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大闘技場。
王城を除けば、王都でも1、2を争う巨大な建造物だ。
地上には馬のレースができるような大きなグラウンドがあり、客席には王都の半分の人間が入るという。
そして地下には無数の訓練用フィールドがあって、そこは剣聖の専用修練場となっている。
剣聖がエースナイトと呼び変えられた今もそれは基本的に変わらず、この大闘技場は特別なお披露目の日以外、エースナイト称号の保持者だけが立ち入りを許されているらしい。
「……なんとかならないだろうか」
「そうは言われましてもね。エースナイトじゃない方の場合は軍団司令部からの許可書がないと通せない決まりでして」
「ぬぅ」
番兵の芳しくない答えに、ディアーネさんは渋い顔をした。
オーロラが援護射撃をする。
「この方はマスターナイトにも引けを取らない実力がおありです。セレスタでは有名ですのよ」
「そんなこと言われましても、私生まれてこの方トロットから出たこともありませんでね」
「うぅ」
今のところ、この大闘技場に出入りできるのはオーロラ一人だけだ。
司令部に押し込んで許可を貰いにいくにしても、あまりモタモタしていては入る意味がなくなってしまう。
アンゼロスがここで何かをするという、その情報が確かなら。
それまでになんとか入らなくてはいけない。
「……仕方ない。出直す。オーロラ、お前は入って、私たちが万一間に合わなくても見届けておいてくれ」
「了解いたしました」
ディアーネさんは踵を返し、オーロラは俺にも軽く頷いて、闘技場に入っていく。
俺はディアーネさんを追う。
「許可書を貰いに行くんですか」
「さすがにそこまでは待てないだろう」
ディアーネさんは小声でそう言うと、俺の肩を引いて路地裏に引きずり込む。
そして。
「よっ」
いきなり俺を横抱き。
「うわっ!?」
「騒ぐな。……────!!」
軽く眩暈のような感覚。
「げ、幻影?」
「個人指定だ。まあ、これから飛び回るから念のためにな」
「飛び回る!?」
「少々強引にいかせてもらう。……声を上げるなよ」
「って、もしかして外壁越えて闘技場入るんですか!?あそこ高さ20mは」
「余裕だ」
「ひぃ!?」
ディアーネさんに抱えられて、20m垂直ジャンプを体験した。
「お前の重さをちょっと甘く見ていたか。少し危なかったな」
「もう駄目かと思いました」
ちびりそうだった。
それはともかく、大闘技場に潜入することに成功した俺たちを、セレンが出迎えた。
「アンゼロスさん、もう来てますよ」
「何をするつもりなんだ、アンゼロスの奴」
「なんか、ランドールとかいう人と勝負するとか」
「……何で?」
意味がよくわからない。
……と思っていたら、グラウンドのゲートが開き、誰かが入ってくる。
「セレン」
「はいっ。────!!」
咄嗟にセレンとディアーネさんが共同で空間指定の幻影を張り、俺たちの姿を隠蔽する。
入ってきたのはアンゼロス。それと何故かオーロラ。
しばらくして客席のゲートも開き、リンダさんと数人の剣士が入場。剣聖だろうか。
そして、しばらくしてユリシス王も入ってきた。
「ふむ。説明してもらおうか、リンダ」
「必要かね、王様」
「あいにくとボケ老人に雰囲気で察しろというのは酷な話での」
「はん、よく言う。……見ての通り、勝負さ。ウチの『アンゼロス』と、ランドール卿のせがれのね」
「何故そうなるか聞いておる」
「セレスタ軍のエースナイト『アンゼロス』の人生と、剣聖エクター・ランドールの才覚と器。どちらが強いかだ。ウチの娘は不器用だからね。結局、真剣勝負の場でないと何かを認められないんだとさ」
「ふふ、負けず嫌いはリンダ譲りか。負けたなら『アンジェリナ・ノイマン』として運命を認める、という趣向かな?」
「運命とかお言いでないよ、爺さん。そんな安っぽい轍を」
「ほっほっほっ」
食わせ者同士だ。
……しばらくして、アンゼロスと反対のゲートから、きちんと鎧を着込んだエクターが複雑な顔で現れた。
「アンジェリナ様」
「……エクター・ランドール。すまないね、突然」
