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「ほほ。マイア、あれが交尾じゃ。男女にとって一番の愛のぶつけ合いじゃな」
「……あのエルフ、ほとんど失神してる」
「意識がなくなるほどの快楽……まあ、オーロラが言うほど交尾に慣れていないというのもあろうが」
「……そんなに、気持ちいいの?」
「さてな。あの娘にとっては、気持ちよかろうな」
 ライラはマイアと一緒になって覗きをしながら、わざとそっけなく言う。
 まだだ。まだマイアは興味を持ち始めただけ。釣り上げるのはもっとガブッと噛んでから。
「ライラ様は、しないの?」
「しても良いのじゃが。今日はオーロラとアンゼロスの番のようじゃてな。ほほ、我も所詮はあの男の飼い猫の一匹に過ぎん、あまりねだりすぎると困らせてしまうでな」
 マイアは不思議そうにライラを見上げる。
「……ライラ様にとっては、あまり交尾って面白くないの?」
「面白い……かどうかは別じゃが。少なくともあの男が我の体に夢中になり、貪るように抱き締められ、種付けされるのはこの上ない幸福ではある」
「……わからない」
「ほほ。小娘には少し難しいかのう」
 マイアをとりあえず突き放す。
 どうせアンディやライラの近くで生活すれば、いくらでもこんな場面に出くわすことだろう。
 焦らずじっくり、アンディ好みの変態娘に傾けていく。
 この気難しげな氷竜が我慢できずに半泣きでチンポを求める。そんな瞬間を演出しようとライラは思う。
「ほれ、今度はアンゼロスじゃ」
「…………」
 さっきまでとは打って変わり、なにやら本当に幸せそうなアンゼロスと、素直に欲情したアンディがイチャイチャイチャイチャと睦言を交わしながら、甘え合うようなセックスに変わっていく。
「……さっきと違う」
「ほ。アンディも相手によって色々な犯し方をするからの」
「……アンゼロス、嬉しそう」
「あやつも本質的には甘ったれじゃからのう。そこを満たされているのじゃろうて」
「…………」
 さっきのオーロラの時よりも、マイアはじーっと見入っている。
 ピンときた。
「……羨ましいのか?」
「わ、わかんない」
 ふるふると首を振り、マイアはそれでもじーっとアンゼロスとアンディの抱き締めあったイチャイチャセックス、くだらなくて嬉しそうな罵り合いをじっと見ている。
「ほほ」
 ライラと違い、マイアはそういうベタベタしたセックスこそが羨ましくてしょうがないらしい。
 ライラの場合、男にしっかり手綱を握られ、屈服させられ、たまに褒めてもらうぐらいがちょうどいい。それはライラが昔から(ドラゴンの共同体内でも)並外れて力があったからに他ならず、潜在的にあったのはそんな「強い自分」を気にせずメチャクチャにしてくれる男が欲しかったという願望である。
 が、そもそもマイアは大事に「保存」されるばかりで「愛でて」もらったことがないのではないだろうか。
 今、アンゼロスがそうしているように、全力で愛情表現されたことがなく、させてもらったことがなくて、そんな全身表現に飢えているのではなかろうか。
「マイア」
 ライラはマイアをそっと引っ張る。
「…………」
「あんな風に、愛して、もらいたいのかえ?」
「わかんない。だって私、あいつのこと知らないし、あいつも私のこと何も知らない」
 ライラは詰まった。
 言われてみれば、ただ性欲を満たしたいだけの場合と違い、愛情に飢えている場合は……ただセックスしてみろ、とけしかけるわけにもいかない。
 これは、本人が誰かの愛に飢えていると自覚しない限り難しい。少なくとも好きになれる相手が目の前にいない限りは。
 だが、どうもマイアはそんな風に愛し合う関係に思い当たることさえなく、今まで生きてきた気配がする。
 彼女にあるのは、頑迷で、現状維持を旨とする北方エルフに囲まれる生活。
 ここで何も体験することなく今までの生活に戻っても、このままあと数百年は同じ日々が続いてしまいそうである。
 それは、不憫な気がした。
 男を愛し、甘えることも甘えられることも甘美と知っているライラは、そんな「知る」機会に欠けた生活をする小さな竜に憐れみを覚えていた。
「……ならば、予行練習をせんか?」
「?」
 さっきまでの悪戯したい、仲間に引きずり込みたい邪念ではなく、むしろ親切な気分になって、ライラはマイアの額に指を突きつけた。
「幻じゃ、害はない。……じゃが、こんなにも心地良いことがあるのじゃぞ?」


