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「氏族会議をここに開くことを宣言する」
 小結界から抜け、森の奥に向かうこと一時間。
 高くそびえる木々の上、約50メートル(木の幹に杭を打って作った螺旋階段で登った)で、枝や木ごとにいくつかの足場に分かれて向かい合い、会議が始まった。
 卓はない。書類もない。目の前にあるのは、各氏族の名代の顔だけだ。
「赤の氏族の長、ディエル」
「ここに」
 若い長衣の男がゆっくりと礼をする。
 聞いたところによると、赤の氏族は確か銀と並んでトロットとかと接する地域の部族のはずだ。昨日来たアイリーナとゴルクスは赤の氏族領経由で人を出しているというし、立場は彼女らに近いのだろうか。そうだといいな。
「白の氏族の長、アイリーナ」
「これに」
「橙の氏族の直系、ゴルクス」
「こちらに」
 昨日の二人は偶然なのかなんなのか、俺たちのすぐ近くの足場で並んで立っている。礼をした後にアイリーナ女史はこちらに軽くウインクを飛ばしてきた。
「桜の氏族の直系、クリスティ」
「はい」
 穏やかそうな感じのエルフの女性がたおやかに手を胸に当て、返事をする。
 彼女もアイリーナ女史と同じ足場に立っていた。仲は良さそうではある。
 ……ここまでのエルフはあまり氏族長というイメージではなく、若手という感じだった。もっとも、あの700歳超えだというディアーネさんの兄のカルロスさんだって見た感じは若かったのだから、どこまで目分量が利くかわかったものではないけど。
 そして、ここからは見た感じから既に60代以上という感じの爺さん婆さんたちだ。
「金の氏族の長、オリバー」
「おるぞ」
「紫の氏族の長、アルマ」
「おお」
「青の氏族の長、ボイス」
「ここに」
「緑の氏族の長、シャキール」
「来ている」
 そして、最後に。
「そして我、銀の氏族の長ガストの名において、空色の氏族の直系、オーロラの請願を受けよう」
「ありがたく存じます」
 オーロラは優雅に礼をした。
「して、空色の姫。今一度確認しよう。今回の召集は、我らの領地防衛と青竜マイアの救出活動に対する詮索ということで相違ないな」
「…………。よろしいですわ」
 詮索、とはいやらしい言い方にしてくれたものだが、間違いではない。
 オーロラは眉をひそめつつも頷いた。
「元より、我ら銀の氏族は領地の背に青竜の居城、ミスティ・パレスを抱えておる。パレスそのものは結界外だが、それ故に我らは彼らを結界の防衛協力者として仰ぎ、竜の育成に一役買っておる」
「……。曲がった教育であったことは認めますか?」
「我ら銀のフェイザーが、教育担当者として未熟であったことは認めよう。しかしその部族に対する忠誠は現時点で未だ間違いを犯してはいない」
「……なんと?」
「彼の力の未熟ゆえに、竜の力を仰がざるを得なかったことはフェイザーの弱さであろう。だがその力をもって、外敵を排除に当たったことは何の歪みでも、間違いでもない」
「……!!」
 何を言っているのかよくわからない。
 というか実は、この会議はエルフ語で交わされているので、同時通訳をアップルに頼んでいる。
 さすがに矢面のオーロラには頼めないし、アンゼロスはエルフ語がカタコトだ。
 しかし、銀の氏族長ガストが言っていることは本当に理解しづらい。
「が、外敵?」
 どこに外敵などがいた?
 襲われたのはエルフ的には貴人であるオーロラ、記憶喪失のアップル、そして足腰役立たずの怪我人である俺だけ。
 どこから見たって拡大解釈、歪んだ世界観で勝手に敵認定した上での凶行だ。
「ふむ。つまりあのジジイ、そこなハーフエルフを悪人としてこねくり上げるつもりだな」
「うわ」
 すぐ隣に気配もなくアイリーナ女史が飛び移ってきていた。
 聞きとがめたか、銀のガスト翁はアイリーナ女史を睨む。
「白の。何をしておる」
 アイリーナ女史はローブの袖で嫣然と口元を隠して微笑み、澄ました声で答える。
「客人がわらわたちの言葉を解せぬというのに、放って置くのもまずかろうて。何、どうせそなたら銀への詮議、わらわがどうしていようと大したことはあるまい?」
「…………よかろう。全く、ヤンめ、厄介な小娘に押し付けおって」
 あえてジジイ呼ばわりには触れないようだった。建前を使い分ける会議の席、どうせ傍観しているだけの俺への説明などに憤って薮をつつくことはないと踏んだのだろう。
「……仲悪いの?」
「は、仲良しこよしならわらわたちが動く必要などなかろ。あのジジイが結界閉鎖化の急先鋒。ゆるやかな滅亡上等、純血と純潔にこだわる保守派というものよ」
 続いて、ゴルクスも俺の足場に飛び移ってきた。
「……お察しの通りです。彼ら保守派と我々は、ここのところ氏族会議のたびに噛み合わず」
「ま、純粋さを失えば取り戻すことは出来ぬ……という言い分もわからなくはないが。果たしてお仕着せの純粋にいかばかりの価値があろうな」
 人間族の標準語ならガスト翁も反論しない姿勢なのをいいことに、二人は言いたい放題だった。

