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とはいえ、いつまでもアップルの頭の中ばかり気にしていても仕方がない。
俺は次の用件を済ませるために進むことにした。
「アンディ、どうだった」
ディアーネさんが追いついてくる。宿は取れたらしい。
俺がこちらの状況をどう説明したものか言いあぐねていると、ヒルダさんが簡潔に説明してくれる。
「……そうか、記憶が」
「ヒルダさんの話ではよくなる可能性もないわけじゃないみたいなんで」
「あくまで可能性だけどね」
念を押すヒルダさん。
……まあ、結局その程度の望みなのだろうけど、信じておかないと頭がうまく働かない。
「とりあえずこちらも八人分の宿は取れた」
「ウチが使えれば……いいんですけどね」
言いながら、親父になんと説明しようかと少し憂鬱になる。
……あ。
少し、心がうまく動いた感じがする。
空虚に浸り過ぎないようにしよう。俺、今、きっと冷静なつもりしててすごく女々しいから。
「ほ。お主の家とやらは八人も来客を泊められるのかえ? このあたりはそんなに家が大きいわけでもないようじゃが」
「うーん……まあ正直、俺の部屋と客間に四人ずつ雑魚寝とかそんな感じかも」
「セレンたちが住み着いていたっていうところを利用するのもいいんじゃないか?」
「いやいや、アンゼロス。猟師小屋ってマジでなんにもないからオススメしにくい」
ちょっとずつ、ちょっとずつ調子を取り戻しながら、俺たちは町外れにある俺の実家を目指して歩く。
そして、そこに辿り着く。
三代前からの俺の実家。地面にへばりつくような感じの板葺き屋根と煉瓦の家。
「若い鉄のいい匂いがするだな」
ジャンヌがうんうん頷きながら言う。
「若い鉄?」
「鍛えたての鉄は匂いが違うだよ。ちゃんと工房が動いてるだ」
「ああ、そういうことか。わかる気がする」
ドワーフの鉱物に対する感覚はズバ抜け過ぎていて俺にはわからないことも多いが、鍛えたての鉄というのはなんとなくわかった。
「親父、いるかな」
ドアをノックしようとして、他人行儀な気がして、ドアノブに手をかけようとして、門番のキールたちに気づいてもらえないほど自分の容姿が違っていることを思い出して……ドアノブとドアの平面との間で数回手を往復させる。
そんな俺の動作をみんなは微笑ましげに見ている。
意を決して、俺はドアノブに手をかける。と、向こう側からガチャッとドアノブが回って、向こう側から顔がひょっこり飛び出してきた。
「うわっ」
びっくりする。
その顔は、俺の胸ぐらいの高さ。つまりまだ子供。女の子だ。
……子供!?
「え、えっ!?」
俺、確か一人っ子だったはず。
親父とお袋が、俺がいなくなった隙に頑張ったとしたら確かに今ごろこのくらいだろうけど。まさか。
「おじちゃん、誰」
「え……えと、ここんちの息子……のはずなんだけど」
子供は俺を胡散臭そうに見上げた。
……角。2本角。
人間に見えるがオーガの血が入ってる。
「おかーさーん、なんかうちの子だっていうおじちゃんが来てるー」
「お、おい」
なんかすげえ嫌な字面になった。
と、すぐに軽い足音がして、女が出てくる。
「あの、お間違いじゃないですか? それとも、こんな昼からお酒を召したのですか」
知らない女だ。
お袋じゃ、ない。
……待て。
ここは爺さんの時代からずっと続いた俺の家、だった、はず。
「誰だ、あんた」
「あなたこそどちら様ですか」
「俺はアンディ・スマイソン、ここの家主の息子のはずだ」
「知りません」
女はいかにも怪しい奴を見る目で俺を見た。
「ちょっと待て、どういうことだよ」
「どうもこうもありません、ウチはあなたの家ではありません。お引き取りください」
にべもない。
……待てよ、冗談じゃないぞ。
「おい……そんなわけないだろ、どうなってんだよっ」
「落ち着けアンディ……!」
ディアーネさんが俺の肩を引く。
俺はその力には逆らえない。しかし目は自然に女を睨みつけてしまう。
女はドアを叩きつけるように閉め、奥に向かって誰かを呼んだ。
そして、数十秒して、ドアが再び開く。
今度は巨漢が現れた。
「あの、どちら様で……お客さんなら工房に回っていただかないと」
「どちらさんって、俺は……」
と、その巨漢に見覚えがあることに、ようやく気づいた。
「……ジャッキー、さん!?」
「え……あ、もしや!?」
ハーフオーガの巨漢、ジャッキー・ルメイロ。
親父の弟子だ。
ジャッキーさんの後ろから、なおも女が俺を威嚇する。
「あなた、しつこいなら憲兵呼びましょう」
「馬鹿!! この人は俺の師匠の息子さんだ!! 何失礼な事言ってやがる!!」
ジャッキーさんが怒鳴りつける。あまりの大声で、屋根の雪がいくらか落ちた。
……ちょっとスッとした。
「申し訳ない。家内です。娘がちょっとイジメられてるせいか、警戒心が強くて」
「ああ……」
なるほど。人間不信か。
「それより、親父とお袋は……?」
「……あ、アンディ坊ちゃん、知らないんですか」
「?」
嫌な予感がした。
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