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 セレンやヒルダさんの地味な努力で、アップルとの間もちょっとずつちょっとずつ、野生動物の餌付けぐらいの速度で距離が縮まっている。
 普段は男爵家に泊まっているアップルとセレンが宿屋に食事しに来て、俺の近くに席を取るというところから関係修復への訓練は始まった。
「ほら、アップル。記憶がないのはアンディさんだって承知してるから。別にいきなり襲われたりしないよ」
「そうそう、アンディ君って確実に許してくれる子相手には魔物だけど、それ以外には割とヘタレだし。いざとなったら襲ってもらうのは私が先だから♪」
「あ、ヒルダさんずるいっ、私ですよう」
「み、妙な順番争いはどこかよそでやってください……だ、大体、怖いのはアンディさんじゃなくて、意味もなく許しちゃいそうな自分なんですよっ!」
「……そういう告白って聞こえないところでするべきじゃないのかな」
 丸聞こえなんですが。

 関係修復作戦、その2。
 思い切ってデート。
 ……といってもアップルは必要以上に俺と距離を置きたがるし、俺の足はまだ杖が必要だし、ポルカの地理には今は二人とも明るくない。
 デートとはいえ、そんな二人を適当に放り出すわけにも行かず、仲間の誰かがついてこないと危なっかしい。
 というわけで、デートのたびに二人の間に誰かがいる状態の添乗員つきデートとなってしまう。
 ……せめて俺の足が完璧に戻れば、何かあっても駆け寄れるからいいんだけどなぁ。
「本来ライバルに塩を送るということ自体少し不本意ですが、まあアンディさんの一番はわたくしで間違いありません。安心してゆっくりいらっしゃいな」
「オーロラ、お前は協力してくれる気があるのかないのかどっちなんだ」
「少なくともアンディさんの意向を妨げる気はありませんわ。しかしアンディさんの一番の女だという自負も譲る気はございません」
 持ち回りとはいえ、よりにもよってコイツに付き添われて何が進展するんだ。

