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一応大闘技場への不法侵入については怒られたが、まあ予想の範囲内だったということでお咎めはなかった。
そもそも別に重要なものがあるわけでなし、中にいるのはほとんどが剣聖。俺なんかが潜り込んだところで危険はないのだろうけど。
「アンディ・スマイソン。どういう趣味だろうと自由だけど、ウチの娘を捨てたら全力で潰しに行くからね」
アンゼロスを伴っての帰り際、リンダさんににこやかに脅される。
「その……アンジェリナ様。精進します。いつか、もっと強くなったら、その時は」
「ああ。また試合をしよう」
いい笑顔で機先を制されて微妙な表情をするエクター。
……もっとこう愛の告白的なものをしようとしてたと思うぞ、アンゼロス。わかってるのかわかってないのかは知らないけど。
「スマイソン訓練兵」
「……七年も訓練兵じゃないですよ。もう俺は北方軍団クロスボウ隊の十人長です」
「そうか。早いな、もう七年か」
ヒゲの剣聖、グランツ百人長が俺に声をかけてくる。
昔は俺たち徴用新兵の訓練、今はエクターたち若い剣聖の教官か。改めて凄い人に教えられたのかもなあ、と思う。
「もしかして教え子全員の名前を覚えてるんですか」
「まあな。特にあの時期は戦意旺盛なばかりじゃない子供が多くて苦労した、みんな覚えているさ」
頭脳も凄い人だ。
「クロスボウ隊か。ということは、あそこにいるのは、あの?」
「ええ。ディアーネ百人長です」
「ふ……怖いものだ」
そういや、剣聖たちの天敵でもあるのか。
ディアーネさん、逆恨みで闇討ちされなきゃいいけど。いや闇討ちでどうにかなる人じゃないか。
「いずれ機会があったら酒でも飲もう。あの頃と違って大人だ、いけるだろう?」
「はい」
ちょっと嬉しかった。
最後に、ユリシス王かゆっくりと俺に近づいてきた。
「青年よ」
「王様……」
「トロット王国を頼むぞ」
「……はい?」
なんで?
今の俺はトロット国民だがセレスタ兵だ。
義理の深いアンゼロスやエクターに言うならまだわかるけど。
「なに、若い者が元気で安心したわい」
「は、はぁ……」
よくわからない。まあ、若い相手みんなに言っているのかもしれないけど。
「ユリシス王よ」
「……何かな、ダークエルフのお嬢さん」
「北方軍団クロスボウ隊、ディアーネ百人長。貴方の三倍は生きております」
「ほっほっほっ」
ディアーネさんがユリシス王に略礼をして、問い掛ける。
「王、何を焦っておいでです?」
「……焦る、とな」
「街や軍団司令部で情報を集めさせていただきました。ここ最近、貴方は急に各方面の若返りを進めておいでだ。大貴族は王の勧めで代変わりを進めているし、トロット軍団の司令部も若い参謀が目立った。このたびのアンゼロスとエクター・ランドールの件も無関係とは思えない」
「……エルフ族は無遠慮でいかんな」
王様は溜め息をつく。
「病んでおいでですか」
「さあな。……ワシの治世ももう40年にもなる。この身も七十を過ぎた。常識で見て、特別病んでいようがいまいが、もう長持ちさせるものでもあるまい?」
「退位を?」
「それこそワシの一存ではどうにもなるまいて」
「セレスタ次第と」
「そうじゃな。……まあ、こんな国の王位、誰が継ぎたがるかという話もあるが」
ユリシス王は、寂しそうに微笑む。
「病んでおるかと言ったな。ああ、病んでおるよ。この国は、病んでおる」
「国が?」
「そうじゃ。リンダのような逞しい商人たちの支えと、セレスタの官僚の尽力で、表向きこの国は問題もなく回りそうに見える。じゃが、この国の民は敗北したまま、今もって起き上がることも出来ずにいる。そう、なまじに我らは強く団結し、古く強い誇りを持っていたが故に、敗北から立つ術を知らぬ」
「…………」
