、と、どんな叱責より深く反省した。
祖母が他界して、長女は男とデキ婚で家を出てしまい、次女は地方に就職して、人形は出されなくなる。
祖父だけがその雛人形を時々取り出しては、思い出に浸るようになった。
そんな祖父を時折見て、母は娘たちの少女時代を思う。人形たちの見ていない、春夏秋冬の子供たちの歴史を、いつしか祖父と一緒に、人形たちを手入れしながら語り合うのだった。
そして、祖父も鬼籍に入る。
娘たちに雛人形がいるかいらぬか聞けば、長女は素っ気なく「お古じゃ子供が可哀相だから新しいのを買う」と言い、次女はまだ結婚のあても、ものの置き場もない。
父と母は、名残を惜しみながら、もう役目が終わったんだね、ありがとうね、としみじみ涙を浮かべつつ、人形たちを捨てる決意をする。
そこにみかんが現れて、捨てるならばワシが引き取ろう、と言った。
「……なんつーかさ」
『うむ』
「親の心子知らず、だな」
裸のみかんは、しみじみと目を閉じた。
『人間と人間の間では、想いが何もかも伝わることはない。想っても想っても、決してそれがそのまま伝わってはくれないものじゃ』
「でも、なんだか寂しい話だ」
『そんなものじゃ。……じゃが、それでもこの家族の歴史は続いてゆく。これは人形たちの見た歴史でしかない。いつかどこかで、誰かがこの思いやりの最後のひとかけらを手にするかもしれん。そこからまた、何かが始まるかもしれん』
「気長にも程があるな」
『それが歴史じゃ。不器用で愚かだからこそ、時に何よりも面白い、人間の歴史の刻み方じゃ』
みかんは目を開き、微笑んだ。
『とりあえず、お主はひとかけら受け取った。ほれ、ワシが拾ってきたこと、無駄ではなかったじゃろ?』
「ハメられた。捨てられないじゃねーか」
「ふっふっふっ。明日からワシと引き取り家庭探しじゃな」
「くっ」
やられた。まんまと巻き込まれた。
……でもそんなみかんの強引さは、決して不快ではない。
俺ならこんな話にまんまと巻き込まれてくれる、と信用してくれたことは、決して不快ではなかった。
「おー、ひな祭り! 私も混ぜなよ若人ども!」
そんなしんみりした雰囲気に、バーンと乱入してくる仕事帰りの風俗エルフ。
「ウメさん!?」
「な、貴様2階の!」
「やあザッキー、今日も暇だったよ意外と! エルフのわかめ甘酒とか特別サービスしてたのにさっぱりでねー」
「け、健一、こんな低俗な白いのと付き合うでないぞ」
「あー」
ちょっと後ろめたいです。
「というわけで余った甘酒持って来たよー」
「……ぬぅ、ウメさんの出汁入り甘酒……!」
「いや入れてない入れてない。最近衛生管理厳しいから再利用なんてそんなこと……」
「やろうぜ!」
「健一! な、何を言ってるんじゃ!!」
金の屏風に映る灯を
微かに揺する 春の風
少し白酒 召されたか
赤いお顔の
「こんなもので健一を酔わせてどうする気じゃ! ええい!」
「うわ、一気!?」
「あははー、ちっちゃいくせにやるわねー」
「……ふにゅう」
「うお、一杯で倒れた!」
「よし残り頑張ろうザッキー!」
「いや介抱しようよ!」
「……うゆゆゆ」
……右大臣。
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