 デートと言ってもポルカ周辺には本当になんにもない。
 あると言えば霊泉と霊泉と霊泉と温泉とアップルたちの使っていた猟師小屋くらいだ。他にもあるかもしれないけど少なくとも今の俺にはわからない。
「ここでセレンさんたちは暮らしていたのですね」
 猟師小屋。
 森の傍にあり、動物を狩りに行く際に猟師が拠点とする施設。
 といってもポルカの猟師は季節労働で(冬は大変なのであまりやらない)、また狩りなんかより巡礼者の相手の方が金になるので年によっては全然使われなかったりもするうち、気づけばアップルたちの根城になっていた場所だ。
「一応、そのはずだな」
「……こんなところで、十年以上も私たち、暮らしてたの……?」
 猟師小屋の扉を開けると、埃の匂いが充満している。
 中は、俺が知っている頃とは随分違っていた。
 ベッドはセレンが好みそうな明るい色の掛け布団。
 鍋や食器など、生活に必要な道具は俺とアップルが抱き合っていた頃より随分と揃っていて、しかしそれらも2年の間にすっかり埃が積もっていた。
「…………」
 アップルはそれらに手を触れ、記憶を呼び起こそうと努力をしているようだ。
「どう?」
「え、あ、ちょっ、あ、あなたは近づかないでっ!」
「……うぅ」
 超警戒されていて悲しい。
「そんな言い方はないんじゃありませんこと?」
「……ご、ごめんなさい。何か思い出しそうで……というか、ちょっと思い出したんですけど、その」
「思い出したのか!?」
 こ、これは凄い進展か!?
「いえ、あの……な、なんだかわからないんですっ!」
「……そ、そう」
 アップル自身になんだかわからないと言われたら引き下がらざるを得ない。
 聞いてる方はアップルが何を感じたのかなんて知りようもない。
 ……アップルは深呼吸すると、呟くように言う。
「……そ、その、自分が何してたかだけは、ちょっとだけ……破れた絵巻の途中みたいに、見えたんです」
「?」
「……なんだか、男の子に裸で抱きついてるイメージ……求められるままに身体中を触らせて、男の子のちっちゃい、その、ペニスを……口で、してて」
「……それ、俺」
「…………っ!」
 真っ赤で睨まれた。
「ど、どういう子供だったんですかっ! あんなちっちゃいくせに延々とそんなことっ!」
「……そういうことが大好きな子供だったとしか」
「そ、それにっ……き、気持ち良いとかあんまりなくて、なんだか酷く焦らされてる感じがしてて……あなたがいなくなった後、一人で慰めて……」
「…………焦らしてたつもりはなかったんだ。当時はちんこ突っ込むとこ知らなかっただけで」
「ひ、酷っ……どういう子供なんですかホントに!」
 ある意味ワケわからん関係過ぎるよなあ。今考えても。
 ……オーロラは溜め息をついた。顔が赤い。
「アンディさん、子供の頃から随分と、その……お盛んでしたのね」
「ま、まあ、それは否定できない」
「それで……焦らしに焦らしてメロメロにした挙句、そのまま置き去りにしたせいで、雌奴隷などという地位に自分から喜んでなるように仕向けたと。……そして、その影響を受けたセレンさんが、あんな風に」
「……人聞き悪いが、事実だけ見るとそんな形かもしれない」
 すごいガキだ。15年前の俺。
 オーロラは再び溜め息をつく。
「そして、そんな奉仕が忘れられなくて、15年間も悶々としていたのがアンディさんの異種族好きの始まりですのね。……どっちもどっちではないですか」
「そうともいえる」
「……だ、だから寄らないでって言ってるんです! そんなので身体が反応するとか納得できないですから!」
 ……反応してるんだ。
 そんなアップルにひらひらと手を振り、オーロラは俺に向き直る。
「ならばわたくしが代わりに慰めて差し上げても、文句はありませんわね?」
「代わり!?」
「アップルさんは置いておきましょう。……わたくし、そんな思い出ひとつに負けるなんて納得行きませんわ。わたくしが完膚なきまでにここでの出来事を上書きして差し上げます」
「お前も唐突に見えない何かと戦い始めるんじゃない」
「わたくしはあなたにこんなにも焦がれているのに、せっかくのアンディさんの積年の愛にウダウダと文句を言い散らし、腰の引けた態度を言い訳している女に遠慮など無用です。だから今ここで、あなたとの愛を確固たるものにするのです。いわば、この場所は原点、陣取りゲームの隅のコマ。ここさえ制してしまえば、いずれわたくしに敗北はありません」
「相変わらず過激なんだか明後日なんだかわからないなお前は!」
 距離を置いて座っているアップルをフフンと鼻で笑い、オーロラは服を脱ぎ出す。
 そうしてエルフの姫が夢中になって俺に体を押し付けるのを、驚きの瞳で見つめるアップル。
「……え、エルフなのに……あなた、別にハーフエルフとかじゃないのに、寂しい境遇とかじゃないのに、何でそんな人と……?」
「人と恋するのがハーフエルフの特権だと誰が決めたのです? 本来エルフは、ただの人より強きもの。人に犯されて生まれるばかりがハーフエルフでもないでしょう」
「そ、そうだけど……でも、あなたみたいな血筋のいいエルフなら、他にも」
 アップルの言葉を、オーロラはぴしゃりと止めた。
「お黙りなさい。好きなものは好き、欲しいものは欲しい。心を、愛を、一体何で縛られてたまるものですか。理性とか本能とか、建前とか、そんな分類は後でよろしい。わたくしが好きと決めたのだから、世の中がなんと言おうとも好きなのです。邪魔なら世の中を蹴散らしてしまえばよろしい。わたくしの愛が許される世界にしてしまえば良い。今を生きているのは過去を嘆くためではありません。未来を夢見て、この手で定めるためですわ」
 堂々たる演説。
 ……俺のちんこを擦り立てながらでなければカッコもついたのだろうが。
「そ、そんなこと……あなたが不自由してないから言えることで……」
「あら、今のあなたが何を不自由しています? 本能が求める愛、大いに結構。それを貫くことに一体何の妨げがありますか? あなたは自らの可哀相な境遇に慣れきっているだけ。可哀相でなくなった、貪欲に幸せに浴する自分に幻滅するのが怖いだけではありませんか?」
「…………し、知った風なことを言わないでっ」
「あら、確かに喋りすぎましたわね。……アンディさん、お待たせしてしまいました。申し訳ありません……んっ」
 オーロラは勝ち誇った笑みを浮かべ、俺の唇に吸い付いて、ゆっくりと埃まみれのベッドに押し倒す。
「あなたはそこで、せいぜい自分に同情していらっしゃい。わたくしはその間に欲しいものに手を伸ばしますから♪」
「あ、あんまりイジメるなよ、記憶がないのはアップル自身のせいじゃない」
「いいえ、過去を恐れ、自らを恐れ、世界を恐れ、足踏みを続けるのは間違いなくあの女自身の問題ですわ。定まった過去を打ち破り、下書きなしの白紙の上に未来への足取りを刻む勇気は、時間だけでは手に入らないのです」
 オーロラは俺の上に跨り、自らの熱い膣の中に俺を迎え入れる。
「あなたは、それがある……だから、あなたと未来へ歩み、あなたを支え、あなたの愛に浴することは、わたくしのつまらぬ過去の誇りと引き換えになり得るのです♪」
「お、俺、そんなにたいした奴じゃ……」
「いいえ、誰もが認めておりますわ。あなたは、手に入れた女全てを幸せにしてくれると。そのためにどれだけでも歩み続けてくれると」
「…………」
「だって、これだけの良い女を飼いながら、あんな女のことをも少しも諦めていないんですもの♪」
「っ……!!」
 アップルは、俺の上でぐいぐいと腰を振るオーロラをじっと見た。
 オーロラは相変わらず若々しくぷりぷりした性器で俺をしっかりと吸い込みつつ、アップルに自信と慈愛に満ちた視線を返す。
「……オーロラさん、あなた……」
「ふふっ。……わたくしは、アンディさんを愛しています。この身の一片、卵子の一粒まで残らず、アンディさんを熱愛しております。そのことだけは誰にも負けることはありません。いつ誰の挑戦でも受けますわ♪」
「…………っっ」
 アップルは、立ち上がる。
 胸のあたりを押さえて、ふらふらとベッドに歩み寄って。
「……まだ、心は、思い出せないけれど」
「…………」
「あなたのことを好きだった想いは、ここに帰ってきてくれてないけれど」
「うん」
「……それでも、私は愛してもらえますか……?」
 アップルは、泣きながら。
「私は、甘えていいんですか?」
「……ああ、いくらでも……っっ!!」
「そうですっ……!!」
 ぐちゅり、と腰がかち合い、オーロラと俺は同時に軽く絶頂する。
 ……オーロラの股間に容赦なく注がれる精液。一瞬も外に逃がそうなんて考えない、腰と腰の抱擁。
 それを見ながら、腰の奥からの本能に震えるアップル。
 俺はそのまま彼女を抱き寄せた。
 ……起きた彼女への最初の抱擁だった。


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