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気がつくと、夕暮れになっていた。
「はあ……はあ……」
「……夕方、ですわね」
「ああ……帰らないとな」
俺の上で、疲れきって虚ろな目になってもまだゆるく腰を動かしているアップルを、ペチペチ叩いて「呼び戻す」。
「おい、アップル。アップル」
「……あ……あ、え?」
「続きは宿でな」
頭を撫でると、ようやく発情がおさまり、正気に返ったようだった。
「え……あ、ええっ? 私……」
「お疲れ。……名残惜しいが、一旦打ち切りな」
「……あわわっ!?」
慌てて飛び離れようとするが体力を使い切っていて、身を起こす前にふらついて、俺の腰の上に降りてしまう。
「こ、こんなの……」
「普通普通」
「ええ、愛し合っていれば普通ですわ」
「……うぅ」
俺とオーロラに丸め込まれる。
……しかしオーロラ、どう考えても仲間内ダントツで一番歳下のくせに包容力というか、器でかすぎ。
しっかり服を着て外に出ると、空は真っ暗になり、ちらついていた雪は強い風を伴って、横から叩きつけるようになっていた。
「……吹雪だな」
「こ、これは……辛いですわね」
オーロラの住む森林領は結構南にある。熱帯というほどでもないから雪ぐらいは降るだろうが積もるなんてことはあまりないだろうし、吹雪は縁がないだろう。
「こっちだ。離れるな、道を見失うなよ」
「お、お待ちください」
「さ、寒い……」
オーロラとアップルの手を引き、街への道を進み始める。
と、突然オーロラの手が緊張した。
「!?」
「どうした」
「伏せてっ……何か、います」
オーロラの指示に従い、俺とセレンは雪道、というかほとんど雪の塹壕となった道の中にしゃがみこむ。
オーロラは剣の柄に手をかけ……瞬間、雪の幕を抜き打ちで切り裂く。
キンッ!
「!」
金属音。つまり、オーロラの剣は何かを弾き返した。
「何だっ!?」
「矢ですわ! この吹雪の中……北のエルフか、誇りあらば名乗りなさいっ!!」
返答は、矢。
再びオーロラは矢を剣で防ぐ。
……こんな芸当ができるのもオーロラがエースナイトならばこそ。俺じゃあまず反応さえ出来ない。
「くっ……北方エルフ、思った以上に難物のようですわね」
「大丈夫なんですか、オーロラさんっ!?」
「大丈夫……と、言いたいところですが。せめて視界と足場さえ良ければ」
「くそ……しゃがみ歩行で移動しよう。街まで行ければ、さすがに連中も追えないだろう」
アップルとオーロラを連れ、雪の塹壕の中をゆっくり移動する。
とはいえ、俺はまだ足が完治していない。感覚はぼんやり戻ってきているので下手に骨折や捻挫するような心配がなくなってきたこともあり、膝を使っての移動はできるのだが、それにしたって満足な速さは出せない。
「……すまん。俺の足さえもうすこし治っていればよかったんだけど。アップル、先に行ってディアーネさんかライラを連れてきてくれ。あとアンゼロスも」
「アンディさん、おそらく相手の狙いはアップルさんです。不用意に離れさせるのは思う壺ですわ」
「そ、そうか……じゃあむしろ俺を置いて二人とも行けば」
「そ、そんなことできるはずがありません!」
「せっかく心が通じた矢先にそんなことっ!」
駄目か。
仕方がない。不安だがジリジリと進むしか……。
と、思った瞬間、一瞬吹雪が止む。
そして元々暗かった空がさらに暗くなる。
「!?」
見上げると、影。
四足有翼、長い首。
「ドラゴン……ライラかっ!?」
「違います、体色が青いっ!!」
咄嗟にオーロラが俺を突き飛ばしながら横っ飛びジャンプ。アップルも同時に跳ぶ。
今まで俺たちがいた場所に、青い竜……ブルードラゴンはドスンと着地した。
「見つけたぞ、混ざり物!!」
その竜の背から、弓を構えたエルフの青年が現れる。
……なんてこった。男爵の言ってた過激な奴か!
しかも、そいつがドラゴンライダーだなんて!
「死ねっ!」
間髪いれずに放たれる矢。慌ててオーロラが剣を伸ばすが、射線に間に合わない。
「くそっ!!」
俺は慌てて手を伸ばした。
そして、腕に直撃。
「う、がっ!?」
ほとんど駄目元で伸ばした手に刺さって矢は止まる。分厚い皮のコートのお陰で貫通は免れたか。でも超痛い。
『アンディさんっ!?』
オーロラとアップルが同時に悲鳴をあげる。
「いいから逃げろっ! アップル、オーロラ、早くっ!!」
完全に相手の狙いが絞れた今、俺まで守っても意味がない。
躊躇する二人を蹴り飛ばし、俺はその後を追って必死に杖を突く。
……そんなんで逃げ切れるわけはない。相手は有翼のドラゴンと熟練の弓手だ。
それでも、ライラやディアーネさんさえいればなんとかなる。その到着までの一瞬でも長い時間を稼げるなら。
「逃げられる気か!!」
エルフがさらに矢を放つ。
アップルを狙ったそれは、さすがにぴったりとくっついたオーロラが防ぐ。
エルフは舌打ちをして、俺に視線を向けた。
「邪魔者め」
どうやら関係ない人を巻き込まない、とか、そんなルールはないらしい。
「丸腰を撃つのか、卑怯者め!」
せめてもの抵抗に、相手のプライドを刺激するようなことを叫んでみた。
「土足で森を荒らす人間風情が道義を語るか」
エルフは冷たい声で言って、俺に弓を向けた。
狙いは心臓か。頭か。腕を犠牲にして致命傷だけは避け切れればいいけど。
と。
「おい青年。道を聞きたい」
「!?」
いつの間にか近くの木陰に、馬を連れたマントの男が立っていた。
俺もエルフもギョッとした。
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