「外敵とは我らの道連れであるハーフエルフのことを言いますか」
「無論」
「そのような事実などありはしません。失礼ながら、ただの狂乱したフェイザーの凶行にこじつけているだけかと」
「さてな。……何故事実がないと言い切れる」
「?」
「空色の姫、そなたはその混ざり物のことをどれだけ知っている。増して聞けばその混ざり物、過去の記憶が曖昧だというではないか」
「く……!?」
「我らは、少なくともその女が覚えておらぬ15年を把握しておる」
「その15年に、外敵たる証拠の事件があると申しますか」
「さてな。少なくとも……我らに森を開かせる狂言程度は、疑っておる」
「!?」
「考えてもみるがいい。的を違える程度の弓手が、どうして森を守れよう。あの時は人間族を撃ってきたと若い衆は自慢しおった。いくら彼らが若いとはいえ、どこでも爪弾きとわかっている混ざり物を射殺しても森の利益としては何の意味もないことはわかりきっておる。むしろ……」
 ニヤリ、とガスト翁は笑った。
「異種族どもにとってはその混ざり物は、自ら喧嘩を仕掛けたにも関わらず、森の際でぼんやり、うろうろしている間抜けなエルフ族に見えただろうて。復讐のつもりでそれを撃ち……何の拍子か助かってしまったそやつをさらに利用して、我らに威圧的交渉を仕掛けてくる……などという真似は、浅ましい人間族にはたやすかろう?」
「え……」
 アップルが、目を見開く。
 いかにも、ガスト翁のいう筋書きには説得力があった。
 そう。人間族は、ハーフエルフとエルフの区別なんか、ほとんどつきはしないのだ。
「お、お待ちなさい!」
「無論、我らとて確証は持っておらぬがな。人間族にその程度の利用をされること、何の疑問にも思わぬ証、その首にあるものでは不足かな? 紫のルナリスの娘、捨てられしアップルよ」
「……え……あ……」
 首には、古ぼけた首輪。
 俺との約束の、俺のものであるという証の首輪。
 空白の十五年間。未だに思い出せていない俺への思いが詰まったそれは。
 アップルが突拍子もない状況にいて、突拍子もない決意をしても不思議でないことを示してしまう傍証だ。
 首輪など、普通の女がありがたがる物ではない。
 それほどまでに思い入れていたなら、もしも記憶が戻ったとしても人間の味方をするはず。
 北方エルフにとって有利になるであろう状況の記憶など押し隠して、これからも人間族のために悲劇の偶像であり続けるだろう。
 エルフにとってはそれだけあれば外敵として充分だ。
「っ…………」
 俺でさえ思わずゾクッとしてしまう説得力が、ガスト翁の筋書きには存在する。
 そして真偽を確かめようにも、アップルが首を縦に振ろうが横に振ろうがガスト翁の憶測を否定することにはならない。アップルに「隠す理由」があることまで言い添えられてしまっては、どうにもならない。
 これは、厳しい。
「く……っ」
「空色の姫よ。疑わしきは罰せず、とは、確かアーカスの格言だったかの?」
「残念だが、この北の森の楽土を守るに、それほどお人よしでは務まらぬことくらいは理解してもらえるじゃろう」
「ここまで疑わしくば、銀のフェイザーが討ちにかかる大義には充分」
「そして銀の小僧が、手元より失った仔竜を、なりふり構うことなく取り戻すのも、仕方あるまい」
 ……ヤバい。
「老人たちが勢いづいているな」
 絶句してしまったアップルに代わり、通訳をしていたアイリーナ女史が目を鋭くすがめる。
 このままじゃアップルがそのまま裏切り者として処断されることさえ……。
 くそっ。だけど俺はエルフ語できないし。
「どうする、アンディ……どうにかして逃げるか」
「おい、えーと白いねーちゃん、き、協力は……してくれるだな?」
「アイリーナだ。残念だが逃げて逃げ切れるものではない。ここは古代結界内、空間はある程度自由にされてしまうもの」
 アンゼロスとジャンヌの案は確かに現実的じゃない。だいたいどこにいけば出られるかさえ見当もつかない。
「じゃあ戦う」
「マイア、落ち着くのだ。氏族会議に楯突くならば聖獣が黙ってはおらん」
 マイアも安直な案を出してゴルクスになだめられた。
 ……くそ、どうする。

