翌朝。
二日酔いでちょっとグラグラする頭を押さえながら食堂に出て行くと、普段は大体みんないるはずが、セレンとアップルぐらいしかいなかった。
「おはよう……みんなどうしたんだ? ジャンヌはベッドにいたけど」
というかゴロゴロして俺の布団巻き込んでいた。寒くて目が覚めた。
「おはようございます。なんか、アンゼロスさんがあのゴーグルの人と訓練するって言ってたら、みんな見にいっちゃって」
「……なるほど。つーかそれ俺も見たい」
ほとんど引退状態とはいえ今なおドラゴン相手に一歩も引かない至剣聖と、トロット的には非常にオーソドックススタイルのアンゼロス。
どれだけ差があるのかとか、何が足りないのかとか。すげえ見ものだ。
「あ、それじゃあ行きますか? 町外れの雪原でやるって言ってましたけど」
「行く」
俺が頷くと、セレンとアップルはいそいそと俺の両脇で支えに……って。
「もう歩けるんだってば」
「あ」
「そ、そういえば……」
歩けない生活が長かったんですっかりそういう扱いだった。
しばらく外を歩いてみると、わかったことが一つ。
「……久々に筋肉痛だ……」
「え、な、何かしましたか?」
驚くアップルと、苦笑いするセレン。
……そうだよなあ。アップルが目覚めたときにはもう俺、足が不自由だったわけで、腰に優しいセックスばかりしていたのだ。いきなり筋肉痛って言ったってわからないか。
「行軍訓練、した方がいいかもしれませんね」
「……うん」
ここに来てまで行軍訓練かよ、と思わなくもないけど、夜の生活のためには必要なのかもしれない。……実際にこれだけ雌奴隷がいることだし。
「あ、でも歩くのとは使う筋肉が違うかもだから、むしろ実地訓練を重ねるべきかも」
ぽむっと手を打って何だかよくわからないことを言うセレン。
実地訓練ってなんだ。
「……もしかして虚空に向かって腰を振りたくれとでも?」
セックスに使う筋肉はそれで鍛えられると思うが、誰かどう見ても可哀相な人だ。
「そうじゃないですよぅ。……その、むしろリハビリを兼ねて、私の体を使って毎日何セットかノルマ切ってエッチをですね」
「せ、セレンっ。……ずるいよそれ」
「あははは♪」
訓練じゃなくて単なるセックス漬けじゃないかそれ。
……それいいなと一瞬思った俺は別に悪くないよね?
そして、町外れの雪原につく。
町の周りは大体草原で、初夏になると南の方から牧草食わせに羊飼いが大量に羊を連れてきたりするが、それ以外では特に有効利用もされておらず、ただまっさらの大地があるだけだ。
そこに円形に雪除けがされた即席の運動場が出来ていた。
「ほ、アンディ。来たのかえ」
南方そのまんまの貫頭衣ひとつ引っ掛けただけで悠然と立っているライラ。
……運動場にしたあたりの地面から陽炎が立っているのを見るに、多分コイツの仕業だろう。火球でも叩き付けたか、あるいはドラゴン化してひと吹きしたか。
「ちょうど準備運動が終わったところだ。ここから彼がどう稽古をつけるかな」
「まあ無茶はしないと思うけど、即死じゃなきゃ大体ポルカでは大丈夫なのが心強いわねぇ」
ディアーネさんたちはどこからもってきたのか、むしろを敷いて完璧に観客席を作っている。ちゃっかりマイアもその端っこに座っていた。
「じゃあ俺も失礼して、と」
むしろの上に俺も座る。
すかさず隣争いが無言のうちに行われているのはとりあえず見ないことにして。
運動場の真ん中では、アンゼロスとオーロラがそれぞれの剣を構えていた。
対してボナパルト卿はなんか曲がった鉄の棒。長さはアンゼロスの剣よりちょっと長いがどう見たって武器じゃない。ジャッキーさんとこで何か農具の失敗作でも貰ってきたんじゃないだろうか。
「お持ちのグレートソードは使わないのですか」