「セレスタ商国、貴様らが悪いとは言わぬよ。むしろよく我らを活かそうとしてくれている。じゃが、それでも、この国は病んでおる。……病んでおるのじゃ」
「王……」
「済まぬ。詮無き事を喋り過ぎた。だが、もしも叶うなら、よき若者たちをまたトロットの大地に帰しておくれ、美しきエルフよ。病んだこの国には気力が必要なのじゃ」
「……彼ら次第です」
再び略礼をして、ディアーネさんは背を向ける。
「……行こう」
「ディアーネさん……?」
何故かディアーネさんは、酷く厳しい顔をしていた。
駅馬車を降りて、広い平原に再び立つ。
俺たちの馬車を隠したあたりだ。
「そういえばアンゼロス、お前お袋さんに何を話したんだ?」
「?」
「いや、なんか随分あっさり折れたから。朝から相当話したんじゃないか?」
「まあね。……お前と初めて会ってから、最近女だって知られて、この間助けられて、抱かれるまで、大体全部話した」
「……お、おい、俺、お前と初めて会った時のことなんて覚えてないぞ?」
「だろうな。薄情者だし」
……ちょっと傷つく。
でも、アンゼロスは楽しげに微笑んで。
「最初にクロスボウ隊に配属された時、僕はチビで生意気で、細かいことが許せなくて、その上見慣れない白エルフ系で。みんなうるさがって相手してくれなかった」
「……そうだっけ?」
「でもお前だけはよろしくって言ってくれた。ハーフエルフが皆と一緒に頑張れるなんてセレスタはいいところだ、って笑って」
「……そんな事、言った?」
「忘れてるだろうと思った」
気を悪くした風でもなく。
「酔っ払って、脳内嫁と間違えて僕に抱きついたときもあったな。僕はめちゃくちゃ恥ずかしくて、でもお前しつこくて。でもあの時から、護衛歩兵のみんなが僕に親しくしてくれるようになった」
「……全然思い出せない」
「うん。でも、そういうのの積み重ねだよ、僕とお前の絆は」
呆れるリンダさんの顔が目に浮かぶ。
「僕が孤独な時、助けて欲しい時、傍で何の気なしに守ってくれたのはいつもお前だった。女だってわかっても、ずっと変わらずに僕を守ってくれた。……必要のない時の腕力なんかより、必要な時のちょっとした勇気や優しさの方が、僕は大事だと思うんだ」
「ぐ、偶然ばっかりじゃん……」
「それで何か悪いのか? ライラもジャンヌも、オーロラもディアーネさんも、セレンも、みんな偶然なしにお前を好きにはなってない」
「そりゃ……まあ、そうだけど」
「タイミングだろ、恋って」
わかったようなことを言って、アンゼロスは俺を馬車に押し込む。
そして薄闇の中で、どさくさ紛れに俺に熱烈なキスをした。
「!?」
「……ふふ。大好き、アンディ」
耳をてろっと垂らして、やたらと幸せそうな笑顔。
しかし、その背後には薄闇とか問題にしない視力の人たちがいて、ブーイングする。
「……あー! アンゼちゃん抜け駆けしてるー!」
「姉上、少しくらい許してやれ」
「十人長ー! アタシもちゅーするだよー!」
「ほ。ここのところアンゼロスばかり気にしてからに。我への感謝を忘れたらいかんぞ、アンディ?」
乗ってそれ以外の人も。
「私も今回地味に結構走り回ったんだから労って欲しいですー!」
「わたくしとて貴方の奴隷ですわ。いつでも跨れとお命じになって構いませんのよ?」
ああもう。
「いいから! みんな、エッチは夜になってから!!」
みんな、一瞬シンとして。
「夜、みんなって言ったな?」
「うむ。確かに聞いた」
「んもー、ちゃんとみんなしなきゃ先生怒っちゃうぞ?」
「わたくしは毎日中出しという約束でしたわよね♪」
「私とかライラさんとか、一昨日も昨日もエッチ抜きだったから優先ですよー?」
「ほ。たまにはセレン、気が利くの」
「あ、アタシもしてないだよー!?」
「いいから飛べー!!」
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