「いえ、構いません。どちらにしろ私もここで鍛えるのが日課ですから」
「そうか。……僕も子供の頃はそういうのが夢だったな。闘技場に通い、多くの仲間のうちで腕を磨いて過ごす日々」
「今なら、王都に住めばアンジェリナ様とてなんの障害もないはずでは」
「そうだね。でも、僕は王都に住む気はないよ」
「アンジェリナ様……」
「賭け試合だ、エクター。君が勝てば嫁にでも何でもなってやる。だが僕は、僕自身を貫きたい。貫ける力を培ったと、信じている。拡大剣聖行進会を見て剣を志してからの15年。セレスタに渡ってからの10年。僕がただの商人の娘のハーフエルフでなく、今の僕であるためにかけた時間の全て。それを凌駕してみせろ、エクター」
「……気は進みませんが、それで話がつくならば」
エクターは少し辛そうに唇を噛みつつ、剣を引き抜いて地面に立て、柄を両手で包む。剣聖式の礼だ。
アンゼロスも合わせるようにショートソードを祈るように胸の前で掲げる。
今まで黙っていたオーロラがスッと立ち位置を変え、二人の間あたりに移動する。
審判をやるつもりのようだ。
「ルールはひとつ。負けを認めるその時まで。制限時間なし、急所打ち、組み打ちあり。ただし、御前試合です。剣に恥じぬ戦いを」
「ああ」
「はい」
二人がゆっくりと構える。
そして。
「はじめ」
オーロラが手を振る。二人はザッと同時にスタンスを広げた。
まだ飛び込まない。動きのひとつひとつから互いの手の内を読もうという段階だ。
「なんだか傲慢なことを言うようで申し訳ありませんが」
「なんだ」
「私、結構強いですよ」
エクターが腰を落とし、踏み込む。
基本通りの袈裟切り一閃。アンゼロスは打ち払おうとして、若干力負けする。
「!」
「私も物心ついてから、似たような時間、鍛え続けたわけです。……こんな言い方はしたくありませんが、同じ伝統的スタイルなら、男の私の方が力があって当然」
「なるほど。同じ……か」
アンゼロスはゆっくりと構え直し、ニッと唇を釣り上げる。
「こんなのもあるぞ」
瞬間、アンゼロスが一気に加速する。
遠距離から目で追うのは難しくないが、近くで見たらおそらく爆風の如き突進。
エクターの胴をひと打ち、止まらずに抜けて背後からひと打ち。
「っ!」
エクターはなんとか両方受け止めたが、少し表情に緊張が走った。
アンゼロスの新戦法、高速機動だ。
「なるほど……でも」
エクター、深く息を吸い。
「はっ!!」
踏み込む。
そのスピードは……アンゼロスに迫る!
「なっ!」
「言ったでしょう、私も結構強いですよ!」
ガキン、ガキン、ガキン!
エクターの重い斬撃を、アンゼロスがなんとか弾きながら後退。
さすがだ。エクター・ランドール、言うだけはある。
「エクター坊やに分があるかねぇ」
リンダさんの言葉に、周りにいた剣聖たちが頷く。
「ランドール十人長の戦闘力は彼の若さとしては驚異的です」
「質実剛健、基本通りの真面目な型。ゆえに非常に隙がない」
「視野の広さも戦術の組み立ても相当なものです。戦歴を重ねれば、あと五年もあれば大剣聖……マスターナイトも夢ではないでしょう」
「なるほどね。よくわからないけどそこそこいけるってことか」
リンダさんはフンと鼻息。
……マスターナイトになれる剣士はほんの一握りだ。そこそこどころじゃない。
その間にもアンゼロスは追い詰められる。一応エクターの斬撃をきちんと凌いではいるが、押し返すには至らないようだった。
「ディアーネさん、あれじゃあ」
「良くないな。同じタイプで少し実力が上というのは、一番噛み合わせが悪い」
「やっぱりエクターの方が上……ですか」
「流れも悪いな。先に攻めて手数で押せばいけなくもないだろうが、こうも相手に攻勢を許すと勢いを盛り返しにくい」
「……アンゼロス」
アンゼロスの体格は小さい。得物も短い。同じタイプ、同じ技量ならそれは大きく響いてくる。オーロラと違ってエクターは持久力もあるようで、そのあたりにも突破口は見出せないようだった。
「ぐ……!!」
アンゼロスはどうにか距離を作ると、剣を大振りして衝撃波を放つ。
エクターは咄嗟に避ける。直撃はしなかったが体勢は崩れた。
