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 杖を突き突き、苦労しながら馬車に戻り、幻影を緩めてもらって(ついでにセレンやライラにいじられつつ)二人の元に戻ると、布切れの中でしどけなく寝そべるオーロラと、身を起こしてぴこぴこと耳を動かしているディアーネさんの姿があった。
「アンゼロスの連絡ですか」
「……いや、ストックはアンゼロスの懐の中だ」
 さすがに報告をするつもりなら懐から出して使うだろう。ということはまだ連絡はしていないのか。
「……何やら面倒なことにはなっているみたいだがな」
「はい?」
 二人に服を渡しつつ、デイアーネさんの次の言葉を待つ。
「……誰かに捕まっている……のか?」
「捕まった!?」
「何か口論をしているのが聞こえる。……くそ、聞き取りづらい。少し骨だが、行ってみるか」
「はい」


 ディアーネさんに率いられ、居残り組も丘を降りる。
 さすがに市街ではエルフにダークエルフにハーフエルフと多彩な顔ぶれは目を引いたが、だからといって難癖をつけられるわけでもなくホッとする。まあ難癖つけられたところでライラとディアーネさんがいるからあまり意味はないんだけど。
 そしてアンゼロスたちを見つけると、ちょうど宿屋の前でストックを取り出しているところだった。
「あ、みんな。宿屋は取れた」
「アンゼロス、無事か」
「あ、ああ……無事って何が」
 アンゼロスはきょとんとしている。
 ……帽子がないのに、その時気づいた。
「なんか誰かに捕まってるかもって、ディアーネさんが察知して。……帽子取られたのか」
「あ、ああ、そういえば……取られたっきりだな。文句言っておかなきゃ」
「アンゼロス?」
 帽子をもぎ取られるということは、トロットでは賎民同然の扱いを受けかねないことであって、大事件なのだ。
 それなのにアンゼロスは、疲れた風ではあるがあまり気にもしておらず、ちょっとなんかちぐはぐな印象を受ける。
「……何があったんだ?」
 ディアーネさんが静かに聞くと、アンゼロスはちょっと詰まってから溜め息。
「……大したことじゃないですよ」
「アンゼロス」
「……昔、家にいた使用人に声を掛けられただけです。人違いで通そうとしたら帽子むしられまして」
「むしられた、ってお前」
「……ほっといたら母に伝わるでしょう。僕がトロットに帰ってきてるってこと。……面倒臭いことになりそうだ……」
 はぁ、と溜め息をつくアンゼロス。
 みんな顔を見合わせる。
 ……そういや、アンゼロスの生い立ちを知っているのは俺とセレンぐらいだっけ。
「ええと、僕の実家は……トロットではちょっと名の知れた、シルフィード商会ってところで」
「シルフィードといったら食料品流通や国外貿易の最大手と聞くが」
「はい。……セレスタに出たっきり随分音沙汰なかったので、ちょっとややこしい事態になるかもしれません」
「ややこしい事態?」
「僕が言うのもなんですが、母は随分過保護なので……」


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