ちょっと眉をひそめたアンゼロスが問うと、ボナパルト卿は肩をすくめる。
「あれはちょいと老人の腕には重くてね。思い切り叩き切るならともかく、寸止めには向かん」
「……ご配慮、痛み入ります」
あからさまな手加減にちょっと納得がいかない感じのアンゼロスだったが、武器を持ち替えたところでこのおっさんが負けるところなんて想像もできない。
「さて、始めようか。好きに打ってきていいぞ」
おっさんが鉄の棒を構えて気楽に言うと、アンゼロスとオーロラは見るからにかなり本気で構えた。
「遠慮はしませんよ」
「いざ」
そして。
アンゼロスの姿が消え、オーロラが鋭い踏み込みから長剣を突き出す。
オーロラの剣をボナパルト卿が弾くと同時に、その背後からアンゼロスが打ちかかった。
……騎士道とかそんなのすっ飛ばした、思い切り不意打ち死角打ち上等の攻撃だ。
が。
「よっ」
オーロラ側に鉄の棒が残ったまま、ガキン、と背後の剣が弾かれる。
なんと、ボナパルト卿はアンゼロスの剣を拳で弾き飛ばしていた。
アンゼロスは練習剣でなく真剣、ボナパルト卿は特に手甲などをつけているわけでもない。アンゼロスの振り下ろした剣の横っ腹を裏拳で殴り飛ばしたのだ。
「!!」
驚愕するアンゼロス。
剣より拳の方が軽い分速い……というのは素人考えだ。肩、肘に加えて手首の力で加速される剣はトップスピードなら拳より速い。それを刃に合わせず、真横から殴るなんていうのは離れ業だ。
「まだまだ!!」
だがオーロラは連続して突きを放つ。
その全てをボナパルト卿は弾いてみせる。
一瞬動揺したアンゼロスも立ち直り、突撃して剣を打ち込み……なんと全部素手で剣の腹を殴られて凌がれた。
「なっ……!!」
「君たち、筋はいいが……裏を掻き慣れていないなあ」
ボナパルト卿は両腕を広げた形で二人を個別に対処しながら、苦笑い。
「もっと同格以上の相手と研鑚した方がいい。剣戟も、相手の技量が高いと化かしあいになる」
大きな体で、竜巻のように一回転。
鉄の棒で二人の手首が均等に叩かれ、一瞬でアンゼロスとオーロラの剣が弾き飛ばされる。
「別次元だな」
「怪我なんてしようもないわねぇ」
ディアーネさんたちが溜め息をつく。
「まだだ!」
アンゼロスは剣を失いながらも、全身で溜めを作って手刀を空中に放った。
巻き起こる衝撃波。
「ほう、ブラストアタックか!」
さすがにこれを正面から食らえばボナパルト卿といえど立ってはいられない。スタン、とステップして大きくかわす。
そこにアンゼロスが再びチョップ衝撃波……と見せかけて、それを打とうとしている幻像を残して剣を拾う。
仕切り直しだ。
「なるほど、魔法を併用するのもアリですわね……せいっ!」
同じく剣を拾ったオーロラは、手近な雪壁を両手で持った剣で大斬撃。
雪壁がえぐれ、その雪が……不似合いな鋭さの弾丸となってボナパルト卿を襲う。
「おお、さすがエルフ族っ!」
おっさんはちょっと嬉しそうに、反撃に転じた二人の攻撃を左右にステップして回避する。
「だが飛び道具に頼るのは最低限度にした方がいいぞ!」
続けて飛ばされた雪の弾丸をボナパルト卿は鉄の棒で叩き切り、肉薄。体勢の整っていないオーロラを、空いた手からの突き打ち衝撃波で吹き飛ばす。
「飛び道具は狙う必要がある分、足を止めずに打つのは難しい! ショートレンジでは使ってはいかん! 使うならクロスレンジかロングレンジ、狙う必要もないか、反撃されない距離で打て!」
同じようにアンゼロスも吹き飛ばそうとしたが、一瞬の幻像で空蝉をしたアンゼロスは辛くもかわしてのける。
が、それさえボナパルト卿には子供だましだ。
「それと……ブラストアタックはもっと、こう、だな!!」
鉄の棒を、カチ上げで全力フルスイング。
ドォン!!