「っちぇあああっ!!」
そこにもう一太刀、衝撃波。
うまいこと引っ掛け、相手を空に舞い上げることができれば形勢はアンゼロスに転ずる。切り札だった。
しかし、エクターは体制を崩しながらもアンゼロスの衝撃波を……同じ衝撃波で、迎撃。
「!!」
かき消す。
驚愕し、動きが止まるアンゼロス。
リンダさんの周りにいた剣聖が頷いた。
「ブラストアタックの使い手は剣聖には珍しくない。力任せ、速さ任せのセレスタ産エースナイトになら通じたのでしょうが、ランドール十人長には易い手だ」
「ち。そのようだね」
リンダさんも舌打ちする。
いくらアンゼロスが負ければ話が済むとはいえ、娘が歳下の剣士に完全に封殺されるのは見ていて面白くはなさそうだった。
「……やめましょうよ」
衝撃波を打った姿勢のまま、エクターは剣を止める。そのままアンゼロスを追撃すればおそらくは勢いで押し切れるだろうに、止まる。
「やっぱり、結婚を賭けて剣でやりあうなんておかしい気がします。どんな理由であれ、私は女性を剣でねじ伏せて思い通りにするなんて違うと思います」
「……エクター……!」
やはり、エクターはルーカス将軍とは器が違う。
彼は、精神的にも、出来ている。
「……アンゼロスもここまでかな」
「ディアーネさん!?」
「ここで彼がアンゼロスを素直にねじ伏せていたなら、まだアンゼロスも精神的に粘りようがある。だが、ああ言われては講和するしかないだろう?」
「…………」
ディアーネさんの言う通りだ。
もし俺がアンゼロスの立場だったら、これでもなお我を通せるだろうか。
「最悪、アンゼロスをかっさらうことも考えるしかないな。アンディ、悪者になる覚悟はあるか?」
「…………」
アンゼロスのことを考えたら……とか、そんな弱気で今さらアンゼロスを手放す気はない。もし、どうしても駄目なら、それぐらいはしたっていい。
俺は、昨日アンゼロスに愛を囁いたんだ。
それは相手の幸せを願うとかそんなオトナで迂遠なものじゃない、独占したくてたまらない幼稚な愛だ。だから、俺はもう、後先が続くかどうかはともかく、打って出ることに迷いはない。
……だけど。
「……アンゼロスっ!!」
「アンディ!?」
ディアーネさんの制止の間もなく、俺は幻影隠蔽から飛び出してアンゼロスに叫ぶ。
松葉杖は外に置いてきて、今は満足に歩けもしない。
だが体ごと乗り出して客席の階段を転げ落ち、石の床に這いつくばりながら、俺は声を張り上げる。
「アンゼロス!! 逃げるな! 弱気になるな! 立ち向かえっ!!」
「あ……アンディ!? なんで……」
「技が効かないぐらいで諦めるなっ!!」
それは。
俺がこの王都で、まだ鍛冶以外の何も知らないときに聞いた言葉。
「敵が強いぐらいで諦めるな!!」
理不尽で、強引で。
「武器がなければ石を投げろ! 石がなければ砂を撒け! 諦めるな、ひとつでも多くの事をしろ! お前は自分を貫きたいんだろう!?」
それでも、生きてそこにいることが何よりも大きなアドバンテージだと、俺に教えてくれた誰かの言葉。
「お前はまだ負けてない、何も失っていない! まだ何も苦労していないだろう!」
「…………」
俺の叫びが、静かな闘技場に残響を残す。
それ以外はしんと静まり返っていた。
と。
「ふふふ……はははははっ……!!」
笑い声は、意外なところから聞こえてきた。
リンダさんと国王のそば。剣聖たちのひとり。
「……なるほど。……君か、君がついていたのか」
「…………!!」
その剣聖が、俺に瞳を向ける。
その時、気づいた。
「教官……」
「久しぶりだな、スマイソン訓練兵」
ヒゲの剣聖。俺たちに速成の兵士教育をした男。
名前は思い出せない。だが、確かに彼だった。
「なるほどなるほど。ならば、わからない」
「どういうことだい、グランツ百人長」
「失礼。私は今回のことを、ノイマン殿のお嬢さんのくだらぬわがまま、迷った末の悪あがきだと思っておりました」
「本当に失礼だね」
「ははは。だが……スマイソン訓練兵がついていたのなら、彼のもとで過ごした時間を証明する為に戦うのなら、違う」
「……どう違うんだい」