 マイアは意識を失った。
 いや、幻の中に一瞬で落とされた。
「ライラ……様……?」
 暗黒の空間をゆっくりと落ちながら、マイアは不思議と、少しワクワクした気分になる。
 幻影魔法での疑似体験というのは記憶やイメージの共有である。
 つまり、心の共有。
 ライダー持ちのドラゴンがどんな心持ちでライダーと接しているのか、それを体験させてもらえるのだ。
 ライダーとはドラゴンにとっては憧れの存在である。
 自分の全てを委ねられる相手。無意味なまでの強大な力も、虚無感も、なかなか弱者を理解できないわがままな性根も、全て担ってくれるパートナー。
 ドラゴンは強すぎて、生きているだけで周りの全てとぶつからずにはいられない。その破壊の罪悪を、そうでない者が生涯に渡って分け持ってくれる、どうあっても力の権化と連れ添ってくれるという誓いは、身じろぐことすら自制する心持ちでようやく周りと折り合うドラゴン族にとっては何よりも甘美な約束なのだ。
 それを手に入れるということがどういうことなのか。
 そんな相手がいるというのが、どんな気持ちなのか。
 マイアは、それにこそ憧れていた。

 気がつくと、マイアは裸で寝そべっていた。
「…………」
 幻影だというのはわかっているので、じっと待つ。
 すると、すぐにマイアの前にアンディが現れた。
 これから、いつもライラとしているように、まぐわうのだろう。
 そういう意図の幻影だと理解していた。
 が、目の前のアンディはマイアの手を引き、起き上がらせると、じっと目を見た。
「……お前さ」
「?」
「なんで、寂しいって一言言えない?」
「……な、何。私は……」
 思わず口を尖らせてしまう。
 その時、ようやくこれがライラのセックスの追体験ではなくて、自分が好きに動けるということを知った。
「ライラ様!?」
(ほほ。それが、我の知る「ドラゴンライダー・アンディ」じゃ。存分に喧嘩し、暴れ、甘えるがいい)
 ライラの心の中のアンディを、幻影の中で出す。
 そこで予行練習をしろ、ということだ。
 目の前にいるその男は、ことによってはドラゴンと力の契約すらして、ドラゴンライダーになってくれる。
 そんな男が現れて、甘えていいと言ってくれる快感。
「……っ」
 それだけで、マイアはぐらりと傾く。
 思っていたよりよほど恐ろしい幻影だ。そんな相手が目の前にいる。マイアのために、ライラでなくマイアを甘えさせてくれる。
 なんという誘惑か。
「で、でも、私はお前のことなんか何も知らない!」
 マイアは思わずグラつく自分を押さえつけ、自我を保とうとした。
 ライラの身で、アンディに甘えている心を追体験するならいいのだ。
 だが「マイアが」、氷竜の端くれが、ドラゴンの正義を握るドラゴンライダーとはいえ、誰ともわからない男にいきなり甘えられるわけがない。
「俺は知ってる」
「!?」
「甘えん坊で寂しがり屋で、いつも誰かに見つめていて欲しいくせに口が裂けてもそんなこといえない世間知らずの小娘だ。あとちょっと空も飛べて息が冷たい」
「……そ、それだけで私の何がわかったつもりでいる!」
「してほしいこと、かな」
「……な、なんだっていうんだ」
 頑なに身を抱き締めるマイアに、アンディはにっこり笑って、髪を撫で、その頭を自らの胸に押し付ける。
「ちびっこで小娘なんだからそんなに気を張るな」
「お、お前なんか一口で食えるくらい本当は大きいんだぞ」
「だろうな。でも俺には素直なくせに突っ張ろうとしてる小娘にしか見えない。ライラに逆らう気なんか全然ないくせに、優しくされて自分がふにゃけるのが怖いから突っ張ってるだけにしか見えないぞ」
「……そんな、こと」
「そーいうのも可愛くていいけどさ。……して欲しいことは自分で言わないと、お前みたいに無意味に強い子って、いつまでも置物だぞ」
「そ、そんな……こと……」
 フェイザーのことを思い出す。
 フェイザーは結局、マイアのことを何もわかろうとしてくれなかった。
 マイアは、自分に何もかも教えてくれたフェイザーなら自分のライダーになってくれるものだと思っていたのに、契約の話を持ち出した途端「マイア様に命令など、責任が重過ぎることはできません」と言い切って、勝手にドラゴンナイトの礼を取ってしまったのだ。
 心の底から失望した。
 結局、その時でさえフェイザーはマイアのしてほしいことを理解しようとする努力をしてくれなかったのだ。
 ドラゴンは強すぎる。強すぎるから、先回りするか追従するかでしかみんな応えてくれない。
 何でも食いちぎれる牙の目の前で、目を合わせてくれる相手はとても貴重なのだ。
「お前はさ。自分で思ってるほど突っ張りきれてないぞ」
「う、うるさ……」
 アンディの胸の中で、拗ねたような声を上げた瞬間、幻影が崩れる。
 いや、変わる。


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