爆発的な音とともに超特大の衝撃波が生まれ、アンゼロスと、ついでに近くの雪壁……というか雪原を巻き込み、高さ数十メートルもの大噴水的なものを出現させる。あんな効果範囲じゃかわしようがない。
……デタラメすぎる。
「うわあああああああ」
青空に大きく吹っ飛び、くるくると飛んで行くアンゼロス。……かなり小さい。
落ちたら多分ただではすまない。
「無茶をする!」
舌打ちをしたディアーネさんが立ち、跳び上がる。
ライラが瞬時にドラゴン体になって羽ばたき、アンゼロスの落下点に飛んで行く。
ちょうど、空中でアンゼロスをキャッチしたディアーネさんをライラがさらに腕でキャッチする形になった。
「おっさん、手加減しろよ……」
「ははは、あのお嬢ちゃんが思ったより粘るのでな、思わず力が入ってしまった。いい下敷きと精神力を持っている、大剣聖になれるんじゃないか」
悪びれていない。まあ一応、直接怪我させてはいないからか。
その後、ちょっとした技術交流、という技術指導タイム。
「わたくしも斬風剣を打ちたいのですが……あなたは突き打ちで出していましたわね」
「ブラストアタックか。あれは要はトップスピードと気合を入れるタイミングの問題なんだが……まあ君のスイングスピードでは突き打ちは厳しかろうなあ。まずは剣でやってみるといい。こう、空間の一点にある鎖を断ち切るつもりでな」
「……せいっ! たあっ!!」
「もっと一瞬に集中するんだ。……手首もきちんと使って、できれば下半身のひねりも速度に加えて。……振りが少し曲がっている。曲線になっては遅くなるだけだぞ」
「は、はいっ……ていっ!」
オーロラが何度もスイング。だが一向に出ない衝撃波。
「気合が足りてない」
びしょ濡れ(空中で衝撃で融けた雪に巻かれた)のアンゼロスが言う。
「うむ。先端のスピードだけなら極論軽い長物を使えばいい。ブラストアタックはここに気合を加えて完成するんだ」
ボナパルト卿も頷いた。
「き、気合……と、とーっ! はーっ!!」
頑張って気合を入れるオーロラ。まだ出ない。
「お、おかしいですわね……兄は別段それほど気合を入れている感じではなかったのに……」
「……そういえばルーカス将軍はどうやってあんな衝撃波出してたんだろう」
「何か妙だったのかね」
「5m離れた所からテーブル真っ二つでした」
「……どうやっているのか私にも想像がつかんな。刻紋入りの特別な剣とかではないのかね」
「いえ、兄は物差しでもできました」
「……ううむ」
三人とも頭を捻ってしまった。
……ルーカス将軍はやっぱり天才の類らしい。片玉ないけど。
「気合が必要なら」
セレンがちょっとニヤニヤして俺に囁いた。
「何……ええー」
「いいじゃないですか、ものは試しでしょ」
「うーむ」
まだ一生懸命剣をぶんぶんしているオーロラ。
その真剣な顔を見ながらちょっと悩む。後で怒られやしないだろうか。
……まあいいか。
「おーい、オーロラー!」
「……あ、アンディさん、少し集中させていただけませんか……?」
「剣振りながら聞いて」
すーっと息を吸い込み。
「成功したら抜かず五発ー!」
「……!!」
ぼむっとオーロラが真っ赤になった。
「な、なっ……!?」
「ほら、やってみせろー!」
ぽかんとしているボナパルト卿とアンゼロス。
そして、言われた通りに剣を振りながら、というか振る行動のまま思考がオーバーヒートしたらしきオーロラは、その一振りで。
衝撃波を出した。
俺たちに向けて。
「……うわーーー!?」
「きゃあああ!?」
吹っ飛ぶむしろの上の俺たち。
「やると思った」
「ほ。マイア、平気じゃな」
「うん」
ひょいひょいっ、と、マイアは俺、ライラはアップル、ディアーネさんはヒルダさんを抱えて着地。セレンは自分で綺麗に着地した。
「う、打てましたわ……」
「……オーロラ、君は少し煩悩が強すぎないか」
呆れるアンゼロス。
……言っといてなんだけど、同感。
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