「彼は栄えあるトロットの戦士だ。私が保証する。トロット王国軍の魂を、彼はああして今も持っている。ならば」
ヒゲの剣聖、グランツ百人長は笑顔で、グラウンドの二人を見た。
「その彼の強さを証すために戦う彼女も、栄えある我らの後裔だ。剣聖のなりそこないではない、王国の魂を継ぐ、剣聖だ。不器用な自らの誇りを剣として、戦うことで運命に照らす、これはそんな戦いでしょう」
「随分と自分の教育結果を持ち上げるものだね」
「それを信じられなくて、なんの剣聖、なんの誇りといえますか。我らは継いで来たのです。そして彼と彼女はそれを継いだのです。聞いたでしょう、何も出来ぬ彼がなお叫んだことを」
「あんな……誇り、ね」
「無様でしょう? ですが、戦士とは元来不器用なもの。勝ち取るまで戦い続けてこその栄光です。そのしぶとさが北西平原最大の剣聖旅団を編むに至ったのですよ」
グランツ百人長たちの会話をよそに、アンゼロスは俺を見て、頷いた。
「そうか。……お前のそれ、聞くたびに勇気付けられていたけど、そうなのか」
「ああ。でもそれだけじゃないぞ」
すうっと息を吸い込み。
……相当ブッ飛んだことを言おうとしている自分に、耳まで熱くなりつつ。
「そんなところで負けんじゃねえ! 俺んところに帰ってきたらブッ壊れるまで犯してやるから絶対勝てコンチクショウ!!」
……しーん。
「……この馬鹿」
「何故そこで言うのです……」
アンゼロスとオーロラがグラウンドであきれ果てた顔をした。
……いや、うん。確かにそうなんだけどね。
俺がまるでグランツ百人長の言う通り、トロット王国の模範的な兵士で、セレスタに行ってからもアンゼロスの素晴らしい師匠役だったみたいで据わりが悪い。
俺は……少なくとも今のアンゼロスと俺はそういう関係で、トロットの誇りとかの繋がりじゃなく、個人同士のそういうのを一番の目的にした男女だってことを、ちゃんと明確にしておかないといけない気がした。
案の定、リンダさんも剣聖たちも、エクターもポカンとしている。
そして、アンゼロスは。
「そんなこと言われたら絶対負けられないじゃないか」
耳まで真っ赤にしてそう言った。
……うん。なんかやっちゃった気がするけど俺たち実際はこんなんだ。
「あ、アンジェリナ様……?」
「仕切り直しだ、エクター」
「ですが……」
「アレのことは気にするな。ただの個人間の趣味だ」
「は、はあ」
エクターの困惑した顔に、ちょっと申し訳なくなってくる。
だが、アンゼロスはまるで生まれ変わったような自信に満ちた顔で、背筋を伸ばして剣を構えた。
「いくぞ」
「は……」
アンゼロス、ダッシュ。
エクターは万全の姿勢で迎撃……したと思ったら、いきなり空中に吹き飛んだ。
「!?」
見ていた全員が息を飲む。
アンゼロスは……突っ込んでいない。
最初の立ち位置から動かず、剣を振り抜いた姿勢。
何がどうなってるんだ。
「……あ、アンゼロスさん、幻影を……!」
「え、アンゼロスってそんなこと……」
「できますよ! アンゼロスさん、幻影魔法ちゃんと使えます!」
「あ」
セレンに言われて思い出した。
そうだ、アンゼロスはあのヘリコンへの行き道で初歩の幻影を作ることに成功していたじゃないか。
ドサッとエクターが背中から落ちる。
アンゼロスは剣先をゆっくりと上げて一言。
「言い忘れていたが僕は魔法もできるぞ」
こないだ初めてやれたばかり、ほんのちょっと幻覚を見せるのが限界のくせに、アンゼロスは不敵に言い放つ。
「く……」
「同じスタイルと言ったか。……悪いが僕はセレスタ商国で、ありとあらゆる種族に囲まれたエースナイトだ。トロット剣聖の枠で括れると思わないほうがいい」
「……目くらましくらいで!」
エクターが劣勢を振り払うように、アンゼロスに突進。剣を振り下ろす。
だがアンゼロスはそこにはいない。エクターの真後ろに立っていた。
「一つでも多くの事をしろ……って、ご主人様に言われたんでな。たった今から僕はあらゆる手段で君を追い詰める。それでも僕が欲しければねじ伏せてみせろ。放っておいたら首輪を掴まれてご主人様に引きずられていくぞ?」
「そんな……」
「僕は自分より弱い奴についていく気はない」
いや俺マジ弱いんですが?
