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 夜。
 その結界の瞬間移動とやらで、聖獣がいるという「赤の氏族」領に連れ出された俺たち。
 もちろん外との交流を拒み、滅びに瀕した部族の集落に、宿屋や店なんてそうそうあるわけもない。ディエルの館に厄介になることになる。
「しかしなんで聖獣を倒さなきゃいけないんだ?」
 俺は客間のベッドに腰掛け、その辺の事情に察しがつきそうなオーロラやアップルに聞いてみる。
「聖獣……わたくしの伝え聞くところでは、ドラゴンと同じくらいの大きさの一角馬と聞きます」
「私が聞いたのだと羽根もあるとか。あと足も6本あるとか」
「知能も高く、不死身といいます」
「……いや、姿とかはともかく、なんでディエルがそれを倒して来いと言うのかがわからない。だってそれ聖獣だろ?」
 聖獣。
 魔物と同じく「気」の流れが生んだ、生き物の変異体。
 理性を失い、時に我が身を省みぬほどに破壊衝動に従う、狂気の申し子たる魔物。それとは全く逆に、知性を発達させ、魔物のように大量発生はしない代わりに、その土地の気の流れの影響下にいる限りほとんど不死不滅という反則的な連中だ。
 その知性の高さから、国家や宗教、土地の守護獣として崇められていることが多く、土地の者が聖獣と敵対することはまずない。……だって絶対死なない奴相手に喧嘩売るとかありえないし。
 が、ディエルはそれをブッ倒して来いという。
「可能性としては、死なない相手だからこそ……というのは、あるかもしれません」
「だからこそ、って?」
「聖獣は不滅ですが、その強さもひとつの指標になります。我々の力で仮の死でも与えられるというならば、確かに我々が口ばかりでないという証明にはなるでしょう」
 ディアーネさんが頷いた。
「それと、聖獣が『光の精霊』とやらの代行者なら、それと腕比べをすることは一種の神事、イニシエーションなのかも知れない」
「イニシエーション……通過儀礼、か」
 つまり聖獣を旧来の保守的な氏族長になぞらえ、俺たちを革新派の氏族長の代行として代理決戦することで、あくまで部族内に禍根を残すことなく、時代の流れを知らしめようということか。
「それにしたって罰当たりな」
 俺がそう言うと、横で聞いていたセレンが苦笑した。
「前から思ってたんですけど、意外とアンディさんって信心深いですよね」
「そ、そうか?」
「はい。魔物の肉食べられなかったり、教会のお塩でそれがコロッと食べられたり」
「だ、だって……なぁ」
「私たちハーフは、あんまりそういうの、ないんです。神様が味方してくれたこと、ないから。あんまり罰当たりとか気にしなくていいと思いますよ。……世の中罰が当たった方がいい人ほど結構幸せに暮らしてるもんですし」
「……うーむ」
 セレンの口調は穏やかだが、言ってることはシビアな人生を感じさせる。
 まあ確かに、割り切っていいものかもしれないけど。
「でもさ、そういうものでもないと思うんだよな……」
「?」
「神様が罰を当てるとか、当たって欲しいとか、そういうのじゃなくて。……そういうのとは別に、神様がいないって考えたくはないなあ」
「そうですか?」
「……神様に感謝するってのはさ。自分が幸せなことを誰かに感謝するってのは、大事なんだ」
 俺が今生きているのは、間違いなくみんなのおかげだ。
 そして俺が好きな人に囲まれていられるのは、多分神様のおかげ。
 これをタイミングとか必然とか俺の魅力とか精力とか、とにかく俺自身の手柄だと思おうと思えば思える。
 だけど、俺は、そう思うのは嫌だ。
「自分が幸せでいられるのは、生きていけるのは……あるいはいつか幸せになれるのは、自分の手だけじゃなくてもっとたくさんの、神様や、仲間や、親や祖先や、もしかしたら名前も知らない誰かが祈ってくれたおかげだと思いたい。俺が愛したことや、必死になったことや、口に出すことも出来なくて噛み締めた言葉は、それでも誰かが覚えてくれてると思いたい。……世の中ってのはそうやって編まれて、いつか届くものだって、思っていたい。自分が一人でいると思うよりも、そっちの方が嬉しいじゃないか」
「……そう、ですか?」
「ああ」
 俺のちっぽけで甘ったれた観念なんて、もっと長生きをするセレンや他のみんなには馬鹿げた言葉にしか聞こえないかもしれない。
 でも。
 俺は幸せでいることを権利だなんて思ってない。
 幸せになれたことを当然なんて思ってない。
 きっとたくさんの人や、どこかで見ている神様が、俺やセレンやアップルや、みんなが幸せになれることを願ってくれたから、俺たちはここに来れたんだと思う。
 そして、そのことにいつも感謝して。
 そのことを信じるからこそ、絶えることなく願い続けて、努力しようと思える。
「……そうだな。アンディの言う通りかもしれない」
 しみじみとアンゼロスが頷いた。
「だがそれだと聖獣と戦うなんてできなくなるぞ」
 ディアーネさんが困った顔をする。
 ……いや、だからこそ考え込むわけです。
「どういうつもりなんだ、アイツは」
 赤の氏族長、ディエル。
 本来なら聖獣や光の精霊に、敬虔であるべき北方エルフの幹部。
 ……奴は、何を考えてるんだ。


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