「君の意地はそんなものか、オーロラ十人長」
 背後で、低く穏やかな声がした。

 ギョッとして振り返ると、ゴーグルをつけた大男。
「お、おっさん!? どうやって!?」
「おはよう、青年。……エルフの皆さん、お邪魔している」
 氏族長たちもさすがにギョッとした。
「何者だ、人間」
「通りすがりの旅人だ」
 いつものように飄々と言い放つボナパルト卿。
「ついでに……そこの十人長たちに少し指導する身でもある」
「……ふざけたことを。誰か、奴を縛り上げろ!」
 ガスト翁の声で数人のエルフが飛び出し、次々に矢を放つ。無力化してから縄で縛る気か。
 ……意味無いのに。
「そういきり立つな、エルフたちよ」
 おっさんは最小限のフラフラした動きで全部回避。
 そもそも避けているようにすら見えないのがこのおっさんの凄いところだ。
「くそっ! 当たれ! 当たれっ!!」
「頑張るね。しかし正当防衛という言葉があってな」
 おっさんは矢を放ちまくるエルフたちにフラフラと近づいていき、一人ゲンコツで殴打。
 木の幹にめり込むエルフ。
 動揺が走る。
「全員やるのは面倒だしかわいそうだからそろそろ撃つのはやめてくれるか」
 おっさんが言うと、エルフたちが怯む。
「怯むな! 人間の一人如き……人質でも取れば」
 ガスト翁の首筋にスルッとかかる白い手。
「ほほ。……あまり五月蝿いと鼻がムズムズするタチでの。うっかり森の一つくらい丸焼きにしてしまうかも知れん」
「ひ……誰だ」
「そこなアンディ・スマイソンの乗騎、黒竜のライラ。……やってくれるのう、エルフよ。梃子摺ったぞえ?」
 背後にゆらりとドラゴン体をチラつかせながら、ライラがペロリと長い舌で舌なめずりする。
「折角の会議だ。話し合いで行こうじゃないか」
 すぐ近くの枝の上に、ディアーネさんとヒルダさんがいた。ヒルダさんが嬉しそうに手を振ってる。
「ダークエルフ……!?」
「森が穢れる、排除しろ」
「奴ら一味だぞ、どうするのじゃ」
 慌てる老エルフたち。
 アイリーナ女史は寸時ぽかんとして、それからクスクスと笑う。
「無理よ。この女一人でも、きっと銀の領地全員かかったって止められない」
「……何……?」
「セレスタの『戦神』よ? この前の戦争を決着させた、ダークエルフの切り札」
「なっ……!?」
「どういうことじゃ……結界はどうした」
「戦争……戦争なのか、ついに」
 右往左往する氏族長たち。
「久しぶりね、ディアーネ」
「……氏族会議にいるということは、氏族長になったのか、アイリーナ」
 ……知り合いっぽい。
 突然の仲間たちの登場にぽかんとしていると、アンゼロスが背中を叩く。
「え?」
「雰囲気が変わった。ここからなら、お前の戦いだ」
「……お、俺の?」

 ああ。そうだ。

「……そうだな」
 俺と同じく急展開に呆然としているオーロラを見る。
 そうだ。
 俺のすべきことは。
「まだだ、オーロラ」
「え……」
「お前は正義を貫きたいんだろう。エルフに正義があると信じてるんだろう」
 ならば。
「相手の口がうまいぐらいで立ち止まるな。証明が出来ないくらいで騙されるな。わからなければ信頼しろ。自信が欲しけりゃ振り返れ」
「アンディさん」
「まだお前の戦いは終わってない。始まってさえいないだろう!」
「……はいっ!」
 オーロラは振り返る。
 凛とした、獅子の闘気を呼び戻して。
「銀の氏族長。妄想の果てに他人を殺すのが北の森のエルフの流儀なら、この森は魔物しか生まぬ魍魎の牢獄ですわね」
「な、何を……」
「呑まれる所でしたわ。真におぞましきは己しか認めぬ偏狭さ、それに理論武装して自他ともに騙す狂気。いもしない詐欺師に騙されて何もかもを悪意に見立てるその心、命育む森の善意をどう捻じ曲げて食い散らしたことやら」
「無礼な……そ、空色の氏族、破門決議を!」
「お黙りなさい、浅ましく愚かしく醜いと常日頃あなたたちが罵る人間族は、騙されても裏切られても立って生きる強さを持っています! あなたたちが自分を高貴と錯覚するのはあなたたちが清いせいではありません、その醜ささえ森の優しさに受け止めてもらって水面に映らぬだけとなぜ気づかぬか! 自ら優れ、優しく正しいと思うならば大手を振って日の下に躍り出なさい! 堅固な森と光の精霊に背を守られねば正義一つ言い張れぬ者に、何の尊さがあろうものか!」
 居並ぶ老人たちを圧倒し、オーロラは決然と叫んだ。
「森と光の精霊の寝所を、楯に使うな! 鎧にするな! あなたたちはそれらの守り手でしょうに!」

 しんと静まる、巨木の上の広場。
 その真上の枝に立ち、見下ろしながら、ゆっくりと彼女は口を開いた。
「アップルを撃ったのは、銀の氏族のエルフです。光の精霊に誓って」
 セレンが姿を現す。
 ようやく、仲間たちが揃った。


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