と、這いつくばりながら心の中だけでツッコミを入れる。
その俺を、セレンがそっと抱き起こす。
「くそ……あんな啖呵切って、エクターにタイマン挑まれたらどうするんだ。俺全然強くないのに」
「アンディさんは、強いんですよ。少なくともアンゼロスさんにとっては誰よりも」
「とって、って……」
「偶然でもなんでも、とにかくアンゼロスさんはアンディさんが強くてかっこいいところを見ちゃったんです。そしてアンディさんは、今までアンゼロスさんにとって幻滅されることがなかった。それで充分なんです」
「……メッチャ勘違いだ……あのドジっ子め」
ディアーネさんも俺の傍に下りて来て、クスクス笑った。
「腕力イコール強さじゃないってことだ。強さというものがそれだけなら剣聖旅団には誰も勝てない」
「でも……」
「言葉の意味の違いだな。そういう意味の強さをアイツは求めてないわけさ。……アイツが弱ったときにお前は強かった。アイツが諦めかけた時にお前は諦めなかった。充分じゃないか。お前は強い。少なくとも心は」
「そう見えるだけです」
「女にとっては、そう見えれば充分だ」
そんなことを話している間にも、アンゼロスは幻影を使ってエクターを翻弄していた。エクターはエルフのほとんどいないトロットの兵士。幻影に惑わされないようにしようにも、そう簡単に慣れることができるものではない。
「はああっっ!」
「そっちじゃない」
当たりをつけてエクターが放った衝撃波も、むなしく空振りが続く。
幻影に隠した衝撃波による吹き飛ばしを警戒し、突撃にしろ衝撃波にしろ、見えた時点で大きくかわてしまい、擬似的に二面攻撃をされる形になり、吹っ飛ぶ回数が増えるエクター。
同じような技量なら、僅かな差が大きく響く。
まさに逆転。リーチの代わりに幻影という差で逆襲したアンゼロスは、エクターを本当に圧倒していた。
「こんな……っ、こんな、少し惑わされた程度で、私は」
幾度目かの衝撃波の直撃を食らい、壁に叩きつけられたエクターは、ふらふらと足をもつれさせつつ悔しそうに唇を噛む。
「ランドール十人長、幻影魔法を甘く見るな」
「……グランツ先生」
「剣聖旅団もそれに負けたのだ。戦場で最も有効な魔法なのだ」
「でも、こんな……こんな目くらましに負けるなんて、手も足も出ないなんて、認めたくありません」
「ふっ」
グランツ百人長は優しく笑い、次の瞬間目を吊り上げて、声を張り上げた。
「甘いぞランドール!! 戦いを何だと思っている!!」
「!」
「教えたはずだ、戦争は、戦場は、そんなものではない!! 皆が皆、剣と弓と槍だけで戦うと思うたか!! 血泥の味を忘れたからこそ剣聖旅団は何も出来ずに終わったのだ!!」
「せ、先生……?」
「たかが落とし穴で騎兵は止まる。たかが火で歩兵は怖気づく。たかが足払いひとつで人は何もできなくなりもする、たかが幻影とクロスボウで剣聖旅団も壊滅する!! 甘く見るな未熟者! 戦場では貴様のような奴は決して役に立たぬのだ!!」
「っっ……」
エクターは涙目で、膝を屈する。
涼やかな顔で剣を胸の前に掲げ、祈るように目を閉じるアンゼロス。
「そこまで」
オーロラが判定を下した。
「……アンゼロスさん、あなたの勝利です」
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