マイアは62歳のブルードラゴンである。
 ドラゴンも早期に成熟して肉体的全盛期を長期間保つ種族だが、エルフとは違ってさすがに20年やそこらでは成熟しない。なにせ巨竜が本体だ。
 だが60歳くらいともなれば、まあそこそこである。大人とは言わないがちょっと頑張れば交尾くらいは可能な歳だ。パレスによっては大人扱いしてくれる。
 が、北方エルフ領の玄関口付近に存在するミスティ・パレスはここ500年ほどの間に、マイア含めて3頭しか子供が生まれておらず、マイアはそれはそれは大事にされていた。

 付近を縄張りにするエルフの一族「銀の氏族」は、エルフとしては珍しくドラゴンとの交流に積極的で、ミスティ・パレスのドラゴンと代々の交流を3000年ほど続けている。
 中にはドラゴンライダーとなる者、ドラゴンの子を産む者産ませる者といった深い関係になる者もあったが、その強大な力を外に出すことを「銀の氏族」は固く禁じていた。
 その力はこの北方エルフ領の最後の切り札だったからだ。
 北方エルフ領は遺跡文明期に配置された古代結界により一種の楽土たることを約束されているが、それも絶対ではない。結界破砕器なる遺物が存在する(というか結界中央部の白の氏族領に一個転がっている)ので、同種のものがどこぞの遺跡で発見され、使われてしまえばエルフの楽土は簡単に終焉してしまう。
 北方エルフの議会はそれを防ぐ為の防人としての役目をミスティ・パレスに期待している。「銀の氏族」がミスティ・パレスに積極的に関わるのはその時のためだと、「銀の氏族」側もミスティ・パレス側も了解しているのだった。
 そんなわけで、出来る限りの深い関係を結ぼうとする「銀の氏族」側は、ドラゴンが生まれたらそのお守りとして、同じ歳のエルフを一人付けることにしている。
 フェイザーはそんなお守りエルフであった。
 が、このフェイザー、少々問題があった。
 多分にエルフ的過ぎるというか、ぶっちゃけ頭がすごく固かったのだ。
 この男、実は一度も森の外を旅したことがない。それなのに、ドラゴンへの教育(というか勝手に一匹行動させないための訓戒)用に用意されている説話などを鵜呑みにして人間の醜さ野蛮さ下劣さを信じ込み、マイアに対する箱入り的保護を自任した。
 外の世界にマイアが興味を持たないように、毎晩のように外に出て不幸になったドラゴンやエルフの説話を語り、ネタが切れたらわざわざ捏造し、そして捏造した本人のくせに自分で信じ込む。
「銀の氏族」やドラゴンパレス側も、別に脳内お花畑系の世間知らずにマイアを育てたいわけではなかったので再三注意したのだが、フェイザーの間違った箱入り教育はやまなかった。
 しまいには、いずれ腐った世界を二人で薙ぎ払って変えて行こうとか危険な思想に走り出した。
 人間族から見るとかなりアレだが、エルフ族にはこういう閉鎖型自己洗脳系のヤバい奴が結構いる。長命の代償か、自己否定と共感が下手な奴が多いのだ。

 閑話休題。
 マイアはそんなフェイザーを主な情報源として育っていたので、情報の偏りが存在した。
 まず一つに、人間族の街が三歩も歩けばスパイク付きの鎧で全身を固めてナイフを飴のようにペロペロしている筋骨隆々の変態に絡まれ、あっという間に殺され金品を巻き上げられるような場所だと思っていたこと。
 そんな変態はポルカどころかトロット中捜してもなかなかいない。そこに関する誤解は最近解けてきている。
 そして今ひとつは、セックスに関する知識が全くなかったこと。
 性知識は例によってフェイザーに完全に遮断され、動物同士の交尾は知っているが、セックスに関してはほとんど知らないまま62年間過ごしていた。
 愛情交歓は、行きつく先がわかっていないと、なかなか素直な形にならない。
 子供同士はお互いの気を引く行動の先をよく知らないが故に、嫌がらせが主なコミュニケーションになってしまったりする。
 そういうわけで、マイアは長い時間を生きているにも関わらず、他人に甘えるという行動をよく知らない、妙な少女に育っていた。
 そこに愛情交歓の最たるものであるセックスを目撃してしまい、混乱している。
 そのマイアのアンバランスさを、ライラは格好のオモチャとして見定めていた。


次へ
目次へ