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「つまりね、今の聖獣……ブレイクコアちゃんは、それこそスライム。全にして一。本来こういう回復力過剰の生命っていうのは重要なところにエネルギーが偏り、回復力も多量に必要とする。そして磨り減りやすいところはそもそも磨り減ること前提で、ちょっとした力ですぐ回復できるように、性能が偏ってるの。でも無限の回復力があり、全体に脳も脚も口も内臓も分けたい放題分けちゃったこの子は別。多分……どこもかしこも均等にエネルギーが分配されるわ」
「……ええと?」
「逆に言えば、全体の体積と形状から再生エネルギーの送られる量が逆算できる。どこかを大きく傷つけたとき、異物を飲み込んで維持している部分があるなら、そこからのエネルギー量が滞るわよね。あとは三角測量の要領で場所を特定すればいい、ってわけ」
「……む、難しい」
俺が弱音を吐くと、ディアーネさんは呆れ顔。
「難しくない。要はあっちとこっちに立って音を聞き、聞こえた方角を二点で特定することで発生源の場所を絞る。ただそれだけだ」
「なんとなくはわかるんですが生命エネルギーとかその辺が……」
「そうなのよね」
ヒルダさんは少し困った顔をした。
「概算でいいから全体の体積の偏りを計算できればいいんだけど」
「…………」
俺たちは顔を見合わせる。
つまり、この肉の山を俯瞰して、どこが凹んでるとか盛り上がってるとか、全部見切らなきゃいけないわけで。
マイアがドラゴン体になり、天井ギリギリまで首をもたげる。
その上にボナパルトのおっさんとセレンが乗って、体積特定作戦が始まった。
「向こう端は首が出ているな。原型なのだろう、おそらく4.8……いや5mはある」
「はいはい、と……ここは凹んでるんですよね」
「うむ。深さは50cm、丸い皿状だな。直径は7m」
ボナパルトのおっさんの右目は、視力がいい上に特殊な性能がある。
「空間を見切る」という奴だ。
これは幻影や結界を視覚的に常に看破できる他に、対象までの遠近の把握や目分量での大きさ、長さ計測がほぼ正確にできる、桁外れの空間把握能力でもあるらしい。
「……あの目を持ったボナパルト殿には、もうクロスボウでのつるべ打ちで倒すというわけにはいくまいな」
ディアーネさんが嘆息する。
まあそういう、卓越した剣士に持たせると恐ろしい、地味だが強力な性能だった。
そしてセレンはスケッチ係。旅装としてディエルんちで拝借したマントの裏地に、鳥瞰図で肉の海を描いている。
……マイアに踏み台役をやらせたのは単にライラよりドラゴン体が小さかったから。部屋の七割を埋めているだけあってライラでは端っこを踏んでしまいそうだったのだ。
「でーきまーしたー」
約30分でスケッチは完成。
そこからエネルギー量の試算を始めるヒルダさん。
「思うんですけど、人一人分を飲みこんだっつったってそれほど違うもんですかねえ」
「こんな肉の海に飲み込まれて『生きてる』って言ったニセモノ君の言い分を信じるとね。ここを離れて今まで何日外にいたかは知れないけれど、取り込んだ人を生きたままにするには、それなりのエネルギーの割り振りがあるはずなのよ。消化するにしろ、何らかの理由で生かし続けるにしろ、肉の体積が減っている分以上に何かのエネルギーが使われているはず」
「戦争では、敵兵は殺すより半殺しにして逃がした方が、介護者の分だけ敵は戦力を多く削がれるという奴だな」
「ディアーネさん、その例えもどうなんでしょうね……」
血と肉と色々アレな肉塊を見ないようにしつつげんなりするアップル。
「大体は合ってるわよ。……もしそうでなかったらニセモノの彼が嘘つきか、ディエル君がよほどタフで、取り込まれた後に床に穴でも開けて逃げたか。どっちにしても遠慮なくライラちゃんがやっちゃっていいってことよね」
「ほほ。任せておけ」
ライラが腕組みをしつつ胸を張る。
……スラスラと規格外の聖獣対策を作っては実行していく俺たちを見て、ゴルクスが少し不安そうな顔をした。
「……なあ、アイリーナ。私たちは下手をすれば軍隊より恐ろしい人々に手を出してしまったのではないかという気がしているのだが、どうか」
「さてな。……少なくとも、処刑だの追放だのと恨みを買うような真似をしなくてよかった、と、喜んでおくべきではないのか?」
アイリーナの言にクリスティも頷く。
「期せず、ディエル……のニセモノさんに仕掛けられたとおりの展開になったわね。……ここで聖獣をなんとかできれば、少なくとも……私たちの氏族のエルフは、彼らに森羅万象を背負う価値ありと認めるでしょう」
だといいけどな。
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